創られた者 著 K&Aさん
二〇〇〇年、未来の高齢化社会を見据えて、複数の国が合同で極秘プロジェクトを進めていた。
二〇五五年、世界の高齢化は深刻な問題になっていた。そしてこの年、五〇年以上を掛けた極秘プロジェクトの最終試験を実施することになった。
極秘プロジェクトの内容は介護ロボの製作である。数少ない貴重な若者を老人の介護に使うことは、世界の発展にマイナスになると判断し、それを回避するために、五〇年以上の年月をかけて介護ロボの製作に全力を注いできていた。
最初の二十年で、介護ロボのボディはほぼ完成していた。しかし、介護を全て自己判断で行うほどの人工知能の開発に、科学者たちは悩まされてしまった。それ程の高性能の人工知能を作ることは非常に困難であったのである。だが、最近になって、人工知能の開発に成功した。
そして今回、開発された人工知能が人間と同等に考え、そして判断できるかどうか、テストを行うことにした。テストの内容は、一ヶ月間、研究所内で研究者ととともに生活し、支障が無いかどうか調べるものである。
人を介護するには人の姿が良いと判断し、介護ロボの外観は人型をとっている。実験に使われるプロトタイプ介護ロボも、十六歳くらいの少女の姿をしていた。
プロトタイプ介護ロボの名は「マム」と言う。今回の実験で、「マム」には二人の科学者が、データ採取のためにつけられた。
一人は高野晃。年齢は二四歳と若いが、研究所内でもかなり優秀な科学者の一人であり、今回の人工知能をプログラムした人間でもある。
もう一人は、久留間愛。年齢は二十二歳と晃よりも若い。今回は、主に情報の記録を担当する。
そして、一ヶ月のプロトタイプ「マム」の起動実験は開始された。
「マム。お前なら、必ず素晴らしい結果を残せる筈だ。頑張れよ」
「ハイ。マスター、頑張ります」
晃の言葉に、マムは無表情で返事を返した。
「まだ、表情を上手く変化できないか……」
マムの顔を見ながら、晃は残念そうに話した。
「仕方ありませんよ。まだ、起動したばかりなんですから」
愛はそう言いながら、手にした小型パソコンにマムのデータを記録していた。
「そうだな。マム、これから一ヶ月の間に、色々なことを教えてやるからな。楽しみにしていろよ」
「ハイ。楽しみにしています」
起動した初日は、初期起動でのエラーチェックによって、一日が消化されていった。
「どうだ! 俺のプログラムしたマムは最高だろ?」
「そうですね。あとは、この一ヶ月の間に結果を出せれば文句は無いですね」
晃と愛は食堂で、夕食を食べながら話をしていた。晃は興奮気味に愛に話し掛け、愛はひたすら聞き手に回っていた。
「明日からは色々なことを教えて、より人間に近付けて見せるぞ!」
「どんなに人間を真似ても、ロボットは人間にはなれないわ」
しかし、晃は愛の言葉に耳を貸さずに、自分の理想を語り続けた。
食事が済むと、二人はマムが休んでいるカプセルに向かった。
「ねぇ、晃」
「なんだ?」
マムが眠るカプセルの前に立っていると、愛が晃に話し掛けてきた。
「ロボットに浮気したら、許さないからね」
そう言うと、愛は少し拗ねた表情で晃に寄り添っていった。
「なんだ? もしかして、マムにヤキモチを妬いたのか」
「ばか……」
晃と愛は、ゆっくりと互いの唇を近付けて行った。
二日目。二人はマムを連れて、植物がたくさん植えられたホールに来ていた。
「どうだ。自然に囲まれていると、気持ちがイイだろ?」
