険しい山の奥深く。
高い崖の上から、滝が流れ落ちていた。
激しい水流の音が、辺りに響き渡っている。
「うう、ちっとも涼しくならない……」
その崖の下で滝にあたりながら、少年は呟いた。水は腰くらいの高さまである。
木々は緑に生い茂り、太陽は眩しく輝いていた。季節は夏である。虫の声もうるさいほどだ。
「そう? あたしは涼しいけど」
隣で髪の長い少女が言った。
二人とも年齢は同じ十五歳くらいだ。
「キイカ、お前本当に涼しいのか? 太陽は眩しいし、水はぬるいし、空気も生暖かいし……」
滝にあたれば涼しくなるかも、という彼の考えは、もろにはずれてしまった。
「ちゃんと精神統一してないからじゃない?」
「何を言う。俺はちゃんとしてるぞ」
「ふ〜ん……」
と、キイカは少し考えて、
「じゃあお兄ちゃん、ちょっとこっち見て」
「ん?」
首を横に向けて見ると、キイカの白い服が、水に濡れて透けていた。胸のふくらみの先までもが、はっきりとわかる。
「だあっ!」
慌てた少年は、足を滑らせ、水の中に沈んだ。
「あはははっ、やっぱり集中してないね、お兄ちゃん」
キイカはおかしそうに笑った。
「い、いきなりそんなもん見せるから、びっくりしたんだよっ」
起き上がり、軽く咳き込みながら言う。
「そんなこと言って、集中してない証拠じゃない。それに顔赤いよ」
「そ、そんなことはない」
少年は顔をそむけた。
「んふふ……アルスお兄ちゃん」
キイカは笑みを浮かべ、彼の前に出た。
「な、何だよ」
アルスは目のやり場に困り、視線を宙に這わせながら、ちらちらと彼女を盗み見る。
キイカはポーズを作った。
「そそる?」
「い、妹に欲情してしてたまるかっ」
「いいじゃない。あたしは構わないのに……」
「俺は構うの!」
「でも股間が盛り上がってるよ」
「うげっ! こ、これは違う!」
アルスは股を押さえて背を向けた。
「照れちゃって、かわいい」
キイカはくすくす笑っている。
(く、くそ〜っ、妹にからかわれるとは……! し、しかし、こいつかわいいんだよな〜……スタイルもいいし……)
先程の水に透けた体を思い出し、思わずにやけていると、
「こらっ! アルス、キイカ、真面目にやらんかっ!」
正面から老人の声と共に、光の筋が向かってきた。
「うわっ!」
「危ないっ! お兄ちゃんっ!」
キイカは咄嗟にアルスに飛び付き、水の中に押し倒した。
光の筋は二人から大きくはずれ、滝の中に消える。そして裏側にあった岩壁の一部を砕き、真上に落ちてきた。
アルスもキイカも、水から顔を出した途端に迫ってくるそれを目にし、目を剥いた。避ける暇はない。
「きゃあっ!」
キイカは兄に抱き付いた。
「くっ!」
アルスは何とか右手を上げ、落下してくる岩に向けた。
「消えろっ!」
手の平から、先程のと同じ光の筋が放たれる。
それは岩に当たると、粉々に砕け散った。ぱらぱらと砂になった岩が降ってくる。
「ふうっ……助かった……」
「やったね。さすがお兄ちゃん」
キイカが頬をすり寄せる
「や、やめんか。それより危ないだろうが、じーさん!」
アルスは川縁にいる老人に向かって怒鳴った。
「馬鹿者! 師匠と呼ばんか!」
老人は偉そうに胸をそらせて言う。
「まったく、お前たちは集中力がなくていかん。たかだか一時間も我慢できんのか」
「だからって、いきなり攻撃しなくてもいいじゃないか」
「それにね、おじいちゃん。あれって結構痛いのよ。肩が凝ってるわけでもないんだから、やりすぎはよくないと思うの」
「それに腹も減ってきたし……」
「お兄ちゃんは欲情しちゃうし……」
「なっ、何を言うんだ、キイカ! あれは違うと言ってるだろうが!」
「え〜? だってぇ……」
「お前ら、いい加減にせんかいっ!」
老人は手から光線を放った。
「どわっ」
「きゃっ」
それはアルスとキイカの目の前の水を弾いて大波を作り、二人を水の中に沈めた。
「そんなことじゃ、とてもわしの跡は継げんぞ」
と老人は言う。
彼こそは、アルスとキイカの育ての親にして、秘伝中の秘伝である欲望解放拳の使い手、ウェイク・エイルその人であった。 「ふんふふ〜ん」
台所では、キイカが鼻歌を歌いながら鍋を煮ている。
おいしそうな匂いが漂い、アルスの腹がぐうと鳴った。
「ふふふ……アルスよ。修行が足りんな」
ウェイクが口を開いた。
「何……?」
二人は人里離れた山奥にある、ウェイクの家のテーブルに付いていた。
あれからアルスとキイカは着替えをし、食事をすることになったのである。
「欲望解放拳継承の儀式を一応はしてやったが、どうもお前には自覚がないようだな。技も上達せんし、我慢も足りん。キイカの方が素質はありそうだぞ」
「……あのな、俺だってあの地獄の儀式をちゃんとこなしたじゃないか」
アルスが言い返す。
継承の儀式――。
欲望解放拳は秘伝中の秘伝であり、最強の奥義である。真似してできるものではなく、何時間にも及ぶ呪術的な儀式が必要なのだ。しかも誰にでもできるものではなく、またむやみに教えてはならないとされている。
そして、アルスとキイカがウェイクの下で修行をし、二人が十五歳の誕生日を迎えた日。 儀式を行った。
その内容は、まず山の周りを三周し、十回滝に飛び込み、海まで泳いで戻ってくる。そうして体力が極限まで減ったところで、体を縄で縛って一晩木に吊す。食事も寝ることも許されない。朝になって死にそうなところに、ウェイクが目の前でおいしそうに食事をしてみせる。いじわるにしか思えないが、これも儀式の内だ。
そして我慢も限界にきたところで、怪しげな呪文を唱えながら、怪しげな呪文の書かれた苻を額に張り付ける。さらに下から火であぶる。
下手するとそのまま死ぬかもしれないという危険なものだが、これはほとんど賭けである。そして二人はその賭けに勝った。
極限状態に陥ったアルスとキイカは、己の内にできた欲望を口にして叫んだ。
「師匠を恨んでやるぅ!」
「早く眠りた〜い!」
「師匠を蹴り飛ばしてやるぅ!」
「ご飯食べた〜い!]
