それは夏のある日のことだった。
 俺は散々に悩んだ結果、一大決心をして登校した。悩み過ぎてほとんど寝ていないが、そんなことは関係ない。
 朝会った友人に「目付きが危ない」と言われるほど、今日の俺は気合いが入っているのだ。
 教室に入った俺は、自分の席で、まだ来ていない彼女を待った。
 西山綾音。俺が恋する相手である。
 ホームルーム開始十分前に、彼女はやってきた。だが人の多いこの時間に告白は無理だ。放課後を待つしかない。
 やがて授業が始まった。
 だが……つ、つらい。
 この眠くなる授業は、睡眠不足の俺には堪え難いものがある。唯一の救いは、右隣に彼女がいることくらいだ。
 彼女を見ているだけで、まるで天国にいるみたいな、何だかいい気分になってくる。
 ああ……かわいい。とってもかわいい。
 彼女の存在が、俺を幸せにしてくれる。
 もっと近くに、もっと側にいたい。
「田中、田中」
 誰かが俺を呼んでいる。男の声だ。
 しかし、目の前には綾音がいるのだ。男になど構ってられない。
「田中くん」
 彼女の声。そして笑顔。俺はこれを待っていたのだ。
「綾音――好きだっ。俺と付き合ってくれっ」
 思わず叫んでいたが、一瞬にして、空気が冷たくなるのを感じた。
「あ……あれ……?」
 俺は立ち上がっており、しかも教室中の注目を浴びている。
 も、もしかして……。
 嫌な予感は的中した。
 教室がわっと沸いた。
「きゃーっ、すごーいっ」
「やるな、田中ーっ」
「ひゅーひゅーっ」
「どうするの、綾音っ」
 もう大騒ぎだ。
 ああ……俺は……寝ぼけて授業中に告白してしまった……。
「田中……そういうことは休み時間とかにしろよな……」
 先生があきれたように言う。その声で、彼がさっき呼んでいた男だとわかった。
 うう、あんたが眠くなる授業をするからだぞ。
 だがそれより、問題は彼女だ。
 こうなったら返事を聞くしかない。
「に、西山さんっ」
 皆がしんとなった。
 彼女は恥ずかしそうにうつむき、そして呟いた。
「ごめんなさい……」
 その瞬間、俺の頭は真っ白になり、教室を飛び出していた。

「ああ……俺の人生終わった……」
 もう明日から学校に行けない……。
 俺は近くにある橋の下で膝を抱え、思い切り落ち込んでいた。
「はあ……」
 俺は不幸だ。もうだめだ。こんな結果になるなんて、神がいるなら恨んでやる。
 そのうちに、川のせせらぎで眠気が誘われ、俺はいつしか眠ってしまっていた。

 しとしとと、雨の音が聞こえる。俺の落ち込んだ心を象徴しているかのようだ。
 しかしその中に混じって、明るい少女の歌が聞こえてきた。
「ぴっちぴっち、ちゃっぷちゃっぷ、らんらんらんらん」
 舌足らずなその声は、幼稚園くらいか。
 ふと歌が止み、その少女のものと思われる足音が近付いてくる。やがてそれは俺の前で止まった。
 顔を上げてみると、少女がにっこりと笑顔を浮かべていた。
「こんにちは」
「こ……こんにちは」
 と俺は思わず挨拶に応える。
 その少女は……とってもかわいかった。
 赤い傘を差して、背中まで伸ばした髪には赤いリボンを、さらに赤いリュックを背負い、赤い長靴を履いている。
「……赤が好きなの?」
 俺は訊ねた。
「うん、大好き」
 少女が答える。
「この傘と長靴、おニューなんだよ。いいでしょ?」
「うん……まあね」
「でもあげないよ」
「ははは、取ったりしないって」
 俺は苦笑した。
 彼女……西山綾音にも、こんな時期があったんだろうな……。
「ん?」
 ふと思い出し、腕時計を見てみる。