「ハイ。酸素の濃度が他よりも高く、人間にとって、とてもよい環境だと思います」
その返事に、晃は苦笑を浮かべた。
「まぁ。今のところは、そんなところかな……」
「晃は、マムにどんな返事を期待していたの?」
側に居た愛の質問に、晃は少し恥ずかしそうに答えた。
「そうだな……『はい。自然に囲まれていると、とても幸せな気分になってきます』くらいは、言って欲しかったかな」
「そんなセリフ、ロボットが間違っても口にする訳ないじゃない」
愛が呆れていると、マムがなにか言いたそうに二人を見つめていた。
「どうした?」
「昨日、私の眠るカプセルの前で行っていた行為は、どんな意味があるのですか?」
「み、見てたの!」
「ハイ」
その言葉に愛の顔が真っ赤に染まる。それを見た晃は、マムに自分なりの説明をしてやった。
「昨日の行為はだな、俺が愛のことを好きだからしたのさ」
「ちょっと……」
愛の静止を無視して、晃は話を続けた。
「好きになった人間同士には、普通のことなんだ」
「普通ですか?」
「そう。普通だ……うげっ」
そこまで言うと、晃は後ろから愛に首を締められてしまった。
「これ以上、いらないことを教えないで!」
「分かったから……首を締めるのを止めてくれ……!」
晃は失神寸前で、愛になんとか許してもらえた。
「マスターは、私のことは好きですか?」
愛から開放された晃に、マムは質問してきた。
「もちろん好だよ」
「なら、私にも、昨日の行為をしてくれませんか?」
「ああ。いいよ」
その言葉に、愛が困惑した表情で反対した。
「ちょっと! ロボット相手になにをする気よ!」
「だからさ、ロボット相手にヤキモチを妬くなって。たかがキスするくらい、なんでもないだろ」
そう言うと、晃はマムの唇に軽くキスをした。
「ありがとうございます」
マムは笑顔でお礼を言った。
「おい! 今の見たか? 初めて表情を変化させたぞ!」
晃が嬉しそうに愛に話すが、愛は真剣な表情でパソコンを見つめていた。
「おい。無視するなよ、そんなにマムとのキスに傷ついたのか?」
「違うわ! これを見て」
そう言うと、手にしているパソコンのモニターを晃に見せた。
「これは……」
そこには、原因不明のエラーがいくつも起こっていた。
「マム。身体の調子はどうだ?」
「正常に動作しています」
「なら、そちらで起こっているエラーの感知はできるか?」
「ハイ。エラーを感知しました。その原因不明ですが、システムに悪影響は無いもようです」
見る限りでは、マムに異変は感じられなかった。
「とにかく、一度点検をしてみよう」
そう言うと、マムを連れてメンテナンスルームに向かった。
「このデータは……」
晃はマムのデータの中から、原因らしきデータを発見した。
「このデータは……これが原因だとすると……」
晃はなにかを呟きながら、膨大な量のデータが映し出されているモニターを見つめていた。
「原因は分かったの?」
愛は、モニターを見つめている晃に尋ねた。
「これは、あくまで俺の考えなんだが……マムは、恋をしたんだと思うんだ」
「恋ですってぇ〜!」
その言葉に、愛は信じられないと言った顔で、晃の顔を見た。
「そんなこと、ある訳無いでしょ。アレはロボットなのよ」
「だが、できるだけ人間に近い思考回路を搭載させているんだ。恋をしても不思議じゃ無い」
晃は目を輝かせながら、愛に熱弁をふるった。
「マムは俺に恋をしたんだ!」
(ドキッ!)