「師匠を崖から突き落としてやるぅ!」
「お兄ちゃんと(ピーッ!)した〜い!」
途端、二人の体が光を発し、火を掻き消した。欲望を解放した瞬間である。
「よし、やったぞ二人とも!」
喜び、近付くウェイクだったが……。
「はあっ!」
アルスとキイカは、彼に向かって同時に両手を突き出した。そこから巨大な光の玉が飛び出し、ウェイクを直撃した。
「ぐぎゃああっ!」
吹っ飛ぶ師匠。
油断したためか、このときの怪我で彼は三日間寝込むことになった。
「う〜む……あの時はひどい目にあったわい……」
思い出し、しみじみと呟くウェイク。
「何言ってんだ。ひどい目にあったのはこっちだぜ」
とアルス。
彼とキイカも、極度の疲労で同じく三日間寝込んだのだった。
「……とはいえ、お前たちもまだ完全ではないが、欲望解放拳を使えるようになったわけだ。そろそろいいだろう」
「ん? 何の話だ?」
アルスが眉をひそめる。
そのとき。
「は〜い、ご飯できたよ〜」
キイカが鍋を持ってやってきた。
中身はおかゆである。
彼女は鍋をテーブルに置くと、皿を用意し始めた。
「……う〜む……、やっぱりおかゆだけというのは寂しいな……」
アルスが呟く。
「仕方なかろう。もう食料がないんじゃから」
とウェイク。
「何で昨日、いきなり夜食なんか食ったんだよ。いつもそんなことしないくせに……。しかも米以外全部……」
「何となくな」
「何となくじゃねーだろ!」
アルスが机をばんばん叩いて怒鳴る。
「まあまあ、お兄ちゃん」
キイカが皿を並べながら言った。
「代わりにあたしの愛をあげるから」
「……いらんわい」
「そんな、遠慮せずに……」
「いいから、箸」
アルスは手を差し出した。
「もう、照れ屋さんなんだから。はい。おじーちゃんも」
キイカは二人に箸を渡し、自分もテーブルに付いた。
そして「いただきます」と言って食べ始める。
「ううむ。ただのおかゆなのに、なかなかの味だ。この腕なら将来、店を持てるかもしれんな」
「ありがとう、おじいちゃん。ところで、さっき話してた『そろそろ』って何?」
「ん? ああ、そのことか」
ウェイクは何度も頷きながら、
「お前たちにも話す時期がきたかと思ってな。食べながらでいいから、真面目に聞きなさい」
「真面目って……じーさんが? いつもおちゃらけたことばかりしてるくせに、いまさらそういうこと似合わない……」
「お前と一緒にすなっ!」
ウェイクはスカーンとストレートパンチを食らわせた。
そして語り始める。
「そう。あれは十五年前だった……」
丁度その頃から、ウェイクは一人で山奥に住むようになった。
彼が欲望解放拳を教わったのは、三十歳のときだ。
それから五年後。彼は二十年かけて世界各地を旅して回ったのだが、あまりの圧倒的な強さに、人々はウェイクを化け物扱いした。中には弟子にしてほしいと望む者もいたが、それは旅が終わるまで師から禁じられていた。その師も、旅から帰ると亡くなっていたのだが。
ともかく、そんな扱いが嫌になり、ウェイクは人里から離れて静かに暮らすことにしたのだ。
そんなある日のこと。
のんびりと釣りを楽しんでいると、五、六人の女が、赤子を連れて歩いているのを見た。 いかにも何かわけありの様子だ。
彼女たちはウェイクに気付くと、何か相談してから、近付いてきた。
「あの……もしや、あなたはウェイク・エイル様ではないでしょうか?」
女の一人が訊ねる。
「……確かに、わたしはウェイクですが……」
彼が答えると、女たちは安堵のため息をついた。
「突然で失礼致しました。実は私たちは、レナルド国を追われているのです」
「ほほう……」
レナルド国には、この山も領地に含まれている。最近では内乱が起きたという話だ。
ウェイクは世間の情報を仕入れるためと、食料調達のために、たまに近くの町に出かけることがある。もちろん自分がウェイクだということは隠して。
「勝手とは思いますが、あなたを信じてお話します」
赤子を抱いた女が言った。
よく見ると、赤子は二人いるようだ。別にもう一人、赤子を抱いた女がいる。
「私はレナルド国の王女で、ルアルと申します」
「ふむ……予想はしていたが、やはり王族の者か……」
「ええ。あなたもご存じかと思いますが、レナルド国は内乱中です。状況は残念ながら王族側が不利なのです。そこで夫のアスナー王は、私と生まれたばかりの子に、隣国のスタナーへ逃れるようにと言ったのです」
「……確か、レナルドとスタナーは友好関係にありましたな」
「はい。護衛も付けて城を出たのですが、追っ手に見つかり、護衛を失ってしまいました。そこであなたにお願いです。どうか……どうかこの子を、預かっては頂けないでしょうか」「何?」
さすがに、これにはウェイクも驚いた。てっきり護衛を頼まれるかと思ったのだが。
「ご迷惑なのはわかっています。ですが……私たちはこれ以上、赤子を連れては行けないのです。食料もわずかな上に、体力も限界でして、このままではとてもスタナー国まで辿り着けないと痛感したのです。護衛を頼めればよいのですが……私たちはあなたを雇うほどのお金がないのです」
深読みしすぎだな、とウェイクは思った。 確かに以前から彼を雇いたいと申し出る者は多かった。だから当然、彼を得るための金は高くなり、法外な値を出さないと彼は雇えないという噂が飛び交うようになったわけだが……。彼とて、何も鬼ではない。
「別に構いませんよ」
「え……?」
「護衛をしても構わない、と言ったのですよ」
「ほ、本当ですか!?」
彼女たちは目を輝かせた。
「嘘など言いません。それより、皆さんお疲れなのでしょう。今日は私の家に泊まるといいですよ」
「あ、ありがとうございます」
ウェイクの言葉に、王女一同深々と頭を下げた。
彼女たちの連れていた二人の赤子。
一人はレナルドの王家の子で、もう一人はルアル王女と親しい仲である侍女の子だ。
ルアルが、戦火に赤子まで巻き込みたくないからと、侍女のレレイと共に連れ出したのだ。
「いや、それにしても驚きましたよ。いきなり子供を預かってほしいだなんて」
「すみません。あの時は心身共に疲れていたもので……」
そんな話をしながら一行は旅を続け、とうとうスタナー国に辿り着いた。
何度か追っ手は現れたが、ウェイクの敵ではない。
「ウェイク様。もうここまで来れば大丈夫です。本当にありがとうございました」
スタナー国の城門近くで、ルアルが言った。
「一体何とお礼を言ってよいのやら……」
「なぁに、私も暇潰しになりましたからな」
「……あの、ウェイク様。今は何もできませんが、いつかきっとお礼をしたいと思います。このご恩は一生忘れません」
