どうして。

 

俺は、ただ前に向かって問うた。

それは最も易しく簡単な言葉で紡がれた、明解な憎悪。

けれども言葉は無言という真空により掻き消され、

届かぬ想いを受け取った女は、

片方の目で涙し、もう片方の眼で俺を凝視する。

おかしくて。

つらくて。

憎くて。

卑しくて。

消してしまいたくて。

血塗れた黒髪は、たださらりと揺れている。微笑を浮かべていた。

誰からも愛されない宝石のような美しさで。

 

三者が相対する。

線から始まった単調な関係は、恐らく幸せだったのに。

今は僅かに形を変えてしまった。点と点と、増えた点が別の想いを構築し、

触れ得たはずの温もりすら闇と交錯する。

 

なにか、

わたしはしてしまったの?

何も変わってはいないんだよ。

そう、

ナニモカワッテイナインダ。

 

きっと、対峙するのにも飽きてしまった。

女は手にしていた生首を、食しやすいところから平らげてゆく。

彼女の歯も顎も、喰う事に関しては長けている。

ばぁりっ

がぶ。じゅぶ。

俺の弟だったものは、ついに骨すら残してもらえなかった。

満足気に舌を見せる。生命を喰い散らかした美しい小口は、

紅い血泡と戯れている。

 

どうして!

再度、得られぬ答を欲してあげた叫びは、許すまじ相手を断罪する刃となっている。

 

気付いた時には、貫いていた。

気付いた時には、貫かれていた。

 

俺は倒れるが。女は歩いていく。

 

ようやくの笑顔。

いつか辿ってきてよ、この紅い道を。

始まりへ還ろう。始まることを、始めよう。

きっとその時に、

弟さんにも会えるわよ。

 

赤い雫を垂らし、消え行くあいつの背を俺は見ていなかった。

見たくない、見たくない・・・・・

 

傍らには、首の無い死体があった。

やはり無言で叫ぶのだ。兄さん、と。

愛らしい声で。

 

 


 

「うぉぉぉおおおッ!!!」

俺は、飛び起きた。

冷や汗。

そんなものは掻いていない。

最近になって捨てた機能だったが、正解のようだ。

 

何ということはない・・・。いつも見る、決まりきった悪夢。

俺のような生粋のシミラーにとって、これは厳密には夢と称すべきではない。

消去不能なメモリーが、就寝という最もフリーズに近い状況下で、

決まって再生されてしまうだけのこと。

などと理屈を並べてみたところで、それはやはり全くもって原因不明な事態・・・

例えるなら悪夢、か。 恥ずかしい話だぜ。

 

この部屋は白を基調としている。いや。この部屋に限らず、ブリュッセンは

到る所が白色で構成され、それ以外の色を殆ど見かけない。

これが俺を落ち着かせなくする、四番目位の理由だ。

ここへきて、夢を見るケースがうんと増えた。案外一因となっているのかもしれん。

 

ひょんなことから俺がレラの城に厄介になって、これでもう3日目。

様々な事態は、俺を早くココから立ち去るように後押ししている。

未だもやもやする頭を抱えベッドから起き上がろうとすると、

俺は早くも三番目の理由を見た。

床に、誰かが倒れている。少女のように綺麗な素足が視界の隅にちらり。

「・・・・・・・。」

あんな夢を見た直後にこういったものを見たくは無いんだが、

俺の想いとはよそに倒れてる奴は・・・おや、起き上がった。

「……ひっどいじゃないですかぁ!!毎朝毎朝、大きな声でボクを脅かすなんてぇ!

 今ので3度目のぶらっくあうと(気絶)です・・・。

 もう、明日からは来ませんよ!?」

「だから、来なくていいと何時も言ってるだろ。」

「それはできません! 毎日お客様を起こして、朝食をお出しするのがボクの仕事なんですから!」

誰でも分かる矛盾を口にしつつ、むっと口を膨らます少年はちょっと微笑ましい。

 

こいつの名はマロン。ひらひらメイドの格好をさせられた短髪の少年だ。

服装は、恐らくレラの趣味(そうであってくれ)。

馬鹿でかいブリュッセン城において、自称二流シェフとして活躍している。

マロンのつくる料理は見た目も味も絶品で、二という数字は控えて言うのだろうが。

そういうところ、俺は嫌いじゃない。

 