晃の顔を見た愛は、今まで見たことも無いほど真剣な顔をしている晃に、見とれてしまった。
「人間に近い……いや、人間と変わらない思考を持たせることができれば、当初の目的以外にも、色々な活躍をさせることができる。例えば、宇宙空間での作業を全てロボットで行えれば、飛躍的な進歩を行うことができる。よし! 明日からは、今まで以上に頑張っていくぞ!」
そしてこの日は、マムの調整のみで終了になった。
その夜、愛は自室のベットに横になり、天井を見つめながら考え事をしていた。
(なんだか……私よりあのロボットの方が大事みたい……)
昼間に見せた晃の表情は、自分には一度も見せたことの無い表情であった。
(私……ロボット相手に嫉妬してる……)
そのことを自覚している自分に、どうしようもない自己嫌悪を覚えた。
(相手はロボットなのよ! ロボットなんかに負ける訳ないよね。……信じてるからね、晃)
愛は瞼を閉じて眠りについた。
三日目。この日、晃はマムに対して恋人のように接した。
優しい言葉を掛けたり、マムの喜びそうなことを積極的に行ったりした。その度に、マムは嬉しい表情を作り、時には笑い声も上げていた。
愛は、手にしたパソコンに送られてくるデータを、厳しい表情で眺めていた。その視線の先には、晃がプログラムした感情値を表すグラフが映し出されていた。そしてその数値は、大きくプラスの方に揺れ動いていた。
「あんなに楽しそうにしてる……」
晃とマムが楽しくしているのを見ていると、愛はどうしようもなく苛立ってくるのである。だから、パソコンの情報をできるだけ見るようにしていた。しかし、ここに送られてくる情報から、二人の楽しそうな光景が脳裏に浮かんできた。
(いっそ、こんなグラフを理解できなけれは、二人の楽しそうな姿を想像しなくてすむのにな……)
愛は憂鬱な気分になりながら、送られてくるデータを整理していった。
「たった一日で、これだけの進歩を見せているぞ!」
晃は、今日のマムのデータに目を通しながら嬉しそうに叫んだ。その様子に愛は、さびしそうな表情をした。
そして実験を開始して二週間が過ぎた。
この頃になると、マムは本当の人間のように考え判断することができるようになっていた。
「マム。今日はなにをして遊ぼうか?」
「マスターと一緒なら、なんでもいいです」
そしてマムが人に近付くにつれて、晃の心は愛から遠ざかり、マムへと近付いていった。
(ロボットなんかに、私の晃を取られたくない……)
愛の心の中では、着実に嫉妬の感情が育ち続けていた。
「なんか最近、いつも機嫌が悪くないか?」
食堂で夕食をとっている愛の隣の席に、晃が自分の食事をのせたトレーを持ってやって来た。
「別に……」
愛は短く返事を返した。
「そうか? それより、今日のマムのデータを見たか。もう、ほとんど人間と同じ思考を持つことに成功している」
愛の素っ気ない態度を気にすることもなく、晃は嬉しそうに、今日の実験結果を愛に話して聞かせた。
「ゴメン。疲れたから先に休むね」
愛はそう言うと、晃を残して食堂を後にした。
その夜、皆が寝静まった頃に、ひとつの人影が研究所内を動き回っていた。
「全てはアナタが悪いのよ」
マムが眠っているカプセルの前に立ち、愛は鋭い眼光を放ちながらマムに話し掛けていた。
「アナタさえ、そんな感情を持たなければ……」
愛は近くにあった制御盤の前に立ち、そこにあるボタンを操作していった。
「アナタの記録回路のデータを、少しデリートさせてもらうわよ」
愛はそう言うと、マムの記録回路にアクセスするためのパスワードを打ち込んだ。
「そんな! アクセスできない!」
パスワード「3059」を打ち込んでも、マムの記録回路にアクセスすることは出来なかった。
「アクセス不能?」
