この世界には三つの勢力が存在している。
巨大な魔力をもつ魔族。
自然の力を司る精霊族。
己の気を自在に操る人族。
そしてそのうちの魔族と人族は、二〇年前から戦争状態にあった。
ことの発端は二十年前、魔族の長である、魔王の一方的な宣戦布告からはじまった。
『人は滅ぶべき者』
魔王はその言葉を掲げ、人間領へと侵攻を開始した。
この突然の宣戦布告に、人間の長である人王は魔王に真意を確かめようとしたが、魔王は人王に会おうとはしなかった。
互いの実力は拮抗しており、一進一退の戦いが続いていた。そのなかで、精霊族だけは中立の立場をとっていた。精霊族の長である精霊王は、己の領地の周囲に結界を張った。これにより精霊領へ進入はできなくなった。
そして今日も、魔族と人族の戦いは行われていた。
「くそー。今回は負け戦だな」
二十歳前後と思われる男が、目の前の戦況を見つめながら自軍の敗北を悟っていた。
彼の名はマイト。魔族の兵士の一人で、今回の戦に参加していた。
「上手く逃げきれたみたいね」
そこに、十四歳くらいの少女が近づいてきた。
「ラーナか。また、お前の予想どおりの結果になったな」
戦況を見つめながら、マイトは声をかけた。彼らが居るのは、戦場からかなり離れた丘の上である。自軍は敗北し、敗走を開始している。
「相手の戦力を考えれば、この結果は当然のことよ」
ラーナと呼ばれた少女は、当然のように答えた。二人は自軍の敗北を予想し、戦が始まった後、頃合いを見計らって逃走していた。
「魔界へ戻るか。と、その前に……」
そう言うと、マイトは愛用の剣を握り締めて、後ろに広がる森に向かって剣を構えた。
「そろそろ出てきたらどうだ?」
すると、森の中から数人の兵士が現れた。現れた兵士は、敵兵である人間側の兵であった。
「全部で八人か……」
相手の数を確認すると、マイトは魔力を集中させていった。
「燃えちまいな!」
その瞬間、マイトの眼前に無数の火の玉が現れ、敵兵に向かって襲い掛かった。火玉が次々と敵兵に直撃し、辺りが爆炎に包まれた。
「来るわよ!」
ラーナの言葉と共に、炎の中から八人の人影がこちらに向かって襲い掛かってきた。
「ハァッ!」
敵兵の一人が短く叫ぶと、両手に光の刃が生み出された。気によって作りだされた刃で、マイトに切り掛かってきた。マイトは後ろに移動して刃を避ける。
「ラーナ。そっちは大丈夫か?」
ラーナを心配して振り返るが、それが大きなお世話だとマイトは知ることになる。ラーナには三人の敵兵が向かったが、ラーナの創りだしたゴーレムによって成す術もなく倒されていった。
「相変わらず強いな、ラーナ」
五人の攻撃を余裕で避けながら、ラーナに賛美の言葉を投げかける。
「早く片付けなさい。追っ手がこない内に逃げるわよ」
「分かった」
マイトは返事をすると、ラーナの近くまで下がった。
「魔炎陣」
力ある言葉と共に大地に剣を突き立てると、周囲十メートル四方が炎に包まれた。数十秒後、炎が止んだ。そこには、マイトとラーナの二人以外には人影は無かった。
「魔界に戻るぞ」
二人は新たな追っ手が現れる前に、その場を後にした。
「よう。元気そうだな」
魔界の首都ブルーに戻ると、一人の男が二人の無事の帰還を祝福した。
「今回は完敗だったぜ」
「それでも、お前らが無事でよかったよ」
男はそう言って、二人を自分の部屋に招きいれた。男の名はドム。二人と同じ兵士の一人である。
「帰った早々だが、悪い知らせがある。次の出兵が決まった」
「おい、ちょっと待てよ! 俺たちは、少し前に帰ってきたばかりだぜ?」
「今回の出兵で生き残った奴らの、名誉挽回のチャンスなんだとさ」
その言葉に、マイトは思いっきり落胆してしまった。
「少しは休暇が貰えると思っていたのになぁ……」
「そう落ち込むなよ。今回は俺も一緒だからさ」
落ち込んでいるマイトの肩を、ドムは軽く叩いた。
