妹劇場「妹はメイド?」その1

「お兄ちゃ〜ん、朝だよ〜」
 ドアの向こうから、甘えるような少女の声が聞こえてくる。
 ちらりとベッドの側の目覚まし時計を見たが、起きるには少し早い。俺は構わずに毛布をかぶり直し、ぬくもりの中に身を沈めた。
 春とはいえ、まだまだ続く朝の冷え込みに、布団の中はまさに天国。妹には悪いが、俺はまだこの快楽を味わっていたいのだ。
「お兄ちゃ〜ん」
 コンコン、と軽くノックの音がする。
「……起きないなら、入っちゃうよ?」
 うかがうようにノブが回され、ドアが開かれる。瞬間、俺は背中を向けた。
 声から判断して、起こしにきたのは妹の美亜(みあ)だろう。もう一人の妹である祐亜(ゆあ)と違い、彼女なら時間がかせげる。
「お兄ちゃん、起きて」
 とんとん、とひかえめに肩を叩かれる。
 俺は寝たふりをした。
「ぐぅぐぅ……。お兄ちゃんは、ただいまお休み中なり〜」
 いかにもわざとらしいが、美亜にはこれで十分だ。
「そんなぁ〜、起きてよぉ〜」
 困ったような、少女の声。
「今日は、お兄ちゃんにイイコトしてあげようと思って、早めに起こしにきたんだから〜」
「……イイコト?」
 ちょっとだけ、興味を引かれる言葉である。
「うん。だから……こっち見て?」
「うーん……」
 ちょっと迷いながらも、彼女のほうへと首を回す。
「えへへ……おはよ、お兄ちゃん」
 目が合うと、美亜はにっこりと笑顔を向けた。彼女が笑うと、たれ目がちな目がさらにたれて見えるが……何かなごむし、かわいいから俺は気に入っている。
「ん……?」
 ふと、美亜に対して、強烈な違和感を感じた。
 いつもは肩までおろしている髪を、今日は後ろにきゅっとまとめている。それだけでなく、頭にはカチューシャ、白いエプロン、そして紺のワンピース(しかもミニスカ)……。
「……な、なんだ、その格好?」
「これ? メイド服だよ」
 何事もなかったかのように、美亜はあっさりと答える。
「いや……何故、メイド服を?」
 確か今日は平日で、学校もあるはずだ。突然メイドさんにクラスチェンジした……とかは、あるわけないか。まだ中一なんだし。
 では一体、何故こんな格好をしているのか。第一、どこでその服を手に入れたのだろう。
「あ、あのね……お兄ちゃん」
 もじもじと指先をからませながら、美亜は俺を見て顔を赤くする。
「あの、わたし……今日から、お兄ちゃんのメイドになるの」
「……め、メイドに?」
「うん。だから朝のお勤めとして……お兄ちゃんにご奉仕したいんだけど。……いい、かな?」
 その言葉に――俺は思い切りむせた。

  「妹はメイド?」その2

「ごっ……ご奉仕っ……?」
 俺は大きく目を見開き、メイド姿の妹を見る。
「う、うん」
 彼女は自分の真っ赤な頬を両手で押さえながらも、しっかりと頷いた。
「お、お兄ちゃんに……してあげたいの」
「ぶはっ……!」
 殺人的なまでの萌えゼリフに、思わずのけぞってしまう。
 美亜とは義理の関係とはいえ、兄となったからには、一度は言われてみたかったセリフである。それがまさか叶ってしまうとは――って、それどころじゃない。
 いくら義理といっても、妹に朝のご奉仕をされてしまうのは、さすがに色々と問題だ。
 ――ホントはしてほしいけど……してほしいけど!
 ここはグッとこらえ、軽く深呼吸をする。
 それから美亜の肩に手を乗せ、まっすぐに見すえた。
「な、なあ、美亜。お前、『メイドさんが朝のご奉仕をする』という意味――わかってるのか?」
「え? 知らないけど」
 拍子抜けするほどあっさりと、美亜は答えた。
「だから、お兄ちゃんに教えてもらうようにって、祐亜ちゃんが」
「……祐亜が?」
 美亜とは双子であり、そして俺のもう一人の妹である。
 長い黒髪と、ちょっとつり目な彼女の姿を思い浮かべ――なるほど、ピンときた。美亜にメイド服を着させ、『朝のご奉仕』をさせようとしたのは、すべて祐亜の計画だったのだ。
 いつも甘えてくる美亜と違い、祐亜は俺をからかうことを趣味にしている。だから今回もそうだと確信したのだが、さすがにやりすぎだろう。
 もしここで、俺が『ご奉仕の仕方』を美亜に教えていたら――どうするつもりだったのか。
『ああんっ、大きくて入らないよぉっ』
『けほけほっ、こんなの呑み込めない〜』
 とかとか、言わせちゃうかもしれないのに。
 もしくは――
『そっ……そんなことできないよ! お兄ちゃんなんて、キライ!』
 と、言わせるのが目的だとか。
 くぅぅっ……! 祐亜の狙いは、一体どっちなんだ!
「……どうしたの、お兄ちゃん?」
 悩んでいる俺の顔を、美亜が首をかしげてのぞきこんでくる。
「ご奉仕の仕方、教えてくれないの?」
「い、いや。その――」
 と、最後まで言えずに固まってしまう。
 ……俺は、教えるべきだろうか。それとも、教えないべきだろうか。

  「妹はメイド?」その3


「お兄ちゃんの喜ぶことなら、何でもしてあげたいのに……」
 俺が黙ったままなので、期待されていないと思ったのか。美亜ががっくりとうなだれる。
「わたしなんかじゃ、お兄ちゃんの役には立たないんだね……」
「うっ……」
 これはまずい。何とかご機嫌をとらねば。
「……わ、わかった」
 ぽん、と少女の肩を叩く。
「ご奉仕のやり方を教えようじゃないか」
「ホント?」
 美亜は俺を見上げ、目を輝かせた。
「ああ。だから、ちょっと耳をかして」
「うん」
 近づく彼女の小さな耳に、俺はぼそぼそとささやく。
「やんっ、息がくすぐったいよぉ」
「ガマンだ、ガマン」
 そうして俺が言い終えると、美亜はほんのり頬を染めていた。
「そ、それが……朝のご奉仕なの?」
「ああ」
 俺は頷く。
「じゃあ、最初からやってみようか。俺がまだ寝ていて、美亜が部屋に入るところから」
「う、うん。わかった」
 美亜が恥ずかしそうに俺を見ながら、部屋を出て行く。
「さて、と――」
 ドアが閉まるのを確認して、俺は布団をかぶった。
 心なしか、期待が高まるのを感じながら――。

  「妹はメイド?」その4

 コンコン。
 ドアがノックされる。
「おはようございます、ご主人様」
 美亜にしてはやや固い声と表情で一礼し、中に入ってきた。
「朝ですよ、起きてください」
「う、うう〜ん……」
 俺はわざとらしく、寝返りを打つ。
「遅刻してしまいますよ、ご主人様」
 ゆさゆさ、と背中に妹の手があたり、軽く揺すられた。が、もちろんそれくらいで起きるはずがない。
「まだ眠いんだ……。朝のご奉仕で気持ちよくしてくれたら、目が覚めるかもしれないけど」
「……もうっ、しょうがないご主人様ですね」
 美亜が腰に手をあて、苦笑しながら、俺の足もとのほうへと移動する。
「それじゃ、わたしのご奉仕ですっきりしたら、ちゃんと起きてくださいね。約束ですよ?」
「……ああ、約束する」
 俺がそう言うと、足もとから冷たい空気が入ってきた。美亜が布団をめくったのだ。
「んーしょっ……と」
 その布団を頭からかぶり、ゆっくりと中に侵入してくる。上を目指して進むその様子は、さながらモグラのようだ。
「あっ……」
 思わず声が出る。
 ぷにょん、というやわらかな弾力が、すねにあたったのだ。正直、美亜はあまり大きくない……どころか、同年代の子に比べて小さいほうである。だが、そのわずかな成長の証(あかし)は、十分に女の子として魅力のある感触だった。
 その感触を押し当てたまま、上へと移動していく。
 ……うーん、たまらん。
 きっと今、俺の顔はにやけているに違いない。正直助かった。こんな顔を美亜に見られたら、兄の威厳がなくなるところである。
 そうこうしているうちに、弾力が腰のところにまできた。
「それじゃあ……しますよ、ご主人様」
 布団の中から、くぐもった声が聞こえてくる。
「ああ、いいよ」
 その声に応え、俺はそっと目を閉じた――。

  妹劇場「妹はメイド?」その5

「どっかーん!」
 大声と共に、美亜が勢いよく立ち上がった。
「うおっ……!」
 掛け布団が舞い上がり、ベッドが激しく波を打つ。手をベッドのふちへと伸ばし、何とかバランスをとる俺だが――その上に、小さな影が降下してきた。
「ふらいんぐぼでーあたーっく!」
 どかぁっ!
「げふぅっ!」
 ジャンプした美亜の身体が、俺のみぞおちへと決まる。
 体重が軽いから平気だと思っていたが……こ、これは結構痛い……。
「ご主人様……」
 無言で痛みに耐える俺に、美亜は上に乗ったまま、のぞきこむように顔を近づけた。そしてそのまま、静かに下へとさがり――
「おはようございます、の……ちゅっ」
 頬に、やわらかい感触。このくすぐったさが何ともたまらず、痛みが吹き飛んでしまいそうな気がする。……気がする、だけかもしれないが。
「ねえ、お兄ちゃん。どうだった? すっきりして気持ちよくなった?」
 にっこり微笑みながら訊いてくる美亜に、俺はグッと親指をつき立ててみせた。
「ああ、よかったぞ。見事なご奉仕……さすがは俺のためのメイドさんだ。げふ」
「わーい、ほめられた〜。……でも、本当にこれが『朝のご奉仕』なの? 何だかイメージしてたのと違うような……」
 首を傾げる美亜。
 くっ……、考えさせてはまずい。
「いや、これでいいんだ!」
「え?」
 相手に隙を与えず、俺は一気に畳み掛ける。
「メイドとご主人様は一心同体! なかなか起きないご主人様に対し、メイドはまさに体当たり覚悟で望まなければならない! そして衝撃で目を覚ました後の優しい口づけは、まさに地獄から天国への快楽! 甘いだけでなく、時には厳しさも――『ふらいんぐぼでーあたっく』も必要なのだ! これこそが素晴らしきメイドとご主人様の関係なり! ビバ! メイドさ〜ん!」
 はあはあぜえぜえ。
 一気に叫んで苦しくなり、しばらく肩で息をする。
 最後は自分でも何を言っているのかわからなかったが――しかし、効果はあったようだ。
「わかったわ、お兄ちゃん! いえ、ご主人様!」
 半身を起こした美亜が、ぎゅっ、と拳を握り、瞳を輝かせた。
「これからは毎日、『ふらいんぐぼでーあたっく』をするからね!」
「そ、そうか……頼むな、美亜」
 まだ痛むみぞおちをこっそり押さえながら、俺は笑顔を作る。
「はい、ご主人様!」
 と、美亜が答えてから、一瞬の沈黙。
「……あ、そうだ」
 ぽんと手を打ち、ベッドを抜け出した。
「そろそろご飯食べないと、遅刻しちゃう。お兄ちゃんも早く着替えてきてね」
 るんるん、と鼻歌を歌いながら、美亜は部屋を出て行く。
「お兄ちゃんに〜キスしちゃった〜♪ きゃはん♪」
 何やら上機嫌のご様子である。メイド美亜ちゃん、万歳。
 ……しかし、やっぱり腹が痛い。『ふらいんぐぼでーあたっく』じゃなく……もっとほかの何かにすればよかったかも。
「ま、いいか……」
 俺は頭をかきつつ、ベッドから起き上がる。
 中一の女の子に本当のこと教えるわけにもいかないし、ここは兄として、妹の体当たりを受け止めることにしよう。
 ……半分は気持ちいいんだし。
 妹のかわいらしいふくらみの感触を思い出し、パジャマを脱ぎながらも、ついつい顔がにやけてしまう。
「あ、やばい……」
 そんなことを考えていたら、下半身に血液が集まり始めた。やはり兄としては、妹に対してそういう欲望を持ってはいけないだろう。俺は両手の平を向け、念を送り始める。
「静まれ〜静まれ〜」
 むむむ、と唸りながらしばらくそうしていると、何とか半分ほどおさまってきた。これぞハンドパワーである。……というのは、まあ、冗談だけど。
「……ん?」
 ふと、視界の端に黒い影が映った。
 俺はその影につられたように顔を上げ、ドアのほうを見る。と――そこには、制服を着た長髪の少女が、口元に薄い笑みを浮かべて立っていた。その視線は、まっすぐに俺の下半身へと向けられている。
「ふふ……元気だね、ゆっくん」
「ゆ、祐亜っ……!」
 俺はそのままの体勢で、固まってしまう。
 ……妹に……妹に、恥ずかしい姿を見られてしまったぁぁっ!
 あ、ちなみに『ゆっくん』というのは、祐樹という俺の名からとって彼女が呼んでいるものである。