「子供を立派に育ててくだされ。その子が良い政治をするようになれば、私も安心して暮らせます」
そう言って、ウェイクは王女たちと別れた。
(少し格好つけすぎたかな……)
彼はぼりぼりと頭を掻いた。
その日、ウェイクはスタナーまで来たついでに、町の宿に泊まることにした。
そして運命の夜。
ウェイクは酒場で一人飲んでいたのだが……。
「おい、聞いたか? レナルドのルアル王女のこと」
「ああ。ライド王を訪ねて来たらしいが、何と監禁されているらしいぜ」
「どうしてだろうな。レナルドとは友好関係にあるはずだろ?」
「お前知らないのか? ……どうもな、レナルドの内乱の糸を引いていたのが、ライド王らしいぜ」
「ええ? ひでえな、そりゃあ」
「ああ。ルアル王女もかわいそうにな」
そんな会話を聞き、ウェイクは立ち上がった。
(助けにいかんとな……)
彼は城に向かうことにした。
「ここだな……」
ウェイクは城内に忍び込み、ルアル王女の監禁部屋を見つけた。
見張りが二人いる。
ウェイクは音もなく近付き、音もなく見張りを倒した。
彼らは部屋の鍵を持っていなかった。
「仕方ない……」
ウェイクは錠の部分に手を当てた。
「開け」
呟くと、小さく発光し、かちりと音がして鍵が開いた。
欲望解放拳は、欲望を光のエネルギーに変えて自在に操る技である。応用次第ではこういうこともできるのだ。
部屋の中には、ルアル王女と赤子が二人いた。
「ウェイク様……!?」
驚くルアル。
「助けに来ましたよ」
ウェイクは優しく微笑む。
「侍女たちは別室なのですか?」
「……え、ええ」
答える彼女の表情は、どこか悲しげだった。
「ウェイク様、お願いがあります。この子たちを連れて育ててやってほしいのです」
「……あなたは逃げないというのですか?」
「はい……。私は逃げることができないのです。私が逃げたり逆らったりすれば、ライド王はレナルドを攻めると言うのです。それに……彼は私に妻になれと……」
「…………」
「だからせめて、この子たちをお願いします……。名はアルス・キイカ。それとレレイの子です」
「……わかりました。しかし、子供がいなくなっては疑われるのではないですか?」
「何とかごまかします。それから、これを……」
ルアルは一枚の封筒を差し出した。
「レナルド国の隠し財宝のありかを示した地図が入っています。この子たちが一人前に成長したら、渡してやってください」
「……わかりました。約束しましょう」
「……どうか、お願い致します……」
ルアルが頭を下げる。
ウェイクは扉の鍵をかけ直し、立ち去った。
その時に聞こえたわずかな嗚咽の声が、ウェイクは忘れることができない……。
「…………」
「…………」
アルスとキイカは、顔を引きつらせている。
「どうだ、感想は?」
ウェイクが訊ねる。
「……今の、誰の話だ?」
「おじいちゃんらしいけど……」
「にしては……」
「格好よすぎるわよね……」
「だあっ! お前ら、他に言うことはないのか!?」
ウェイクは情けなくなる。
「……ねえ、おじいちゃん」
とキイカ。
「その話が本当だとすると、あたしとお兄ちゃんは兄妹じゃないってことでしょ? どちらかが王の子で、どちらかが侍女の子で……」
「まあ、そういうことだ」
「何ぃ? 俺たち捨て子じゃなかったのか?」
と以前から聞かされていたことをアルスが言うと、
「作り話だ」
ウェイクはあっさりと真実を答える。
「……な、何でそんなことしたんだよ……」
「お前たちが一人前になるまでは隠しておこうと思ってな」
「……隠す必要があったのか?」
「知らん。昔の考えだからな。はっきりいって忘れた」
「胸を張って堂々と答えるなよ……」
呆れるアルス。
「あたし……王家がどうとかよりも、お兄ちゃんと血が繋がっていないってことの方がショック……」
呟くキイカの表情は、暗く沈んでいるように見えた。
「……キイカ……」
アルスは彼女の肩に手をやり、慰めようとしたが、突然キイカはその手を取って抱き付いた。
「な、何だ、どうした!?」
「あたしとお兄ちゃんが兄妹じゃないってことは、世間体を気にせずに堂々と結婚できるってことなのよね」
にっこり笑って頬をすり寄せる。
「げっ……そ、そういうことを考えていたのか?」
「うん」
「お、お前、普通こういうときは兄としての俺が恋しくなったりしないか?」
「別に。だって、あたしお兄ちゃんのことは昔から兄じゃなくて男の人として見ていたことの方が多いもの」
「…………」
アルスは開いた口が塞がらない。
もちろん彼もキイカを女と意識することはあるのだが……何もこんなときに言わなくてもいいじゃないかと思ってしまう。
「ねえ、お兄ちゃん。こうして不安材料もなくなったわけだしさ、結婚しようよ……」
「うっ……」
抱き付いている彼女の柔らかい胸があたり、アルスの意識はそこだけに集中した。
「ねえ〜、お兄ちゃ〜ん」
そのことに気付いたのか、キイカは胸を中心に体をすり寄せてきた。
(ま、まずい……! そういう風にされると……!)
体が勝手に反応してしまう。
「キ、キイカ……」
「お兄ちゃん……」
「ええいっ、やめんかっ!」
ウェイクは手から光を出し、アルスとキイカの足元を吹き飛ばした。
「うわっ!」
「きゃっ!」
転がる二人。
「まったく、お前らはちっとも人の話を聞こうとせん……」
「てへへ、だからショックが大きくて……」
キイカは笑って舌を出す。
「え、え〜とさ、じーさん。王様の子の名前がアルス・キイカってことは、俺とキイカの名前はそれから分けて付けたってことになるよな。何でだ?」
「ふっ……、簡単なことだ」
アルスの質問に、ウェイクは笑みを浮かべて答えた。
「あの時、赤子だったお前たちを連れて帰ったはいいが……はっきり言って、どちらが誰の子かわからなくなったのだ。しかも侍女のレレイの子の名前も忘れてしまった……。だからアルス・キイカという名をそれぞれに付けたのだ」
「……そ、そういうことだったのね……」
あまりのいい加減な話に、キイカが顔を引きつらせる。
「……ボケじじい……」
アルスが非難を込めて呟く。
「アルスよ……」
ウェイクは彼に近付き、その額をびしっと指で弾いた。
「うぐっ……! い、痛い……!」
アルスが額を押さえてうずくまる。
「お兄ちゃん、大丈夫?」
キイカは彼の顔を優しく撫でて、額にキスをした。
「痛いの痛いの飛んでけ〜」
「おおうっ」
アルスは思わずふにゃふにゃになった。
「だから、そーいうのをやめんかっ! 話が進まんっ!」
顔を赤くして怒鳴るウェイクに、
「は〜い」
とキイカは仕方なくアルスから離れた。
「まあ、ともかく」
とウェイクは軽く咳払いをして言った。