「どうしても腑に落ちないのよね……」
「なにがだい?」
今まで黙っていたラーナが、真剣な表情で話した。
「魔王様は、どうして人族を滅ぼそうとしているのかしら?」
「さあな」
その質問は、多くの魔族が疑問にしている問題であった。
「ひとつだけ言えることは、魔王様の行動は正しい。それだけさ」
「でもよ、理由くらい話してくれてもいいだろうにな」
人族への宣戦布告。その具体的な訳を知っている者は、誰一人としていなかった。それを知っている者は、宣戦布告を行った魔王本人だけであった。
「で、次の戦地はどこなんだ?」
「マーレクト平原だ」
「げっ!」
マーレクト平原。魔族の中では、魔族墓場の名で知られている。このマーレクト平原にある人間の砦には、コーラス・テンという指揮官がいる。その男の強さは魔族の中でも有名で、『死神』と呼ばれて恐れられていた。彼の砦に攻め入った魔族は全滅、よくて一割の生存が残ればいいほうである。
「くそー! 死に損なった俺たちに、今度こそ死んでこい。て、ことか」
「出兵は一〇日後だ。思い残していることがあったら、今のうちにすませておくんだな」
「そうするよ」
その日は、そこまでで話を終らせ、それぞれの部屋に戻っていった。
「ラーナちゃ〜ん。不幸な俺を慰めてくれ〜」
マイトの言葉には耳を貸さず、ラーナは考えごとをしていた。
(本当に変わってしまった。昔は平和を好む方だったのに……)
彼女の脳裏に、昔の魔王の姿が映しだされる。
(とにかく、次の戦に生き残ることが先決ね……)
それから一〇日後、マイト、ラーナ、ドムの三人は、マーレクト平原に向かって進んでいた。
この作戦に投入された兵は約一〇〇〇人である。それに対し、砦を守る敵兵は約五〇〇〇人である。数はこちらの五倍。しかも、砦には死神の異名をもつ男がいる。
勝敗は既に明らかである。その事実を知っているのか、兵士たちの足取りは重かった。
「見えた。あの砦か……」
遠くに目的の砦を確認するとができた。
「どう攻めたところで、勝ち目は無いな」
「たったひとつだけ、アレに勝利するカードが残されているわ」
「本当か!」
驚いている二人に対し、ラーナは苦笑いを浮かべながら答えた。
「代表戦を持ち込むのよ。代表戦に持ち込めれば、兵力の差は無くなるわ」
「だがよ、相手には『死神』がいるんだぜ。代表戦に持ち込んでも勝ち目は無いぜ」
「当然、相手もそう思うわ。だから、代表戦を受け入れる。そして……」
ラーナは砦を見つめながら続けた。
「私たちが勝つ」
その言葉で、二人は覚悟を決めた。すぐに三人は今回の作戦指揮官に、代表戦の提案をもっていった。司令官に会った三人は、代表戦の提案を持ち掛けようとして、予想もしていなかった頼みごとをされてしまった。
「司令官を交代してくれ」
司令官はそう言うと、テントから居なくなってしまった。
「どうする?」
「私たちが司令官になるしかないでしょ」
「いやー。死ぬ前に、一度でいいから司令官になってみたかったんだよな」
ドムは嬉しそうに、司令官が座っていたイスに座った。
「私たちが司令官のほうが都合がいいわ。このまま司令官になりましょう」
ラーナの言葉で、三人は司令官になることにした。
具体的には、このような役割になった。
マイトが司令官。
ドムが副司令官。
ラーナが作戦参謀。
そして次の日、兵士に司令官の引継ぎを報告し、代表戦の提案を発表した。全ての兵士がこの戦の勝利を諦めていたので、司令官の交代に反対しなかった。そして代表戦の提案もすぐに決まり、砦に送る代表戦への要望書を、ラーナは早急に作成していった。
次の日、ラーナが書いた要望書は砦に送られることとなる。
「どう思う?」
砦の司令官であるコーラス・テンは、隣にいた男に意見を聞いた。
「ここに記載されている相手側の兵力が正しければ、こちらの勝利は間違いないでしょう。代表戦でも、兵士同士の戦でも、こちらの勝利は確実です。ですが……」