  「妹はメイド?」その6

「妹に欲情しちゃうなんて……いけないお兄ちゃんだね」
 ドアに寄りかかった祐亜が、笑みを浮かべて俺を見ていた。その視線の先には、俺の膨張した股間が――
「って、うわっ! うわわっ!」
 俺は慌てて掛け布団をたぐり寄せ、股間を隠す。これでひとまずは安心だ。
 といっても、もう遅いかもしれないが……。何もかも……。
「ゆっくんのって……結構大きいんだぁ。美亜にも教えてあげないとね〜」
 祐亜は照れる風でもなく、楽しそうに目を細めてそんなことを言う。
「ゆ、祐亜。お前、美亜にヘンなこと教えて……どういうつもりなんだ?」
 俺は恥ずかしさをごまかすように、彼女に問いかけた。
「下手をしたら――」
「――美亜にえっちなことをさせてたかもしれない?」
 先に言われて、言葉につまる。
「ふふっ、図星なんだ」
「うぐっ……」
 確かに図星なので、何も言えない。
 こいつはいつもそうなのだ。美亜と同い年のくせに、妙に大人っぽくて……俺のほうが逆にからかわれてしまう。それに俺のこと、一度だってまともにお兄ちゃんとは呼んでくれないし……。まったく、何を考えているのかさっぱりな妹だ。
「と、とにかく、話をそらすなよな。何で美亜に『朝のご奉仕』なんて教えたんだよ? それにあのメイド服、どうしたんだ?」
「んーっと……」
 考えるように顎に人さし指をあて、小さく首を傾げる。
「まずね、メイド服は西山さんにもらったの。昔に着てたお古なんだって。何でもコスプレしてたとかで……」
「西山さん……?」
 おそらく、近所に住む大学生のおねーさんのことだろう。俺はあまり親しくはないが、美人なのでよく覚えている。
 ……そうか。あの人、コスプレしてたのか。それはぜひ見てみたかったような……っと、祐亜の話はまだ続いていた。
「それで、もらったはいいけど、どうしよーってことで考えてね。美亜なら似合いそうだって思ったの。ちょうど、ゆっくんの役に立ちたいとも言ってたし」
「うーむ……」
 ……美亜はいい子だなあ。誰かさんと違って。
「朝のご奉仕で、内容を教えなかったのは……ゆっくんの反応が見たかったから」
 つり目がちな目で、まっすぐに俺を捉えながら……祐亜は静かに近づいてくる。
「で、でも、そうしたら……ぷぷっ」
 俺の隣に腰を下ろしたかと思うと、腹を折って笑い出した。
「ふ、ふらいんぐぼでーあたっくだって。あはははっ、おかしー。信じる美亜もどうかしてるけど、ふつーそんなこと言う?」
 よっぽどツボにはまったのか、祐亜は笑いが止まらないみたいである。
「ううっ……し、仕方ないだろ。まさか本当のこと言うわけにもいかないし」
 ああ……なんで俺、年下の少女にこんなに笑われてるんだろう。
 我ながら情けない……。
「ね、ゆっくん」
 祐亜が耳元でささやき、息がかかる――。
「うわっ」
 背筋がゾクッとした。俺は身体を離そうとしたが、彼女はそうはさせないとばかりに、にじり寄ってくる。長い黒髪が俺の腕に触れ、いつの間にか、体温を感じるくらいの距離――ほぼ密着状態になっていた。
「な、何だよ、祐亜」
「うふふ……」
 どぎまぎしながら訊ねる俺とは対照的に、祐亜は余裕の笑みを浮かべている。そして俺を正面に見すえたかと思うと、とんとん、と自分の唇に、指先で軽くノックした。
 ――何かの合図。
 って、それはまさか、ひょっとして……。
「ゆっくん……わたしが美亜のかわりにしてあげよっか?」
「なっ……うわっ!」
 愕然となる俺を、祐亜がドンと突き飛ばす。
 そして仰向けになり、俺の手から離れた掛け布団を、彼女は引きはがした。
「うふ」
 小さく、楽しそうに笑う祐亜。その表情は、まるで新しいおもちゃを手にした子供のようでもある。
「――まだ元気みたいだし。ね、ゆっくん」
「ゆ、祐亜……」
 妹の視線にさらされ、顔が熱くなった。
 隠すものがなくなった俺の膨張した部分は――パジャマのズボンを押し上げ、大きなテントを作っていたのである。

  妹劇場「妹はメイド?」その7

「ゆっくんてば……すっごい興奮してるんだ」
 普通なら悲鳴を上げてもおかしくないこの状況で、祐亜はにんまりと笑みを浮かべ、俺の股間を見つめていた。
「ゆっくん、シスコンだもんね〜。なんせ部屋にあるえっちな本は、妹系ばかりだし……」
「なっ……!」
 彼女の言葉に、思わず息を呑む。
「な、なぜ、そのことをっ……?」
 見つからないよう、押入れの一番奥に隠しておいたのに。
「ふふん……兄のえっち本を探し出すのは、妹としてとーぜんの義務じゃない」
 なぜか得意顔の祐亜。
「って、そんな義務あるかぁぁっ!」
 ああ……妹にえっち本を見られた……妹にえっち本を見られた……。
 俺のえっちに関する趣味や趣向がバレバレだよ……。
 このショックから立ち直れるのか……俺……?
「まあまあ……そんなにダメージ受けないでよ。見たのはわたしだけで、美亜は知らないんだから」
「……そ、そうか?」
 少しだけ、ほっとした。
 まあ確かに、あのえっち本を美亜が見ていたとしたら、今朝みたいなことはできないはずである。妹がメイドさんになって、兄に朝のご奉仕をするだなんて、まさに格好のシチュエーションだからだ。
 俺は確かにシスコンだが、純粋な美亜にはそんなことはさせられないし、してほしくない。……いや、ホントに。
 もちろん祐亜にだってさせられない。普段は俺をからかってばかりだが、彼女だって純粋な女の子である。ただちょっと、愛情表現が特殊なだけで――……たぶん。
「……ん? ちょっと待てよ――」
 俺はふと、思いだす。
 祐亜がえっちな攻撃をしてくるようになったのは、中学生になってからだ。それまでは、逆にえっちなことを口にしたことはなかったはずである。
 ということは、まさか――
「なあ、祐亜……お前のそのえっちな知識って、俺の本から得たやつじゃないのか?」
「え? そうだけど……今頃気づいたの?」
 何を今さらという感じで、祐亜は肩をすくめてみせる。
「ぐはぁっ!」
 祐亜がえっちなの、俺のせいだよ!
 俺、ダメすぎ……。

  妹劇場「妹はメイド?」その8

「もう……そんなに落ち込まないでよ」
 ショックを受けている俺に、にこにこ笑いかける祐亜。
「わたしがえっちな本を見たおかげで、ゆっくんは朝からこんないい目にあってるわけだし」
「い、いい目……?」
「そう。シスコンのゆっくんにとって、妹にメイド服で起こされたり、えっちな誘惑をされたりするなんて、まさに夢のシチュエーションじゃない? だからね、わたしたちがそれを叶えてあげるの――」
 そう言って視線をはずした祐亜が、俺の股間へと手を伸ばす。
「ま、待てっ」
 咄嗟に、俺はその手をつかみ上げた。が、力が入りすぎたせいか、そのまま彼女の体がベッドへと投げ出される。
「きゃあっ」
 ベッドが大きく揺れた。
「お、おいっ……」
 俺はその揺れを止めるために、祐亜の両肩を押さえつける。
「い、いたた……ひどいよ、ゆっくん」
 手首を押さえ、俺の下で祐亜が顔をしかめていた。
「あ、ああ……ごめんな。けど、お前がヘンなことしようとするから――」
「ヘンなことって……あっ」
「うん?」
 俺と祐亜、二人の目が合う。
「…………」
「…………」
 お互いに沈黙が続く。
 ……なんだろう。妙な違和感があった。
「あ、あの……ゆっくん」
 先に視線をそらしたのは、祐亜のほうだった。いつもクールな彼女が、恥ずかしそうに赤くなっている。
「た、確かに誘ったのはわたしのほうなんだけど……で、でもね。ホントにスルのは、まだ早いと思うの」
「……は?」
「わ、わたしが触るのは平気なんだけど、触られるのはこわいというか……。あ、ほ、ほら、今日は危険日だし。義理とはいえ兄妹なんだから、色々まずいじゃない?」
「……あ、あのなあ」
 彼女の言いたいことがわかり、思わず顔が熱くなる。
「お、お前、激しく勘違いしてるぞ。しかも、かなり恥ずかしい方向に……」
「か、勘違いって何よ。わたしのこと、押し倒しておいてっ」
「いや、だから――」
 と、そのとき。
 ギィッ……。
 ドアがきしむ音が響いて、俺はそちらへと目をやる。
「お兄ちゃん……」
「あ……」
 瞬間、固まってしまう。
 そこにはメイド姿の美亜が、呆然と立ち尽くしていたのだった。
 ……最悪。

