風色道中記 遺跡編1


「いきなりだが、発見してしまった」
 とある峡谷の中で、小さいが、確かにそれはあった。
 明らかに現在にはない技術で造られている、高度文明の建造物。
「何という幸運でしょう……」
 呟いたスレイドも含め、皆呆然としている。
 ふもとの村で、少し聞いただけの話だった。
 この辺りには、遺跡があったらしいという噂があり、多くの冒険者が探しているという。しかし遺跡が目当てではないカイルたちは、偶然見付かればラッキー、程度で通り過ぎるつもりだった。
「ほとんど岩と同化していますね。見付かりにくいはずです」
 とローレンス。
「ふーむ。まあ、偶然にしてもこうして見付けちゃったわけだけど、これどうする?」
 このパーティーの中では実力はいまいちだが、リーダーシップのあるシルファが、皆に訊ねる。
 そう。見付けたはいいが、問題があった。
 まだ未発見の遺跡は相当な価値があり、ものにもよるが、とにかく金になる。しかし調査やら何やらでそれが手にはいるまで時間がかかる。彼女たちは現在西へ向かっているわけだが、そんなに待ってはいられない。まあ、誰かが残って金を受け取るという方法もありではあるが。
「俺たちの目的は遺跡発掘ではない。それに旅費がないわけでもない。それにこんな小さな遺跡がいくらになるかもわからんしな。先を急ぐべきだ」
 そう答えたのはエクスト。彼はジュエルモンスターを倒して、ジュエル(魔力のこもった宝石)を剣に吸い込ませるという目的があるため、当然の答えだ。
「うーん、でもやっぱりお金は欲しいですよね」
「そうねえ、もったいないわよねー」
 というのはナッツとラーサ。
 とりあえず金は欲しい二人だ。
「んじゃ、多数決にしましょう。あたしはどっちでもいいけど」
 そんなわけで、遺跡発見を先に冒険者組合に報告するという意見の者は、ナッツとラーサ。
 先を急ぐという意見の者は、エクストとスレイド、ローレンス。
「……あれ? そういえばカイルは?」
 一番金に執着しそうな奴がいなかった。
「うわああっ! カイルさんがあんな所に!」
 指をさし、叫ぶナッツ。
 いつの間にかカイルは、建物の中に侵入していたのだ。
 「な、何やってんのよあんたは!」
 シルファは慌てて追いかけると、いきなり後ろから頭を殴る!
 がつん! とカイルは目の前の箱に激突した。
「いってえええ! 何すんだ!」
「あほかああ! せっかくの遺跡を壊したらどうすんのよ!」
「いやあ、何だか面白そうだから」
「あのねえ……」
 呆れるシルファ。
「ところで、こんなの見付けたんだが」
「え?」
 見ると、そこには透明のケースに入った少女が眠っていた。
「こ、これは!」
 思わず身を乗り出すスレイド。
「コールドスリープされていた? まさか、高度文明時代から生き残り?」
「そ、それって、大発見ですよね〜?」
 珍しく驚いた顔のローレンス。
「はいっ。ものすごい大発見ですよ!」
 さすがのスレイドも興奮気味だ。
「……おい。それよりそのケース、段々蓋が開いているようだが?」
「え?」
 エクストの声に、皆が目を見開く。
 静かに、蓋が開いていた。そして、少女の目が開いていた。
「やべっ。さっきぶつかったせいかも。シルファが殴ったせいだからな!」
「ええっ、あたしのせいなの?」
「そ、それよりどーすんのどーすんの!」
 パニックするラーサ。
「……レフィル・ラケーニア――フレイル型ナンバー413、起動します」
「え?」
 いきなりの声に、静かになる一同。
 少女は起き上がると、真っ直ぐにカイルの方を向いた。
「これよりユーザー登録を開始します。ユーザーの方は規約を遵守してください」
「ユーザー……って、お、俺か?」
 自分を指さすカイル。
「お名前は?」
「カイルだけど」
 その他、いくつか質問を続けていく。
「……個人データ、登録しました。では、これより規約の説明をします」
「お、思わず答えちゃったけど、スレイド! 何なんだこれ!」
「どうやらこれは……アンドロイドのようですね。文明の生き残りでなかったのは残念ですが、この発見も十分すごいですよ!何しろ、当時の記録にはあるものの、アンドロイドの発見は世界初ですから!」
「というと……ここは予定を変更した方がいいかな?」
「ですね、このことを組合に報告しておくべきです」