 針は十二時を指していた。
「君……年いくつ?」
「七歳。ぴっかぴかの一年生だよ」
「学校は?」
「今日はもう終わったけど」
「ああ、そうか……」
 小学生は帰るの早いんだよな。
「お兄ちゃんは何してるの?」
「ん? ちょっとね……落ち込んでたとこ……」
「ふ〜ん……」
 この子にこんなこと話しても仕方ないんだけど……。
「お兄ちゃんは学校ないの?」
「え? 俺は……その、さぼりかな……」
「あー、いっけないんだぁー。不良なの?」
「違うよ。さっきも言ったけど、嫌なことがあったの。大きくなると色々あるんだよ」
「わかった、女の子にふられたんでしょ?」
「うっ……」
 図星だった。
 最近の子供はませている……。
「あははは、やっぱりそうなんだー」
「おい……あんまり笑うなよ……」
「うふふふ……でも大丈夫」
 と少女は、閉じた傘をぐるぐる振り回した。
「実はあたし、こう見えても魔法使いなので〜す」
「は……?」
 俺はぽかんと口を開けた。
「あたしの魔法で、お兄ちゃんの恋を叶えてあげま〜す」
「…………」
 これは……子供によくある、何かのアニメの真似なのだろうか。
 俺にも覚えはあるが……しかしなあ……。 まあ、この際付き合ってやるか。
「ねえ、あたし鈴木沙奈っていうの。お兄ちゃんは?」
「俺? 田中直人だけど……」
「ふ〜ん……直人くんか」
 と沙奈は俺の隣に座った。
 しかし直人くんって……別にいいけどね。
 沙奈は自分のリュックの中を開け、ポテトチップスを取り出した。
「これ食べる?」
「い、いや、別にいいよ……」
「遠慮しなくていいよ。まずは腹ごしらえをしなくちゃね」
 と沙奈は袋を開けようとする。だがなかなか開かない。
「んん〜っ」
 彼女は力を込めて引っ張った。
 あ、やばいかも……。
 咄嗟に止めようとしたが、遅かった。
 袋は開いたが、ポテトチップスはばらばらに飛び散ってしまった。
「あ〜あ……」
 と俺は呟く。
「うう……あたしのチップが……」
 沙奈は涙目で俺を見た。
 俺はその頭にぽんと手を乗せた。
「まあ、こうなったらすっきりあきらめるしかないな……」
「やだ、もう拾って食べるっ」
「こらこらっ」
 と俺は手を伸ばそうとする沙奈の手を押さえた。
「え〜ん、食べたかったのに〜っ」
「よしよし、じゃあ特別にこれをやろうじゃないか」
 俺はポケットから取り出したものを彼女の手に乗せた。
「……何、これ?」
「昨日駅前でもらったポケットティッシュだ」
「いらないよぉ〜」
 と沙奈は嫌そうに俺に返した。
 それは残念。
「あ、そうだっ」
 彼女は急に立ち上がった。
「こういうときこそ魔法を使わなくっちゃ」
「よし、頑張れ頑張れ」
 と俺は応援する。
「あ、直人くん信じてないでしょ」
「そんなことないよ。魔法が使えるなんて、沙奈ちゃんはすごいなあ」
「ふ〜んだ、見て驚けばいいんだわ」
 沙奈は両手で傘を持ち、上に掲げた。
「ん? もしかしてそれ、魔法のステッキって奴?」
「……何言ってんの? これは傘に決まってるじゃない」
 彼女はばかにしたような目を向ける。
「……あのな」
 せっかく合わせてやったのに。
「でもただの傘じゃないの。ママにもらった魔法の傘なんだから」
「……ああ、そーですか」
 もうどうにでもしてくれ。
「じゃあ、いっきま〜す」
 沙奈は目を閉じると、楽しそうに呪文を唱え始めた。
「ラリルレンレン、ルルレンレン、ラリルルリルラぱぱぱのぱあっ、チップよ元に戻れっ」
 傘の先を、地面にこぼれたチップに向けた。 だが、当然のごとく何も起こらない。