「伏兵の存在か……」
「はい」
コーラスは少し考えた後、次のように決めた。
「代表戦を受ける。砦には三〇〇〇の兵を残し、残りの者は私と共に指定された場所へ向かう」
「罠の可能性もありますが……」
「そのときは、砦に逃げ帰ってくるさ」
コーラスの返事は、次の日にマイトたちの元へと届いた。
こうして、代表戦が行われることとなった。
「ここまでは予想どおりね」
ラーナは満足そうに届いた手紙を読んでいた。
「どうやって『死神』に勝つつもりだ? そろそろ教えてくれてもいいだろう」
マイトは我慢できずにラーナに訊いてみた。
「そんなもの無いわよ」
「なっ!」
マイトは絶句してしまった。
「なんの策もなしに、代表戦を提案したのか」
「なにを言っているのよ。兵士同士の戦よりも、こちらのほうが勝率は僅かに高いわ。だから代表戦を選んだのよ」
そして三日後、砦から少し離れた平原で、魔族と人族の兵が睨み合っていた。
「代表戦は両者の軍から三人の代表が戦い、相手側を全員先頭不能にした場合に勝利とする」
ラーナは勝負方法を確認しあった。
「分かった」
コーラスは返事をすると、二人の部下を引き連れて前方に進んだ。
「いくぜ」
マイト、ラーナ、ドムの三人が歩み出ていった。
「合図を」
ラーナの言葉で、ドムは懐からコインを一枚とりだして大空に投げた。
その場に緊張が走る。コインは上昇を止めると、徐々に加速しながら大地へと吸い込まれていった。
コインが大地に触れた瞬間、六人は戦いを開始した。
マイトが右の兵士を相手にし、ドムが左の兵士を相手にした。ラーナの相手は、目の前に残っている『死神』であった。
「始めましょうか」
「ああ」
ラーナは言葉に、コーラスは短く返事を返した。
「我が魔力により その身にかりそめの命を宿せ」
その言葉と共に、ラーナの足元から巨大なゴーレムが現れた。その大きさは、およそ一〇メートルであった。
「ゴーレムマスターか!」
コーラスはそう叫ぶと、剣を抜いて構えた。
「光天波!」
剣を真っ直ぐにゴーレムに向けて構えると、膨大な光が剣に収束されていき、ひとつの光の塊になり放たれた。
「なっ!」
その一撃により、ゴーレムの身体に巨大な穴が出来上がっていた。
「お前の負けだ、ゴーレムマスター。降参するんだ」
だが、ラーナはその声を無視し、大穴が空いているゴーレムに力を送った。
「勝負はこれからよ」
次の瞬間、ゴーレムの身体は元通りに復元されていた。
「テメエ、やるじゃねえか!」
「貴様こそ!」
マイトの剣と男の槍がぶつかりあう。
「気双砲」
男は気を槍の先端に集中させると、素早く二回突いた。すると、二つの気の刃がマイトを襲っていった。
「爆炎剣」
魔力の炎が刃を包み込んだ。マイトは炎の剣を振り下ろし、襲い掛かる気の刃を切り払った。
一方、ドムと相手の兵士の戦いは、間合いの取り合いになっていた。
「こらぁー! 男なら拳で戦え! 拳でっ!」
マイトが炎を操るのに対し、ドムの魔力は重力を操る。但し、その射程距離は短く、魔力の有効範囲は一〇メートル程であった。対する相手は弓を武器とし、とにかく距離をおくように専念していた。
「スターレイン」
なんとか間合いを詰め始めていたドムに対し、相手の兵士が一本の矢を空に放った。その矢は空中で数十本の矢へと増え、ドムの頭上へ降り注いだ。
「グラビティ・ナックル」
ドムが空に向かって拳を打ち込むと、重力の塊が空から降り注ぐ矢を消し去っていった。
「くそう……」
ドムの戦いは、近づいても逃げられ、また近づいては逃げられるの繰り返しであった。
二人が奮闘している頃、ラーナとコーラスの戦いは終わりを迎えようとしていた。
「ハアハア……」
コーラスの攻撃によって破壊されるゴーレムを、ラーナは何度も復元していったが、ラーナの疲労が限界に近づいていることは、誰の目にも明らかであった。
(さあ、いくわよ!)