「ま、仕方ないだろう」
 とエクストも納得する。
「ところで、スレイド」
 ラーサが訊ねる。
「ユーザー登録ってことは、あの女の子もしかして……」
「え?  ………………え、ええ。カイルさんのもの、ということになりますね…………」
「……ふーん……」
 嫌な予感がして、スレイドたちはこっそり後ずさった。
「……します。では、説明は以上です」
「え? ああ、ごめん。聞いてなかった。今なんて?」
「規約を守れない場合は、ユーザーを抹殺、消去します。と言いました」
「……ま、抹殺? ……消去?」
 たらり、と冷や汗がカイルの頬を伝う。
「なにぃぃぃぃぃぃっ!!」
 驚く一同。
「ね、ねえ、これって何かやばいんじゃない?」
「抹殺なんて、物騒な……」
「か、カイル! 登録しないほうがいいわよ!あんたに規約が守れるわけないんだから!」
「……う……俺も自信なくなってきた」
 さすがのカイルも、ちょっと恐かった。
「あ、あのさ、俺ユーザー登録やめるわ」
「……登録を変更することはできません。もしやめるなら、それも規約違反になります」
「ぐっはあー!」
 既に手遅れだった。
「これだから、未知の機械は嫌なんだ!スレイド、何とかしてくれ!」
「先程聞いた規約によると、ユーザー登録したら一生側に置いておかないといけないようですが……とてもカイルさんにそんなことができるとは思えません」
「まあ、そりゃそーだ」
「となると……もったいないですが、破壊するしかないでしょう」
「破壊……」
「あーあ、カイルのせいで」
「俺のせいじゃねえよ!」
「で、誰が破壊するんだ?」
「そりゃ、カイル本人に……」
「うっ……気が進まないな。スレイド、頼む!」
「仕方ないですね」
 ため息をつくスレイド。
「みなさん、待ってください。機械といっても、壊すのはかわいそうですよ」
 止めたのはローレンスだ。
「じゃあ、ローレンスは俺が殺されてもいいわけ? 一生側に置くなんて、絶対無理だって!」
「そ、それは……」
 彼女は何も言い返せない。
「ごめんな、ローレンス。やってくれ、スレイド!」
「はい。デュルス!」
 呪文により、雷が少女に浴びせられる。
 しかし。
「そ、そんな」
 少女は無傷だった。
「ならば、マハリト!」
 炎の柱が彼女を包む。しかしやはり効果はなし。
「魔法が通じない?」
「規約違反を確認……これよりユーザーを消去します」
 すっ、と一歩近付くアンドロイド少女、レフィル・ラケーニア。
「う、うわああっ!」
「ど、どうしよー!」
 慌てるカイルたち。
「消去」
 呟き、差し出した手の平に、光が集まる。
「に、逃げましょう!」
 スレイドの瞬間移動で、とりあえず建物の外に出る。
 シュオッ!
 次の瞬間、溶けるように建物は消えていた。
「な、何だよあいつ! むちゃくちゃ強いじゃないか!」
「どうやら、破壊兵器としての力も持っているようです」
「逃がしませんよ」
 静かに歩いて追ってくるレフィル。
 かなり不気味な存在だ。
「いくら逃げても、地の果てまで追ってきそう……」
「カイルのせいよ! カイルのばかー!」
「俺のせいにするな!」
「あんたのせいでしょ!」
「……あら? そういえば、エクストさんがいませんね?」
 辺りを見回すローレンス。
 ごうっ!
 突然上から炎がレフィルに吹き付ける。
 エクストだった。
「おおっ、あいつ空飛んでる!」
 エクストは大地に降り立つと、ダッシュで駆ける。
 ざしゅっ!
 炎が消えたと同時に、彼の剣はレフィルを真っ二つに薙いでいた。
「あら、何かあっさりと」
「すごい、エクスト」
「それより、今空を飛んでいたような……」
「鎧の力だ」
 とエクストは言った。
「俺の剣と鎧は闘いの神のものだからな。多少常識外れなこともできる」
「……何であんたがそんなもの持ってるのよ?」
「まあ、色々あってな」
 シルファの質問に、エクストはそう言ってごまかした。
「ったくよぉ、こいつ驚かせやがって」
 カイルは二つに別れたレフィルの体を、崖下に投げ捨てた。
「ああっ! まだ研究に使えたのに!」
 愕然とするスレイド。
「あ、悪い。むかついたもんでつい……」
「ったく、ろくなことしないわね、カイルは」
「ま、こうなったら仕方ないわね。先に進みましょうか」
「そうですね」