「さっき話した通り、お前たちは兄弟じゃない。しかもどちらかは王の子だ。……そういうわけで、お前たちは今から旅に出なければならん」
「……何でそうなるんだよ?」
「これを見よ!」
ウェイクは懐から封筒を取り出した。
「これこそはルアル王女から渡された、レナルドの財宝のありかを示した地図が入っている封筒なのだ!」
「……ふ〜ん……」
とアルスは受け取り、キイカと共に中の地図に目をやる。
そして二人は同時に顔を引きつらせた。
「うっ……こ、これは……!?」
はっきりいって、これは地図と呼ぶにはあまりにもお粗末な代物だった。
簡単に線で山と川があり、その間に小さな建物があって、『ここ』とだけ示してある。 しかもその場所がどこにあるのかさえ書かれていない。子供でももう少しましなものを作るのではないだろうか。
「……じーさん、これ見た?」
「まあな。だが、それがどこにあるのかさっぱりわからん」
「だろうな……やっぱり……」
アルスはため息をつく。
「偽者なんじゃないのか?」
「それはないと思うがの……。何か慌てて書かれた様子だし。ルアル王女が書いたわけではなさそうだが」
「でもさあ」
とキイカが地図を見ながら言う。
「レナルド国の財宝なんだから、レナルド国の中にあるんじゃないの?」
「ま、わしもそうだと思って探しては見たがな、今までそういう場所は見たことがなくてな」
「うっ……」
と口の端を引きつらせるアルス。それでは絶望的だ。
「とにかくその地図はやるから、お前たちはレナルド国の財宝を探してくるのだ」
「ええっ!? こんな地図でか!?」
アルスが思い切り嫌そうな顔をする。
「文句を言うな。根性で見つけろ。わしがお前たちを一人前と認めた証でもあるのだぞ」「それとこれとは違う気がするが……」
無茶を言う師匠である。
「あたしはいいわよ」
キイカがにっこり笑顔で言った。
「財宝なんてどうでもいいけど、お兄ちゃんと二人きりの旅なんて素敵じゃない。うふふふ」
頬を染めて含み笑いを始める彼女は、何かを妄想しているようだ。
「ま、まあ、キイカもこう言っておることだし、出発は明日にして、とりあえず今日はもう寝ろ」
「……しょうがないなあ……」
そういうアルスの頭の中では、旅先で女の子にもてる自分を想像していた。
「ま、たまには旅もいいか……」
「楽しみね、お兄ちゃん」
「そうだな」
二人は笑い始める。
「うふふふ……」
「ぬふふふ……」
「……ぶ、不気味だぞ、お前ら……」
ウェイクは何だか不安になってきた。
そして翌日の朝。
準備の整ったアルスとキイカは、いよいよ出発することになった。
二人ともリュックを背負い、ウェイクの前に立っている。
「まあ、別にどこに行っても構わんが、とりあえず一年以内に帰って来いよ」
「へ〜い」
「努力しま〜す」
アルスとキイカは適当に答えた。
「何だか不安だが……まずは東の町に行くといいだろう」
「……何で?」
「わしの勘だ」
キイカの疑問に、ウェイクはそう答えた。
「じゃあ西に行った方がいいな」
「そうだね。じゃあ行ってきま〜す」
「待ていっ! わしを信用せんかっ!」
歩き出そうとする二人の肩を、ウェイクはつかんで止める。
「……じーさん、何でそう東に行かせたがるんだ?」
「怪しいよねぇ〜」
「勝手な深読みするなっ! お前たちがわしを信用せんからだっ!」
「…………」
アルスとキイカは顔を見合わせた。
「わかったよ、じーさん。信用して東に行ってみるよ」
「おおっ、そうかそうか」
ウェイクは顔をほころばせる。
「では行ってきます」
「おう、行ってこい」
東に向かって歩き出す二人に、ウェイクは手を振って見送った。
彼の姿が見えなくなってしばらくした頃。
「もういいかな?」
アルスが訊いた。
「いいんじゃない?」
とキイカ。
二人は互いの顔を見て頷き会うと、回り道をして西に向かい始めた。
「ああは言ったけど、やっぱり西だよな」
「おじいちゃん、絶対何か企んでいそうだもんね」
……ウェイクは全く信用されていなかった。
ところで現在、レナルドという国は存在しない。
十五年前の内乱で、王の側が敗れ、やはり裏で糸を引いていたスタナー国に併合されたのだ。
アスナー王は殺され、行方知れずだったルアル王女は、名を変えてライド王の妻となったらしいという噂がある。
そして噂はもう一つ。
アスナーとルアルの子が、賊によってさらわれたという話だ。
これには様々な憶測が飛び交ったが、結局は見つからないままである。
「……ねえ、お兄ちゃん。あたしたちって本当の兄妹じゃないのよね」
山の中を歩きながら、キイカが口を開いた。
「……そうらしいな」
と一瞬考えてからアルスは答える。
「どう思ってる?」
「ど、どうって?」
「だから、あたしのこと」
と、キイカは戸惑う彼の前に立ちはだかった。
「やっぱり妹として見てるの? それとも、一人の女の子としてかな?」
「う、ううっ……」
アルスは返答に困った。
彼女のことは、妹として見てもかわいいし、女の子としての魅力を感じるときもある。
要するに好きなのだが……それが恋かどうかはわからない。何しろ他の女の子とはほとんど話したことがないのだ。町に買い物に行ったときに女性店員と何度か話したくらいである。
だから身近な所で満足しようとしているのではないかとか、自分を好いている妹に、間違ってでも手を出したらどうしようとか悩んだときもあった。やはり近親相関はまずいだろうと。……もっとも、以前キイカに話したところ、気にせず自分の気持ちに正直になればいいのに、と言っていたが。
しかし、これからは兄妹ではないわけだから、手を出しても世間的な問題はないわけだ。
(……ど、どうしよう……)
何て答えたらいいのかわからない。
「……お兄ちゃん?」
キイカは返事を待っている。
(いい加減なこと言ったら、さすがに怒るだろうな……)
そのときのことを想像し、アルスは思わず寒気がした。
「ねえ、何で黙ってるの?」
「そ、その……だな……」
とアルスは、下手に答えるよりはましだろう、と思って言った。
「わからないんだ……」
「……ふ〜ん……」
ちゃんと答えてと言われるかも、と思っていたが、彼女は急に笑みを浮かべた。
「えへへ、実はあたしもわからないんだ」
「え……?」
「だってさ、急に兄妹じゃないと言われても、正直とまどっちゃうよね」
「お、おお、そうなんだよ。全くその通り!」
少し意外だったが、アルスはさっそく便乗した。
「……だからさ、あたし……」
キイカはもじもじして、何だか照れた様子で言った。
「お兄ちゃんのこと、まだお兄ちゃんって呼んでいたいんだけど……いいよね?」
「…………」
アルスは硬直した。
(なっ……何てかわいいことを言う奴!)
