アリスソフト作品「ママトト」より。

  「ラミカのメイドさん大作戦!」

  第一話 「ナナス殺人事件! 犯人はラミカ!?」 

「じゃ〜ん」
 と自分で効果音を言って、ラミカが現れた。
「どう、ナナス君? メイド服よメイド服。似合う?」
 くるくるくるりん、と彼の前で回転してみせる。しかし勢いがありすぎて、スカートも回転し、遠心力でめくれ上がった。ちらり、と白い下着が露わになる。
「きゃっ」
ラミカは慌ててスカートを押さえた。
「もうっ、ナナス君てば、エッチなんだから」
 両手で顔を覆い、ポッと頬を染める。
しかし何もしていないのにそんなことを言われては、ナナスもたまらない。
「……さて、早く次の戦略を考えておかないと……」
呟きながら、彼は机に向かって作業を再開する。
「あ〜ん、ナナス君。こっち見てよ〜」
 ラミカは後ろから突撃し、彼の首に腕を回そうとした。
「あ」
 だが、足が滑った。
 ラミカの腕がナナスの首にかけられ、そのまま下に沈んでしまう。
「ぐえええっ!」
ナナスは悲鳴を上げて椅子ごと倒れ込む。
 ズダーンッ!
激しい衝撃。
「……や、やばっ」
 ラミカは慌てて起き上がり、彼の顔を見た。
「ナナス君、ナナス君っ」
 呼びかけるが、反応はなし。
 ナナスはぐったりしている。
「ま、まさか……」
 ラミカの脳裏に、最悪の事態がよぎる。
「ま、まさか。まさかねえ」
 確認するために、ラミカはナナスの頬をつねってみた。
 ぎゅーっ。
「あー、痛い痛い」
 見てるだけで痛かった。
「それじゃ、今度は……。んー……ちゅっ」
キスしてみた。
「きゃっ、ナナス君にキスしちゃった。……って、今はそれどころじゃないし」
 反省のポーズを取るラミカ。
「よ、よし、こうなったらアレね。死にかけのおじーちゃんも鼻血を吹いて元気になるという、究極のアレをするしかないわ。えいっ」
 ぱふぱふぱふっ。
「ああっ、これでも起きないっ。マンガだとおじーちゃんが洪水のように鼻血出して喜んでたのにっ」
 ……マンガから得た技だった。
「これでも起きないということは……いうことは……」
 がくっ、とラミカは膝を落とす。
「うわぁーんっ、ナナス君が死んじゃったーーーっ!」
 彼女の目から涙が溢れ出す。
「きっとドラマなんかだと、『ナナス殺人事件! 犯人はラミカ!?』なんていう、タイトルになるんだわ! うわーん、不可抗力なのにーっ!」
 仮にドラマになるにしても、もう少しましなタイトルが付けられるはずである。
「こうなったら……」
涙を拭き、ラミカは立ち上がった。
「ナナスくんを生き返らせるしかないわ! 黒魔術でも怪しい通販グッズでも、何でもいい! 鼻からピーナッツだって食べてみせるし、逆立ちで町内一周だってしてみせる! だからナナス君を……ナナス君を……」
 無茶苦茶だが、これも愛ゆえのセリフだった。
「キラキラ光るお星様、お願いします。ナナス君を生き返らせて。ラミカのお・ね・が・い」
 窓の外に向かって祈るラミカ。
 黒魔術でも何でもなかった。
こんこん。
「あの……失礼します」
 ふいにドアがノックされ、ココナが入ってきた。
「部屋の前を通りかかったら何やら騒がしかったので……って、ラミカ。何やってるの?」
「あ、ココナぁ。どうしよう、あたし……あたしっ……」
 ラミカが瞳を潤ませる。
「ナナス君を……ナナス君を殺しちゃったぁっ!」
「えええええっ!?」
 思わずココナは絶叫した。
「まさか、そんなバカなっ……」
 しかし確かに、目の前には倒れているナナスがいる。
「ごくり」
 と喉を鳴らし、ココナは恐る恐る近づいてみた。
 しかし、すぐに彼女の表情はひきつってしまう。
「あ、あのね……ラミカ」
「な、何?」
「ナナス様、ちゃんと息もしてるし、心臓も動いてるんですけど……」
「え? ……そうなの?」
「そうなの! こういうのは、気を失っているっていうの! 驚かさないでよね、まったく」
「あっ……そうなんだ。よかったぁ! ばんざーいばんざーい!」
「ふうっ……」
 ココナはため息をついた。
 ラミカの勘違いで済んでよかったが、もし本当にナナスが死んでいたら、ママトトに未来はなかったところだ。それを考えると、一瞬ひやっとしてしまう。
「とりあえずラミカ、ナナス様をベッドで休ませましょう」
「あ、それならあたしがやっておくから。任せて」
「でも……」
「大丈夫大丈夫。今からあたしとナナス君の二人っきりの時間なの。うぷぷぷっ」
「…………」
 ものすごく心配だった。
「ま、まあ、あたしはいいんだけど。間違って死なせたりさえ、しないでくれれば……」
「応援ありがとー」
「…………」
 不安がよぎるが、今のラミカは止められそうにない。
 ココナは出ていくことにした。
「さーて、始めましょうか。ナナス君」
 一体何を始めるのだろうか。
 ドアごしにそんな声を聞きながら、ココナはそっと涙をこぼすのだった。
「ナナス様、不憫……」

