記事タイトル:短編『錬金術師の青年』 


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お名前: 生姜   
短編『錬金術師の青年』

季節は冬。アレンダルという島国にも雪が舞い降りる頃…。
遥か昔から言い伝えられている“創世王”という聖人の生誕日である
この日、人々は大勢で賑やかに楽しく過ごすのが慣しでした。その為、
夜の雪道を行き交う者は皆、食べ物やプレゼントを手に家路を急いで
いたのですが…ひとりだけ、さ迷い歩く青年がいました。

彼は金欲しさに錬金術という研究に財産をつぎ込んだ為、毎年の聖誕
祭を暖かく迎える事が出来なかったのですが、今年はもうひとつ別の
理由がありました。この国の王妃様に“コア”という蒼い石のついた
ブローチをプレゼントしたい青年の女主人に、ブローチを持っている
少女から奪い取って来る様に命じられたのです。…錬金術師の青年は、
ブローチを手にするまではお家に入る事が出来ませんでした。

「何方か、ブローチを持っている少女を知りませんか?」

吐く息が白く昇る夜の街中を、両の手を揉み扱きながら青年は道行く
人々に尋ね歩きましたが、誰ひとり青年を相手にしてくれません。
それもその筈なのです…ブローチは年頃の少女ならどの様な物であれ、
ひとつやふたつ持っているものですし、第一この日は聖誕祭なのです。
…人々は皆、家路に急いでいるのに、青年の戯言と思える言葉に付き
合っている暇は無かったのでした。
「ああ…ブローチを持って戻らないと、お家に入れないのに…」
青年は肩を落としながら、行く当ても無く街外れの方向に歩きました。


歩いて、歩いて、歩いて…薄い靴底から冷たい雪が滲み入り、爪先から
寒さに耐えられなくなった頃、青年は不気味なお城にたどり着きました。
極限状態だった彼は本能的に暖を求め、中に滑り込みました。
…中には誰も居ない様で、青年が玄関から白いエントランスに入っても、
歓迎や驚愕の表情を浮かべた住人の出迎えはありませんでした。
しかし、躊躇する事無く、青年は右手側の扉からお城の中に進んでいき
ました…扉の向こうから微かに暖炉の火の弾ける音が聞こえたのです。
細い通路を抜け、扉を開けると、暖かい色調に囲まれた部屋に出ました。
そして左下の方に、青年の求める暖炉が煌々と照っていました。
一瞬喜んだ彼が凍えた体を温めようと暖炉のある下の方に降りようと
したその時…彼の頭に何か岩の様な物が落ちました。「うわーっ!」

…青年はその時、眩い光に包まれた様に感じました。
そして、その白い光の中にハッキリ見たのです。まるで王族の人々が
囲む様な、豪華な聖誕祭のご馳走を! 「ああっ、美味そうな七面鳥!」
彼が手を差し伸べたその瞬間…豪華な料理はスッと消えて無くなって
しまいました。そして先ほどの黄色い部屋が視界に戻ったのです。

夢を…見ていたのでしょうか。

青年はクラクラする頭を抑えつつ、まだ遠くにある暖炉を求めて下り
坂を降りて行きました。「寒い…早く悴んだ手足を温めたい…」
すっかりブローチの奪取など二の次になっていた彼は、時折ふら付き
ながら坂を降りて暖炉の方を向いたその時…彼の足、否…腰の辺りを
ガブリと何かに挟まれ、空かさず階段上のトロッコが滑り落ちて彼の
横にゴンと当りました。「うわーーーーっ!」
それだけではありません。トロッコに押され壁に激突した青年の体を
壁槍が突き刺したではありませんか! 「うぉわぁーーーーーー!」

…痛みが淡く青年の意識を白く囲んだのでしょうか、彼はまた、眩い
光に囲まれた様に感じました。そして、その白い光の中に、またもや
ハッキリと見たのです。艶やかな紙に包まれたプレゼントの山を!
その中には、既に贈り物が明らかになっているのもあって…それは
青年の望む一番の物……錬金術の実験器具及び材料でした。
「ああっ、あれさえあれば、僕の夢も!」
…しかし、手を差し伸べた瞬間、またしてもそれらは消えてなくなり、
元の黄色い部屋が視界に戻って来たのでした。

…青年は、虚しい気分になりました。


ひどい怪我をして、殆ど体の自由が利かなくなった青年は…それも
全て寒さに悴んだ所為だと思い、身を引き摺る様に暖炉に向かいま
した。「早く…手足を温めて…ブローチを奪って来なくては…」
その時ふと…暖炉の上にひとりの少女が居る事に気付きました。
そしてその少女の胸に、蒼く輝くブローチがあるのを見たのです。
朦朧としながら青年は…あのブローチこそ、女主人の求めるそれ
なのだと思い、また、何が何でも取って帰らねばという思いから、
最後の力を振り絞り、まっしぐらに少女に向かって行きました。

「お願いです、そのブローチを僕にください!」

…あと数歩で少女の元にたどり着こうという時、青年の体は何か
背後でバチバチ音がする物に、凄い力で引き寄せられました。
そして背中が壁に付いた途端、物凄い衝撃を全身に受けました。
「うぉわぁあぁあぁあぁあああああーーーーーーーっ!」

薄れゆく意識の中、青年は眩い光の中に見ました。
場所は…自分の家。小さな暖炉が狭い空間を暖める中を、錬金術
器具に向かう自分。そして実験の結果、生じた………金!
“ああ、これはもしかして幻影?!”…そう青年は思いました。
最初に見た豪勢な料理も、その次に見たプレゼントの山も、全て
幻だったのです。もう、虚しい思いをするのは嫌でした。
“頼む…夢なら…覚めないでくれ!!”

…そう切実に願ったその時、青年は体の感覚がなくなった様に、
体が軽くなりました。そして、実験で生じた大量の金と共に、
天に昇って行ったのです。
「ハハハ…やったぞ…ついに…成…功………」


時暫く経ち、暖炉の側で青年の死体を横に、お城にいた少女は、
一緒に居た少年に尋ねていました。
「またブローチが狙われたわ。ここではそんなに高価な物なの?」
「それは、この国に伝わる伝説の石を作るにあたり、最も重要な
石なんだ。時空を自由に移動出来る、つまり君の…」
…何と言う事でしょう。青年を殺してしまった事より、ブローチの
事を話しているのです。しかも、青年をそのままにして…。

しかし、それでも青年の顔は喜びに満ちていました。
最後に夢と共に天を昇ったからでしょう…        【おわり】
[2003年1月4日 17時57分49秒]

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