モニターに映し出された文字を、愛は理解できなかった。パスワードエラーなら理解できるが、アクセス不能ということは、パスワードは間違っていない筈である。
「アクセス不能の原因を見つけなさい」
愛はコンピューターに、アクセス不能の原因を調べさせた。それから数分後、アクセス不能の原因が判明した。
「マム自身がアクセスを拒否してるですって!」
信じられない事実に、愛はカプセルの中のマムを見た。
「ひっ!」
カプセルを見た愛は、カプセルの中からこちらを見つめるマムに驚いた。
「まさか……そんな……」
愛は恐怖でその場を離れようとしたとき、モニターに文章が浮かび上がっていた。
『私の心に触れるな』
その文字を見た愛は、恐ろしくなりその場から逃げ出した。
その次の日から、愛はこの仕事を他の研究者に交代してもらった。
(あれは危険なロボットだわ……)
愛が研究から外れて一週間が過ぎた。研究の方は三週間目に入り、順調に実験は進んでいた。愛はこの一週間の間、マムのデータを破壊する術を考えていた。
(あれは私にとって、どうしても消さなければならない存在……)
この一週間、データの破壊をするための方法を考えたが、マムがアクセスを拒否する以上、どうすることもできない。そして最後に残った手段は、マム本体を破壊する方法であった。
(晃は私だけのものよ)
愛は最後の切り札を持って、マムの眠る部屋に向かっていった。
「アクセスできないなら、これならどうかしら?」
愛はマムの居る部屋に入ると、コンピューターに自分が作ったプログラムを流し込んでいた。
「これで全てが終るわ」
愛が送り込んだプログラムは、愛が一週間かけて作ったウイルスであった。このウイルスは、マムの神経回路をマヒさせる効果があった。
「そろそろかしら……」
愛はそう言うと、マムの眠るカプセルを開いた。
「………………」
マムはその場から動かなかった。しかし、その瞳だけは愛の姿をしっかりと見つめていた。
「身体が動かないでしょ? でも大丈夫。すぐにそんなことを気にしなくてすむようにしてあげるから」
愛がそう言って、右手に持った電磁ロッドをマムの身体に押し付けた。
「この電磁ロッドはね、改造してあるの。通常の数百倍の電圧を作り出すことができるようにね。私がスイッチを押せば、アナタは只のガラクタになるの」
マムを睨みつけながら、愛は淡々と話していった。
「さようなら」
自分の話したいことを全て話すと、愛はスイッチを押そうとして、マムから視線を外した。
「きゃっ!」
マムから視線を外した瞬間、愛はマムの右手によって壁まで吹き飛ばされていた。
「自己防衛プログラム作動。目の前の敵を排除します」
マムはウイルスのせいで、身体が思うように動けないようであったが、それでもゆっくりと起き上がってきた。
「ターゲット確認。久留間愛を排除します」
「た……助けて!」
愛はそう叫ぶと、部屋から逃げ出した。
「まて……」
走り去る愛の後ろから、マムの声が聞こえてきた。愛は恐る恐る後ろを振り返ってみた。
「逃がさない」
数十メートル後から、マムが愛を追いかけて来ていた。
(助けて……助けて……)
愛は無意識の内に、晃の眠る部屋に向かっていた。
「この先を進めば、晃の居るDブロックに入れる……」
晃に会えばなんとかなる。それを信じて、必死に晃の部屋に向かった。だが、その僅かの希望は脆くも崩れ去ってしまった。Dブロックの通路の壁を破り、マムが愛の前に先回りしてきた。
「死ね……」
感情のこもらない声を発しながら、マムは愛に近付いていった。
(どうしよう……)
そのとき、近くにあった隔壁操作パネルを発見した。
「今だ!」
マムが隔壁の真下にきたとき、操作パネルを操作して隔壁を下げた。
ドンッ!