  妹劇場「妹はメイド?」その9

「二人とも……何してるの?」
 部屋の外に、美亜が立っていた。いつまでもリビングに来ないので、迎えに来たのだろう。しかしタイミングが最悪だった。
「い、いや、これはその……」
 と、苦笑いをしながら、自分の下にいる少女を見る。
 恥ずかしそうに、視線をそむける祐亜。どう見ても、俺が彼女を押し倒したような状態だ。
「そ、その……ほら、さっき美亜に『ふらいんぐぼでーあたっく』を教えただろ? だから今度は祐亜にも教えていたところなんだ。あはは、はは……」
 慌てて起き上がり、混乱する頭で必死に言い訳する。苦しいが、そう見えなくもなかったはずだ。
 が、それがかえってまずかった。
「お兄ちゃん……」
 消えそうな声で、美亜が悲しそうに目を伏せる。
「それ、わたしの役目じゃなかったの?」
「え?」
「お兄ちゃんは、ご奉仕してくれるなら、わたしじゃなくてもいいんだ……。誰でもいいんだ……」
 そこまで言われて、ハッと息を呑んだ。
 メイドになって俺にご奉仕することを、美亜は楽しみにしていた。なのに俺は、祐亜にもご奉仕の仕方を教えている(本当は違うが)、ということになる。すなわち、それは美亜に対する裏切り行為だ。
「ご、ごめん、美亜。そういう意味じゃなくて――」
「――そういう意味よ」
 と、ふいに下から声が聞こえた。彼女は起き上がって、俺の隣に腰を下ろし、しなだれかかる。
「実はわたしも、お兄ちゃんのメイド候補なの」
「ええっ!」
「なにぃっ!」
 美亜と俺は、同時に驚きの声を上げていた。

  妹劇場「妹はメイド?」その10

「ど、どういうことだ?」
「祐亜ちゃん、どういうこと?」
 俺と美亜が詰め寄るが、祐亜はするりとかわしてベッドからでる。
「つまり――」
 くるくると、自分の長い髪を指に巻きつけながら、祐亜は楽しそうに言った。
「わたしと美亜でメイド勝負をして、どちらがゆっくんを満足させられるのかを競うのよ。勝ったほうがゆっくんの専属メイドになれるの。面白そうでしょ?」
「お、面白そうって、お前――そういう問題か?」
 俺はあきれてため息をつく。
「というか……何でも勝手に決めるなよ。俺の意見はどうなるんだ?」
「んふふ……ゆっくんたら、嬉しくてしょうがないくせに。朝から晩まで、双子の美少女にご奉仕してもらえるなんて……望んだって、そうそう叶うことじゃないわよ」
「う、うぅむ……それはそうだが……」
 ぽわわ〜ん、と様々ないけない妄想が、頭の中に浮かんでくる。
 が、慌てて振り払った。
「い、いいんだよ! 妹なんだから、ご奉仕なんてしなくても!」
 そう。かわいい妹たちが、そばにいてくれさえすれば――それだけで、俺は幸せなのだ。
 ……もちろん、ご奉仕してくれたらもっと幸せではあるが。

『おはようございます、ご主人様』
 朝――メイド姿の美亜が、俺をやさしく起こしてくれる。そして布団をめくると、パッと顔が赤くなる。
『まあ、朝からお元気ですね。わたしにお任せください、ご主人様。あ〜ん……』
 って、美亜! そんな、口を開いて何をする気なんだ!

『じっとしてて。わたしが洗ってさしあげますから』
 もくもくと湯気があたりをおおう風呂場で、祐亜が後ろから抱き付いてくる。そして背中には、やわらかい感触が――。
『うふふ……わたしの胸がタオル代わりです』
 って、祐亜! それはエッチすぎるだろ!

 そして夜――。
『ご主人様……一緒に寝てもいいですか?』
『わたしたちを可愛がってください……』
 二人の美少女メイドが、同時に布団へと飛び込んでくる。
『朝から晩まで――』
『二人でご奉仕です』
 
「ぶはぁっ!」
 目の前に、鮮血が広がった。
 俺の鼻からふきだしたもの――要するに、鼻血である。
「お、お兄ちゃん! 大丈夫?」
 美亜が急いでちり紙を持ってきてくれる。
 俺はそれを鼻につめると、苦笑いした。
 妹たちのエッチな妄想をしていたなどとは――さすがに言えない。
「まったく……」
 祐亜があきれたように、肩をすくめてみせた。

  妹劇場「妹はメイド?」その11

「ゆっくんてば……想像だけで鼻血だしちゃったの? 若いなあ……」
 祐亜は余裕の表情を浮かべている。
 ……しかし『若い』って……俺のほうが4歳も年上なんですけど。
「そ、それより……ひどいよ、祐亜ちゃん。てっきり応援してくれてると思ってたのに」
 美亜が眉をつり上げ、珍しく怒り顔になっていた。
 そしてそれを意にも介さず、さらりとかわす祐亜。
「だって、美亜がメイドのことを知らなすぎるんだもん。『ふらいんぐぼでーあたっく』がご奉仕のはずないでしょ?」
「……え、そうなの?」
「とーぜん。そんなんじゃ、ゆっくんに迷惑かけるだけなのは目に見えてるわ。それじゃあ、ゆっくんもかわいそうだし。だから、かわりにあたしが――」
「め、迷惑じゃないもんっ。そ、それに、『ふらいんぐぼでーあたっく』だって、お兄ちゃんが教えてくれたんだよ。お兄ちゃんはわたしに、『ふらいんぐぼでーあたっく』をしてほしいんだよっ。ね、お兄ちゃん?」
「えっ……?」
 急に話をふられ、俺は言葉につまる。
「ね? そうだよね、お兄ちゃん?」
「え、え〜と……そ、それは……」
 純真な瞳に見つめられ、背筋に冷や汗が伝うのがわかる。
 確かにそう教えたのは俺だが、それは本当のことは言えなかったからだし。
 ――妹にえっちなことはさせられない。
 俺は心の中で頷いてから、ポンと、彼女の肩に手を乗せた。
「あ、あのな、美亜。確かに『ふらいんぐぼでーあたっく』は一般的なご奉仕とは違うかもしれない。しかし! 俺は美亜になら――してほしいと思っているんだ!」
「お、お兄ちゃん……」
 うるうる、と美亜の目がうるむ。
「わたし……してもいいの? お兄ちゃんに『ふらいんぐぼでーあたっく』をしても、いいの?」
「もちろんさ!」
「お兄ちゃん!」
 美亜が胸に飛び込んできて、俺はやさしく受け止めた。
 ああ、これぞ兄妹愛。切れかけた絆の糸が――今また、しっかりと結ばれたのだ。
「でもさ……。それって、本当のご奉仕は美亜にはつとまらないから、って意味じゃないの?」
 ピシッ。
 祐亜のひとことに、俺と美亜は石のように固まったのだった……。

  妹劇場「妹はメイド?」その12

「そう……なの?」
 少し身体を離した美亜が、不安そうに俺を見上げてくる。
「わたしに本当のご奉仕はつとまらないから……だから代わりに、『ふらいんぐぼでーあたっく』を……」
「ち、違う。違うぞ、美亜」
 ぎゅっ、と俺は再び美亜を抱き寄せた。
「そもそもご奉仕にカタチなんてない! 心をこめて尽くしてくれること――それこそが一番大切なことなんだ! だから何をしても、どんなことでもいいんだよ!」
 そう。大事なのは心なのだ。
 だからご奉仕に、嘘も本当もない。気持ちがこめられていれば、それだけで幸せをもたらせてくれる。
 たとえそれが『ふらいんぐぼでーあたっく』であろうとも、俺は毎日受け止めてみせる。
「……でも一般的に、男性がメイドさんに求めるのはえっちなことよね」
「うわ、えっちなことなんだ……」
 ぼそっと言った祐亜の言葉に、美亜が反応して赤くなった。
 って、せっかくカッコよく決めていたのに!
「こら、祐亜! 美亜にヘンなことを教えるんじゃない!」
「いいでしょ、本当のことなんだから」
 俺が怒っても、彼女は余裕の笑みを浮かべて、髪をかきあげる。
「それより、わたしに提案があるんだけど」
「……な、なんだ?」
 どうせろくなことじゃないだろうが、一応聞くだけ聞いてみる。
「このまま言い合っててもしょうがないから――今度の日曜日、わたしと美亜で、ゆっくんにご奉仕対決をするっていうのはどう?」
「ええっ?」
「なにぃっ?」
 美亜と俺が、驚いて声を上げる。
 ご奉仕対決って、そんな嬉し……あ、いやいや。妹たちをたたかわせるなんて、そんなこと俺にはできない!
 しかし――
「い、いいよ」
 ぐっ、と拳を握り、祐亜に向き合う。
「わたし、負けないもん。がんばって、お兄ちゃんのメイドさんになるもん」
「美亜……」
 意外なことに、美亜はやる気のようだった。
「ふふ……楽しみ」
 頬に指をあて、笑みを浮かべる祐亜。
 まったく、何考えてるんだか……。
 いや、その前に俺の意見はどうなるんだ?
 ……まあ、どうせ主張したところで、祐亜に「却下」とか言われるんだろうけど。
「あっ」
 その祐亜が、ふいに声を上げた。
「ん? どうした、祐亜?」
「祐亜ちゃん……?」
 俺たちの問いに、彼女は珍しく、ひきつった顔で答えた。
「もう八時十五分だ……」
「ぶっ!」
「八時十五分っ?」
 急いで時計を確認する。
 ああ……余裕で起きたはずが、いつの間にかこんな時間に……!
 もう家を出ないと、完全に遅刻である。
 せっかく美亜が作ってくれたご飯も、これでは食べる暇もなかった。
「うわ〜ん、早く着替えないと!」
 美亜はメイド服。これは時間がかかりそうだ。遅刻確定だな……。
「……わたし、先に行くから」
 既に制服に着替えていた祐亜は、あっさりと俺たちを置いていく。
「わ〜ん、ずるいよぉ〜」
「くっ……俺としたことが……!」
 妹に萌えるのも大事だが、育ち盛りの俺にはご飯も大事なのだ。
 昼休みまで空腹のままかと思うと、げんなりする。
 やはり平日にご奉仕はやめたほうがよさそうだ。