  第二話 「ラミカ、暴走!?」

 ナナスは夢を見ていた。
 どんな夢かは思い出せないが、何だかとても疲れることがあったような気がする。
「ナナスく〜ん」
 甘えるような声が、耳元から聞こえてきた。背中に彼女の気配を感じる。
「ナナスくん、お・き・て」
「…………」
 起きたくない。今起きたら、あまり良くないことがあるような気がする。
(起きちゃだめだ! 起きちゃだめだ! 起きちゃだめだ!)
 心の中で、ナナスは何度も繰り返した。
「う〜ん……なかなか起きないなあ。……そうだ、こうなったら」
 ぎし、とベッドがきしんだ。
「やっぱりメイドさんといえば、朝のご奉仕! ちょっと恥ずかしいけど、ナナス君なら……」
 それを聞いて、ナナスは焦った。
(あ、あ、朝のご奉仕って一体何を!? ど、どうしようどうしよう……)
 すぐに起きようかどうか悩むナナス。
 実はちょっとだけ、ほんのちょっとだけ、期待していたのだが――。
「あ」
 立ち上がったラミカが、ベッドの柔らかさに足を取られて、バランスを崩した。
「きゃあっ」
 倒れ込んだ彼女の膝が、ナナスの股間をもろに直撃する。
 ぼぐぅっ!
「はうあっ!」
 思わぬ急所攻撃に、ナナスは悶絶した。
「ぐっ、ぐぉぉぉぉぉっ……」
 背中を丸め、股間を押さえる。他の者には、とても見せられない姿だ。
「きゃああっ、ナナスくんのアレがっ! 大事なアレがーーーっ!」
「そ、そんな大声で言わないで……お願いだから」
ナナスは呻きながら訴えた。
 女の子にアレのことを言われるのは、恥ずかしすぎる。
「……わかったわ、ナナスくん。あたし、責任取る!」