 しばらくの沈黙の後。
 沙奈が、気まずそうにちらりと俺の顔を見たので、俺はつい吹き出してしまった。
「もう、笑わないでよ、ばかーっ」
 俺はぽかぽかと叩かれた。
「ご、ごめんごめん」
 と謝ると、今度は泣き出してしまった。
「あーんっ、また失敗しちゃったよぉっ」
「いや、あの……」
 俺は対応に困り、とりあえず彼女の頭を優しく撫でた。
「元気出して。失敗は成功の元と言うじゃないか」
「ばかにしないでっ」
 と沙奈は言った。
「え?」
「あたしだって、成功したことくらいあるんだからねっ。そりゃあ、失敗の方が多いけど……」
「……せ、成功って、どんな?」
 俺が訊くと、彼女は興奮して言った。
「ボールを宙に浮かしたり、……それ一回だけだけど。でもね、ママはすごいんだよ。空を飛んだりできるんだから」
「そ、空を飛ぶ?」
 彼女の母親は、一体どんなトリックを使ったんだろう。かなりのことをしないと、ここまで信じないと思うけど……。
「ま、まあとにかく。沙奈ちゃんはまだ小学一年生なんだから、まだまだこれからだよ」
「そうかなぁ……?」
 と沙奈は首を傾げる。
「はははは、昔話に出てくる魔法使いって、みんなお婆さんだろ? 魔法を覚えるには、きっとそのくらい時間がかかるんだよ」
「……あたし、お婆さんにはなりたくないな……」
「沙奈ちゃんなら、お婆さんになってもかわいいさ」
「まあね」
 と彼女は笑顔になった。
「あたし美少女だし」
「自分で言うなよ……」
 でも、確かにその通りだ。俺にそういう趣味はないが、この子はかわいいと思う。あと十年成長していれば、交際を申し込んでいたかも……。
「直人くん、あたしに惚れたらだめよん」
「……あのなあ」
 と俺はあきれてしまう。
 しかし沙奈は申し訳なさそうに呟いた。
「あの、ごめんね。あたし魔法で直人くんの恋を叶えるって言ったけど、やっぱりできそうにない……」
「そんなこと、気にしなくていいって」
 ぽんぽん、と俺は彼女の背中を叩いた。
「君にはまだわからないかもしれないけど、恋ってのは自分の力で叶えるもんなんだから」
「……直人くん、またあたしのことばかにした……」
 と沙奈が睨む。
「え?」
「あたしにだって、彼氏の一人くらいいるんだから」
「……はあ?」
 俺には理解不能だった。
「だ……だって、沙奈ちゃんって小学一年生だろ?」
「年は関係ないでしょ?」
 反対に訊かれてしまった。
「う、う〜む、信じられん……」
「直人くんももう少し格好よければ、考えてもいいんだけどね」
「……沙奈ちゃんの彼氏って、俺より格好いいわけ?」
「もっちろん。あたしみたいな美少女と付き合うには、それなりに美少年じゃないと」
「……そ、そうですか」
 俺は深いため息を付いた。
 小学一年生を相手にしても仕方ないのだが、何か悔しい。とっても悔しい。
「よしよし、いい子だからそんなに落ち込まないで」
 と沙奈が俺の頭を撫でて慰める。
 どっちが子供なんだか……。
「魔法はだめだけどねえ……」
 沙奈はリュックを漁り、手にしたものを俺に差し出した。
「じゃーんっ、見て見てっ。直人くんにこれをあげまーすっ」
「え……?」
 俺はそれを手に取り、しげしげと眺めてみる。
「ビー玉……?」
「違ーうっ、これは幸運の玉なのっ」
「こ、幸運の玉?」
 どう見てもビー玉にしか見えないが……。
「これはねえ、幸運が訪れるという不思議な玉なの。ビー玉じゃないんだから」
「と、言われてもねえ……」
 信じられるはずがない。
「……これもママにもらったの?」