 そして。
 結局その日、祐亜はギリギリで間に合い、俺と美亜は遅刻したのだった……。

  妹劇場「妹はメイド?」その13

 チュンチュン……。
 窓の外から聞こえてくる、スズメの声。
 カーテン越しに部屋に差し込む、まぶしい日差し。
「……朝か」
 俺は首を動かし、ベッドの上の時計を見る。午前7時。
 そして今日は、運命の日曜日。妹たちの、メイド対決の日だ。
 どちらがより良いご奉仕をするか。その判定を、俺が下さねばならない。
 どちらかが勝って、どちらかが負けて――。
 それでその後、うまく三人の関係を保っていられるのか。
 そんなことを考えていると、俺はまともに眠ることなどできなかった。
 ドキドキドキ……。
 おそらく、そろそろどちらかが起こしに来る。
 俺の心臓は、自然と大きく鼓動し始めていた。
「まあ、どうせ美亜は、『ふらいんぐぼでーあたっく』で来るんだろうな」
 それくらいは、予想がつく。
 しかし、祐亜は……?
 これが何とも、想像できない。
「さすがに、えっちなことはしてこないとは思うが……」
 もっとも、文字通り体当たりな美亜と違って、祐亜は言葉で攻めてくる。
 今日のメイド対決だって、うろたえる俺を見て、からかおうという魂胆なのかもしれない。
「ふふふ……そうはいかないからな、祐亜」
 俺は含み笑いをする。
 この日まで時間があったおかげで、俺はじっくりと対策を練ることができた。
 いくら大人ぶっていても、しょせん相手は12歳。ここはサラリとかわして、『大人の余裕』というものを見せつけてやるつもりだった。そうすれば、彼女だって少しは反省するかもしれない。
 コンコン。
「おはようございます、ご主人様」
 そうこうしているうちに、まずは一人目がやって来た。この、やや舌足らずな声は、美亜だ。
 俺は布団をかぶり、急いで眠ったふりをした。
「失礼します」
 ガチャリ、とドアが開かれる。
 俺は念のために、片目だけをわずかに開けて、その姿を確認した。
 狭い視界の中で、この間と同じミニスカのメイド服が見えた。しかも今日はニーソックスで、チラリとのぞく太ももの肌がたまらない演出である。
 ……なかなかやるな。
 俺は布団の中で、グッと拳を握りしめた。さすがに彼女も研究してきている。
 そして今度は視線を上に向けると、肩口までのショートカットに、カチューシャがあった。そして頭の両脇には、何だかふわふわしたものが。
 ……えっ?
 俺は一旦目を閉じ、そしてもう一度、ゆっくりと開いた。
 あらためて確認したが、間違いなくそれはついている。
 そう。頭の両脇にピンと立つそれは、メイドさん究極の萌えアイテム――。
 ネ・コ・ミ・ミ。
「朝ですよ、ご主人様」
 ピコピコとその耳を揺らしながら、美亜はにっこりと微笑んだ。
 ネ、ネコミミメイドーーーっ!
 俺は心の中で、歓喜の声を上げていた。

  妹劇場「妹はメイド?」その14

 やばい。
 俺はとっさに寝返りを打つ。
 心臓がドキドキしていた。
 美亜のメイド姿――いや、ネコミミメイド姿を見た瞬間。俺の胸は、激しくときめいていたのだ。
 ――ああ、俺にこんな趣味があったとは! まさに衝撃の事実!
 ……というのは、まあ、どうでもいい。
 問題は、『とっても萌え〜』な姿の美亜である。
「ご主人様〜、起きてください〜」
 近づいてきた彼女は、猫なで声で、俺の肩を揺すり始めていた。
 ――くっ!
 俺は歯を食いしばる。
 この、今にも振りかえって抱きついてしまいたい衝動に、いつまで耐えられるのか。
 ここで起きてしまえば、色々といけないことをしてしまいそうだ。
 ――がんばれ、俺! 負けるな、俺!
 拳を握り、俺は布団の中で耐え続ける。
「もうっ……しょうがないご主人様ですねぇ」
 ふと、美亜の手が離れ、彼女があきれたようにため息をつく。
「やっぱり、ふつうにやっても、起きてくれないんですね」
 ……え?
 その言い方は……なにか、ふつうじゃないことをやる、というだろうか。
 期待していいのか、悪いのか……。
 美亜の気配が、背中のほうからどんどん近づいてくる。
 ぎしっ……。
 音を立て、俺の目の前に手をつけ、そして胸が俺の肩に触れた。
 これはもう、ほとんど抱きついているような格好だ。
 そして、美亜の吐息が、首筋から頬へとすべり――
 ぺろっ……。
 生温かいものが、触れた。
「にゃ〜ん」
 猫のような声を上げながら、俺の頬をくすぐり続ける美亜。
 ……って、こ、これは――
 ペロペロされてるーーーっ!

  妹劇場「妹はメイド?」その15

 ぺろっ……ぺろっ……。
 生温かい舌が、俺の頬を撫でまわす。
 さらにはおでこに鼻先、首筋にまで舌が伝っていく。
「うっ……くくっ……」
 思わず声がもれた。
 舌が這うたびに、むずがゆいというか、くすぐったいというか――なんか気持ちいいというか! 色々とたまらない状況になってきた。
「んっ、んっ……早く起きてください、ご主人様」
 ぴちゃ、ぴちゃ、と吐息と共に音が響く。
 ……み、美亜の奴……自分がどれだけえっちなことをしているのか、わかっているのか?
 おかげで下半身のほうは、とっくに目を覚まして開放を求めていた。
「ぐぐっ……」
 と、俺は歯を食いしばる。
 ここで美亜にばれては、俺は最低な兄になってしまう。
 肩口に体重をかけている美亜が触らないように、股間の部分はベッドのほうへと押しつけておいた。
「う〜ん……」
 美亜が困ったようにうなり、ぺろぺろ攻撃がやんだ。
「なかなか起きてくれませんねぇ……」
 下半身は起きたけどな。
 ……とはさすがに言えないので、心の中にしまっておく。
「もうっ……こんなにしてるのに起きてくれないなんて――こうなったら!」
 突然、美亜がベッドの上に立ち上がる。
 ――まさか、『ふらいんぐぼでーあたっく』かっ?
 そう思い、身構える俺だったが、
「……えいっ」
 小さなかけ声とともに、ぽすん、と身体がのせられた。
「ご主人様の上で……ネコになっちゃうぞ。にゃ〜んっ」
 ごろごろ、ごろごろ。
 のどを鳴らしながら、美亜はベッドの上で転がり始めた。
 ……ちょっと気持ちいいかも。

  妹劇場「妹はメイド?」その16

 コンコン。
 いきなりノックの音が響いて、一瞬、部屋が静けさに包まれる。
「失礼します」
 やや硬い声と共に、ドアの開く音がした。
 って、この声はまさか……。
「ああ〜っ、ダメだよ祐亜ちゃんっ」
 美亜が慌ててベッドから飛びおり、彼女のもとへと向かう。
「まだわたしが起こしてる最中なんだからっ」
「だって……起こせてないじゃない」
「うっ……」
 言葉につまる美亜。
「で、でもでもっ……」
「――いいから。わたしが見本を見せてあげる」
 食い下がろうとする美亜を押しとどめて、祐亜の気配が近づいてくる。
 ……い、一体どんな起こし方をするんだ?
 ベッドの中で、俺は身体を硬くして待っていた。
 もしかして、えっちなことじゃないかと期待しながら――。
 そしてベッドの手前で、気配がとまる。
「起きてください、ご主人様」
 頭の上のほうから、そんな声が聞こえてきた。
 ……な、なんだ?
 祐亜にしては、やけに普通だな……。
 しかしもちろん、その程度で起きる俺ではない。
「う〜ん……」
 寝返りを打ち、毛布を引き寄せる。
「ダメだよぉ、そんなんじゃぁ。わたしだって、さっきやったんだから」
 勝ち誇ったように、美亜が言う。
 だが、祐亜だってそれで終わりじゃないだろう。
 ……いよいよ、えっちなことか?
 って、何を期待してるんだ俺は……。

  妹劇場「妹はメイド?」その17

「ご主人様!」
 突然のきびしい口調に、俺はビクッと身をすくめる。
「え?」
 思わず見上げると、そこには眉をつり上げた祐亜の顔があった。彼女は俺のかぶっていた毛布をつかむと、強引に引き剥がす。
「いつまで寝てるんですか!」
「うわああっ」
 毛布と共に身体も転がる。ベッドの外――には当然支えるものはなく、俺はガクンと下へと落ちてしまった。
 ドスン、という音が響き、痛みが走る。
「くぅっ……何するんだ、祐亜!」
 打ち付けた左腕を押さえながら、彼女のほうを見て――
 俺は目を見開く。
 美亜がネコ耳でミニスカなメイドさんだから、てっきり祐亜もそういうイロモノ系だと思っていたのだが――。
 彼女は正統派のメイド姿をしていた。
 頭にはカチューシャのみ。白いエプロンドレスに、膝下までのロングスカート。
「おはようございます、ご主人様」
 にっこりと、天使の微笑みが向けられる。
 その微笑みに、不覚にも俺は見とれてしまっていた。痛みなど、とうに吹き飛んでいる。
「ご気分はいかがですか?」
「あ、ああ……悪くはないけど……」
「ず、ずるーいっ!」
 いきなり声をあげたのは、美亜だった。
「そんな起こし方、反則だよっ! ムリヤリ起こすなんて!」
 ……まあ、たしかに。
 メイドさんなら、主人が気持ちよく目覚められるようにご奉仕してほしいところだが――。
「……メイドとは、時にご主人様の恋人であり、母でもあり。今はその母親の部分を使っただけのことよ。――ちなみにマニュアルはこれ」
 エプロンの内側から、チラリと本の表紙を見せる。
「うっ! そ、それは――」
 俺が隠していたメイドさん特集本(非十八禁)じゃないか!
 な、なぜそれを祐亜が持っているんだ? こっそり隠しておいたのに!
 ……まあ彼女のことだから、俺のいない間に部屋を物色したのだろう。
 どうせなら、十八禁のほうを見つけてくれればよかったのに――……とは、口が裂けても言えないけど。
「さ、ご主人様。ご飯の用意はできていますから、早く顔を洗ってきてください」
「ううっ……わ、わかったよ」
 祐亜にせかされ、俺はしぶしぶと起き上がる。
「先におりていますからね」
 部屋を出て、祐亜が階段をおりていく。
「やれやれ」
 ボリボリと頭をかきつつ、俺もそれに続こうとしたのだが――
「むーっ」
 不満そうに唇をとがらせて、美亜が通せんぼをしていた。
「……お兄ちゃん、ずるい。わたしのときは全然起きなかったくせに、なんで祐亜ちゃんのときはあっさり起きちゃうのっ?」
「うっ。そ、それは――……つ、つい、かな?」
 そう。ホントについ起きてしまったのだ。
 あれは祐亜の作戦勝ちといえるだろう。
 だが、美亜は納得いかないらしい。
「お兄ちゃんは……祐亜ちゃんが勝てばいいって、思ってるんでしょう……?」
 悲しげに、目を伏せる美亜。
「祐亜ちゃんばっかり、メイドさんのマニュアルとか持ってるし……。わたしだって色々調べてネコ耳つけたのに……。こんなの不公平だよ……」
 ……いや、自分で調べてそこまでできれば十分だと思うが。
 でもまあ、さすがにこのままだとかわいそうな気がする。
「わかったよ。美亜にもメイドさんの本を貸してあげるから」
「――ホント?」
「ああ。ちょっと待ってな……」
 俺は部屋の隅にある本棚に向かった。ここにはマンガやら小説やら、色々と置いてある。
「さて、何がいいかな――」
 と、一通りながめて。
 俺は重要なことを思い出す。
 ――やばい。メイドさんの本はエッチなのしかなかった。
「はやくはやくぅ〜」
 振り向くと、そこには美亜が期待に満ちた瞳で俺を見ていた。
 ……ど、どうする!?

