ある晴れた日の午後。
 ラスレイの町の食堂前に、人だかりができていた。
 その中心では、少年と大男が対峙している。
「我々のプライドを傷付けたのだ。少年といえど、容赦はせんぞ……」
 男は上着を脱ぎ、その鍛えられた肉体を見せつけた。
「おおっ」
「すげえ筋肉だっ」
 と野次馬たちがざわめいた。
 だが少年は余裕の笑みを浮かべている。
「喧嘩は筋肉じゃないんだよ」
「ふっ……ならば証明してみせろ」
 男が構え、少年に近付いていく。
「いけ、兄貴っ」
「そんなガキ、さっさとやってちまってくださいっ」
 男の仲間たちの声援が飛ぶ。彼らも男には劣るが、いずれもかなりの筋肉を持っていた。 周りにいる誰もが、この少年に勝ち目はないと思っていた。だが、少年は相変わらず余裕に構えている。
「お兄ちゃん、頑張れ〜」
 野次馬の中に混じって、少女が焼き鳥を食べながら、手を振った。
「キイカ、俺の分も残しとけよ」
 と少年が少女の方を見る。
 その瞬間。
「よそ見をするなっ」
 声と共に、男の拳が迫っていた。
 その拳は間違いなく少年の顔面に決まるはずだった。が、男の視界から少年の姿は消えていた。紙一重でかわされ、後ろへ回られたのである。
「何っ」
「遅い遅い、こっちだよ」
 ばかにしたような、少年の声。
 男が振り向く。
 その際に移動する足を狙い、少年は自分の足で引っ掛けた。
「くっ」
 男はバランスを失い、転んでしまう。
「ははは、鈍いよ、おっさん」
 少年は素早く男から離れると、腰に手をあて、笑みを浮かべた。
 予想外のことに、周囲はしんとなった。
「あ、兄貴っ」
「しっかりしてくださいっ」
「……大丈夫だ。心配するな」
 仲間の応援を受けて、男が立ち上がった。
「なかなかやるな、少年」
「俺は全然本気を出してないぞ」
「ふっ……、それは私とて同じこと」
 二人は楽しそうに向かい合った。
「ねえ、お兄ちゃん。早く決着付けないと、焼き鳥全部食べちゃうよ」
「うっ……、それは困る」
 少女の言葉に、少年は焦った。
「それでもいいなら、ずっとやっててもいいけど」
「ま、待て待て。今すぐ片付けるから残しとけ」
 それにかちんときたのは、当然男とその仲間たちだ。
「このガキ、俺たちの兄貴に向かって……」
「兄貴を甘くみるなよっ」
「こらしめてやってください、兄貴っ」
「そうだな。ああいうのには、世間の厳しさを教えてやらねばならんな」
 男は少年を睨み付け、構えた。
「さあ、いくぞ」
「ほらほら、早く」
「わかったって。もったいないが、必殺技で片付けてやる」
 少女にせかされ、少年も構えた。
「必殺技だと? こけおどしは通用せんぞっ」
 男が向かってきた。大柄な上にスピードもあり、かなりの迫力だ。
「ふっ、だったら自分で確かめなっ」
 少年はまだ距離があるというのに体を引き、右手を突き出した。
「何っ」
 男が目を剥く。腹に強い衝撃があった。
 何が起きたかわからないうちに、男は吹き飛ばされていた。
「ぐわっ」
 受け身も取れず、地面に背中を打ち付ける。
「なっ……兄貴っ」
「兄貴ーっ」
 慌てて仲間たちが男に駆け寄る。
「俺の勝ちだな。じゃ、悪いけどそういうことで」
 少年は軽く手を振り、少女の所へ向かった。
「おい、俺の分は?」
「はい、一本だけ残ってまーす」
「い、一本だけ……」
 少年はがっくりと頭を垂れた。
「まあまあ、あたしが食べさせてあげるから。あ〜んして」
「あ〜ん……」
 少年は不満そうにしながらも、おいしく焼き鳥を食べた。
「さて、じゃあそろそろ行くか」
「そうだね」