「は……?」
「ナナスくんを子供の作れないカラダにしてしまった責任を取って、あたしがナナスくんのお嫁さんになります!」
「いや、子供はたぶん……大丈夫だと思うけど」
 それに結局、『ラミカがナナスのお嫁さんになる計画』には変わりがない。
「ホント? じゃあ、見せて!」
「見せないよ! 見せられるわけないじゃないか!」
ズボンに手を伸ばそうとするラミカを、ナナスは慌てて引き剥がした。
「ちぇっ……」
「……と、ともかく」
 腰を叩きながら、彼はコホンと咳払いをする。
「ラミカはそんなメイド服を着て、何しに来たの?」
「もちろん、メイド姿を見せに。……じゃなくて、ナナス君専用のメイドになりに来たの」
「ボク専用のメイド……?」
「そう! 炊事、洗濯、掃除はもちろん、夜になったらアレのお世話まで、何でもするわ!」
「アレのお世話……って、い、いいよ! そんなことしなくても!」
「そんな、遠慮しないでよ」
「遠慮するよっ」
 二人は互いに引かなかった。
「じゃ、じゃあ、こうしようよ。試しに一日だけやってみて、それが良かったら続ける。駄目だったら終わりにするってことで」
「わ、わかったよ。そこまで言うなら……」
 そんなわけで、今日はもう遅いので、それは明日から実施されることになった。
「ところで、どうして急にメイドになるって言い出したの?」
「お嫁さん修行に最適だって言われて」
「……だ、誰に?」
「ミュラに」
「…………」
 ナナスは絶句した。
(ミュラか! ミュラだったのか!)
 確かに、彼女なら言いそうだ。しかし、おかげで股間がひどい目に! ……と文句を言いたいが、それは恥ずかしいのでやめておく。
(まったく……ボクは今、それどころじゃないのに)
 彼女のことだから、気分転換にと思ったのかもしれないが、相手がラミカというのが、果たして良いのか悪いのか……。
(明日はまともに過ごせますように)
 ナナスはベッドの中でそう祈ってから、眠りについた。

 そして翌日。
 ラミカのメイド仕事が始まった。

 まずは炊事。
「ナナスく〜ん、ご飯よ〜。あたしが作ったのよ〜」
「もぐもぐ………………ぶはあっ!」
 ナナスは引きつけを起こし、気絶した。

 洗濯。
「ほら、ナナス君。洗うから脱いで脱いで〜」
「今着ているのは洗わなくていいんだよっ! うわっ、下着まで脱がさないでよっ!」
「きゃああっ! ナナスったら、こんなところで裸で何してるのっ!」
 アーヴィに見られてしまった。
「違うんだぁぁぁっ!」

 掃除。
「るんるる〜ん。えいえいっ」
 ガシャーンっ! ビリビリーッ! ドカーンッ!
「ああっ、飾っていた花瓶がっ! 大事な書類がっ! 何故か爆発がっ!?」
 ナナスの部屋はボロボロになった。