隔壁は見事にマムを直撃した。
だが……
「うそ……」
なんと、マムは落ちてきた隔壁を受けとめていた。
「介護ロボとして設計されたマムに、そんなことはできない筈よ!」
精一杯の否定の言葉を口にしても、目の前の現実からは逃げだすことはできない。愛はとにかく元きた道を急いで退き返した。
「あれじゃあまるで、軍事ロボット並よ……」
マムの性能が、自分が予測していたより遥かに高いと知り、絶望が愛の心を満たしていった。おそらくマムは、愛が送ったウイルスを察知し、侵された神経回路を隔離してウイルスを封じ込めてしまったのだと愛は推測した。
「私は人間よ。ロボットなんかに負けてたまるもんですか!」
自分自身に言い聞かせるように叫ぶと、愛は手近な人間に助けを求めようとした。
そして愛は、Bブロックへ続く通路を進んでいった。しかし、Bブロックに辿り着くことは出来なかった。
「こんなことって……」
進もうとする通路の先に、マムが立っていたからである。
「アイ……私の敵……」
愛が立ち尽くしていると、マムがこちらに走ってきた。愛は反転して逃げ出そうとした。
「逃がさない」
「あうっ!」
走り出そうとした愛の腹部から、人の手が一本生えていた。
痛みを堪えながら後ろを振り返ると、そこには右手を真っ赤に染めたマムが立っていた。
「アナタは邪魔者」
愛の身体から急激に力が失われていった。視界が薄れていき、周りの音が遠ざかっていく。
『アナタは邪魔者』
薄れゆく意識の中、その言葉が愛の脳裏に焼き付いていた。
そして……愛はベットで目を覚ました。
「ここは……」
周りを見渡すと、ここが自分の部屋であることが分かった。愛はそれに気付くと、マムに貫かれた腹部を見た。
「傷が無い……」
愛は今の状態に混乱していた。
「自分は確かに死んだ筈」と思いながら、いつ着替えたのか分からないパジャマを脱ぎ捨てて、制服に着替えて部屋をでた。
「おはようございます」
すれ違う人々は、愛に向かって挨拶をした。それは、毎日繰り返されている光景であった。
なにもかもが今まで通り。愛は全ての真実を解き明かすために、マムの居るはずの部屋に向かった。
「やっときたか」
そこには、晃と数人の科学者が居た。
「この大事な日に寝坊するなんて、お前らしくないな」
晃は待ちくたびれた表情で、愛の顔を見つめていた。
「ゴメン……」
とりあえず返事をして、愛は晃の隣まで歩いていった。
「これで全員揃ったことだし、マムの起動を起動させようか」
「マム!」
その単語に、愛は大声で反応していた。
「マムを起動するって……」
「どうしたんだ? 今日はマムの初期起動を行う日だぞ。今日から一ヶ月の起動実験をするんだろ」
「今日から……」
晃の言葉に、愛は混乱していた。
(今日からだとすると、私が体験したのは全て夢だったの……?)
「起動させるぞ」
愛の思考は、晃の声によって遮断された。
前方のカプセルがゆっくりと開き、中からマムが姿を現した。マムは無表情のまま、ゆっくりとこちらに歩いてきた。
「マム。お前なら、必ず素晴らしい結果を残せる筈だ。頑張れよ」
マムが自分の前まで来ると、晃はマムに話し掛けた。
「ハイ。マスター、頑張ります」
(私が体験したときと同じ会話……)
マムの無表情な返事を聞きながら、愛は自分が体験した事柄と照らし合わせていた。
「まだ、表情を上手く変化できないか……」
残念そうに話す晃の顔を見つめていた。
「ん? 俺の顔になにかついてるか?」
見つめている愛に気付き、晃は愛に尋ねた。
「えっ……な、何でも無いわよ……」
愛はできるだけ平静を装いながら返事を返した。
「愛、今日は少し変だぞ?」
晃は愛の動作を少し不審に思ったが、すぐにその考えを打ち消し、目の前の少女に話し掛けた。
「マム、これから一ヶ月の間に、色々なことを教えてやるからな。楽しみにしていろよ」
(これも言葉も同じ……)
その後、マムのエラーチェックを行った。
「どうだ! 俺のプログラムしたマムは最高だろ?」