 二人は呆然とする野次馬たちの間を抜けて、このラスレイの町から去ってしまった。
「な、何者だったんだ、あのガキ供は……」
「兄貴を負かすなんて……」
 悔しそうな仲間に支えられながら、男は考えていた。
「今の技は……」
 何かが気にかかる。そして結論を出した。
「……みんな、あの二人を追うぞ」

 十五年前、二つの国で戦争があった。
 スタナーがレナルドに侵略したのである。 状況はレナルドが圧倒的に不利で、一か月もせずに、とうとう城の中にまで侵入されてしまった。もはや時間の問題である。
「ここまでだな」
 と、少し痩せ気味の王は嘆息した。
「ウェイク、早く逃げろ。さすがのお前も、あの数には勝てんだろう」
「ですが……」
 と初老の男、ウェイクは言い淀む。
 彼は最強の武術家と呼ばれ、右に出る者はいないとされているほどの男だった。この数年は、レナルドに雇われていたのである。
「代わりに、あなたにお願いしたいことがあります」
 王妃が、生まれたばかりの赤子を抱いて言った。その隣には、侍女がもう一人、赤子を抱いている。こちらはその侍女の子供である。
「この二人の赤ん坊を連れて行ってほしいのです。せめて、この子たちだけでも無事でいてほしい……」
「……確かに、私なら赤子の二人くらい連れて逃げることはできます。しかし……」
「頼む、ウェイク」
 と王が頭を下げた。
「お前は今までよく働いてくれた。礼の意味を込めて、これを渡そう」
「これは……?」
 金貨が数枚入った袋だった。その中に、折り畳んだ紙が入っている。
「我がレナルド王家に昔から伝わる、隠し財宝が記された地図だ。見付けて、好きなように使ってくれ」
「…………」
「お願いします。どうかいい子に育ててやってください」
 王妃の目には涙が浮かんでいた。そして、同じ母である侍女の目にも……。
「……わかりました。この子たちは私が責任を持って育てましょう」
 ウェイクは二人の赤子を腕に抱いた。
「感謝する、ウェイク」
 王はもう一度頭を下げた。
「では……」
 とウェイクは背中を向けると、駆け出した。 スタナーの兵士が大勢いる中、彼の素早い動きをとらえられる者はおらず、ウェイクは戦場から抜け出したのだった。
 その後すぐに、レナルドという国は滅びたという。
 そんな話を聞きながらも、ウェイクは山奥に家を建て、そこで二人の赤子を育てたのだった。自分の武術を教え、後継者として鍛えながら。

「まあ、大体そんなところかな」
 カイの町の食堂、『百合の花園亭』で食事を取りながら、少年アルスは言った。
 ここは若者、特に女性向けのお洒落な雰囲気の店なので、アルスは多少いずらいが、パンとブドウ酒がおいしいので文句はない。
「あたしたちがこれを聞いたのは、おじいちゃんが死ぬ直前だったもんねえ。びっくりしちゃった」
 隣にはキイカという少女が座っている。
「な、何ということだ……」
 二人と同じテーブルに付きながら、ラグナス村で喧嘩をした大男が肩を震わせた。
 彼はアドソンと名乗った。仲間たちは他のテーブルに付いている。この店にこの男たちがいるのは、少々うっとうしいが、ここを選んだのはキイカだった。彼らも入るのに抵抗があったが、この際仕方がない。
 あの後、彼らはアルスとキイカを追いかけ、食事をおごると言って話を聞いたのである。
 だが、その内容は衝撃的だった。
「まさかお前……いや、あなたたちがウェイク様に育てられた、レナルド王の子であるとは……。それにウェイク様が死ぬなんて……」
「俺も、あんたたちがじーさんを知ってるなんて驚いたね」