ラーナは十三回目の突撃を行った。
「何度やっても同じこと!」
気の塊がゴーレムの右半身を吹き飛ばした。
「これで終わりだっ!」
更にもう一撃、ゴーレムに放った。その一撃で、ゴーレムは跡形もなく消滅してしまった。
「もう、ゴーレムを創りだす魔力は残っていないだろう。おとなしく降伏を受け入れたらどうだ?」
「ハアハア……まだ……まだ負けてないわ!」
ラーナは手にした杖を振りかざして、真っ直ぐにコーラスに向かっていった。
「苦しまないように、一撃で殺してやろう」
コーラスの剣がラーナの心臓を貫いた。
「ラーナ!」
その光景に、マイトは大声で叫んでいた。
一瞬、コーラスの意識がそちらに向いた。
「ガハッ!」
その瞬間、心臓を貫かれて即死したはずのラーナが、コーラスに攻撃を行っていた。ラーナの右手が槍の形に変化し、コーラスの腹部を貫いた。
「バカな……即死のはず……」
「残念なことに、その剣は私をとらえていないわ」
目の前のラーナが、砂となって崩れ落ちていった。
「武力で勝てなければ、知力で勝利を手にすればいい」
その声は、はるか前方から聞こえてきた。魔族の兵の中から、ラーナが姿を現した。
「くっ……! 私が戦っていたのは、アナタが創りだしたニセモノだったのか……」
腹部のダメージを回復しようと気を送り込もうとしたとき、一体のゴーレムが目の前に姿を現した。
「まだ……魔力を残していたのか……」
コーラスは、ゴーレムに押さえつけられてしまった。コーラスは腹部のダメージのために抵抗できなかった。
「司令官の命が大事なら降伏しなさい」
ラーナの言葉に、人族は次々に武器を捨てて降伏していった。
マーレクト平原の戦いは、魔族側の勝利で幕を閉じた。
「傷のほうは大丈夫?」
「お陰様で、大分楽になった」
牢屋で横になっているコーラスの前に、ラーナが声をかけた。
「ゴメンね。私たちが勝利するためには、この方法しかなかったの……」
「どうして謝るんだ? 勝利者がそんな顔をしていたら、負けた私が惨めになる」
コーラスは優しい笑顔で、ラーナの謝罪の言葉を制した。
「それよりも、聞きたいことがあるんだが……」
「なにかしら?」
コーラスは、今まで疑問に思っていたことを質問した。
「あれだけのゴーレムの復元を行ったのに、私の前に現れた君には、まだ十分な余力が残っていた。その秘密を教えてくれないか?」
「簡単なことよ。あのゴーレムは風船と同じなのよ」
「風船と同じ?」
「ええ。外見が大きいだけで、戦闘能力は皆無だったの。だから、復元にもそれほど魔力を必要としなかったわ」
その説明を聞いたコーラスは、自分は負けて当然だと思った。
「剣士では策士に勝てないか……」
コーラスは笑みを浮かべてそう呟いた。
「私はこれから、一旦、魔界に戻るわ。部下には礼儀をもって接するように説明しているけど、礼儀に欠ける行動をした場合は、私が戻ってきたときに言ってね。その者に罰を与えるから」
ラーナはそう言って、その場を離れていった。
「よう。死神さんは元気にしてるかい?」
「ええ」
マイトは戻ってきったラーナに声をかけた。
「しっかしよー。あんな作戦があるなら、始めに教えてくれててもいいのにな」
「演技の下手な友人が多くて、そんな訳にはいかなかったのよ」
ラーナは、演技の下手な友人の顔を見ながら返事を返した。
「一旦、魔界へ戻るわよ。ここはドムに任せて、私とアナタで報告しにいくわよ」
「なんで俺が?」
「ここの司令官は誰かしら?」
その言葉に、マイトは渋々ながらも魔界へ行くことを承諾した。マイトが魔界へ戻ることを嫌がった理由は、司令官という役所に就いていることが原因であった。司令官は戦闘に関してなどの、あらゆることを上司に報告する義務があった。そのことが、マイトには面倒な作業であった。
「だから、私も同行するのよ。報告や書類作業は、私に任せてくれればいいわ」
「なら、任せる」
次の日、マイトとラーナは魔界の首都ブルーへ向かった。
「ふーっ。やっと終ったな……」
首都に戻ると、上官に要塞陥落の報告をした。上官はその事実に驚き、次の瞬間には喜びの雄叫びをあげていた。
マイトは英雄とたたえられ、多くの高官から賛美の言葉を贈られていた。その間に、ラーナは自分の仕事である報告書の作成を行い、上官に提出した。
そして今日、二人はやっと忙しさから開放された。二人は城の中に用意された豪華な部屋で、休息を満喫していた。
「マイト様」
「なにかな?」