  妹劇場「妹はメイド?」その18

「むむぅっ……」
 唸りながら、俺は本棚を見回した。
 メイドさんの本は結構あるのだが、どれも男性向けのエッチ系のものばかり。あまり中学生の妹に見せられるようなものではない。
 しかしその妹はというと、俺が本を渡すのを隣に立って待っている。
「ねーねー、どれを貸してくれるの?」
「え、えーと……」
 困った。今さら貸さないわけにもいかないし……。
 ……まぁ、無難なのでいいか。
 俺は少年誌に連載しているマンガを手に取った。青年誌と違って――まぁ、多少ハダカがでてきたりもするけれど――性のご奉仕みたいなものはないし。
 ちなみにタイトルは『メイド☆あいらんど』。タイトルで中身が想像できてしまうステキマンガだ。
「ほら、これを貸すよ」
「わーい。ありがとう、お兄ちゃん」
 笑顔で受け取る美亜。ちょっぴり罪悪感もあるが……その本を読んで何をしてくれるのか、という期待もあった。
「じゃあ、さっそく――」
「あー、待て待て」
 ページをめくろうとする美亜を、俺は慌ててとめた。
 目の前で読まれるのは、さすがにちょっと恥ずかしい。
「ご、ご飯をすませてからにしような?」
「……はーい」
 美亜は首を傾げていたが、俺はその背中を押しつつ、居間へと向かったのだった。

「いつまでかかってるんですか、ご主人様」
「す、すいません……」
 居間に入った途端、祐亜に怒られ、反射的に俺は謝ってしまう。
「もういいですから。早く食事にしましょう」
「はーい。……おおっ」
 テーブルを見て、俺は声を上げた。
 そこには色とりどりの肉料理や魚料理が大量に埋め尽くされ――……って、朝からこんなに食べなきゃいけないのか……?
 ……いや、非常においしそうではあるのだが。
「これ……ぜんぶ祐亜が?」
「はい。美亜もいくつか作ろうとしたのですが……」
 ちらり、と祐亜は隣の妹の顔を見る。
「ううっ……次は上手くやるもん」
 彼女は悔しそうにうつむいていた。
 ……どうやら失敗したらしい。
 まぁ、美亜らしくてかわいいけど。
「ともかく、いただきます」
 俺は椅子に座り、ハシを手にしようとした。
「あ、ちょっと待って」
 つかもうとしたハシを、美亜に取り上げられる。
「美亜……?」
「えへへー。お料理は失敗したけど……そのわかり、わたしが食べさせてあげる」
 そう言って、彼女は俺の隣に座った。そして肉料理に手をのばし――
「美亜、お行儀悪いわよ」
 じろり、と祐亜ににらまれる。
「うっ……」
 そのままハシをとめる美亜。
 まぁ、たしかに行儀がいいとはいえないが……『はい、あ〜ん』なんてされるのは、男の夢でもあるしなぁ……。
「だ、だってさぁ。ご主人様に『あ〜ん』って食べさせてあげるのは、メイドさんとして当然の義務だよぉ」
 美亜もめげずに反論した。
 ……わかってる。美亜にしては男の気持ちをよくわかってるぞ!
「…………」
 ちらり、と祐亜が俺のほうを見た。
 俺の希望をうかがっているのだろうか。
 とりあえず――
「てへっ」
 と俺は笑いをこぼしておいた。
「……仕方ないですね」
 小さく祐亜はため息をこぼす。
「それじゃあ、二人で食べさせてあげましょう」
「オッケー」
 うなずく美亜。
 そうして俺をはさむようにして、二人が隣に席を移動した。
 祐亜と美亜、それぞれが料理をつかみ――
「ご主人様……」
「はい、あ〜ん……」
 同時にハシを俺の口もとへと持ってきた。
「あ〜……」
 と、口を開こうとして、俺はようやく気がついた。
 ……こ、これは――
 一体、どっちから先に食べればいいんだっ!

  妹劇場「妹はメイド?」その19

 俺は口を半開きにしたまま、固まっていた。
 目の前に差し出される、二つの料理。俺に食べさせようとして、祐亜と美亜がそれぞれ箸を向けたものだ。
 こ、これは――まさに究極の選択!
 右からは美亜が、
「お兄ちゃん……じゃなくて、ご主人様。はやく、あ〜んして」
 と甘えた口調で迫り、左からは祐亜が、
「ご主人様の好みの味付けをした玉子焼き……自信作です」
 と、こちらも引く様子はない。
 マンガなどではよくあるパターンで、両方同時に食べてその場をごまかすというのが大抵のオチなのだが……。
 俺には同時に食べるなどという、器用なことはできない。どちらかのを食べるしかないのである。
 なら、どちらを食べるのが最善の策なのか。それは――
「えいっ」
 考えた末、俺は美亜の肉料理を口の中にいれた。
「わーい」
「…………」
 素直に喜ぶ美亜と、黙って俺を見つめる祐亜。
 この場合、もちろん先に食べた相手が喜ぶだろう。しかし美亜は朝に俺を起こす勝負に不満を感じている。祐亜ならば多少のことは流してくれるだろうと期待して、俺は美亜の機嫌をとることにした。といっても、もちろん祐亜へのフォローも忘れない。
 もぐもぐと肉のうまみを味わいながら、俺は祐亜に向かって親指を突きたてた。
「すごくおいしいぞ、祐亜」
「……そうですか」
 口許に小さく笑みを浮かべる祐亜。
「では、こちらの玉子焼きもどうぞ」
「おう」
 もぐもぐ、ぱくんっ。
「うーん……グッドだ」
 口の中に広がる、ジューシーな味わい。中学生でこれだけ作れるのだから、将来は楽しみである。
「……お兄ちゃん、はい」
 また美亜が箸を向けてきた。俺は素直に口にいれる。
 最初の一口をクリアすれば、あとはラクなものだ。彼女たちの差し出す料理を、俺は順番に食べていく。
「……お兄ちゃん、おいしい?」
 休む間もなく彼女たちの向ける料理を食べていると、ふいに美亜が訊ねてきた。
「ああ、おいしいぞ」
 俺は笑顔で答え、パクンと彼女の料理を口にする。
「そうなんだ……」
「……美亜?」
 喜ぶと思ったのに――逆に、美亜は顔を曇らせた。
「お兄ちゃんの……バカっ」
 ふいに彼女は箸を置き、椅子から立ち上がる。
「……え?」
 驚く間もなく、美亜は背を向けて走り出した。そのまま居間をぬけ、二階へ――おそらく自分の部屋へと駆け上がっていく。
「お、おい、美亜っ?」
 何だかわからないが、とにかく俺も追いかけたほうがいいだろう。立ち上がろうして――つん、と服の裾をひっぱられた。
 振り向くと、祐亜が俺をつかんでいる。
「……な、なんだ、祐亜?」
「ゆっくんって……ホントにぶいというか、バカね」
 冷めた視線で、ボソッとつぶやくように言う。
 ご主人様と呼んでいないことから、どうやらマジメな話であるらしい。
「……お、俺、何かしたか?」
「したでしょ。この料理、私が作ったものなのに……あんなに『おいしい、おいしい』って言うなんて。失敗した美亜の立場がないじゃない」
「あ……」
 そうだった。
 この料理は祐亜が作ったものだ。
 だからいくら美亜の差し出す料理を先に食べ、おいしいとほめても、彼女は嬉しくないどころか惨めな気持ちになってしまうだろう。
 そのことに、俺はようやく気がついた。
「ま、しばらく時間を置いて、あとでフォローしたほうがいいと思うよ」
 そう言うと、祐亜はいつもの椅子に戻り、自分の食事を始める。
「な、なあ……。俺、どうすればよかったんだ……?」
「さあ。それを考えるのは私じゃないし」
「…………」
 そりゃあんまりだ。
 祐亜の奴は、俺をからかうのがよっぽど楽しいようである。
「なぁ……メイド勝負、まだ続けるのか?」
「ん? そうね……私はどっちでもいいけど。ただ、このままだと美亜の気がすまないでしょうね」
「そうだよな……」
 ここまでは、明らかに祐亜の圧勝だ。
 何とかして、美亜にも花を持たせてやりたいが……。
「ちなみに、私は手を抜くつもりはないから」
「だよな……」
 昔から、祐亜はこういう奴だ。
 となると、俺が何とか美亜をフォローするしかないが――。
 さて、どうするか……。

  妹劇場「妹はメイド?」その20

 コンコン。
 食事が終わってしばらくした頃、俺は美亜の部屋をたずねてみた。
 あれから一時間はたっているし、少しは落ち着いたかもしれない。
「み〜あ〜、お兄ちゃんだぞ〜」
 ……しーん。
 反応はなかった。
 美亜が部屋にこもってから、外に出た様子はないから、間違いなくいるはずなのだが……。
 やっぱり、まだいじけているのだろうか。
 こうなったら、とことんフォローをするしかない。
「あ、あのな、美亜。まだ勝負は始まったばかりだし、挽回できるチャンスなんて、まだまだあるじゃないか。料理はダメだったけど、美亜には美亜の良さというものがあるんだし。ドジっ子メイドというのも、それはそれで需要が――げふぉっ!」
 バンッ!
 勢いよくドアが開き、顔面に衝撃が走る。いきなりのことで、避ける間もなかった。
「ぐぉぉぉっ……!」
 俺はその場にしゃがみこみ、顔面を押さえる。目の前がちかちかしていた。
「……あ、なんだ。いたの、お兄ちゃん?」
 見上げると、何事もなかったかのような、さっぱりとした顔の美亜。
 ……聞こえてなかったのか?
 せっかくがんばって、俺がフォローの言葉をかけていたのに……。
「――ん?」
 ふと、気づく。
 美亜の手に、何かがにぎられていた。
 それは、一冊の本――俺が彼女にかした、『メイド☆あいらんど』だった。
 ということは、今までそれを読んでいたのだろうか。
「美亜……?」
 声をかけると、彼女は唇の端を上げ、自信満々といった笑みを浮かべた。
「お兄ちゃ……じゃなくて、ご主人様っ」
 小さく首をかしげ、わざとらしく――もとい、かわいらしく、くるりんっと回転してみせる。スカートが舞い上がり、健康的な太ももがあらわになった。
「おおっ」
 思わず目が釘付けになる。
 美亜の太ももくらい、いつも見ているのに――こうしてスカートがめくれそうになると、つい目で追ってしまうのは何故だろう……。
「一緒に――」
 くるくる、と回り続ける美亜。
 ――もう少し、肝心な部分までもう少しだっ!
「お風呂に――」
 ――うんうん、お風呂に?
「入りましょ〜」
 ――そっかそっか。どうでもいいけど、なんで回ってるんだ?
 ……って、え?
 今……なんと言いましたかっ?
 なんかすごいこと言いませんでしたか、美亜さんっ?
 全神経を集中させて彼女のほうを見ると――
 美亜は回るのをやめ、にっこり笑って言った。
「ご主人様、一緒にお風呂に入りましょ〜」
「いっ……いっしょにおふろですとっ!?」
 ドカーンっ!
 その言葉を聞いた瞬間。
 俺の脳内で、妄想が爆発した。