 とアルスが言う。
 ウェイクがレナルドにいた頃、兵士だったアドソンは、指南役もしていた彼の下で、何度か鍛えられたらしい。
「最初見たとき、『筋肉兄貴の会』なんてふざけたことやってる、ただの変な連中だと思ったけど」
 ラグナスの町で喧嘩になったのは、アルスがそのことをばかにしたからだった。
「あ、あれは、あくまで仮の姿なのです。我々の本当の目的は……」
「本当の目的は?」
「大きな声では言えませんが……」
 とアドソンは声をひそめた。
「レナルドを滅ぼしたスタナーを倒すこと。スタナーに反感を持っている者は多い。我々はひそかに仲間を集めているのです」
「ふ〜ん……」
 アルスとキイカは、興味がないようだった。
「ふ〜ん……って、あなたたちの両親も殺されたのですよ。ウェイク様の後継者でもあるお二人が仲間になってくだされば、百人力、いや千人力なのです。各地で出番を待っている者たちも、心強いことでしょう」
「でも、じーさんはそういうことは考えるなって言っていたぞ。俺たちが教わった技は、あくまで自分の身を守るためのもので、人殺しや戦争に使うものじゃない」
「そうそう。財宝を探しながら、心身共に鍛えろってのが遺言だし」
「ウ、ウェイク様がそんなことを……。だが、しかし……」
 とアドソンは悩んだ。彼は何年もスタナーを倒すことを目標にしていたのだ。それに仲間もいる。そう簡単にやめることなどできない。
「まあとにかく、俺たちはあんたの仲間になる気はないから」
 そう言って、アルスは席を立った。
「ごはん、ごちそうさま〜」
 とキイカも立ち上がる。
「あっ……待ってくださいっ」
 アドソンは手を伸ばしたが、それは空を切った。
「悪いね」
 とアルスは言い、食堂を出ていこうとする。 だが、その前にずらりと店員たちが集まり、出入口を塞いだ。ちなみに店員は美女ぞろいで、スカートの短い制服を着ている。それがここの売りのひとつでもある。
「何? 食事代ならあの人たちが払うけど」 キイカがアドソンたちを指して言うが、店員たちは動こうとしない。
「ふふふ……あなたたちに出ていかれては困るのよ……」
 店の奥から、髪の長い妖艶な美女が、笑みを浮かべてやってきた。
「……俺たちに何の用だ?」
「私はこの『百合の花園亭』の店長、レシリアといいます。失礼ながら、あなたたちの会話を聞かせて頂きました。なかなか興味深いお話でしたわ」
 そう言うとレシリアは、ぱちんと指を鳴らした。途端に店員たちが動き、数人掛かりでアルスとキイカを捕らえる。
「何っ」
 アドソンとその仲間が慌てて席から立ち、彼女たちに詰め寄った。
「まさかお前たち……スタナーのスパイか?」「スパイだなんて、人聞きが悪い。この町もスタナーの領土なんですよ」
 とレシリア。その口調は、完全にばかにしている。
「こんなところで国を倒す相談なんて、不用心ね。この子たちのことも、あなたたちのことも、全て王様に報告することにします。もちろん、証拠として全員を捕らえてね」
「そうはさせんぞ」
 アドソンたちが構える。
「女とはいえ、手加減はしない。ただし二人を離すなら、我々はすぐにここを去る」
「ふふふ……あなたたちこそ、女だからといって甘く見ない方がいいわよ」
 ふいに出入口の方から、『百合の花園亭』の制服を着た女たちが大勢現れた。その中の一人が前に出る。
「レシリア様、百合の花園第二部隊到着しましたっ」
「だ、第二部隊……?」
 アドソンたちは呆気に取られる。
「ご苦労様」
 とレシリアは微笑む。事前に連絡していたらしい。