『マイト様』と呼ばれ、マイトは嬉しそうに声がした扉に向かって振り返った。そこには、二十歳前後の侍女が立っていた。
「魔王様がお会いになるそうです。御用意をしてください」
「魔王様が!」
魔王への謁見。
それは魔族にとって、最高の褒美であった。マイトは嬉しそうに、魔王への謁見のための準備を開始していた。
(これはチャンスかもね……)
ラーナは心の中で呟いていた。
「では、ご案内いたします」
侍女に案内され、二人は城の奥へと進んでいった。
「この先に魔王様が居られます」
侍女が立ち止まった先には、高さ三メートル程の扉があった。
「二人を連れて参りました」
侍女の言葉に返事を返すように、扉はゆっくりと開いていった。視界に入った扉の先は、巨大な広間になっており、その先には玉座に座った一人の男が居た。
マイトとラーナは、魔王の玉座から五メートル程の距離まで近づくと、片膝をついて頭を下げた。
「今回の功績、真に素晴らしい」
魔王の第一声はそれであった。
「今回の功績を称え、お前をマーレクト平原方面の司令官に任ずる。これからも、私のためにその力を振るうがよい」
これで魔王の謁見は終了した。
「魔王様が直々に、俺を司令官に任命してくださったぞ!」
部屋に戻ると、マイトは嬉しさのあまり部屋中を駆け回った。だが、ラーナは真剣な表情をして考えごとをしていた。
「なに考えてんだ?」
「砦に戻るわよ」
マイトの問いかけに、ラーナはそう返事をした。
「そんなに急がなくてもいいだろ。これからが楽しくなるんだぜ……」
明日からの娯楽の日々を浮かべながら、ラーナに頼み込むように話した。
「なら、一人で楽しんでね。私は戻るわ」
「おい! 待てよ……」
身支度を始めたラーナの姿を見て、マイトは慌てて自分の身支度を開始した。
「別に、アナタは残っていても構わないのよ」
「お前が帰るなら、俺も帰るよ」
その返事に対しラーナは、マイトに向かって笑顔を返してきた。
(やっぱ。この笑顔が一番だよな)
ラーナの笑顔を見つめながら、マイトもつられて笑みをつくっていた。
「思ったより早かったな?」
二人が砦に戻ると、砦の前で迎えにでてきたドムに声をかけられた。
「コーラスは元気にしている?」
ラーナは開口一番で、コーラスの状態を訊いてきた。
「怪我も全開して、いつ脱走してもおかしくない状態だよ」
「そう」
ラーナはコーラスと会うために、牢屋のある地下へ向かった。
「元気そうね」
「で、私の処分はどうなるんだ? 私の処分を聞いてきたんだろう?」
「アナタは、書類上は死んだことになっているわ」
その言葉にコーラスだけでなく、一緒についてきていたマイトとドムも、驚きの表情を浮かべた。
「おい! どういうことなん……」
「アナタは黙ってて」
マイトの言葉を静止して、ラーナは話を続けた。
「今から、アナタを自由にしてあげるわ」
「正気か!」
マイトの言葉を無視して、ラーナは檻にかけられている封印の力を解除した。
「真意を教えて欲しいな」
檻からでてくると、ラーナを見つめながら問いただした。
「このまま人間界に戻っても構わないわ。でも、その前に私の頼みごとを聞いてくれるかしら?」
「聞くだけならな」
「ええ。聞いた後、その頼みごとを受けるかはアナタの自由よ」
ラーナはそう言って、皆が驚く話を始めた。
「今の魔王様はニセモノなの」
「続きを話してくれないか?」
「私は昔、一度だけ魔王様に会ったことがあるの。そのとき、魔王様には一人の影武者がいたのよ。私が会った魔王様は、とても優しい魔力を放つ方だったけど、昨日会った魔王様からは、強大な魔力しか感じなかったわ。あの魔力は影武者のほうよ」
その場に静寂が訪れた。
「私になにを頼みたいんだ?」
静寂を破ったのは、コーラスの言葉であった。
「私はこれから、城に忍び込んで本物の魔王様がどこに居るのか、手掛かりを探してみるつもり。アナタに、私と同行して欲しいの」
「では、同行させていただこうかな。その話が本当で、ホンモノの魔王を見つけられれば、この戦争は終結する」
しばらく考えた後、コーラスは潔く引き受けてくれた。
「本当にいいの? 同行すれば、ほぼ間違いなく死ぬことになるわよ」
「死ぬつもりはないさ。なぜなら、最高の軍師がついているからな」
コーラスはそう言うと、ラーナに握手を求めてきた。ラーナがその手に握手をすると、さらに二つの手が覆いかかってきた。
「仕方ね―なー。俺も付き合ってやるよ」
