ボイルスタウンの狼男 essence Back to index
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by T. Takezawa

ボイルスタウンの狼男 essence = 十数年前の商業誌掲載作品の一部抜粋

 人間の 認知的不協和回避 (自分の現状をほめ、正当化しようとする性向)は、かなり強力かつ頑迷で、どんなに情報網が普及したとしても、なんらかの 介在 がなければ「生きるのは良いことでも悪いことでもない」という 完全相対視点 は広まることはありえない。
 認知的不協和回避を抑え超える 介在 の存在を想定したのが ボイルスタウン の話。

 「生きるのは良いことでも悪いことでもない」という完全相対視点をたまさか人が持ったとしても、畢竟他者に否定されるか本人が消えるかじまいで、んなもん普及しやしないし、実に非適応的なミームでしかない。 真であっても普及しないであろうミームの典型。

 万一、「生きるのは良いことでも悪いことでもない」という 完全相対視点 を受け入れハマった場合、そしてその人間が生き続けることを選んだ場合、どのような道があり得るか。

密教化  宗教めいた枠を作って身を守り仲間を作り伝承していくかな
ゲーマー  とりあえずこの世を謳歌しようとするかな 身軽にほいほいとこだわりもなく人生を遊ぶか
 とはいっても、各他者の「生きるコダワリ」を侵害するような者はさっさと排除され淘汰されるだろうし、毒にも薬にもならないなまぬるい存在としてそこそこやっていく感じ?
調停者  さまざまな枠の中でそれぞれの「生きるのは良いことだ」論理にしがみつき諍ったり苦悶したりしている人々を哀れんで、彼らの「調停」をしようとする者もいるだろう
 各他者のこだわりのソトにいて、かつおのれの立場にもこだわりもなく、「生きる争い・苦しみ」の中に拘泥している他者を客観視する視点を持った上で、どうバランスをとれば世の「生きるのは良いことだ」論理間の「諍い・苦しみ」を最小限に抑えていけるか、部外者として調停を試みる
 一番知力も知恵も必要でハードな道だろうな
 でもネットができて発信にも情報収集にも資力が要らない今の時代には、けっこうやれる作業かもしれない
還俗  完全相対視点は生きるにはつらいもの
 そんなものは見なかったことにして、もとどおりの狭い視点の中で「生きて儲けて勝ってよじ登って幸せ求めて」のほうが楽じゃないか幸せじゃないかと還俗し日常に埋没していくか

 普及する通信網は 文化多様性の減少 を促進し、交信の多さとは裏腹にどんどん”多様な視点”を排除していくように見える。
 文化多様性が減少すると「生きるのは良いことでも悪いことでもない」という完全相対視点はますます見出しにくくなるのではないか。

 人は「こうあってはならない」という否定対象を作って自分を誉めようとする。
 否定対象に該当する人間にとってはたまったものではない。
 ゲーマータイプや調停者タイプにとっては、多様な文化・多様な価値観が存在する中で、自分の在り方が最も否定対象から遠い文化圏を選んで安住する、 好みの居場所を探して移動できる、そういう世界の在り方が一番楽しかろう。
 しかし、そういう世界はどんなに情報網が普及したとしても、いや普及すればするほど、世の文化多様性は失われ、価値観が偏りまくって 実現は遠くなっていくだけに見える。

 上の中で 調停者タイプ だけが、完全相対視点を醸成し世界を変えていける可能性を持っているか。

 さて、無明を見るもよし 忌み嫌うもよし 謳歌するもよし。  あんたの勝手。

:キーワード:
文化人類学
認知的不協和
ネポティズム
ミーム
カルチュラル・スタディーズ
進化論的心理学
相対主義

 

2002/05

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