「彼女たちには支店を任せてあるの。みんな、見た目よりずっと強いわよ。勝てるかしら」「くっ……」
 アドソンたちは十人。対して百合の花園の女は二十人。人数的にも倍の差がある。
 いつの間にか、他の客の姿は消えていた。手配も行き届いている。
 彼女たちは完全に戦闘態勢だった。自信もあるようだ。
「その前に訊きたいんだけど」
 レシリアはアルスとキイカの顔を交互に見た。
「あなたたちのどちらが王の子なのかしら? 十五年前に調べたけど、子供のことは国民にも隠していて、側近しか知らないらしいのよ。でもウェイクに育てられたあなたたちなら、聞いているはずでしょう?」
「悪いけど、聞いていない」
 とアルスは言った。
「じーさんはそれを言う前に死んだんだ」
「そう……。まあ、いいわ。どちらにしろ、二人共捕らえるつもりだったし。それより……」
 レシリアはキイカの顎をつかんで上を向かせた。
「な、何よ」
「あなた……キイカといったかしら。かわいいわね」
「えっ……」
「あ、やっぱり店長もそう思います? この子かわいいですよね。私たちの仲間にしたいなあ……」
 キイカの左腕をつかんでいた女が、そう言いながら彼女の長い髪に口付けをした。
「げげっ」
 とキイカは顔を引きつらせる。
 嫌な予感がした。
「王様に渡す前に、この子と楽しんじゃいましょうよ」
 右腕をつかんでいた女が、キイカの胸をまさぐる。
「きゃああっ、何するのよっ」
 驚いたキイカは、女たちを振りほどき、天井近くまで飛び上がってアドソンのいるところまで離れた。
「うわ〜、すごいジャンプ力」
「さすがにあのウェイクに鍛えられただけあって、やるわね」
 女たちが感心する。
「もう〜っ、何なのよ、あんたたちっ」
 顔を赤くしたキイカが、大声で叫んだ。
「お兄ちゃん、この人たち変だよっ」
「変とは失礼ね」
 とレシリア。
「私たちは女性のための部隊、別名『百合の花園の会』よ。ここには女性を愛する女性しかいないわ」
「そうよ。だからこのアルスとかいう人に触っているのも、本当は嫌なんだから」
 とアルスを押さえている女が言う。
「……あの、あたしはそういう趣味ないからね……」
「ふふっ、あなたの好きなのはこのお兄さんかしら?」
 レシリアが手の平を上に向けると、そこに鞭が乗せられた。
「みんな、しっかり押さえているのよ」
「はーい」
 と女たちは元気よく返事した。
 両手両足、頭と腰、計六人がアルスにしがみついている。
「ちょっと、それでお兄ちゃんを叩くつもり? あなたの仲間にも当たるわよっ」
「安心して。自分で言うのも何だけど、私は鞭の達人と呼ばれているの。そんなミスはしないわ」
 手で鞭をもてあそび、レシリアはにっこり笑った。
「ううっ……お兄ちゃん、早くそこから抜け出してよ。できるでしょ?」
「いやあ、でもなあ……」
 とアルスはしまりのない顔で言う。
「俺、女には手を出さない主義だから」
 その言葉の裏には、『美女たちに抱き締められて気持ちいいので、もう少しこのままでいたい』という意味が込められている。
 キイカはそのことに気付いていた。
「もうっ、お兄ちゃんのエッチっ」
「ふふふ……さあ、キイカちゃん。お兄さんを鞭で叩かれたくなかったら、隠し財宝の地図を渡しなさい」
「地図……?」
「そう。持っているはずでしょう? レナルド王がウェイクに渡したという財宝の地図を」
「くっ……卑怯だぞっ」
 アドソンたちが罵る。
「卑怯? 何を言うのかしら。このくらい、当然の手段でしょう」
 笑みを浮かべる女たち。
「あたし、地図なんて持っていないけど……」