 こうして一行は、当初の予定通りに西へと進んでいった。
 だが。
 崖下ではまだ、レフィルの体は動いていた。
 斬られた部分からコードが伸び、もう一方の部分へとつないでいく。
 彼女には自動修正の機能があったのだ。
「違反ユーザーは抹殺します」
 ゆっくりと、彼女は体を直していった。

   風色道中記 遺跡編2

「それにしても、アレは惜しかったですね」
 街に着き、皆で宿を探している中、スレイドが呟いた。
「あんな大発見、二度とないかもしれないのに」
「そんなこと言ったって……」
 とシルファが困った顔をする。
「そうそう! ああしなければ、みんな殺されてたかもしれないんだぞ!」
 とカイル。
「ま、その前に俺がやっつけていたけどな!」
 逃げようとしていたくせに、よく言えるものである。
「どうして魔法が通用しなかったのか、ぜひ調べてみたかった……」
「もういいだろう」
 とエクストが口を開く。
「俺の剣がなければ、正直どうなっていたのかわからんからな。ああいう危険なものは発見されない方がいいんだ」
「え、エクストが真面目なことを言っている……」
「俺はいつでも真面目だ!」
 ぼかっ。
 エクストはカイルの尻に蹴りを入れた。
「まあまあ。とにかく早く宿に行きましょうよ」
 とローレンスがなだめる。
「そうですね。ボクも疲れましたよ」
 ナッツはへろへろで背中を丸めて歩いていた。
「ま、ラーサにすれば、アンドロイドがいなくなって一安心ってとこでしょ?」
 シルファがぼそっと彼女に囁く。
「あ、あたしは別に……」
 あからさまに動揺するラーサ。
 一部の人間を除いてバレバレなのだが、ラーサはカイルにほれていた。
 一体カイルのどこがいいんだ? という疑問があるだろうが、それは衝撃の出会いがきっかけだった。
 まあ、パーティーを組んでからは呆れることも多いが、ラーサはあのときの格好よかった(と彼女は思っている)カイルを信じているのである。
「あ、あの宿にしましょうよ」
 シルファが適当な宿を見付けた。高級すぎず、ボロすぎず、まさに適当だった。
 そうして七人はその宿に入った。

「いらっしゃいませ」
 中年の主人がカウンターで出迎えた。
「冒険者の方ですか? 
 それではカードの提示をお願いします」
「はーい」
「へーい」
 彼らは自分のカードを主人に渡した。
 カードとは、冒険者であることを証明するカードのことである。
 まあ、要するに免許証のようなものだ。

 この世界には、街の外には多数のモンスターが潜んでいる。
 そのため、モンスター退治や、他の街へ移動する人々を護衛する等、必要不可欠な職業である。
 だからといって、星の数ほど冒険者がいても仕方がない。
 年に一度試験があり、規定人数枠内にしか合格者は出ないのだ。
 例え合格しても、一年の更新毎にそれなりの成果を出さないと、資格を剥奪されてしまう。
 結構厳しいのである。
 そんな試験をカイルたちが合格できたのは、彼の出身地が超田舎だからである。
 規定人数というのが街や村ごとに決められているので、彼らはまさにラッキーだったのだ。
 そして冒険者カードには様々な特典がある。
 宿や食堂で、値段が割り引きされるのだ。
 もちろん、それ以外に重要なのが、カードはまさに自分の証明である、ということだ。
 依頼をこなした分だけ上がるクラス(職業)レベル、そして自分の強さを示すフォース(実力)レベルが表示されており、それを見て依頼主が仕事を頼むかどうかを決めるのだ。
 実はこのカード、結構貴重品で、古代遺跡の機械で発行されている。
 便利なのだが、もし機械が壊れてしまえばそれまでで、新たなシステムを用意しなければならない。
 だから冒険者は、古代遺跡の発見も重要な仕事のひとつである。
 システムを解析できれば、複製できるかもしれないからだ。
 しかし現在のところ、それが可能なものは見付かっていない。