思わず拳を握って感動してしまった。
妹を持っていてよかった、と思った瞬間である。
しかし、不意にキイカは彼の腕を組み、しなだれかかった。
「でも結婚したら、あなたって呼ぶからね」
結局これか、とアルスはこけそうになった。
西の町までは、山を四つ越えなくてはならない。
歩いて行ってはさすがに日が暮れてしまうので、アルスとキイカは走ることにした。
師匠のウェイクに散々鍛えられ、体力が常人を越えているので、三時間もすれば着くことができた。
「ふうっ……昼前に着いたな……」
「ちょっと疲れちゃった……。少し早いけど、ご飯にしようよ」
「そうだな。それに情報も集めた方がいいし、食堂にでも行くか」
二人はこの町に来たときによく行く食堂に向かった。
「いらっしゃいませ〜」
食堂に入ると、かわいい女性店員が笑顔で注文を取りにやってきた。年は十七、八歳くらいだ。
「あら、お久しぶりです。一年くらい前にここに来た方たちですね」
「へえ、よく覚えてますねえ」
とアルスとキイカは感心する。
「だって、あの時お店で他のお客さんとケンカしたでしょう。まあ、あなたたちが悪いわけではなかったんですけど……。そういえば、おじいさんはどうしました? 今日は一緒じゃないんですか?」
「あ、ああ。今日は俺たちだけなんだ」
「そうなの。あのおじいさんも面白い人だったわね。それにとっても強いし……。あ、ごめんなさい。ご注文は何にします?」
「ん〜、そうだね……」
とメニューを見るアルスに、
「お兄ちゃん、その前に」
とキイカが言った。
「この人にあのこと訊いた方がいいんじゃない?」
「あのこと? ……ああ、そうか。あのことね」
「何です?」
と女性店員は首を傾げる。
「いや、実はですね」
アルスは懐から封筒を出し、彼女に地図を見せた。
「こういう場所を探しているんですが……」
「…………え〜と……何ですか、これ?」
女性店員は困った顔をしている。
「いや、何と訊かれるとこっちも困るんだけど……一応、宝の地図……」
アルスがぼそっと答えると、彼女は同情の視線を向けた。
「お気の毒に……悪い商人にだまされたんですね……」
「え〜と……そういうわけでもないんですけど……」
どう説明したらいいものか、とアルスが指で頬を掻いていると、代わりにキイカが口を開いた。
「あのですね、こう山と川の間に建物があるような位置関係の場所に見覚えはありませんか?」
「……せめて、距離間くらいわからないのかしら? 距離さえ広げれば、そういう場所はいくらでもあると思いますけど……」
「う〜む……そりゃそうだ」
「どうしよう、お兄ちゃん……。絶望的だね……」
「じーさんでも探せなかったって言ってたしな……」
はあ〜、と二人はため息をつく。
「ま、まあまあ、気を取り直して。ご飯でも食べて忘れましょうよ。ね?」
「いや、忘れるのはちょっと……」
「いいよ、お兄ちゃん。とりあえずご飯食べよ。あたしカレーライスね」
キイカがメニューを見て言う。
「……お前、カレーが好きだな」
「だって、ここのおいしいもん」
「ありがとうございます。カレーライスですね。あなたは?」
「……君」
「はあ、黄身ですか。……生とゆでたの、どちらがいいですか?」
「そうじゃなくてっ」
アルスは半分こけながら、女性店員を指差した。
「俺は君が欲しいのっ」
「私……ですかあ?」
彼女は目を丸くする。
「お兄ちゃん!」
バキッ、とアルスはキイカに殴られた。
「いてて……一度言ってみたかったんだよ……」
「ごめんなさいね、私は売り物じゃないんです」
女性店員は申し訳なさそうに言う。
「あ、いやいや、お気になさらず……。俺、焼きそばね」
「はいはい、焼きそばですね。ではしばらくお待ちください」
彼女は軽く頭を下げて戻っていった。
「冗談にも真面目に答えてくれるなんて、相変わらずいいコだね」
「全くお兄ちゃんは……。本当に冗談なのかしら?」
キイカが頬を膨らます。
「本当だって、怒るなよ。それより、これからどうする?」
「ん〜……そうね、とりあえず宿くらい取った方がいいわよね」
「……でも、あんまり金ないんだぞ」
「いいじゃない、初日くらい」
キイカが笑顔になる。
「一緒に寝ようね、お兄ちゃん。ああ、夜が楽しみ……」
「う、う〜ん……楽しみなような怖いような……」
アルスが複雑な表情をしていると、ふとキイカが顔を近付けて囁いてきた。
「ねえ、お兄ちゃん。奥の方に変な人たちがいるよ」
「変な人……?」
後ろを向いてみて、アルスは思わず「げっ」と声を出してしまった。
丁度そのとき喧騒が止んでいたので、その声は食堂内に響いてしまった。
客たちの視線がアルスに集中する。
「あ……」
後ろを向いていたので、キイカの言う変な人たちと目が合ってしまった。
「…………」
彼らはすっと立上がり、こちらに向かってやってくる。
「キイカ、どうしよう……」
「あたし、知らない」
「おいおい、薄情だぞ」
二人が話していると、彼らがテーブルの前
で立ち止まった。
彼らのどこが変なのかというと、ごつい筋肉に頭を丸めた十五人全員が、白いランニングシャツに黒いビキニ型のパンツという同じ格好をしているのだ。年齢は二十代から三十代といったところだが、いい年した男たちが何をやっているのだろう。集団でいるのでかなり不気味である。
「はいはい、ちょっとごめんなさ〜い」
そんな男たちの間を割って、女性店員がやってきた。
「お待たせしました。カレーライスと焼きそばです」
と、料理をテーブルに並べる。
「わ〜い、おいしそう」
キイカがさっそくスプーンを取る。
「ん〜、この匂いがいいなあ」
とアルスは鼻で香りを吸う。
「ごゆっくり〜」
そう言って女性店員は戻ろうとしたが、テーブルの前に立っている男たちにぶつかってしまった。
「あら、お帰りですか? え〜と、お代はあちらで……」
「どいてろ」
「きゃっ」
筋肉男Aが手で突き飛ばした。
アルスとキイカはむっとしたが、とりあえず食べ始めた。
「おい、ガキ供。お前ら俺たちに何か文句でもあんのか?」
筋肉男Aがテーブルに手を付いて言ってきたが、二人は無視して食べていた。
「……ほう、無視するか……」
彼はバンとテーブルを叩いた。
「なめてんのか、てめーら!」
「食ってます」
悪びれもせず、アルスは答えた。
「……野郎……」
筋肉男Aはこめかみを引きつらせた。
「このっ」
彼はテーブルをひっくり返した。
アルスはさっと焼きそばを持ち上げたが、水を飲んでいたキイカは、カレーライスを手にしていなかった。
ガシャン、と床に落ちたカレーは、皿が割れてもう食べられない。
「へっ……」
と筋肉男Aは鼻で笑う。
「あ〜あ……」
アルスが焼きそばを食べながら、かわいそうに、と呟く。
「てめーらが俺たちをバカにするからだぜ」
男たちはいやらしく笑っている。
「…………」
キイカは無言で立ち上がった。
「……あ、あの、外でお願いしますね……」
女性店員が言う。
「わかってます」
キイカは筋肉男Aを睨み付けると、彼の腕をつかみ、あっけにとられる速さで店の外に連れ出した。
「え……?」
とそのことに気付いたときには、どんっ! とものすごい音が空気を震わせた。
「な、何だ……!?」
男たちや野次馬たちが店の外に向かう。
「やれやれ……」
アルスも焼きそばを食べながら行こうとしたが、
「あの」
と女性店員に止められた。
「お代、払ってくださいね」
「こ、これは!?」
男たちは外に出て息を飲んだ。
「ひ、ひいい……」
筋肉男Aは尻餅を付いている。腰を抜かしたようだ。その彼の目の前の地面には、大きな穴が開いている。
「お、お前がやったのか……!?]