「しらを切るつもり? それとも持っているのはお兄さんの方かしら?」
「その通り」
 とアルスは言った。
「持っているのは俺だ」
「そう。なら、渡しなさい」
「どうやって?」
 アルスは全身をつかまれていて動けない。
「……そうね。じゃあ、どこに入れているの? 私が取ります」
「じ、実は……」
 とアルスは恥ずかしそうに言った。
「股間のところに……」
「こ、股間……?」
 ルシリアたちは顔を引きつらせた。
「なるほど、そこなら簡単には取れませんな」 感心するアドソンたち。
「お兄ちゃん、何考えてるのよっ」
 キイカが怒鳴る。
「はっはっはっ」
 アルスは笑ってごまかした。
「な、何よ。股間くらい……」
 思い切ってルシリアは、彼のズボンに手を突っ込んだ。
「うっ」
 アルスが呻く。
「あった」
 ズボンから抜いた彼女の手には、一枚の紙があった。
「う〜む、本当に手を入れるとは思わなかった……」
 とアルス。
「私も、本当にあるとは思わなかったわ……」
 半分あきれながらも、ルシリアは紙を広げた。
「これが財宝の記された地図……ん?」
 彼女は眉を寄せた。そしてその表情は、段々と怒りに変わった。
「……これは何かしら?」
 と地図をアルスに突き出す。
 それには、丸や四角、それに不規則に歪んだ線が、いくつも描かれているだけだった。要するに、子供が意味もなく描いた落書きと変わらないのである。
「もちろん、地図ですよ」
「ふざけないでっ。これのどこが地図だと言うのっ」
「じゃあ、いらないんだ?」
「こんな落書き、いるわけないでしょっ」
 ルシリアは地図を捨てた。
「本物はどこにあるのっ」
「あ〜あ、せっかく本物を渡したのに……」
 アルスは笑みを浮かべると、大きく息を吸い込んだ。そして短く、一気に吐き出す。
「はっ」
「きゃあっ」
 と悲鳴が上がった。
 アルスをつかんでいた六人の女が吹き飛ばされ、尻餅を付く。
「な、何っ」
 ルシリアが目を見開いた。そして理解する。
「……そうか。これがウェイクの技か……」
 初めて見たが、噂以上のものだ。
「見えない力を使う、気功のようなものだと聞いたことがあるけれど……。まさか、これほどの威力があるとは……」
「素晴らしい……」
 とアドソンたちも息を呑む。
「ったく、遊んでないで早く抜け出せばよかったのに……」
 キイカがぶつぶつと文句を言う。
「まあまあ」
 と彼女をなだめて、アルスは床に落ちた地図を拾った。
「これは間違いなく本物の地図だ」
「何?」
 ルシリアが睨む。
「特別に教えやるよ。これは複合地図なんだ」
「複合地図だと……?」
「そう。要するにこれ一枚では意味がなくて、何枚も重ねて見ると地図が完成するわけ」
「おおっ、そうだったのかっ」
 アドソンたちも驚く。
「あ〜あ……そんなことまで教えちゃって……」
 とキイカがため息を付く。
「ま、そのくらいいいじゃないか」
「なるほど……よくわかったわ」
 とルシリア。
「でも、それ一枚じゃわからないんでしょう? あなたたちはどこへ向かおうというのかしら?」
「簡単さ。キイカが二枚目を持っていて、それを見ればわかる。もっとも、場所までは教えないけどね」
「ふふ……詳しい解説ありがとう、アルスくん」
 ルシリアは指を鳴らした。
 それを合図に、女たちがアルスとキイカ、そしてアドソンたちの周りを囲む。
「そういうことなら、二枚共取らせて頂くわ」
「こうなると思った……」
 とキイカがアルスを見る。
「ま、少しくらい騒動があった方が楽しいだろ?」
「少しならね……」