  妹劇場「妹はメイド?」その21

 い、妹と一緒にお風呂……!
 それは兄としての、夢であり憧れであり――野望である!
 彼女たちが義理の妹となってから、ずっとしてみたいと思っていたことが
……まさか叶う日がやってこようとは!
「くぅぅっ……!」
 ぐっ、と俺は拳をにぎりしめた。
 嬉しすぎて、涙がこみあげてきそうだ。
 そして一緒に入れば当然するのが、嬉し恥ずかしの洗いっこだ。

『あのね。わたし、お兄ちゃんにね……身体を洗うの、手伝ってほしいな……』
『もちろんOKさ! さぁ、きれいにしようね〜』
『あんっ……。お兄ちゃん、そこは女の子の大事なところだから……もっとやさしくして……』
『ごめんごめん。じゃぁ、こんな感じかな?』
『うんっ……えへへ。もう、くすぐったいよぉ』
『美亜の身体って……やわらかいな』
『わたしだって、女の子だもん……。それより、今度はお兄ちゃんを洗ってあげるよ』
『そ、そうか? 美亜にできるのか?』
『む〜っ。それくらいできるから、やらせてよ〜』
『わかったよ。じゃ、頼むな』
『うん。……わぁ、お兄ちゃんの背中って、大きくてかたいね』
『まぁ、男だからな』
『でも前のほうはやわらかい――って、わっ、こっちもかたくなってきたよっ』
『こ、こら、美亜。そんなにいじるんじゃないっ』
『すごーい……たくましいって感じ。さすがお兄ちゃんだね〜……なでなで』
『くっ……。美亜、そんなにしたら俺……もう、ガマンが……』
『……うん、いいよ。お兄ちゃんになら……』
『み、美亜……』

 そうして、二人はそのまま禁断の関係へと進んでいき――
「でへへ……」
 俺はこみあげる笑いを抑えきれないでいた。
「あの……ご主人様? ご主人様ってば!」
「えっ?」
 美亜の呼ぶ声に、俺は我に返る。
「ヨダレ、でてるけど……」
 ジト目で、少しあきれたような顔の美亜。
「はうっ……」
 俺はあわててヨダレをぬぐった。
 一緒にお風呂に入ろうという、あまりにも甘美な美亜の誘いに、少しアッチの世界に行ってしまっていたらしい。
 これじゃ、まるで危ない人じゃないか。いかん、いかん……。
「それじゃぁ、はい、これ」
「ん?」
 美亜に何やら、紺色の布切れを手渡される。
「それ、水着だから〜それを着て入ってね」
「ええっ!」
 ――そんな、バカな!
 ハダカとハダカの付き合いじゃ……ないのかっ……?
 ガックリと、俺は膝から崩れ落ちる。
 そんな、そんな――期待させておいて、ひどいよ美亜……。
「だって……ハダカ見られるのは、さすがに恥ずかしいもん」
 もじもじと身をくねらせながら、美亜は顔を赤くする。
 ……まぁ、そりゃぁそうだよな。
 勝手に期待しすぎた俺がいけなかったのか……。
「じゃ、先に行ってるからね。ご主人様っ」
 スキップを踏むように軽やかに、美亜は部屋をでて階段をおりていく。
「う〜ん……」
 ハダカじゃないのは残念だが、水着というのもそれはそれで楽しみかたがある。
 せっかくだから堪能することにしよう。
 そう思い、手にした布きれを広げ――
「うっ……!」
 俺は愕然となった。
「こ、こ、これはっ……」
 プルプルと、水着を持つ腕が震える。
 男ものにしては、やけに生地が多いと思ったが――まさか、こういうことだったとは……!
「みっ……美亜のスクール水着じゃないか!」
 小さな水着の胸の部分には、六年二組というクラス名と、彼女の名前が刺繍されていたのだった……。
 
 
  妹劇場「妹はメイド?」その22

 俺が手にしているのは、ただの布切れではない。
 去年――美亜が六年生のときに着用していた、スクール水着様なのである!
「ははーっ」
 思わずそれを天に掲げ、頭を床につける。
 ……ありがたや、ありがたや。
 これもきっと、神様のおぼしめしに違いない。
 ――妹に萌えるなら、まずはスク水を堪能せよ!
 と、きっとそういうことなのだろう。
 ――ああ、なんてすばらしい神様! 妹萌えをわかっていらっしゃる!
 サラサラでツルツルでスベスベで、たまらない感触!
 生地に手をすべらせ、撫で回すと、まるで美亜の身体に触れているような――いけない気分!
 最高! 美亜のスク水最高!
 ごろごろごろっ。
 俺はスク水を胸に抱いて転げまわる。
「――んっ? あ、あれ……?」
 ふと、気がついた。
 美亜のスク水――旧型スクール水着には、いわゆるスカート状の部分があるのだが――その正面の部分に、小さな隙間があいているのである。
「これは……」
 股間の部分から、おそるおそる指を……それから手を差し込んでみた。
 スカートのヒダを抜け、オヘソの部分を通り――指先が突き出る。
「なっ……」
 ……穴があいていた。
 転げまわって、あけてしまったのか? いや――違う!
 俺は慌ててスク水を裏返してみた。
 ……や、やはり!
 股間の生地をのばして、前の部分へと縫合されているが、それは横側だけ。
 つまり――
 これは穴をあけてしまったのではない。もともと、あいているのだ!
「くっ……!」
 俺は拳を床へと叩きつけた。
「スク水に……スク水にこんな秘密があったなんて!」
 あのスカート部分の正面に穴があいていて、それが少女の隠された部分へと繋がっていた――。
 なぜっ……なぜ気づかなかったんだ、俺!
 小学校時代、クラスのかわいい子のスク水姿を、こっそり眺めまくっていたというのに!
 ああ……もしあの日に戻れたなら、もっと――もっとじっくり見ているのに!
「……それ、『前垂れ』っていってね。胸から入った水を出すためについてるんだよ。意外と男の子は知らないんだよね。……まぁ、知っててもイヤだけど」
 くっ……! それもそうか!
「――って、祐亜っ?」
 声に驚き、俺は後ろへとのけぞる。
 そこには、メイド服を着た祐亜が俺に視線を合わせてしゃがみこみ、ニヤニヤといやらしい笑みを浮かべていた。
「なんですか? 妹の水着を抱いて転げまわる、ヘンタイご主人様?」
「ううっ……!」
 や、やっぱり見られていたのか……。
 ということは、まさか――
「まさか、祐亜……。このことを美亜に言ったりしないよな?」
「どうしようかな〜」
 ニヤニヤ。
 値踏みするように、俺の目を見つめる祐亜。
 ……おそらく、祐亜のことだ。このことを美亜に告げることはないだろう。
 だが!
 そのかわりに、とんでもない条件をつきつけてくるであろうことは、ほぼ間違いない。
 この際、覚悟を決めるしかなさそうだ……。
「……わ、わかった。お前のいうこと、何でもひとつきくから」
「ん〜、そうだねぇ……」
 祐亜もわかっているのか、顎に人さし指をあて、さっそく条件を考え始める。
「あ、その前にいっておくけど、メイド勝負に勝たせてくれっていうのはなしだからな?」
「そんなもったいない使い方しませーん」
「……だろうなぁ」
 祐亜にとって、勝負は二の次で。それよりも、いかに俺を困らせることができるかが大事なのだろう。
 困った妹だが……それはそれで、俺も楽しんでいる部分があるのも事実だ。
「それじゃあねぇ――」
「お、決まったか?」
「ゆっくん、美亜と一緒にお風呂に入るんだよね?」
「そ、そうだな……」
 そろそろ行かないと、待ち疲れた美亜がプンプン怒りながらやってくるに違いない。
「その水着、着ていって」
「……えっ、はぁ?」
「美亜は、それ着てきてって言ったんでしょ?」
 ……ゆ、祐亜の奴、そこから見ていたのか。
「そうだけど……これはきっと渡し間違いで」
 でなければ、いくら何でも自分の水着を渡したりしないだろう。
「別にいいじゃない」
 そう言って、背中から祐亜が乗りかかってくる。長い髪が首筋に触れ、吐息が耳をくすぐった。
 彼女にしては珍しいスキンシップに、俺は戸惑う。
「ゆっくん、スクール水着が大好きなんだよね? この感触はもちろん――去年まで美亜が着ていた水着に、手じゃない部分でも触れてみたいよね?」
「…………」
 ごくり。
 思わずツバを飲み込んだ。
 たしかに――触れてみたい。美亜の未成熟な裸身を包んでいたこの生地に、手だけなく、全身で触れてみたい。
 しかし、しかし――!
 それは兄として、男としてどうなのか!
「大丈夫。渡し間違えたのは、あくまで美亜のほうなんだから――」
 耳元で、祐亜が誘惑の言葉をささやき続ける。
「誰も責めたりしないから……着ちゃいなよ、ゆっくん」
 お、俺は……俺は――!
 理性を揺さぶる、魅惑のスクール水着。
 ぎゅうっ……。
 考えに考え――俺は力強く、それを握りしめた。