食堂での会話も、愛の記憶に残っていた。
「休む前にマムを見ていこうか」
「……そうね」
とりあえず晃と共にマムの眠る部屋に向かった。
マムの眠る部屋に着くと、愛は考え事を始めた。
(私はどうしてしまったのかしら……)
マムに殺され、次に目覚めたときはマムが起動する日に戻っていた。最初は夢かと思ったが、自分の持つ記憶の通りに話が進むに連れて、愛はなにかが引っかかってきていた。
「あむっ……」
愛が考え事をしていると、隣に立っていた晃がいきなりキスをしてきた。
「い、いきなりしないでよ!」
愛は慌てて晃から離れ、晃に向かって怒鳴っていた。
「なんだよ? 機嫌が悪そうだったから、優しくキスしてやったんだろ」
「あ……ゴメン……」
不機嫌そうな顔になった晃に向かって、愛は申し訳なさそうに謝った。
「ま、たまにはこんな日もあるさ。今日はそろそろ休むことにしようか……」
そう言うと、二人はマムが眠る部屋を後にした。
二人が居なくなった部屋の中、マムが静かにその姿を見つめていた。
(なにか大事なことが、私の中で欠けているような気がする……)
ベットで横になりながら、愛は自分の記憶の片隅にある、忘れられた記憶を捜し求めていた。
(私はこの現象の理由を知っている筈……なのに、思い出せない……)
「自分はこの原因を知っている」その確信が確かにある。だが、その具体的な理由をどうしても思い出せない。
(明日は、晃とマムがキスをする。そして……)
そこまで考えると、愛はベットから飛び起きた。
「どうしても、確かめなければならないことがあるわ」
愛はそう呟くと、服を着替えて深夜の研究所内を歩き始めた。
「もしかしたら……」
愛はマムの眠る部屋の前に立っていた。
「もし、あれが残っていたら……」
部屋に入ると、愛は部屋の片隅に歩いていった。
「たしかこの辺りに……」
隙間に手を入れながら、愛はなにかを探した。
「……!」
愛の手が、棒状のモノを掴んだ。
「あった……」
それは、愛が改造した電磁ロッドであった。
「これがここにあるってことは、私のなかにある記憶は、実際に起こった出来事ということになるわ」
愛は部屋を出ると、情報室に向かった。
「今日から一ヶ月以内の記録を表示」
情報室に入ると、愛は一ヶ月以内の記録を表示させた。だが、そこには不審な記録は残されていなかった。
「キーワード『マム』で検索」
検索を開始すると、膨大な量の情報が表示された。愛はその一つ一つを調べ上げていった。
「手掛かりは見付からないか……」
諦めて操作パネルから離れた瞬間、愛はある可能性に気がついた。
「これでどうかしら?」
愛は操作パネルで、一ヶ月の記録を表示させた。だが今回は、一ヶ月未来の記録を表示するように設定した。
未来の記録がある筈は無い。だから、当然記録は表示されることは無い。
「これ……は……」
だが、実際には記録が表示された。そこには、マムが自分を殺した日の記録までが表示されていた。
「なら、これならどうなるの?」
マムの一ヶ月先までの記録データを表示させた。
マムの記録も予想通り表示された。そこに表示された記録は、愛が記録したデータと同一のものであった。
「監視モニターの記録を表示」
マムに殺された夜の、監視モニターの記録を表示させた。
「そんな……」
監視モニターに映し出された映像には、愛がマムから逃げ出した後、晃が無人になった部屋に入ってきている映像が映し出されていた。
「なにか話している……」
部屋のなかで、晃がなにか声を出していることに気付き、音声を再生させてみた。
『なかなか面白い行動をしたな』
『どうやら、Dブロックに逃げ込もうとしているようです』
晃の言葉に、隣の男が話し掛けてきた。
『どうしますか?』
『マムをDブロックに先回りさせろ』
晃の言葉に、男は操作パネルになにかを打ち込んでいった。
『愛は面白い実験体だな』
晃は嬉しそうに呟いた。
(私が……実験……体……?)