「おや、エクストさん……あなた、フォースレベル30ですか? まだ若いのにすごいですね……」
「まあな」
 ちなみに、中堅の冒険者だと、一般的なフォースレベルは10である。
 神の装備をしているとはいえ、まさに達人級だ。
「しかしクラスレベルが5ですか……」
 それは初心者レベルだった。
「あまり依頼は引き受けないんだ。仕方ないだろう」
「ま、まあ、私がどうこういうことじゃないんですけどね」
 そんなこんなで、主人は全員のカードを専用の機械に通し、登録していく。
 こうすることで、宿側は組合に割引分の請求をするのだ。
 ピンポンピンポーン!
「おや?」
 突然機械から音がした。
 主人が機械をのぞき込み、そこに出たメッセージを読みとる。
「えー、なになに……。
 おおっ、おめでとうございます。カイリークさん、大当たりです」
「おおっ」
「やったぜ! ラッキー!」
 はしゃぐカイルたち。
 たまに、カードを登録した際の番号で抽選が当たり、冒険者組合からアイテムなどを送ってもらえることがあるのだ。
「えー、ラッキーアイテムは、……えー、新人メイドの三ヶ月間限定支給……だそうです」
「なにぃぃぃぃっ!?」
「メイドさんだって!?」
 驚く一同。
 普通はせいぜい回復アイテムや宿の無料券、良くて武具の支給である。
 いつから組合は人を支給するようになったのだろうか。
「め、メイドさんかぁ……くっくっくっ」
 既にカイルの頭の中では、怪しい想像が展開されている。
「だめーーっ! 絶対だめーーーっ!」
 叫んだのはラーサだ。
「冒険者にメイドさんが一緒でどうすんのよっ! 足手まといに決まってるわ!」
「まあ、普通はそうでしょうけど……。組合が送ってくるんですから、それなりに訓練されているのではないでしょうか?」
 とローレンス。
「ううっ、そ、そうかもしれないけど」
 呻くラーサ。ローレンスの意見はもっともである。
「なーんか、最近カイルさんばかりいい目にあってますよね。この前もアンドロイドの主人になるところだったし」
 と羨ましそうなナッツ。
「ば、バカっ。あれは殺されそうになっただろっ。今度はメイドさんだっ。メイドさんだったら……くっくっくっ……」
 やはりやばい方向へ想像が向かうカイル。
「でもさー。正直、これ以上パーティーが増えても困るよね」
 と言ったのはシルファだ。
「ただでさえ、うちは人数多いのに。期間限定とはいえ、ねえ?」
 一般的には、四、五人でパーティーを組むものである。
「そ、そうだよねー。断るべきだよねー」
「断る必要があるかっ! 俺はメイドさんが欲しいぞ!」
「カイル……」
 きらーん、とラーサの目に殺意の光が現れる。
「し、仕方ないじゃないか。せっかく組合が送ってくれるのに、断るのも悪いじゃないかっ」
「むー」
 組合は一体何を考えているのだろうか、とラーサは不満だった。
「なーんか、もめてますねえ」