 妹劇場「妹はメイド?」その23

「るんるん〜」
 おそるおそる脱衣所の扉を開けると、浴室のほうから鼻歌と、パシャパシャという水音が聞こえてきた。
「み、美亜。その……来たぞ」
 浴室の曇りガラスをノックし、俺は声をかける。
「あっ、お兄ちゃん……じゃなくて、ご主人様。遅いですよぉ〜」
「あ、ああ。ちょっと準備に時間がかかって……」
 ガラスの向こうに、美亜の姿は見えない。どうやら浴槽の中にいるようだ。
「早くきて〜」
「そ、そうだな……」
 無邪気な声が、かえって俺をためらわせた。
 ……本当にいいのだろうか?
 一緒に風呂に入ること――は、まだいい。兄妹なんだし、裸同士というわけでもないのだから、問題ないだろう。
 問題があるとすれば――俺の格好だ。
 祐亜にのせられたとはいえ、こんな凶悪な姿を見せてしまって、美亜に嫌われないだろうか。それだけが心配だった。
 そのとき、スッと脱衣所の空気が後ろに流れた。振り返ると、小さな隙間から、祐亜が顔をのぞかせている。
「ほら、ゆっくん。早くいきなよ」
「う、ううっ……よ、よし!」
 ここまで来たのだ。もう行くしかない。
 ――当たって砕けろ!
 ――男ならやってやれだ!
「は、ははは入るぞっ!」
 ガラッ。
 俺は扉を開け、浴室に踏み入った。中の湯気が出口を求めてどんどん外へ流れていき、浴槽の中の美亜の顔が、はっきりと見えた。
「お、お兄ちゃん……?」
 美亜が大きく目を見開く。
 ……ああ……見られている。俺は今、美亜にこんな恥ずかしい格好を見られている。
 ヘンタイお兄ちゃん、なんて言ってののしられたら、もう立ち直れないかもしれない。
 だが――
 俺の心の中では、同時に見られたいという想いもあった。
 そう――この、美亜のスクール水着を着込んだ、俺の姿を!
 もちろん美亜と俺ではサイズが違うため、正しい着方をしているわけではない。パンツのように足を通して、何とか腰まで引き上げたはいいが、肩紐をかけることができなかったのだ。なのでスク水の上半身部分は、胸のあたりからめくれたまま、下におろしていた。
 そして腰にはタオルを巻いている。モッコリが見えないようにするため――もあるが、いわゆるビキニラインの処理をしてないので、はみだしてしまうのだ。さすがにそれを美亜の前にさらすわけにはいかない。
「あ、あの……お兄ちゃん。それ、もしかして……わたしの水着?」
「ああ。さっき渡してくれただろ? どうだ、似合うか?」
 くいっくいっ、と腰をひねり、ポーズを決めてみる。
「渡したって……あっ。タンスにお兄ちゃんのも一緒にあったから、渡し間違えたのかも……」
 ……やはりそうだったのか。
 だが、覚悟決めてこれを着た俺は、そんなことでは動じない。
「……俺もおかしいとは思ったんだ。だけど、美亜がこれを着てくれって頼むから――美亜のお願いだから、恥ずかしいのもガマンして着てきたんだよ」
「お兄ちゃん……」
 浴槽の中で、美亜が立ち上がる。
 彼女は中学校のスクール水着を着ていた。旧型ではなく、競泳用なのが残念だが、まぁそれはそれでよし。
 お湯を吸った水着は、濡れて肌にはりつき、美亜の体型をくっきりと浮かび上がらせている。痩せ型で腰の部分は生地が余っているが、胸の小さなふくらみは、自分が女の子であることを主張しているかのようだった。
 ……大きくなってほしいような、そのままでいてほしいような。
 複雑な気分ではあるが、とりあえず今は萌えておこう。
 俺はすっかりなごみながら、美亜の姿を見つめていた。
「わたしのために……着てきてくれたの?」
 俺の視線に気づいたのか、さすがに恥ずかしそうに身をよじりながら、彼女は訊ねる。
「そうだよ。美亜とおそろいの水着にするためなんだ」
 だからこれはヘンタイ行為などではない。妹のスクール水着を着て喜んでいるわけでは、決してないのだ。
「ちょっと、びっくりしたけど……。わたしのためにしてくれたんだよね。ありがとう、お兄ちゃん。……あ、じゃなくてご主人様」
「あはは……どっちの呼び方でもいいよ」
「ダメだよ、勝負はまだ終わってないんだから」
「……勝負ねぇ」
 なんかもう、勝負なんてどうでもいい気がする。祐亜のほうは、もともと勝つことよりも俺をからかうことのほうが重要のようだし。……まぁ、こだわっているのは美亜だけだから、もう少し付き合ってやってもいいけど。色々おいしい思いにもあえるし。
「じゃ、ご主人様。そこに座ってください。わたしがカラダを洗ってあげますからね」
「あ、ああ……。それじゃ、よろしく」
 俺は美亜に背を向け、椅子に腰を下ろしたのだった。

  妹劇場「妹はメイド?」その24
 
 
「ふんふんふ〜ん」
 背中越しに、楽しそうな美亜の鼻歌が聞こえてくる。
 ちらりと振り返ると、彼女はタオルにボディソープをたっぷりつけて、こすりあわせていた。
「アワアワの〜モコモコなの〜」
 ……既に手が見えないくらいの、大量の泡が作られている。
「それじゃ、ご主人様。そろそろいきますよ〜」
「お、おう」
 美亜は一体どんな洗い方をしてくれるのか。
 ドキドキワクワクしながら、俺は彼女に背中を預けることにした。
 ……ぺちょ。
 タオルが乗せられる。生温かかった。
 そしてゆっくりと撫でるように、背中をこすりはじめる。
 ……って、えっ?
「ふんふんふ〜ん」
「…………」
「ご主人様の背中、大きいですねぇ〜」
「あ、ああ。まぁな……というか、美亜。ちょっとストップ」
「……え?」
 振り返ると、美亜は目をパチクリさせていた。
「あの、今のは……もう洗い始めてたんだよな?」
「そうだけど?」
 ……マジですか。
「え? なんかヘンだった?」
「いや、ヘンというか……撫でられてるようにしか感じないんだけど」
 美亜がかなりの非力なのか。それとも遠慮しているのか。
「もうちょっと力を込めてくれないと、気持ちよくないなぁ」
「う、うん。がんばるよ〜」
 こしこし、こしこし。
「おっ」
 先程よりは強くなった。短い間隔でこすりながら、肩から背骨、腰のあたりへと移動していく。
「んしょんしょ、んしょんしょ」
 美亜の息遣いが浴室に響き、一生懸命やってくれているのがわかる。
 ……わかるのだけど。
 俺はどうにも物足りなかった。
 こすりたいところをこすってくれるわけでもなく、何より力がたりない。
 ……これなら自分でしたほうがいいかも。
 すると、そんな俺の考えが伝わったのか、美亜の動きがピタリととまった。
「……ご主人様、気持ちよくない?」
「え? いや、そんなことは……」
 ない、と言おうとして、俺は口をつぐむ。
 美亜にまっすぐに見つめられ、気休めでごまかせるような雰囲気ではなかったのだ。
「う、うーん……」
 ぽりぽりと頭をかきながら、俺は答えた。
「正直、あんまり……」
「……そうなんだ」
 呟き、うなだれる美亜。
「あ、いや、別に美亜が悪いわけじゃなくてだな。ただもうちょっと力があればいいかなーって思っただけで」
 俺のためにやってくれているだけに、彼女が暗い顔をすると、とてつもない罪悪感が生まれてしまう。
 ……正直に言うんじゃなかったと後悔しながら、俺は美亜をなぐさめる。
「……やっぱり、アレをやるしかないのかな」
「え? アレ?」
 ポツリと呟いた美亜の言葉を、俺は聞き逃さなかった。
「う、うん……」
 ポッと頬を赤らめ、美亜が目をそらす。
「メイドさんの奥の手で……。力がなくても男の人を喜ばせられる、とっておきの洗い方なんだけど……」
 お、おいおいおい〜! そ、それはまさか!
 思わず顔がにやけたのがわかるが、俺は構わずに美亜を見つめる。
「え、えっとね。私の水着にボディーソープをつけてね、そのままご主人様をこするの……」
 ――きた! ついにきた!
 男が求めてやまない、理想のえっちなメイドさんだけが持つ、テクニックのひとつ!
『恥ずかしいですけど……ご主人様のためなら……』
 そう言って、柔らかな胸でこすってくれると、もうたまらん状態になるわけだ。
「よく言った! 感動した!」
 グッ、と俺は親指を突き立てる。
 ありがとう! ありがとう、美亜!
 このときを――俺はこのときを、ただひたすら待ち続けていたんだ。
 えっちな展開があってこそのメイドさん勝負。なのにこのまま俺の妄想だけで終わるんじゃないかと冷や冷やしたが、彼女のおかげで報われそうだ。
 これも美亜にかしたメイドマンガのおかげである。彼女があのマンガを読んだからこそ、こんなことを言い出してくれたわけだ。ありがとう、『メイド☆あいらんど』!
「そ、そんなに嬉しいんだ……」
 ややあきれたような顔をする美亜だが、この喜びは男にしかわからないだろう。
「ふぅん、面白そうね」
 突然、ガラッとドアが開き、少女が侵入してくる。
「わたしも参加していい?」
「なっ……」
 現れたのは、もちろん祐亜だった。そして着ているものは、当然スクール水着。
 こ、こ、これはまさか、まさかっ……!
 うれしはずかしの、ダブル攻撃なのかっ!?

  妹劇場「妹はメイド?」その25

 もしかして、ここは天国だろうか。それとも俺は、夢の世界の住人になってしまったのだろうか。
 目の前に立つ、二人の妹――祐亜と美亜。彼女たちはスクール水着を着たそのカラダを使って、俺を洗ってくれるのだという……。
「ご主人様、私たちがきれいにしてさしあげますね」
「ご奉仕ご奉仕〜」
 彼女たちは俺の背中に立ち、楽しそうな声を上げている。シャカシャカという音は、ボディーソープを泡立たせているのだろう。
 ……これが果たしてメイドの仕事なのかというと、かなり疑問ではあるのだが。まぁ、いわゆる……男の夢なのだ。ドリームなのだ。ご都合主義万歳。
 神様、ありがとう。お父さん、お母さん……そして世界よ、ありがとう。こんなかわいい妹に囲まれて……ボクは今、とても幸せです。我が人生に一片の悔いもないです。ありがとう……人間。
「あの……ご主人様?」
「もしもーし」
 ――はっ。
 妹たちが、俺の前で手をヒラヒラさせていた。どうやら呼ばれていたらしい。
「な、何かな?」
「これから洗いますよー、って言ってたんだけど……」
「ご主人様ったら、嬉しさのあまりトリップしていたみたいですね」
 二人がくすくすと笑いをこぼす。
 ……ああ、そうとも。嬉しいさ。嬉しすぎるさ! もうガマンなんてできないさ!
「はやく洗ってくれぇ〜っ!」
 俺は背中を揺らして催促した。
「もう、しょうがないご主人様……」
「それじゃ二人で同時に、ね」
 美亜と祐亜、二人の手が俺の肩に置かれる。そして――
 ふにゅんっ……。
 背中に触れる、柔らかな弾力。男を虜にしてやまない、女の子だけが持つ特別なふくらみが今、俺の背中に押しつけられている。
 そして上下に動き出す妹たち。胸の柔らかさはもちろん、スクール水着のスベスベとした感触もたまらない。
「くっはぁー!」
 思わず俺は拳をにぎり、叫んでいた。
 イイ! すごくイイ!
 究極で至高の快楽が今、俺の背中にある!
「んしょ、んしょ……」
「気持ちいいですか?」
 もちろん気持ちいい。気持ちよすぎて、力がふにゃふにゃと抜けていってしまう。
 ああ……この快楽に、すべてをゆだねてしまいたい。
 まぁ、欲をいえば――なんというか、もうちょっとこう……
「もうちょっと、大きければなぁ……」
 …………。
 ……………………。
 ……あ、あれ?
 ふと、音が消えたことに気づいた。
 泡がたつ音も、スク水がこすれる音も、息遣いも聞こえない。かわりに、背中に異様なほどに冷たい空気を感じる。
「…………」
 温かい風呂場だというのに、ゾクッと寒気が走った。
 ――イヤな予感。
 振り返るべきだろうか、振り返らないべきだろうか……。
「お兄ちゃん……」
「ゆっくん……」
 普段とはうって変わった、低い声が浴室に響く。しかも『ご主人様』という呼び方ではなくなっている。
「いま……何か聞こえたような気がしたんですけど」
「なんか大きいとか大きくないとか……」
 ゴゴゴゴゴゴ……!
 まるで浴室全体が揺れているかのような、強烈なオーラが俺に浴びせられていた。
 ――お、重い! 重い空気に押しつぶされそうだ!
 思わず呟き漏れてしまった一言が、妹たちの地雷を踏んでしまったようだ。
 実際、彼女たちの胸はどちらかといえば控えめであり、本人たちが気にしているらしいことは知っていた。
 もちろん、女の子の魅力に胸の大きさは関係ない。関係ないのだが――やはり胸を使ったご奉仕ならば、大きいほうがより効果的なのは明白だ。
 そんな思いが、ついつい言葉となって漏れてしまったようである。
 ああ……俺ってなんて正直者。
 だがしかし、今ここで大きい胸がいいなどと答えて、妹たちを傷つけるわけにはいかない。
「祐亜、美亜、聞いてくれ!」
 俺は覚悟を決めて、振り返った。
「俺は小さい胸も大好きだぁぁぁっ!」
「「小さいって言うなぁぁぁっ!」」
 二人は声をはもらせ、同時に拳を振り上げる。
 そして天国だった浴室は、一瞬にして地獄と化したのだった……。