「うん。でも他にもまだあるし、一個くらいあげるよ」
 沙奈はにっこり笑った。
「う〜ん……まあ、素直にもらっておこうかな……」
 俺は頭を掻きながら、ビー玉をポケットにしまった。いらないなんて言うとまた泣き出しそうだし、それに気持ちは嬉しい。
「でもねえ、直人くん」
 と沙奈が言う。
「ん?」
「ママの話だと、これはただ持ってるだけじゃだめで、自分から行動を起こさないとだめなんだって。幸運の玉はその行動の成功率を上げるものだって言ってたよ」
「なるほどねえ……」
 もっともらしい説明だ。いくら成功率が高かろうが、失敗はあるのである。だから例え本物でも、あまり関係ないだろう。
 それよりも気になることがある。
「沙奈ちゃんて、本当に小学一年生? 言ってる言葉の意味わかってる?」
「あたし、みんなによく大人っぽいねって言われるよ」
「……まあ、そうだろうなあ……」
 小学一年生がみんなこうだったら、すごく嫌だ。
「とにかくさ、幸運の玉もあることだし、もう一度アタックしなよ」
 ぽん、と沙奈が俺の肩を叩いた。
「え?」
「直人くんって、ふられたら落ち込んでそれでお終いなの? せめてもう二、三回……ううん、どうせなら嫌がられるまで頑張ってみれば?」
「…………」
 子供の言うこととは思えない。
 だが、もっともな意見ではある。
「ちなみに訊くけど……沙奈ちゃんがそういう風にしつこく言い寄られたらどうする?」
「あたし? 相手にしないけど」
「おい……」
「でも、根性くらいは認めてあげるわね」
「……それだけ?」
「十分じゃない」
「……沙奈ちゃんて……もしかして性格悪い?」
「怒るよっ」
 沙奈が睨んだ。結構迫力がある。
「だ、だってさ……」
 と後ろに引きながら俺は言った。
「相手にされないなんて、つらいじゃないか……」
「情けないなあ……」
 沙奈はため息を付く。
「小学一年生に慰められてどうすんだろ……」
「ううっ……」
 言い返せない。
「別に付き合えなくてもさ、あのときふって惜しかったなー、くらい思わせたくない?」
「そ、そりゃあ、まあな……」
「ま、そういうことよ。頑張って」
「沙奈ちゃんて……」
 俺は彼女をじっと見つめた。
「こ、今度は何?」
「いやあ……いい子だなあと思って」
「や、やあね、照れるじゃない」
 と沙奈が俺をばしばし叩く。
 別に痛くはないが、俺はその手を取った。「え?」
 俺が手を離さないので、沙奈は目を丸くする。
 しばしの沈黙の後、彼女は軽蔑したように呟いた。
「直人くんて……ロリコン?」
「ぶっ」
 俺は思わずこけた。
「い、いきなり何を言い出す?」
「だ、だってママがよく言うんだもん。沙奈はロリコン男に好かれやすいから、気を付けるんですよって」
「……た、確かにそうかもしれないが……普通そんなこと娘に言うか……?」
 一度そのママというのを見てみたいものだ。「じゃ、じゃあ訊くけど……どうして俺に話しかけたわけ? 俺がロリコンだったらどうするんだ?」
「ええ? やっぱりロリコンなの?」
「違うっ、断じて違うっ」
 俺は思い切り否定した。
「わ、わかったわよ」
 納得してくれたらしい。
「そうね……」
 と沙奈は思い出すように言った。
「直人くん、寂しそうだったし」
「……そっか」
 嬉しかった。やっぱり彼女はいい子だ。
「俺はね、これを返そうと思っただけ」
 とポケットからビー玉を取り出した。
「えーっ、何で? せっかくあげたのに返すなんて失礼だよ。しかも一度受け取ったくせに……」
 沙奈が当然の文句を言う。