男たちがキイカを見る。
「そうよ」
と彼女は答えた。
「当てたら死んじゃうからね。脅かしただけにしておいたわ」
「…………」
「あ〜あ、地面に穴開けちゃって……どうすんだよ」
アルスが焼きそばを食べながら、店から出てきた。
「あーっ、お兄ちゃんばっかり食べて、ずるい!」
「……別にずるくないだろ。お前が落としたのがいけないんだ」
「あ〜ん、あたしにもちょーだいちょーだい」
「……ちぇっ、しょーがないな」
「わ〜い、ありがとうお兄ちゃん」
焼きそばを受け取り、キイカは食べ始める。 男たちはぽかんとしていたが、はっと我に返ると、
「く、くそ〜、何なんだこのガキ供は……」
「こ、こうなりゃ兄貴が頼りだ」
「頼みます、兄貴」
男たちが口々に「兄貴」と言い始めた。
その彼らの後ろから、他の者とは少し違う体格と雰囲気の持ち主が現れた。
一番背が高く、誰よりもすごい筋肉を持っている。
彼はアルスとキイカの前に行くと、まずは名を名乗った。
「私の名はアドソンだ。お前たちは?」
「……アルスだ」
「……別に教える必要ないでしょ。お兄ちゃん、あたし焼きそば食べてるから相手任せるわ」
キイカは食べながら離れていった。
「あ、ずるいぞ。俺だってこんな筋肉男相手にしたくないのに」
「ふふん。やはり君のような少年には、筋肉の素晴らしさがなかなかわからないようだな」
馬鹿にされても、アドソンは怒らない。
「少し我々のことを説明しようか。我々は筋肉兄貴の会を結成している」
「……き、筋肉兄貴の会……!?」
何て嫌そうな会なんだ、とアルスは思った。
「そう。筋肉を愛し、筋肉に誇りを持つ我々は、世界各地を旅して同志を集めているのだ」
「……な、何でそんなことしてんだ……?」
「何でだと……? ふっ、ならばこれを見せてやろう」
アドソンはバッとシャツを脱ぎ捨てた。
筋肉男Bが素早くそれを拾って後ろに下がる。
「ぬおおおおっ!」
アドソンはポーズを作り、盛り上がる筋肉を見せつけた。
「うおおおおっ! 兄貴ぃ!」
「いかすぜ、兄貴ぃ!」
「兄貴! しびれるぜ!」
「兄貴! 兄貴! 兄貴! 兄貴!」
筋肉男たちが陶酔したように兄貴コールを送った。
「どうだね、少年。私の美しい筋肉は? うっとりするだろう」
アドソンはポーズを作ったまま、アルスに近付いてくる。
「……気持ち悪い……」
顔をしかめて言う彼の言葉に、さすがにアドソンもこめかみを引きつらせる。
先に怒ったのは、彼に心酔する筋肉男たちだ。
「てめえ、俺たちの兄貴に何てことを!」
「兄貴を侮辱する奴は許さんぞ!」
「まあ、待て」
アドソンが止めた。
「アルスといったな。ここまで馬鹿にされては、少年相手とはいえ、ただで返すわけにはいかん。しかし素直に謝るのなら、特別サービスで私の筋肉に触らせてやってもよいぞ」
「……けっ、誰が」
アルスはべーっ、と舌を出した。
「そうか……。だがな、私の筋肉は見せかけではないぞ。おい」
「何でしょう、兄貴」
「岩を持ってこい。少年にデモンストレーションを見せてやる」
「わかりました、兄貴。しばしお待ちを」
「よーし、行くぞ」
と筋肉男が三人、どこかに走っていった。
「少しの間待っていてもらおう」
「…………」
ふう、とアルスはため息を付いた。
変な連中に関わってしまったことを、後悔しながら……。
辺りは静かだった。
筋肉男たちも、野次馬たちも、口を閉じて黙り込んでいる。
そんな中で、唐突にばりぼりと煎餅をかじる音が響いた。
「あーっ、キイカ、お前ばっかりずるいぞ」
アルスが袋を持って煎餅を食べている彼女に近付いた。
「……だって、暇なんだもん」
「俺にもくれよ」
「はい、食べさせてあげる。あ〜んして」
「……あ〜ん」
自分で食べた方が食べやすいんだけど、と思いながらも、アルスは口を開けて食べさせてもらった。
「うん、これはなかなかうまい煎餅だな」
「でしょう。お店の特製だって」
「……高かったんじゃないのか?」
「え〜? 他と変わらなかったけど」
「ならいいが」
二人は全く周りを気にしていない。
「…………」
無視されているアドソンは、いらいらしてきた。
あれから五分が過ぎようとしているが、一向に戻ってくる気配がない。
「ええい、まだ来ないのか!?」
「……あ、来ました、兄貴!]
筋肉男Bが後ろを指差す。
「何?」
見ると、筋肉男三人が大きな岩を抱えて歩いてきている。
「す、すいません、兄貴。岩がなかなか見つからなくて……」
「いや、ごくろうだった。休んでいいぞ」
アドソンはきっちり労いの言葉をかけてやる。
「さて、お待たせしたな、アルス」
前に用意された岩を軽く撫でながら、アドソンは笑みを浮かべた。
「待ちくたびれたけどな」
「それはすまなかった。で、この岩だが……どうすると思う?」
「……割るのか?」
「その通り。見ていたまえ」
アドソンはすうっと深呼吸すると、気合いを入れて全身に力を込めた。
鋼のような筋肉に見とれながら、筋肉男たちは再び声援を送る。
「兄貴〜!」
「いけいけ兄貴! いけいけ兄貴!」
「兄貴! 兄貴! 兄貴! 兄貴!」
「ふふふ……いくぞ」
アドソンはすっと拳を後ろに引いた。
「おりゃあっ!」
拳を岩の中心に突き入れる。
びしっ、と岩にひびが入った。
「おおっ!」
「すげえぜ!」
野次馬たちからも驚きの声が上がる。
「やったぜ、さすが兄貴だ!」
「うおおっ、兄貴〜っ!」
「いかすぜ、兄貴〜っ!」
「兄貴! 兄貴! 兄貴! 兄貴!」
筋肉男たちからは歓声と兄貴コールだ。
「どうだ、驚いたかね?」
アドソンはアルスに笑みを向ける。
「……まあね」
とアルスは答えた。
「ふふん、そうか。ならば素直に謝るかい?」
「いいや」
アルスはにやりと笑った。
そして岩に近付き、右手を当てる。
「……何の真似だ?」
「ま、見ててよ」
一同がアルスに注目する。
アルスは岩に手を当てたまま、呟いた。
「砕けろ」
途端、パシッと音がして、一瞬岩に電気が走ったように見えたかと思うと、岩は粉々に砕け散った。
飛び散る破片が、驚き呆然とするアドソンにいくつも当たる。
辺りはしん、となった。
「……なるほど。かなりできるようだな……」
腕を組み、アドソンは余裕のある表情を見せる。
「……と言いつつ、内心焦ってないか?」
「そ、そそそんなことはないぞ。わ、私の筋肉は最強だ」
「ぷっ……どもってやんの」
「……え、ええい、黙れ! みんな、兄貴コールをくれ!」
「おう! 兄貴!」
筋肉男たちは様々なポーズを作りながら、気合いの入った声援を送った。
「うおお〜っ! 兄貴! 兄貴! 兄貴!」
「いかすぜ兄貴! いかすぜ兄貴!」
「筋肉兄貴! 愛だぜ兄貴!」
「兄貴! 兄貴! 兄貴! 兄貴!」
「……よぉぉ〜し、来たぞ来たぞ来たぞ!」
アドソンの筋肉が膨れ上がった。
「愛の兄貴コールで、私に力が送られて来たぞ! 覚悟しろ、アルス!」
アドソンは少年に向かって、愛の拳で顔面に振るおうとする。
だが。
「吹っ飛べ」
アルスは呟き、アドソンの拳をかわして、彼の腹に手の平を当てた。
一瞬、かすかにほとばしる雷がアドソンには見えた。
「ぐおおっ!」
アドソンは十メートル近くも飛ばされた。