「仲間はずれにしないでくれよ。俺もこの祭りに参加させてもらうぜ」
マイトは渋々に、ドムは純粋に楽しそうに、魔王城への進入に参加することをラーナに話した。
「私の部下はどうしていますか?」
「アナタの部下は人間界に返しました。アナタがいれば、他の人質は必要ないから……でも、アナタと共に戦った二人はここにいるわよ。どんなに帰れと言っても、アナタを残して帰ることはできないって、仕方なく牢屋に閉じ込めているわよ」
ラーナはコーラスに、「良い部下をもったわね」と、褒め言葉を贈った。
「シュトラとアランらしいな。ラーナ。その二人も、同行させてもいいかな?」
ラーナの名前を呼び捨てにしたことに、マイトは不満の表情を浮かべたが、それを口にだして文句を言うことはなかった。
「あの二人が私に従うかしら?」
「大丈夫ですよ。あの二人は私を信頼していますから」
その言葉通り、二人の男はコーラスと共に手を貸してくれることを、潔く承諾した。
「ここで、自己紹介をしておきましょうか。この槍を操る男はアランといいます。槍術の実力はかなりのものです。その隣が、シュトラといって、弓の名手です」
「短い間だが、ヨロシク頼むぜ」
「あ……あの、よろしくお願いします」
アランとシュトラは、ラーナたちに向かって挨拶をした。
次に、ラーナたちが自己紹介をした。
「俺はマイトだ。炎術を操る剣士だ」
「俺はドムってんだ。重力を操れて、戦闘スタイルは格闘術だ。まあ、仲良くしようぜ」
二人は、互いに戦った相手と握手を交わした。
「私の名はラーナ。もう知ってると思うけど、ゴーレムマスターよ」
「私はコーラス。ラスと呼んでくれて構わない。剣術には少しは自信がある」
ラーナとコーラスも自己紹介をした。
「どうやって忍び込むんだ?」
自己紹介を終らせると、マイトがラーナに尋ねた。
「まず正面から城に入って、深夜に行動を開始するわ。ラスたち三人は、私たちの護衛としてついてきてもらって、その後の予定は城に入ってから話すわ」
それから一週間後、六人は首都ブルーに到着していた。
「まだ、人気は衰えていないみたいね」
六人が首都に入ると、市民の熱烈な歓迎を受けることとなった。
「マイト司令官。お迎えに参りました」
人垣をかき分けて、数人の兵士が迎えにやってきた。
「そちらの三人は?」
フードを深く被って顔を隠している三人の男を不審に思い、兵士が質問してきた。
「彼らは、私たちを守る親衛隊ですよ」
ラーナが、すかさず兵士に三人を説明した。
「急に有名人になってしまったので、それだけ敵に狙われる可能性が増えました。その対策として、選りすぐりの部下を親衛隊にし、常に守ってもらっているんです。顔を隠しているのは、視線を読まれないようにするためです。私たちを狙っている敵と親衛隊の目が合ってしまうと、それだけで相手に気付づかれますから」
「分かりました。どうぞこちらへ、城に部屋を用意しております」
「彼らの部屋は必要ないわ。彼らは私たちの警護をしているから」
「承知しました」
六人は兵士に連れられて、城の中にと入っていった。
「ここまでは順調だな」
部屋に入ると、マイトが安心した表情を浮かべた。
「ここが魔王城か……」
コーラスたち三人は、魔王城に入ると珍しそうに周りを見回した。
「今夜から、深夜に探索をはじめるわ」
「どこから探していくんだ?」
「魔王のみが入ることを許される『禁断の間』よ」
『禁断の間』。その部屋の中を知っているのは、魔王だけとされており、誰一人としてその中を覗いた者はいない。それに加えて、部屋の場所を知る者も魔王だけである。唯一の手掛かりは、この城のどこかにあることだけであった。
「まてよ。『禁断の間』が、どこにあるのか分からないだろ」
当然の言葉の理由を、マイトが指摘してきた。
「場所なら分かるわ。その入り方もね」
「なにぃ! ホントなのか!」
ラーナの爆弾発言に、マイトは驚きで一杯になってしまった。
「夜になれば案内するわよ」
そして深夜になり、六人はラーナの案内で『禁断の間』に向かった。
「ちょっと待てよ! ホントにここなのか?」
ラーナに案内されたのは、城門の前であった。
「いくわよ」
ラーナが城門に向かって歩き出す。
「待てよ!」
五人は慌ててラーナの後についていった。
「どうしたんですか?」
城門の前には、二人の兵士が門番をしていた。
「寝付けなくて、少し散歩をしていたの」
門番にそう答えた。