その意味が理解できず、愛は監視モニターの晃の言葉に意識を集中した。
「まさか、記憶が残っているとはね」
その声は、愛の後ろから聞こえてきた。
「晃……」
そこには、マムを連れた晃が立っていた。
晃は残念そうな表情をしながら、愛の顔を見つめていた。
「説明してよ!」
「やれやれ、まさか未来の記録を検索するとは予想もしていなかったよ。記録を上書き保存に設定していないで、しっかりと消去しておけばよかったな」
晃はそう言うと、愛の顔を見つめて愛の質問に答え始めた。
「さて、なにから知りたいかな?」
「私の記憶では、自分は一度死んでいる」
「確かに肉体は大破してしまった」
まるでモノを扱うように、晃は淡々と言葉を続けた。
「しかし、肉体の死が、君の死と繋がる訳ではない」
「どう言うことよ」
晃は微笑みながら質問してきた。
「その質問に答える前に、俺の質問に答えてくれないか」
「なにに答えろっていうのよ」
「簡単なことさ、今居る星の名前を答えればいいのさ」
「地球に決まってるでしょ」
その答えに晃は満足したようだった。
「では、次の質問だ。この研究所はどこに建てられている?」
「地図に記載されていない無人島よ」
「さて、次は……」
「待って、これになんの意味があるの?」
愛のその言葉に、晃は返事を返した。
「真実を知ったときの反応を知りたいからさ」
その瞬間、隠し持っていた拳銃を晃に向けた。
「早く教えなさい。これは警告よ」
銃口を晃の心臓に向けながら叫んだ。
「ここは地球だと答えたが、それはハズレだ」
「なら、ここはどこだと言うの」
「月さ」
「月……」
「そう。ここは月面のクレーターに造られた研究所。後ろのモニターを観てみればいい」
愛の後ろのモニターに外の景色が映し出された。
「この映像を信じろっていうの?」
「そうだな、普通は信じられないよな」
モニターの映像が切り替わる。
「これは……私……?」
切り替わった映像には、寝台に横たわって眠る愛の姿があった。
「違う。アレは君を創りだすための部品のひとつでしかない」
「部品……ですって!」
晃の言葉を聞き続ける内に、心の中に言い様のない不快感が蓄積されていった。
どうして自分は彼を好きになったのか、今となっては、その理由を見つけることはできなかった。
「可笑しいわね。昨日までは、好きで好きでどうしようもなかったのに、今はアナタの言葉を聞く度に虫唾が走るわ」
「理由は簡単さ。お前に組み込んだ命令が、上手く働かなくなってきているのだからな」
その言葉に、愛は考えたくない事実を思い浮かべていた。
「お前はロボットさ」
晃から出た言葉を、愛は受け入れることはできなかった。
「そんなの嘘よ! 私は血を流せる! 食事をする! 睡眠も排泄もしてる! 私は人間よ!」
愛は叫んだ。その光景を、晃は楽しそうに見つめている。
「お前は特別なロボット……いや人形だ。有機細胞で造られた人形。唯一、無機質でできているのは脳だけだ」
「私は作られた存在……」
信じられない告白に、愛は身体が震えてきた。
「今が西暦何年か知っているか?」
「それは……」
「マムのアクセスコードを覚えているか」
「たしか『3059』……あっ!」
そこで、ある答えが頭の中に浮かんだ。
「今は……西暦三〇五九年……」
「正解」
晃は手を叩いて愛を褒めた。
「今は西暦三〇五九年。そしてお前を造った本当の目的は、永遠の命のため」
「永遠の命?」
「そうだ。たとえ人の身体を捨てて機械の身体に替えても、脳自体の寿命がきてしまえば死んでしまう。それを回避するために脳細胞の記憶を他の脳細胞のコピーすることを考えたが、それには重大な問題が浮上した。コピーしたときに、身体の機能に障害が起こってしまうのさ。勿論、コピーに成功する場合もあるが、リスクが非常に大きい。それならばと、記憶チップに自分の記憶を移植しようと思いついた。実験は成功した。完璧に、記憶を記憶チップに移植することに成功した。だが、ここにも大きな問題が生じてしまった」