「あぁ・・・すまんな。今日の夢は特別酷かったんだ。弟の死体まで出てきやがった。」

「そ!それはお気の毒ですぅ・・・

 あの、その症状ですけど。レラお嬢様に相談してみては?」

「ごめんだぜ。まだ、肝心の願いだって叶えてもらってないんだ。

 そもそも、俺はあいつを信用して無い。」

「え!? な、なんてこと言うんですか!お嬢様を疑うなんてこと、ボクが許しませんよ!」

「うーッ、分かった分かった。朝っぱらから可愛いらしい声出すんじゃねえ。
 メシはちゃんと食っとくから、とっとと退室だ。しっ、し!」

「むぅ〜〜〜〜〜。」

マロンは不満そうだが、自分が既に役目を終えたことにも気付いたらしく、

空になった盆をかかえ扉へと向かった。

「失礼しましたー」

最後に俺のほうを向いて棒読み気味に一礼すると、部屋から出て行った。

ふう。どうもあいつを見ていると、誰かを思い出すのでよくないんだ。

 

さて、と・・・。

白いばかりの部屋には、ベッドとテーブル以外に目立ったものが存在しない。

色さえ確かなら高級宿場の一室にも似た造りだが、まるでここは

幻空の中に俺とそのシブツが浮かんでいるようで、どうもいけ好かない。

おっと、今はもうひとつクッキリとしたものがあったな。

テーブルの上で、美味そうな香りが湯気と共に立ち昇っている。

ひとまず朝食の側まで移動すると、俺はそれの内容には素直に満足した。

朝っぱらから豪快に高級霜降ステーキ。しかも産地はラングフルク。

傍らには薫社のコーヒーと、ゴールドジュエルの入ったビンが置かれている。

完璧だ。俺からのオーダーをしっかり守ってくれている。

 

ステーキをほおばりながら、コーヒーを流し込む。これがまた奇跡のような調和で

俺の味覚どもと胃袋を満足させやがる。ありがとう、薫月亭マスター。

そしてさようなら、地元の牛。

食事の後は、腕の一部を開けて原動力となるゴールドジュエルを詰め込む。

これがシミラーとして生きる者が例外なく行わなくちゃならん、ある意味真の食事というやつだ。

最近では料理にジュエルの成分を含んだ上で、それを口から摂取する新型のシミラーが

主流なようだが、如何せん俺のようなプロトタイプはそんな行為に抵抗を覚える。

ナリは若くとも、こういうことに関してはやはりジ爺だな俺は。瞬間、例のフレーズが頭をよぎる。

・・・気にしないこった。

 

さて、食事も済んだことだ。部屋から出ることとする。

恐らく、レラやトレマル達も食堂で食い終わったところだろう。

—————と。

部屋の外に出てすぐ。廊下が一面の、血で濡れていることに気付いた。

 

普通なら卒倒するところだ。食後すぐこの光景は無いだろう。

一瞬、夢の続きかとも思う。

早くここから立ち去りたい二番の理由、このブリュッセンって場所はイカれてやがる。

そして一番の理由は言うまでも無い・・・

最もイカれてんのが、ここの城主である某お嬢さんだからだ。

またか。あのお嬢め、だから城内でエウレカ狩りなんてやるなっつーのに!

城の防壁(バリア)をところどころわざと薄くして、飛行タイプのエウレカを城内に招き入れているのだ。

大半の部屋にはそのまま防壁が設けられているから、個室にまで被害が及ぶことは無い、そうだが・・・

白い城は結局、エウレカの体液であちこちえらいことになる。

この前なんか、入り過ぎたというので狩りを手伝わされた。やってられん。

 

例の清掃人が未だここまで到着できてないことを恨みつつ、

ひとまず俺はトレマルのもとへと向かう。

好い加減、ここから立ち去る旨を奴に伝えることとする。

黙って出て行くことが、奴にだけは少し悪いような気がするからな。

ひとつ、挨拶くらいは済ますさ。

 

短い廊下は途中で幾つかの客室を用意し、その中央に螺旋階段とエレベーターを用意していた。

この城の構造は特殊で、全ての階が階段とエレベーターによって貫かれている。

トレマルの部屋は十三階、俺の二階上だから、まあ歩いて行くのもいいだろう。

手すりまで血塗られた階段を昇って行くと、途中からは俺がもと居た部屋のように・・・

おや、十二階ではちゃんと“白”が戻っていた。

見た目は一般的、されど構造フメイな掃除機を使い、せっせと血を吸い取っている少女が居る。

 