そのとき、城のどこかで爆発が起こった。
「皆さんは部屋に戻っていてください。私たちは原因を調べてきます」
そう言って門番をしていた二人の兵士が、爆発が起こって火の手が上がりはじめた場所に走っていった。この爆発は、あらかじめラーナが昼間の間に仕掛けておいたモノであった。
「『禁断の間』に入るわよ」
兵士の姿が見えなくなってから、ラーナが城門に手をついた。すると、ラーナが城門のなかに吸い込まれていった。その光景を見た五人も、すぐさまラーナの後を追って城門のなかへ吸い込まれていった。
「ここは……」
そこで五人が見た景色は、一面に広がる草原であった。今は深夜のはずなのに、そこは昼間のように明るい。
「何もかもが昔のまま……」
ラーナは懐かしそうに、足元に咲いている花に触れた。
「ラーナ。ここにきたことがあるのか?」
「ええ、一度だけ。ここで私は魔王様とはじめて出会ったの」
ラーナはみんなの方へ振り返り、話を続けた。
「私は二〇年以上前にここに立っていて、そのときの私は記憶を失っていたの。そんな私の前に魔王様が現れて『ラーナ』という名前を与えてくれた。でも、魔王様に会ったのはその日が最後だった。それから私は施設で育てられ、戦争が始まった……」
はじめて聞かされるラーナと魔王の接点に、五人は黙って話を聞き続けた。
「ここは亜空間のなかに創られた部屋。ここになにがあるのか分からないけど、きっと魔王様の手掛かりがあるはずよ。だから……」
そこまで話したラーナは、急に絶望の表情を浮かべた。それに気づいた五人は、ラーナが見つめている先、自分たちの後ろを振り返った。
「ま……魔王様……!」
そこに立っていたのは、なんと魔王であった。
「ここには、普通の者は入ってこれないはず。お前たちは何者だ?」
「みんな! そこから離れてっ!」
ラーナが叫ぶと同時に、魔王の右手がラーナたちの方へと向いた。その瞬間、無数の不可視の刃が出現し、六人に向かって襲い掛かった。ラーナたちはなんとかその攻撃を回避すると、魔王に向かって攻撃の構えをとった。
「愚かな。魔王に勝てると思っているのか?」
「アナタがホンモノの魔王なら、勝てないでしょうね」
その言葉に、魔王の顔色が変わった。
「貴様ら! どこまで知っているのだ!」
魔王の口調が変わった。そしてそれに呼応するかのように、魔王から巨大な魔力がほとばしりはじめた。
「魔王の影武者ダイン・ケースン。それがアナタの名前よ」
ラーナが大声で叫んだ。
「私を忘れたの? 二〇年以上前に、一度、会っているわよ!」
「あのときのガキか……」
ダインは二〇年以上前に、魔王が子供を、どこからか連れてきたことを思いだした。次の日には、その子供はいなくなっていた。ダイン自身も、そのときは特に気にしなかった。
「ここに足を踏み入れるとは、お前は何者だ!」
「それよりも、魔王様はどこにいるの!」
ラーナが睨みつけると、ダインは不敵な笑みを浮かべて話しはじめた。
「そうだな。お前たちが何者でも、ここで皆殺しにしてしまえば関係ないな」
魔王が両手をラーナたちの方に振りかざした。
「ブレードラッシュ」
物凄い数の刃がダインの前に現れた。
「くるわよ!」
その瞬間、膨大な数の刃が六人を襲った。
「重力の壁」
「爆炎障壁」
ドムとマイトの二人が創りだした二重の結界が、六人を包み込んだ。
「無駄だ!」
だが、ダインが創りだした刃は、二つの結界を簡単に突破して襲いかかってきた。その刃から逃れる術はなかった。皆が死を覚悟したとき、皆の身体が宙に浮かび、物凄いスピードで後ろに吹っ飛んでいた。これにより、五人は刃の直撃を避けることができた。だが、只一人だけ、皆を後方に吹き飛ばしたドムだけは、全身に刃を受けて立ち尽くしていた。
「ドムっ!」
ラーナが叫ぶと、血だらけのドムが大地に倒れていった。
「我が刃は空間を切り裂く。故に、いかなる防御も通用しない」
「ドムの仇!」
ラーナが巨大なゴーレムを創りだし、ダインに向かって攻撃を行った。
「この程度の力で、私に勝てると思うな!」
ダインの創りだした刃が、ゴーレムを細切れにした。ゴーレムが崩れる。崩れ去るゴーレムの先に、シュトラが弓を構えて立っていた。
「ファイナルアロー」
シュトラがもつ最強最大の必殺の矢が、ダイン目がけて襲いかかっていった。
「ブラックブレード」
ダインがそう叫ぶと、右手に漆黒の剣が現れた。
「喰らうがいい。これが、私の力だ!」