 目を覚ましたとき、俺はベッドの上だった。部屋は薄暗く、外を見るともう日が沈みかけているらしい。
「うっ……いてて」
 起き上がろうとして、頭のてっぺんに痛みが走った。
「思いっきり殴られたからなぁ……」
 まぁ、俺が悪いといえば悪いのだけど。
 ……って、あれ?
 俺はどうしてベッドで寝ているのだろう。
 かけ布団をめくると、いつものパジャマを着ている。ズボンをめくって確認したが、パンツもはいていた。
 …………。
 …………えー…………と。
 ということは、まさかっ……?
 サ――と血の気が引く。
 俺には祐亜と美亜にタコ殴りにされた後の記憶がない。もちろん浴室から出て着替えた覚えもない。
 つまり状況から推測するならば。俺は二人に部屋まで運ばれ、着替えさせられたということになる。
 腰に巻いたタオルをとられ、美亜のスクール水着を脱がされ……何もかもを見られてしまったわけだ。
「うぐわぁあぁぁああぁぁぁっ!」
 頭を抱えて、俺は絶叫した。
 隠したエロ本より何より、一番見られたくないものを妹たちに見られてしまった。
『これがお兄ちゃんのなんだ〜、つんつん』
『わぁ、かわい〜』
 ……なんて、されてしまったのだろうか。
 それとも――
『きゃー! タオルとったらヘンなのがはみだしてるー!』
『気持ちわる〜い!』
 ……なんて最悪のパターンも考えられる。
 どちらにしろ、もう会わせる顔が――
 と思っていたら、いきなり複数の足音が近づいてきて、ドアが開いた。
「お兄ちゃん、目が覚めたの?」
 入ってきたのは美亜だった。
「ゆっくん、大丈夫?」
 その後ろには祐亜もいて、少し心配そうな顔をしている。
「あ……」
 二人と目が合って、俺は気まずざに目をそらした。
「お、お兄ちゃん……」
「え、えっ……と」
 それが伝わったのか、彼女たちももじもじと言葉をつまらせている。
 この反応だけで、先程の推測が間違っていないことの証明としては充分だろう。
「お、お兄ちゃんが悪いんだからね。せっかく恥ずかしいのをガマンして、あんなことしてあげてたのに」
「大きいほうがいい、だなんて……ねぇ」
 二人は少し頬を赤らめながらも、うんうんと頷きあっている。
「大体、ゆっくんのだって小さいくせに、ひとの胸のことに文句つけないでほしいわ」
「そうだよね。お兄ちゃんのだって小さかったよね」
「って、そっちに話を持っていくなぁぁぁっ!」
 ただでさえ見られて恥ずかしいのに、小さい小さいと連呼されては、男としての威厳が失われてしまう。
 二人とも、誰かのとくらべて言っているわけではないだろう。それならば――
「……ふ、ふふんっ。二人とも、甘いな」
 彼女たちの嘲笑を、俺は鼻で笑って返した。
「男のモノは女の胸と違って、大きくしたり小さくしたりすることができるのだ! どうだ、見たいかっ?」
「……べつに」
「見たくない」
 美亜はふぅっ、と息を吐いてあきれたように。祐亜は嫌悪感を示すように、目を閉じてそっぽを向いた。
 ……え、ええ? なんですか、その反応は?
 そういえば二人とも、もうメイド服ではなく、いつもの私服になっているが……。
「な、なあ。メイド服はどうしたんだ? 今日一日はあれを着てるんじゃなかったっけ?」
「ああ……メイド勝負ね。あれはもういいわ」
 と祐亜。
「うん。わたしも、もういい」
 と美亜もうなずく。
「も、もういい……?」
 予想外の言葉に、俺は思わず聞き返した。
 そ、それって――。
「飽きた。というか……気づいたのかな。ね、美亜」
 と、祐亜が隣の美亜に目配せする。
「うん。わたしたち、お兄ちゃんを好きというよりは――双子ってことで、お互いに対抗しあってただけなんだって」
「そんなこと意味ないのにね」
「わたしもヘンな意地はっちゃったから……。ごめんね、祐亜ちゃん」
「わたしこそ、色々ヘンなことさせてごめんね、美亜。今度料理教えてあげるから」
「うん。練習すれば、祐亜ちゃんみたいに作れるよね」
「大丈夫よ、美亜なら」
 笑顔で言葉を交し合う、二人の姉妹。
 俺はポカンとまぬけに口を開けたまま、彼女たちの会話を聞いていた。
 ……あのー……あのー……それって、俺の存在はどーでもよかった、ってことなんでしょうか……?
 甘えられたり、かわかわれたり。ふつうの兄妹とくらべて、なんだか不自然なくらいに構われていたような気はしていたけれど。それは年の近い兄ができた、嬉しさからきたものだと思っていたのに。
「というわけで、ゆっくん」
 心の中で涙する俺に、祐亜が明るく話しかけてきた。
「ゆっくんが寝てる間に美亜と話して、今後はもうご奉仕とかやらないことにしたから」
「うん。冷静になってよく考えたら、お兄ちゃんってあんまり……ねぇ」
 と美亜は言葉をのみこみ、祐亜を見る。
「うん。いい男じゃないしね」
 ズバリ、祐亜は言った。
「ゆ、祐亜ちゃん。そんなにはっきり言ったら、お兄ちゃんがかわいそうだよ」
「うーん……。でも自分がもてるんだって勘違いされたら、なんだか悪い気もするし」
「そ、そうかなぁ……。う、うーん……そうだよねぇ」
 迷いつつも、否定はしない美亜。
 二人とも、同意見らしかった。
 ――お、俺って……俺って……。
 妹に好かれている素晴らしい兄だと思っていたのは――
 すべて勘違いだったのかぁぁぁっ!
 ぐはぁぁぁぁぁっ!
 ばふっ……。
 俺はショックのあまり、ベッドに倒れこんだ。
 ……ひどい……ひどいや、二人とも。
 背中を向け、頭まで布団をかぶる。
 身体が震えて、涙がこみあげてきた。
「お、お兄ちゃん……?」
「……美亜、でよう」
「う、うん……」
 二人の足音が遠ざかり、ドアがパタンと閉まる音がした。
 気をきかせたつもりなのだろうか。
 ……まぁ、そのほうがよかった。
 情けなさと恥ずかしさで……俺は泣いていたのだから。
 そりゃあ……俺はいい兄じゃなかったかもしれないけど。……冷静に考えると、『萌え〜』とかばかり考えていたような、ダメダメな兄だったような気もするけど。
 しかし! 妹たちを好きな気持ちはホンモノなのだ!
 その気持ちが一方的なものでしかなかったなんて……。
 俺はもう、彼女たちに顔をあわせられない。彼女たちからすれば、俺なんてただの勘違い男でしかないのだから……。

 それから、どれほどの時間が過ぎたのか。
 俺はいつの間にか眠ってしまっていたらしく、部屋は完全に闇に包まれていた。
 居間に降りるのは気が引けたが、腹の虫はきゅるきゅると鳴いている。そもそも同じ家に住んでいるのだから、顔をあわせないなんて無理な話だ。
「……ふぅ」
 仕方なく、俺は起き上がった。明かりをつけて、ドアノブに手をかける。
 ――ふつうに。ふつうにしていれば大丈夫。
 彼女たちだって、いきなり態度を変えるなんてしないだろう。
 多少の気まずさ――それさえガマンすればいい。
「よし」
 俺は覚悟を決めて、ドアを開いた。そして――
「……ん?」
 部屋の前――少し離れた廊下に、ポツンと皿が置いてあった。
 ラップでくるまれたそれは、ホットケーキだ。少し焦げ目があるが、ふっくらと膨らんでおり、おいしそうにできている。そのラップの上には、『お兄ちゃんへ』と書かれた白い紙が置かれていた。
「俺にか……?」
 下のほうに、『美亜より』と小さく名前が書かれている。
 俺を傷つけたと思ったお詫びのつもりなのだろうか。
 とりあえず、開いて読んでみることにする。

『お兄ちゃんへ。
 まず最初に今日のことですが、わたしたちはお兄ちゃんのことが嫌いなわけじゃありません。ただ今までみたいに、無理に好かれようとする態度(ご奉仕とかね)をやめることにしただけです。
 だって……妹なのにそんなの、不自然だもんね?
 それに……祐亜ちゃんとも話したんですが、お兄ちゃんには、もっとステキな人になってほしいと思います。……これははっきり言ってしまいますが、今のお兄ちゃんはあんまりカッコよくありません。
 だってすぐに鼻の下のばしてだらしない顔するし、優柔不断だし、ヘンな趣味持ってるし……。
 実は祐亜ちゃんにはまだ内緒なのですが、お兄ちゃんがステキになってくれたら、またご奉仕してもいいかな〜って思ってます。
 メイド勝負も実は結構楽しかったです。
 だから頑張っていいお兄ちゃんになってください。わたしたちもいい妹になります。
 それで……
 このホットケーキですが、祐亜ちゃんに教えてもらってわたしが作りました。味見はしたので、おいしいと思います。ぜひ食べてください。
 追伸――
 とりあえず……ヘンな趣味をどうにかしてください。いくらなんでも、妹の水着を着るのはやばいと思います(まさかホントに着るなんて……)。
 追伸2――
 妹をえっちな目で見るのはやめたほうがいいと思います(視線でわかるんだからね!)』

「…………」
 読み終わった俺は、手紙を閉じた。
 そして大きく息を吸いこみ、ゆっくりと吐いた。
「ステキなお兄ちゃん……ねぇ」
 呟き、ホットケーキをひとつまみ、口に運ぶ。
「うん……うまいな」
 口の中で、柔らかな甘みが広がっていく。
 美亜も頑張って作ったのだろう。
 ただ……
「ヘンな趣味をやめろというのは……無理だな」
 趣味というか、もう性癖なのだから。かなりむずかしいだろう。
「えっちな目で見るなというのも……無理だな」
 いくら義理の妹とはいえ――
 年の近い美少女が二人もいるのだから、男としては意識してしまう。
 なんだか無理な注文ばかりだが……彼女たちから本当に好かれるためには、その条件をクリアしないといけないのだろう。
「そうだな……」
 すぐにはむずかしいかもしれない。けれど、少しずつ――いい男に、いい兄になれるよう、努力してみよう。……趣味をやめる以外の、別の方向からで。
『ホットケーキ、おいしかったよ――』
 妹たちに会ったら、まずはそう伝えてあげよう。
 すべてはそこからスタートだ。
 新しい俺たちの――兄と妹の関係を作っていくために。
 俺はすぐに空になってしまった皿を持って、妹たちの声がする居間へと降りていった。

 おわり。