「よう。清掃人。お疲れ・・・」

「お早うございます、アシュレイ様。」

俺が清掃人と呼んだ少女は、掃除を一時中断すると、馬鹿丁寧にお辞儀した。

しかし言葉はそれだけで、すぐにまた血吸い行事に明け暮れる。

 

 彼女はメロン。マロンの姉だという。綺麗に真っ直ぐ切り揃えられた、長いオレンジ色の前髪と、

 眼球に入れられた横線のチップが、いかにもシミラーっぽい顔立ちを作っている。

 こういう型の類は大抵旧式だ。なんでもこの姉弟、大昔に二人して欠陥品として廃棄されるところを、

 レラが引き取り修繕したんだと。最近なら、多少の欠陥があっても「社会不適合者」を演じるシミラーとして

 世に送り出されるもんなんだがな。

 

 あと、シミラーにとって“兄弟“や“家族”といったものは単なる役割付けに過ぎん。

 本当に血が繋がっているわけでもなく、どの司命工場で創られたかも関係無い。

 事故でロストしない限りはその関係が半永久的に続く。

 俺も、ある日あいつと当たり前のようにその関係を享受し、それにさして不満もなかった。

 

このメロンはというと、特別マロンと容姿が似通っているわけでもなく、何だか性格も正反対だ。

あらゆることに関してそっけなく、ただレラから与えられた仕事だけを淡々と消化していく。

また、レラに対して特別従順というわけでも無いらしい。彼女が感情的になるのは、

ブリュッセンの砲手を務めるときだけだという。・・・コイツにだけは狙われたくないな。

この前の女みたいく撃ち抜かれても、堪らんから。色んな意味合いで。

 

どうやら会話もこれ以上続かなさそうなので、

無視して十三階へと向かうことにする。背中にあばよと心の声を送るが、

きっと届いちゃいねぇだろ。だがそれでいい。

 

さて、十三階まで上り詰める。

ここもまた、あまり長くない廊下と、幾つかの客室で構成されている。

ただし空き部屋ばかりではあるが。

ふんわりふわりと世界中を飛び回るこの城に、

飛行エウレカ以外の来客はそうそう、ありそうもない。

さらにブリュッセン自体、驚くほど人が少ないのだ。そうだな、さっきの姉弟。

レラ。トレマル。レラの執事(?)アンドリュー。一室固定タイプの簡易シミラーが数十体。

それと、俺くらいじゃないか。

にしちゃ、ほぼ全階に客室があるのはどういった魂胆なんだろうな。まぁ俺の知ったことじゃない。

お目当ての部屋、トレマルの自室まで着いた。ではノックを・・・・。

 

「でさ!このエウレカは明らかに新種なんだろ。さっそく僕はこいつを徹底的に調べ上げるよ!
 今度こそ、進化と再生の神秘に近づけるかもしれない。

 (バゴン!!)

 あれ。扉が何かに当たったような。」

“何か”扱いされた俺は、鼻の痛みをこらえる事で必死だ・・・

「あれ!アシュレイじゃない!? もう。なんでそんなとこに突っ立ってたんだよ。

 高級な扉が傷ついちゃうじゃないか。まったく!」

・・・・・・殺してェ。今すぐ。たった今。

 

「あっ、トレマル!色々見てくれてありがとね。それじゃ!!」

ちらと横目で見ると、裸同然のボンテージのようなバトルスーツでお嬢は階段へと急ぐ。

汗ばんだ丸出しの尻は橙色の果実のようで。不謹慎なことこの上ないな。

嫌いじゃ無ェけど。・・・・姿だけは。

手には奇怪な、紫色の大きな魚をぶらさげている。大方、今回あいつが仕留めたエウレカだろう。

あれはこれから解体されると思われるな。ご愁傷様。

 

随分いろいろなものを見せられたが、ようやく俺はトレマルの姿を見ることができた。

「やあ。アシュレイさん。ようこそ来てくれました。ささ、どうぞ」

あくまで中年型はおおらかに笑い、俺を部屋へと招き入れるのだった。

 

 

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