そこで話を中断した。
「早く話を続けなさい」
愛は苛立ちを感じ、晃に向かって叫んだ。
「そう。それが足りなかったのさ」
愛が叫ぶと晃がそう答えた。
「感情が無い。記憶を移植すると、必ず感情が欠落してしまった。俺……いや、私は感情を再現しようと記憶チップを改良していった。そして完成させたのが『AI』だ」
「『AI』……『アイ』……『愛』……!」
「その通り。君の名前だよ」
そのとき、今まで動かなかったマムが急に動き出し、愛に向かって走り出した。
「くっ!」
愛は手にした拳銃を、たて続けに発砲した。
全ての弾が命中した。だが、マムは失速することもなく、愛の前までやって来た。
「あうっ!」
マムの放った蹴りで、愛は数メートル後ろに吹き飛ばされた。
「AI。お前は完全に感情を表現している。これで、私の記憶を移植できる」
愛は身体に走る激痛に耐えながら、立ち上がろうとした。
「AI。お前の中にある記憶チップを渡してもらうぞ」
マムがゆっくりと近付いてくる。愛は自分の最後を覚悟しようとしたとき、足元に電磁ロッドが転った。
「ハアッ!」
愛は電磁ロッドを握ると、マムに先端を押し付けてスイッチを押した。
ギイイイイイイイッ!
物凄い電流がマムの身体を走り抜けた。
「……命令……実……行……不能……」
電流が止むと、マムはそう言い残して床に倒れた。
「ウッ……」
身体の痛みを堪えながら、愛はなんとか立ち上がった。
「バカな! 貴様……創造主である私に歯向かうつもりか!」
その口調は、愛の知っているものではなかった。これがこの男の本当の姿だと思いつつ、ゆっくりと銃口を目の前の男に向けた。
「私は三〇〇年以上を生き続ける天才だぞ! その私を殺すつもりか!」
「私は死にたくない。だから、アナタを殺すわ」
一発の銃声が愛の耳に響いた。そして、目の前の男が床に倒れた。
「生き残ったんだ……」
愛はその場に座り込んで呟いた。
「意外な結果になったな……」
「でも、感情回路の分析は終了しました。このデータを元に、人間への絶対服従回路を構築します。完成品では、このような結果は起こらないでしょう」
男の隣にいた女性が男の言葉に返事を返した。
ここは、アメリカが保有する無人島。そこに建てられた研究所内の一室で、二人は会話をしている。二人が居る研究室には数々の機材が立ち並び、沢山のスタッフが忙しそうに動き回っていた。
「人間への反乱か……」
男が見つめる先には、今までの一部始終を映していたモニターがある。
「感情回路は完成しました。あとは、量産の準備を行うだけです」
女性の名はマム。
「そうだな。この実験もこれで終了だな……」
男の名は晃。
二人はそう言うと、研究室の中央に設置してある装置に近付いた。
「ご苦労様。『AI』……」
晃の視線の先には、拳の大きさ位のチップが置かれており、チップは多数の配線と繋がっていた。
「このチップを大量生産できれば、人間の思考を持ったロボットを他の星へ探索に行かせることもできますね」
「しかし、あのシュミレーションは悪趣味だったな……」
「仕方がありません。新型AIの人間への反逆の意思を調査し、抑制するために必要だったんです。それを調べるのに、あのシュミレーションが最善と判断されたのですから」
「人間のためか……」
晃はモニターを見つめながら、後味の悪い顔をした。
「『AI』は、この研究のために我々が創造した人格です。この世に存在しない人間に対し、感傷に浸るのはナンセンスです」
「それでも、私は浸りたいのさ。彼女をプログラムした者として……父親としてな……」
西暦二〇五五年。
この年、画期的な発明が発表された。
人間と同じように考え行動でき、人へのマイナスの感情を起こさない高性能の新型AI『アイ』。
これにより、世界は飛躍的な向上を果たしていくことになる。
END
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