「あ、兄貴っ!」
「兄貴〜っ!」
駆け寄る筋肉男たち。
野次馬は言葉も出なかった。
「相手にもならないな〜」
「お兄ちゃん、煎餅食べる?」
アルスとキイカは煎餅を食べながら、何事もなかったようにその場から去っていった。
「くそ〜、一体何だったんだ、あのガキ供は……」
筋肉男たちが悔しそうに二人を見送る。
「……アルス……」
半分起き上がりながら、アドソンは彼の後ろ姿をじっと見ていた。
「お、宿があるぞ」
アルスが立ち止まって、右の建物を見た。
一階は酒場で、入り口の階段を上って二階が宿屋になっている。
「確かこの町には宿屋が三つくらいあったよな。どうする、キイカ?」
「一番安い所でいいけど……とりあえずいくらか訊いてこようよ」
「そうだな。ま、大抵は宿専門の所よりこういう所の方が安いんだけど」
二人が相談し、二階に上がろうとしたとき。
「ぬわははははっ!」
突然奥の方から、聞き覚えのある笑い声が聞こえてきた。
「…………」
思わずアルスとキイカは足を止める。
「……こ、この笑い声は……!?」
「な、何で? 何でこの声が聞こえるの?」
「お、俺に訊くなよ……」
二人は混乱した。
何しろ、絶対に聞こえるはずのない声が、思い切り聞こえてきたのだから。
「……この宿の裏側の方だな……」
アルスは声の位置を探ってみた。
「……あんまり気が進まないけど……お兄ちゃん、一応確かめてみないと……」
「あ、ああ……」
二人は人通りの少ない、裏の通りに入った。
「……お、お兄ちゃん。こ、ここって……」
その通りには、何やら怪しげな店が並んでいた。
「う……うむ。噂に聞く、風俗営業という奴だな。たぶん」
こんな所にこんな店があるとは思わなかったので、アルスは何だか緊張してきた。
「へ〜、風俗か。男の人が、お金を払って女の人と遊んだりするんだよね」
「ま、まあな。よく知ってるな」
「……でも待ってよ。ここからあの声が聞こえてきたってことは、まさか……」
二人は顔を見合わせた。
「うへへへへっ!」
また声が聞こえてくる。
「……お兄ちゃん」
「……ああ、ここだな」
二人は声のした建物の前に立った。
そのとき、中から派手な服を着た女性が出てきた。
「いらっしゃい……って、あら? ここは子供が来る所じゃないわよ」
「ちょっと確かめたいことがあるので、失礼します」
アルスとキイカは中に進んだ。
「え……? だ、駄目だったら!」
女性が止めるのも聞かず、二人は奥へと歩いていく。
「ふ〜ん、ここが風俗か……。何か派手な所だね」
「そ、そうだな。ちょっと緊張するな」
「こ、こらこら、駄目だって!」
女性がキイカとアルスの肩をつかむ。
「……あたしたち、ここに用があるんです」
振り返り、キイカが言った。
「用……? 誰か知り合いにでも会いにきたわけ?」
「そんなとこです」
「今じゃないといけないの? お客が入ってるんだけど……」
「その、お客に用があるんです」
「え……?」
「まあ、そんなわけで」
二人は奥のドアを開けると、接客室に入り込んだ。
そして中の光景に、思わず「うっ」と後退る。
広い部屋の中の一角で、何人もの女性と一緒に酒を飲んでいる、一人の老人がいた。
「うけけけけ! こっちのねーちゃんも、ええ体してるのう!」
「もうやだぁ、おじーちゃんたら」
その老人は、年甲斐もなく女性の体を触りまくっている。
「……じ、じーさん……や、やっぱり……」
「な、情けないわ……おじーちゃん……」
アルスとキイカは大きく深いため息を付いた。
もう間違いない。
その老人こそは、最強とされる欲望解放拳の使い手であり、二人の師匠にして育ての親、ウェイク・エイルだった。
「ぬはははは!」
二人の気も知らずに、ウェイクは馬鹿笑いをしている。
「……じーさん……」
「はははは……は?」
ウェイクの視線が正面で止まる。
「おおおおおっ!?」
彼はアルスとキイカを見ると、驚きのあまり、女性と一緒に座っていたソファーごとひっくり返った。
「きゃあっ」
女性たちが悲鳴を上げる。
「お、おおお前ら、ど、どうしてここにいるんだ!?」
焦ってコップの酒をかぶりながら、ウェイクが問う。
「ふっ……、じーさん、俺たちを旅に出しておいて、自分はこんなとこで遊んでるとは……」
「東の町に行けなんて言って怪しいと思ったけど、こういうことだったのね!」
「い、いや待て、お前たち」
二人がずんずん詰め寄ってくる。
「考えてみれば、夜中に食料をほとんど食い尽くしたのも、ここにしばらくいるつもりだったんだな」
「お金だってあんまりないはずなのに、こんな所に来れたってことは、こっそり隠してたのね!」
「だ、だからだな、その……」
ウェイクは軽く咳払いし、立ち上がった。
「わしはこれまで女っ気のない生活をしてきたわけだからな、たまには女遊びもしてみたいわい」
「あ、開き直ったな。年考えろよ、恥ずかしい」
「……うるさい奴だな。お前たちも遊びたければ、レナルドの財宝を見つければいいだろうが」
「あんな地図でわかるかっ!」
とアルスが怒鳴ったとき。
突然天井がきしんで穴が開き、上から筋肉男たちが降ってきた。
「うわああああっ!」
「きゃああああっ!」
飛び交う悲鳴。
「うおりゃあっ!」
「ほおうっ!」
「はああっ!」
筋肉男たちは、部屋の人々に筋肉を強調して見せて回った。
「きゃあああっ」
「いやあっ」
悲鳴を上げる女性たち。
「な、な、何でこいつらが……」
「いや〜ん、気持ち悪〜い」
「何だ、お前ら? 知り合いか?」
ウェイクが訊ねる。
「……頼む。訊かないでくれ……」
アルスは背中を向けて答えた。
筋肉男たちの中にいるアドソンは、一通りポーズを決めると皆に声をかけて止めさせ、三人の前に集まってきた。
「な、何だよ、お前ら……」
アルスは既に逃げる用意をしている。
「……実は、先程その老人が言っていたのを聞いたのですが……あなたがたはレナルド国の財宝の在処を知っているですか?」
「……レナルド国の財宝……?」
「そ、そのことを知っているとは……お前ら何者だ!?」
キイカとアルスが顔を見合わせ訊ねる。
「じ、実はですな……」
アドソンはずずいっと顔を近付ける。
「だあっ! むさい顔で迫ってくるなあっ!」
「……おっと、これは失礼。ともかく、実はですね……我々の筋肉兄貴の会は仮の姿なのです」
「か、仮の姿……?」
「その通り。我々の真の姿は!」
びしっ! と筋肉男たちはポーズを取った。
「レナルド国を復興させる会! そして現在我々は、十五年前に行方不明となった王の子を探して諸国を旅しているのです!」
「…………え?」
アルスとキイカの目は点になった。
「ほほう……これは何という偶然。運命を感じるだろう、アルスにキイカ」
「ば、ばかっ! じーさん、言うな!」
「お願い、言わないで!」
アルスとキイカは必死に頼み込む。
二人の事情がばれたら、付き纏われるのは間違いないだろう。
それだけは嫌だった。ずっとあの筋肉を見せられるのに比べれば、ウェイクの修行をしていた方が何倍も何十倍もましである。
しかし。
ウェイクはにやりと笑い、
「レナルド国復興の会の方々……。実はこの二人……」
「やめろぉ! 言うなぁっ!」