 いきなり、見知らぬ声がした。
「え?」
 振り向くと、そこにメイド姿の少女がいた。
 年齢はカイルと同じくらいで、結構美人だ。
 ロングヘアーで胸もあり、ばっちり彼の好みである。
「も、もしかして」
「はい。今日からお世話になります、メイドのユンナです。三ヶ月間、よろしくお願いします」
 彼女はぺこっと頭を下げる。
「は、早い到着ね……」
「ええ。転送機で送ってもらいましたから」
 転送機の使用料はかなり高い。そこまで急ぐ必要があるのだろうか。
 ちなみにワープの魔法というものがあるが、あれは近距離専用である。
 しかも魔力の消費量が高いので、あまり使えないのだ。
「あ、あのー、せっかくですけど」
 とラーサが言いかけたときだ。
「よよよよよっ」
 ユンナはいきなりその場に泣き崩れた。
「な、何だーっ?」
「私、まだ新人なんですぅっ! 三ヶ月の研修期間がクリアできないとクビなんですぅっ! クビになったら仕事のあてがないんですぅぅっ!!」
「……………………………」
 何か、そういうことらしい。
「し、仕方ないわね……」
 ラーサも優しいので、そういう人は見捨てられなかった。
「その変わり、ちゃんとやってよね」
「ええ、それはもちろん! それで、カイリークさんというのは……」
「ああ、それは俺……」
「ボクのことだ!」
 バーン! とカイルを押し退け、ナッツが立ちはだかった。
「まあ、あなたが?」
「はいっ。今日からボクがカイリーク・マディスティ……」
「ちょっと待てえええっ!」
 否定させようとするカイルの頭を、シルファとラーサが押さえ込んだ。
「まあ、いいじゃないの。たまには」
「そうそう。ナッツだって、メイドさんは欲しいのよ」
 二人は互いに目配せする。
 シルファはラーサの恋を(一応)応援しているのだ。
「俺のメイドさぁぁーーーーんっ!」
「あの叫んでいる人は?」
「ああ、気にしないでください。ただの脇役ですから」
「てめぇぇぇっ!」
「くっくっくっ」
「ふふふっ」
 エクストとスレイドはおかしそうに笑っていた。
「なんか、楽しそうですねえ」
 よくわかっていないが、ローレンスも笑っていた。
 と、そのときだ。
 ばぁぁーーーんっ!
 勢いよく、ドアが吹き飛ばされた。
「な、何だ!?」
 一斉にドアの方を向くと、そこには信じられないものがあった。
「お、お前はっ……!?」
 ドアに立つ影。服はボロボロだが、確かに見覚えのある姿。
 真っ二つになったはずの身体は、元に戻っていた。
「違反ユーザーは、消去します……」
 それは古代のアンドロイド少女、レフィル・ラケーニアであった。
 カイルたちが硬直している中、メイドのユンナと宿の主人だけが、状況をわかっていなかった。
「この人、何なんですかぁ?」
「新しくしたばかりのドアが……」
 ドアの心配をしている場合でないことに彼が気付くまで、そう時間はかからないだろう。