剣を振りおろすと、膨大な魔力の塊がシュトラの放った光の矢を飲み込んでしまった。
「死ね」
シュトラの後ろに刃が生まれた。次の瞬間、刃は後ろからシュトラの心臓を貫いていた。
「爆炎剣」
「気槍連弾」
マイトの炎の剣、アランの放った無数の気刃が、ダインに同時に襲いかかる。右手に持つ漆黒の剣でアランの気刃を消し去り、左手に数本の刃を生みだし、それをマイトとアランに向けて撃ち放った。
「がぁっ!」
「ぐはぁっ!」
二人は無数の刃を身体に浴びて、大地に倒れていった。マイトは倒れる直前、剣をダインに向けて投げたが、その剣はダインには当たらずに、ダインの足元の大地に突き刺さっていた。
「残るは二人か……」
ダインがラーナの方を見ると、ラーナを庇うようにコーラスが立ちはだかった。
「死ね」
ダインが漆黒の剣を振りかざしたとき、ダインの周りが炎に包まれた。この炎は、マイトが剣にかけていた魔炎陣が発動したことを示していた。
「ぐっ!」
突然の炎に、ダインは一瞬、二人の姿を見失った。次の瞬間、炎の中からコーラスの姿が出現した。
「天地光波陣」
圧倒的な光がダインを包み込む。炎が止み、二人が姿を現した。
「ぐう……」
ダインは失った右腕を抑えながら、痛みに苦しんでいた。そこから少し離れたところに、コーラスの後姿が見えた。
コーラスは立っていた。だが、コーラスの背中からは、漆黒の刃が突き出ていた。
「まさか、腕を一本失うとはな……だが、残りはお前だけだ」
ダインは刃を数本生みだし、ラーナを睨みつけた。
(このまま殺されてしまうの……いいえ、私は諦めない! みんなのためにも奴を倒す!)
ラーナは無意識に、首にかけているペンダントを握りしめていた。
(なに……?)
ラーナは内から沸き起こる力に、戸惑いを浮かべた。
(この力は……)
手にしたペンダントを見てラーナは思いだした。
(このペンダントは、魔王様から貰ったもの……)
『未来で、お前を助けてくれるお守りだ』
昔、ここで魔王から聞いた言葉が、ラーナの心の中で鮮明によみがえってきていた。
(魔王様、私に力を貸してください。奴を倒す力を、皆を救うちからを……)
ラーナがペンダントに祈りを捧げると、ペンダントが眩い光を放ちはじめた。
「貴様! なにをする気だ!」
無数の刃が、ラーナに向かって襲いかかった。
しかしその刃は、ラーナに到達する前に消滅してしまった。
「バカな……」
その現象に驚いていると、ペンダントの光が膨らんでいき、周りの全てのものを包み込んだ。
「なんだ? この光は……ぐうっ! があっ!」
光に包まれたダインの身体が、砂のように崩れていった。
「た……助けてくれーっ!」
それが、ダインがこの世に残した最後の言葉であった。
光が止む。
ラーナは気を失って大地に倒れている。
その側に、五人の人影が集まる。
「うっ……」
ラーナの意識が戻る。
そこで、ラーナの目に飛び込んできた光景は、死んだはずの五人の仲間たちであった。
「人間界に帰って、このことを人王に報告してくる」
マーレクト平原の砦の前で、コーラスが別れの挨拶をしていた。
ダインを倒した後、今までの魔王がニセモノだと、城にいる高官たちに説明をした。思ったより簡単にその事実を納得してくれたのは、魔王の寝室から発見されたダインの書いたノートの効果だろう。そこには、二〇年間の自分の行ってきたことが記されていた。だが、肝心の魔王の所在に関しては、なにも記されていなかった。
「戦争も終結したし、いつでも遊びにきてね」
「そのつもりさ」
コーラスは今回の一件を詳しく報告するために、人界へと帰っていった。シュトラとアランも一緒に、コーラスと共に人間界へと帰っていった。
(あの光は、なんだったのかしら……)
コーラスを見送りながら、ラーナはあのときの光のことを考えていた。
ラーナが気がつくと、そこには死んだはずの五人がラーナの周りを取り囲んでいた。皆に尋ねてみると、全員が『気がついたら生き返っていた』と、返事を返してきた。
「ラーナ、そろそろ砦に入ろうぜ」
隣にいたマイトがラーナに話しかけてきた。
「ええ」
戦争は終了し、魔族は国をあげて魔王の捜索を開始している。
自分の知りたいことは、魔王に会えれば知ることができる。
ラーナはそう考えていた。
(私もいつか、魔王様を捜しにいこう)
ラーナは空を見上げながら、その決意を固めていた。
その胸元には、青い宝石が埋め込まれたペンダントが、太陽の光を反射して七色に輝いていた。
END