「あ、わかった。やっぱりあたしの言ったこと信じてないんでしょ……」
「そうじゃないよ」
 俺は微笑み、彼女の手にビー玉を……いや、幸運の玉を握らせた。
「これは俺より君が持っていた方がいいと思うんだ。たくさんあった方が幸運になるんだろ?」
「え? そんなことはなかったと思うけど……」
 と沙奈は自信なげに呟く。
「とにかく、それは君のママがくれたお守りなんだ。自分で持っていなよ。俺も沙奈ちゃんが幸せだと嬉しいし」
「うん……。じゃあ、そうするけど……本当にいいの?」
「いいんだよ。俺は物に頼らず、自分の力でやってみせる。彼女にもまたアタックしてやる。沙奈ちゃんと話したおかげで元気が出たよ」
「あたしのおかげ……? な、何か照れるな」
 と沙奈は頭を掻く。
「よーっし、やってやるぜっ」
 俺は気合いを入れて立ち上がった。
 だがそれを削ぐかのように、ざあっと急に雨が強くなってきた。
「…………」
「だ、大丈夫。気の持ちようだって」
 沙奈が慰めた。
「そ、そうだな。ありがとう、沙奈ちゃん。俺は学校に戻るよ」
「うん、頑張れ頑張れ。あたしが応援してるよん」
「よしっ」
 と俺は橋から出ようとしたが、傘がないことに気付く。これでは学校に付くまでにびしょ濡れになってしまう。
 ちらり、と俺は沙奈を見た。
「この傘はだめだよ。直人くんには小さすぎるでしょ」
「た、確かに……」
 だが、待てよ。工夫すれば何とかなるかも。
「そうだ。俺がおぶるから、沙奈ちゃんは傘を差してくれない?」
「……えっち……」
「えっちじゃないっ」
 何故そうなる。
「だって、おんぶすれば、あたしのお尻触わり放題でしょ?」
「考え過ぎだ。俺はロリコンじゃない」
 まったくませているんだから。
「わかった……。でも、その前に魔法を試してみよ。もしかしたら雨がやむかも」
「まあ、気の済むまでやってくれ」
 そんなに嫌がられると、ちょっと悲しい。
「よーし、頑張るぞーっ」
 沙奈は深呼吸をし、赤い傘を雲に向けた。
「ラリルレンレン、ルルレンレン、ラリルルリルラぱぱぱのぱあっ、雨よやめっ」
 俺は空を見上げた。
 しばらくすると、強かった雨が段々と弱まり、やがて完全にやんでしまった。
「やったーっ、すごいすごい、成功だっ。見たでしょ、直人くん?」
 興奮した沙奈が俺に抱き付いてくる。
「おお、やったじゃないか」
 と俺は彼女の頭を撫でてやった。
 例え偶然やんだとしても、何だか嬉しくなってくる。
「これも直人くんのおかげね。ありがとっ」
「お、俺のおかげ? 何で?」
「おんぶされたくないと思って、気合い入ったもん。あ、別に直人くんが嫌いってわけじゃないの。おんぶされるのが嫌いなだけで」
「……まあ、それはよかった」
 何でおんぶが嫌いなのかは、また今度聞くことにしよう。
 それより。
「沙奈ちゃんのおかげで雨もやんだことだし、俺は今度こそ学校に戻るよ」
「うん。じゃあお別れだね。あたし時々ここを散歩してるから、声をかけてもいいよ」
「ふふん、彼氏が見たら嫉妬するぞ」
「大丈夫、それくらいで文句言うようなら別れてやるから」
「……こ、怖いなあ……。と、とにかくまたね」
 俺は手を振り、校舎に向かって駆け出した。
「落ち込んだらだめだよー」
 と沙奈の声が聞こえた。
 俺って、そんなに心配そうに見えるのだろうか。
 とにかく、俺は気合いを込めた。
 もう一度、西山綾音にアタックしてやる。 あんな寝ぼけたときの告白ではなく、ちゃんと正面から言ってやる。
 それでふられたら、すっぱりあきらめる。 俺はそう決めて校舎に入り、彼女を探した。