  風色道中記 遺跡編その3


 偶然、古代の遺跡から発見したアンドロイド少女、レフィル・ラケーニア。エクストの手により一度は身体を真っ二つにされ、カイルにより崖下に突き落とされたはずの彼女が今、目の前に立っている。
「う、嘘だろ……? 何であいつがここにいるんだよっ!?」
愕然となるカイル。
「違反ユーザーは、消去……」
 彼を見据えたまま、レフィルは呟く。
「よ、よし、エクスト!」
 バシッ、とカイルが彼の肩を叩いた。
「ここはお前に譲ってやろうじゃないか!」
「ふん……遠慮するな。俺に気を使わず、ドンとやってこい」
 げしっ。
 エクストは素早く身体の位置を入れ替え、カイルの背中に蹴りを入れる。
「おわっ」
 その勢いで、彼はレフィルの前に出てしまう。
「……いい覚悟です」
 彼女はスッと右手を向けた。
 その瞬間、カイルの脳裏に、レフィルに最初に会ったときの驚異の攻撃力が思い出される。
「うわわわっ、タンマタンマぁ〜っ!」
 慌てふためくカイル。もしあんなものを食らってしまったら、この場所はあっと言う間に消滅してしまうだろう。
「か、カイル!?」
「冗談やっている場合じゃないわよ、エクスト!」
「ちっ……」
 さすがにエクストもやばいと思い、剣に手をかけた。
(もう一度俺がやるしかないか――)
 だが。
「間に合いません!」
 魔法球を掲げ、スレイドがこの場の全員をワープさせる。
 シュンッ!
 彼らが瞬間移動するのと、宿が消滅するのとが、同時だった。
「くそ、またかよ……」
 消えた宿を見て、カイルが顔をしかめる。
「わ、ワシの……ワシの宿が……」
 ガックリと膝を落とす主人。
「あ、あんたらのせいだ! どうしてくれるんだ!」
「い、今はそんなこと言ってる場合じゃないでしょ! 下手すると殺されるわよ!」
「ひ、ひぃぃっ」
 シルファの言葉に、主人は震え上がってしまう。
「そう何度も逃がしませんよ……」
 右手を向けたまま、消滅した宿の跡から、レフィルが歩いてくる。
「しかし参りましたね……あの状態で、まだ生きていたとは……」
とスレイドが唸った。
「一体どうやって復活したのでしょう……」
「そんなことどうでもいいって! 何とかしないと、カイルが殺されちゃう!」
「カイルさんだけじゃなくて〜、わたしたちも巻き添えで殺されると思いますけど〜……」
 焦るラーサと、こんなときでも呑気なローレンス。
「そうだ、いい方法がありますっ」
 人さし指を上げ、ナッツが言う。
「この場にカイルさんを残して、他のみんなは逃げるっていうのはどうでしょう? そうすれば、少なくともボクたちだけは助かりますよっ」
「ナッツぅぅーー! てめえ、俺に何か恨みでもあんのかーーーっ!」
「恨みならあるにはありますが……」
よくカイルの腹いせに、殴られたりしている。
「やだなあ、冗談ですよ、じょ・う・だ・ん。うふっ」
「”うふっ”って言うなーーーっ!」
「あの……」
 それまで黙って成り行きを見ていたメイドのユンナが、ふいに口を開いた。
「さっきから聞いていると、みなさん、この人をカイルと呼んでいるようですが……」
 と、カイルを指しながら言う。
「……あ、しまった」
 いきなりレフィルが乱入してきたので、ナッツは自分がカイルだと名乗ったことを忘れていた。
「ということはやはり――」
 ジロッと、笑顔から一転、ユンナはナッツを睨み付ける。
「あ、あはは、はは……す、すいませーんっ」
「……カード見せて」
 手を差し出すユンナ。
「は?」
「冒険者カード。早くっ」
「は、はいっ」
 恐い顔で迫られ、ナッツは慌ててカードを出した。
「冒険者規約違反……アイテム受け取り詐欺です。次回更新まで、ナッツさんにはアイテム当選は一切ありません」
 そう言って、カードにポンとスタンプを押す。
「そ、そんなぁっ! ちょっとしたお茶目だったのにっ……!」
 ちなみにこのスタンプは、冒険者組合の使いの者しか持つことができない、特性のスタンプで、まず消すことができない。更新時にはカードも交換するので、それまではこのままということだ。
「がっくし……」
涙目のナッツ。短い幸せであった。
「まあ、そういうわけで、改めまして」
 ユンナはカイルの前に立ち、ぺこりと頭を下げる。
「先程は失礼致しました。メイドのユンナと申します。三ヶ月間、よろしくお願いします」
「い、いや、誤解が解けたのはいいんだけど……今それどころじゃ……」
 ツンツン、と前方を指すカイル。
 そこには右手を構え、彼に迫るレフィルの姿がある。
「大丈夫です。お任せください」
 にっこり微笑むユンナ。
「えっ?」
「えっ……?」
「お任せくださいって言った……? 今?」
 顔を見合わせるシルファたち。
「邪魔をする気ですか?」
 レフィルが問う。
「ええ。ご主人様を守るのが、わたしの役目ですから」
「無茶です、ユンナさんっ」
「おとなしく下がっておけっ」
 スレイドとエクストが言うが、彼女は聞かない。
「邪魔をするなら、あなたも消します――」
 レフィルの右手がユンナに向けられ、そして光を発した。

  つづく。



 
最初に戻る