「アルス様、キイカ様、ここは我々にお任せをっ」
 そう言って上着を脱いだのはアドソンたちだ。自慢の筋肉を見せつける。
 しかし。
「きゃあああっ」
「気持ち悪いーっ」
 男嫌いの女たちが、彼らに一斉攻撃をした。
「ぐおおおっ」
 アドソンたちは押されてしまう。
 勢いだけでなく、彼女たちは強かった。
 アドソンたち一人につき、女たちは数人掛かりで攻撃し、そして反撃する暇を与えずに全員を倒してしまったのだ。
「あ〜あ、負けちゃったよ。情けない……」
 とアルスが肩をすくめる。
「も、申し訳ありません……。相手は女ですので……」
 そう言い残し、アドソンはがっくりと倒れた。
「ふふ……女がどうとかなんて、関係ないわ。そんなのは、弱い奴の言い訳よ」
 鞭を手に、ルシリアが笑みを浮かべる。
「まあ、そうかもね」
 と興味なさそうにキイカが言う。
「でもやっぱり、俺は女と喧嘩するのは嫌だから」
 アルスはキイカの肩をぽんと叩いた。
 顔を向ける彼女に、アルスは親指で出入口の方を指す。
 キイカは頷いた。
「逃げるつもり? そうはいかないわよ」
 ルシリアたちは出入口を塞いだ。
「悪いけど……せーのっ」
 とアルスとキイカは、同時に両手を向けた。
「はあっ」
 どん、と衝撃が彼女たちを襲う。
「きゃあっ」
 一斉に倒れ込む彼女たちを飛び越し、二人は食堂を出た。
「そ、そんなっ……」
 驚愕するルシリア。
「我が百合の花園部隊が、こうもあっさり……」
「一応手加減はしといたよ」
 ドアのところから顔を覗かせ、アルスが手を振った。
「じゃあね〜」
 と彼が姿を消すと、ルシリアは悔しそうに拳を震わせた。
「あ、あのガキ供……」
 一泡吹かせなくては、気が済みそうにない。
「みんな、早く起きなさいっ。あの二人を追うわよっ」

 その頃アルスとキイカは、早くもカイの町を出るところまで来ていた。
「キイカ、地図出してくれよ。行き先を確認しておこう」
「いいけど……お兄ちゃん、地図を股間に入れるのはやめてよねっ」
「……何で?」
「そ、そんなこと訊くまでもないでしょっ」
 キイカは顔を赤くする。
「ははは、悪い悪い」
 と彼女の頭を撫で、アルスは二枚の紙を重ね、透かして見た。そうすると、一枚では意味不明の落書きだった紙が、地図となった。 それには、クラムと呼ばれる山に行くよう記されている。ここからずっと東の方だ。
「着くまでに、まだ結構かかりそうね」
 地図を覗き込んでキイカが言う。
「まあ、すぐに見付けてもつまらないしな」
 とアルス。
「ねえ、お兄ちゃん。どんな財宝があると思う?」
「お前、それ何回も訊いてるぞ」
「いいじゃない」
「そうだな……。まあ俺としては金貨がたくさんあれば文句はないな」
「それだけじゃつまんないよ。あたしは宝石もほしいな」
「やめとけやめとけ。お前には似合わん」
「あ、ひどーい」
 キイカは頬を膨らます。アルスは小さく笑い、その頬に素早くキスをした。
「あっ……」
「お前に似合うのは、将来俺が渡す指輪だけだ」
「や、やあね、お兄ちゃんっ。こんな道の真ん中でいきなりっ」
 キイカは顔を真っ赤にし、アルスを叩いた。
「ぐえっ」
 その強烈なパワーに、彼の顔は地面に沈んでしまった。
「あっ……、ご、ごめんねっ、大丈夫?」
「は、鼻血が出た……。手加減しろよっ」
「そ、それも愛のうちよ」
「あのなあっ」
 ともかく、二人の旅はこれからも楽しく続くのだった。


 終
 




 
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