 そして、あっという間に夜になった。
「つ、疲れた……」
 ナナスはベッドに倒れ込む。
 今日は一日中、ラミカに振り回されていたような気がする。
(そろそろ敵国との決戦も近いっていうのに……)
 そのための戦略を練ろうとしていたのに、結局何もできなかった。
(ラミカには悪いけど、やっぱりメイドさんは今日限りにしてもらおう……)
こんこん。
「ナーナス君」
 そう考えていると、寝間着姿に着替えたラミカが、部屋に入ってきた。
「一緒に寝ましょ?」
「ぶっ」
 ナナスは思わず吹き出してしまう。
「い、い、一緒にって……何で?」
「だって、まだメイドさんの仕事は終わってないもの。ア・レ・のお世話が。……きゃっ」
 ぽっ、と頬を染めるラミカ。
「あ、アレって……アレって……」
 ナナスの顔も紅潮してくる。
「それより、今日はごめんね……」
 ラミカはベッドに腰をかけると、急にしんみりした表情になった。
「失敗ばかりで、結局ナナス君には迷惑をかけただけだったね……」
「あ……い、いや、そんなことはないよ」
「別に慰めてくれなくてもいいよ……」
「ううん。まあ、結果的にはあまり良くなかったかもしれないけど。でもラミカのボクを思う気持ち、一生懸命な気持ちが伝わってきたから……嬉しかったよ」
 それはナナスの慰めではない、本心からの言葉だった。
「本当? ありがとう……優しいね、ナナス君」
にっこり微笑むラミカ。
(ああ……そうか)
 彼女の笑顔を見て、ナナスは思う。
(ラミカのその表情が……ボクは見たかったんだな)
 最近は指揮官としての責務から、常に張りつめた気持ちでいたナナス。しかし今日はずっとラミカと過ごし、彼女の笑顔をたっぷりと見ることができた。身体は疲れていたが、心が軽くなったような気がしたのは、そのせいかもしれない。
「でも……メイドさんは今日限りにするね」
 とラミカは言った。
「やっぱり、今のあたしじゃナナス君に迷惑かけちゃうばかりだし……。ナナス君に尽くすのは、今度はお嫁さんになってからにするよ」
「え……?」
「それまでに、たっぷり修行しておくから。……ね?」
「あ……うん、そうだね。そのときを楽しみにしてるよ」
「それじゃ、メイドさん最後のお仕事として……アレ、しましょ」
 ラミカが、ナナスににじり寄ってきた。
「あ、アレって……何?」
「アレはアレでしょ。さ、横になって」
「い、いや、でも……」
「ほらほら、恥ずかしがらないで」
 強引に、ラミカに押し倒されてしまう。
「ちょ、ちょっとっ」
 ナナスは焦りながら、自分に問いかける。
(いいのか? 本当にいいのか?)
 このまま流されてしまいたい気持ちもあるが、これでは良くないという気持ちもある。
 しかし悩んでいる間に、ナナスはベッドに寝かされていた。隣にはラミカも横になり、彼を胸に抱くようにしている。
(……あれ? この態勢はちょっと……)
 何だか想像と違うように思う。
「あ、あの……ラミカ。これって……」
「え? 添い寝だけど……」
「……添い寝……?」
 ぽかんと口を開けるナナス。
(添い寝……何だ、添い寝かっ!)
変な想像をした自分が恥ずかしくなった。
「な、何だ、そうだったのか。あは、はははは……」
「ん? 眠れないの……? だったら、あたしが子守歌を歌ってあげる」
「うん、ありがとう……」
 少し残念だったが、それも悪くない。
 まるで母親に抱かれるかのように、温もりを感じながら、子守歌を聞きながら、ナナスは眠りにつこうとした。
「それじゃ、歌うね」
 ナナスの頭を撫でながら、ラミカはすうっと息を吸う。
「ガーメラ、ガメラ! ガーメラ、ガメラ! 強いぞガメラ! 強いぞガメラ! 強いぞ、ガーメーラー!」
「うわああああっ!」
 ナナスは飛び起きた。
 耳元であんな大声を出されては、彼もたまらない。
「な、な、何、ラミカ? そ、その歌は……」
「え? 伝説の子守歌だって聞いたんだけど……」
「伝説の……。こ、今度は誰に聞いたの?」
「えーと……誰だったかな」
 思い出せないらしい。
「ま、まあいいよ。今度は子守歌はしなくていいから……」
「そう? 残念……」
 そう言いながら、ラミカはナナスを抱きしめる。
「……おやすみ、ナナスくん」
「おやすみ、ラミカ」
「……また明日から頑張ろうね。早く平和になって、みんなが幸せに暮らせるように」
「うん。そうだね……」
 互いの温もりを感じながら、二人は寝息をたてる。
 先に眠りについたのは、ラミカの方だった。
「今日はありがとう、ラミカ」
 彼女の寝顔を見ながら、ナナスは呟く。
「平和な世界……か。そうだね……早くそんな世界にしなくちゃね……」
 先はまだまだ長い。そのための難関も、たくさん残されている。
「もし、それが実現すれば、きっと……」
 ナナスはずれた布団をかけ直しながら、彼女の額に、そっと口づけをした。
「きっと……君を迎えに行くよ。ボクの花嫁さん……」
 そのとき、一瞬ラミカが微笑んだような気がした。
 もしかしたら、夢を見ているのかもしれない。
 近い将来、実現するかもしれない、二人が結婚するときの夢を。

「ナナス君、愛してる」
「ボクもだよ、ラミカ」
 二人の未来に、幸あれ――。

 おわり。

 

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