アルスは力づくで止めようとしたが、
「どいてなさい」
ウェイクは彼の手をつかみ、力の流れを利用して床に叩き付けた。
「うげっ」
「お兄ちゃん!」
キイカが駆け寄る。
「ひどいよ、おじいちゃん!」
「許せキイカよ。これも彼らとわしのため……。というわけでーー」
ウェイクはアドソンたちに二人のことを説明した。
「な、何と! この二人のどちらかが、王の子であると!?」
驚くアドソンたち。
「うむ。そういうわけだから、付き添ってやってくれ」
「わ、わかりました」
気合いの入ったポーズを付けて答えるアドソンたち。
「に、逃げよう……」
「う、うん……」
こっそり立ち去ろうとするアルスとキイカだが。
「お待ち下さい!」
アドソンが叫んだ
思わず二人はびくっとする。
「どちらかわからないのであれば、お二人とも王の子ということにしましょう! 王子と姫と呼ぶのはまずいですから兄貴と姉御と呼ばさせて頂きます!」
「やめてくれえっ!」
「もういやあっ!」
アルスとキイカは頭を抱える。
「みんな、お二人に兄貴と姉御コールを送ろう!」
「おう! 兄貴! 兄貴!」
「姉御! 姉御! 姉御!」
「やかましい!」
と、叫んだのは、アルスではなかった。
髪が長くて美人だが、目つきのきつい怖そうな女性である。後ろには店員の女性たちも並んでいた。
「私はこの店の店長だ! あなたたち、天井にこんな穴を開けて……どういう気なの!?」
「あ、いや、これは……興奮したもんでつい……。も。申し訳ない」
アドソンが頭を下げる。
「よし、今の内だ」
逃げようとするアルスとキイカだが、
「お待ちなさい! 子供がこんな所に来ていいと思っているの!?」
その前に店長が立ちはだかった。
「ひぃぃっ、ごめんなさいっ!」
「それから、そこのお爺さん!」
「え……? わ、わし……?」
「うちの女の子たちにあんまり触りすぎないでください! ここはそういう所ではありませんし、暴力を振るう所でもありません!」
「暴力……? もしや、あれが見られていたのか……?」
おそらく、アルスを床に叩きつけたときのことだろう。
「ともかく、あなたたちには天井を直して頂きます!」
「うおお〜! わ、我々にはそんなことをしている時間はぁ〜っ!」
アドソン以下筋肉男たちは暴走して、部屋の中で筋肉を強調して回る。
「な、何という事だ! ここが女の子に触れない所だったなんて! そういう店だと思って選んだ私の勘が外れるなんてぇ!」
ウェイクは頭を抱えて落ち込んでいる。
「さあさあ、店が直るまで、あなたたちは私の奴隷になってもらうわ! お〜ほっほっほっ!」
高笑いする店長。
「ああん、お姉様〜。す・て・き……」
その彼女の足元に店員たちはすがりつく。
「……何か、もう全部嫌になってきた……」
「……あたしも……」
アルスとキイカはうつむき、心の内にある欲望を、怒りのままに膨脹させた。
そして解放。
体からあふれた光が、竜巻のように二人を包み込む。
「う、うわっ、よせ二人とも!」
ウェイクが止めようとしたが、もう遅い。
「ばかやろーっ!」
「どっかいっちゃえーっ!」
アルスとキイカは、自分たち以外の、ここにいる一同に向かって技を放った。
店の中で光の竜巻がほとばしり、人や物を吹き飛ばし、建物を全壊させてしまった。
そして――。
騒ぎのどさくさにまぎれて、アルスとキイカは、町を抜け出していた。
今度は南に向かって歩いている
「はあ……いきなりひどい目にあったな……」
「ほんと……。せっかく二人で宿に泊まって、一緒の布団で寝て、お兄ちゃんに(ピーッ)してもらう覚悟をしてたのに……」
「そ、そうか……それは残念なような……」
「でもね、お兄ちゃんが望むなら、そこの草むらでも構わないんだけど……」
「う、嬉しいんだけどな、キイカ。無理はしなくていいんだぞ」
「……そうだね。外ですると清潔じゃないし、虫に食われて困るって聞くし……」
「……どこの誰から聞いたんだ?」
「秘密。女の子は謎めいてるものなのよ」
「……答えになってないような気がするが……」
「まあ、そんなに気にしないで。それより、怒ってあの店壊しちゃったけど、みんな大丈夫だったかなあ?」
ふっとキイカは後ろを振り返る。
後ろには長細い道が続いていた。
町も人も全く見えない。
見えない……はずだった。
「いいからいいから。あーいうのはじーさんや筋肉バカに任せておけばいいんだって。……ん?」
アルスは振り返った。
「どうしたんだ?」
キイカが後ろを見たまま立ち止まっている。
「……お、お兄ちゃん……。そ、その筋肉の人が……こっちに……」
彼女は震える指で指し示す。
「兄貴ーっ! 姉御ーっ! 待ってくださーいっ!」
「うげっ!」
集団んで走ってやってくる筋肉男たちを見て、アルスは思わず身震いした。
はっきり言って、これは恐怖だ。
「に、逃げるぞ、キイカ!」
「う、うん!」
「お待ちを」
目の前の地面から、アドソンが穴を開けて這い出てきた。
「うぎゃあーっ!」
「きゃああーっ!」
アルスとキイカは悲鳴を上げてひっくり返る。
「おっと、驚かせてしまいましたか」
「ば、馬鹿野郎! 誰でも驚くわいっ! 第一どうやって来た!?」
「お二人が壊した店の地下になぜか抜け道がありましてな。私だけそこを通ることにして、上から声が聞こえたので出てみたのですが……」
「…………」
「うう……うえ〜ん、怖いよお兄ちゃん、夜眠れないよぉ〜……」
キイカはアルスに抱き付き、泣き出してしまった。
「こら、よくもキイカを泣かしたな!」
「す、すいません……。しかしあの老人に頼まれましてな。財宝探しの旅に我々も付き合いますぞ」
「……やめてくれ、頼むから」
「そんな、遠慮せずに。そうだ、我々の筋肉でも見て心をなごませてください」
そう言ってアドソンは、集まってきた筋肉男たちと共に、二人に筋肉を見せた。
「だから、それをやめろって言ってんだ!」
アルスは手に光を溜めて大きな玉を作った。
こうして溜めて使った方が威力は大きいのである。
「あっちに行け!」
「うぎゃああっ!」
アルスの欲望解放拳を食らい、アドソンたちは吹っ飛ばされた。
しかし。
「我々はあきらめませんぞぉ〜っ!」
彼らは起き上がり、追いかけてきた。
「な、何だ、こいつら……!? キイカ、逃げるぞ!」
「う、うん、お兄ちゃん!」
二人は急いで駆け出す。
「兄貴ーっ! 姉御ーっ!」
その後を追うアドソンたち。
「くっそーっ、じーさんの奴、恨んでやるう!」
「おじーちゃんのバカァ! せっかくの二人きりの旅だったのにぃ!」
アルスとキイカは、青い空に向かって恨みの声を上げた。
さて、その頃のウェイク・エイルは。
「おらおら、しっかり働けよ、じーさん!」
「今度はこっちだ、早くしろ!」
店長と店員たちに、店の修復をさせられていた。
「く、くそ〜、わしは客だったのに……」
「こら! 文句言ってる暇があれば手を動かせ!」
「は、はいいっ!」
どちらも同じようなものだった。
どうやらレナルドの財宝を見つけるのは、だいぶ先のことになりそうである。
終
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