▼ 『鉄騎ロボ“Lo”〜愛の時空石〜』 第13話 <温もり

  ┗『鉄騎ロボ“Lo”〜愛の時空石〜』 第14話 <恋人はロボット

   ┗『鉄騎ロボ“Lo”〜愛の時空石〜』 第15話 <諜報員達

    ┗『鉄騎ロボ“Lo”〜愛の時空石〜』 第16話 <敵を欺くには味方から

     ┗『鉄騎ロボ“Lo”〜愛の時空石〜』 第17話 <死体は語る

      ┗『鉄騎ロボ“Lo”〜愛の時空石〜』 第18話 <悪魔の映像

       ┗『鉄騎ロボ“Lo”〜愛の時空石〜』 第19話 <任務と仕事と

        ┗『鉄騎ロボ“Lo”〜愛の時空石〜』 第20話 <盲点

          ┗『鉄騎ロボ“Lo”〜愛の時空石〜』 第21話 <凶兆

           ┗『鉄騎ロボ“Lo”〜愛の時空石〜』 第22話 <軍事病院襲撃

            ┗『鉄騎ロボ“Lo”〜愛の時空石〜』 第23話 <プライド

             ┗『鉄騎ロボ“Lo”〜愛の時空石〜』 第24話 <院内での遭遇

              ┗『鉄騎ロボ“Lo”〜愛の時空石〜』 第25話 <対決!タキ死ード仮面

 


  

 〜第13話〜 「温もり

 

 シエスタは疲れ果てていた・・・。

 勤務による肉体的疲労だけでなく、過度のショックによる精神的疲労とが重なった為だ。

 風呂に入るのはおろか、立つ事すらままならなかった。

 彼女はただソファーにぐったりとしたまま、何も考えずに……テレビ画面を見つめていた。

 

 不意にテレビ画面が消え、ハッと我に返るシエスタ。

 ロボが電源を切ったのだ。

 さらに彼女はいきなりロボに担がれ、ひどく動揺した。

 ちょ、ちょっとロード、何をするの!?

 お前は疲れ過ぎている…今日は風呂に入らず、早く寝た方がいい

 

 ロボの語る通り、抗う力も無いシエスタは、素直に寝室まで運ばれることにした。

 ロボは綺麗にメイキングがなされた彼女のベッドに、

 静かに、そっとシエスタを寝かしつけた…。

 

 布団をかけられ、ヘッドライトの明かりを絞られる。

 いつもと変らない部屋とベッドに、何故か心を落ち着かせる優しい空気が漂っていた。

 低く心地良い電子声音が、シエスタの心を撫でる。

 

 明日も出勤日らしいが、お前の回復が最優先だ。休めるようなら、休め

 

 ロードはそう言って退室しようとした。

 しかし、彼は途中で立ち止まった。

 シエスタが呼び止めたのである。

 

 ロード…わたしが眠りに落ちるまで…その、添い寝をして欲しいの…

 それは、普段のシエスタからはとても考えられない要求であった。

 

 ……構わないのだろうか?

 ロボは振り返り、女主人の顔を見た。

 それは、人間の倫理に反しないだろうか?

 彼は、初めて主人の命令に対し 戸惑いを見せた。

 

 シエスタも心にその点の迷いはあったが、

 それを押し潰すほどの感情…一種の寂寥感…が、

 このときの彼女を大胆にさせていたのかも知れない。

 

 構わないわ…お願い…

 

 暫し間を置き、彼は答えた。

 『分かった。お前の言う通りにする』

 お決まりの台詞を言ってから、彼は静かにシエスタのベッドに入り込んだ…

 

 シエスタに、電子的な温かみが伝わる。ロードの体熱が感じられたのだ。

 …意外だった。いくら姿形が人間に似ていようと、彼は機械である。

 人のような暖かさがあろうなどと、思わなかったのだ。

 

 ご免なさい…

 シエスタの口から謝罪の言葉が出た。

 何を謝るのだ?

 

 ……わたしは、こんなにも貴方を必要としている。

 貴方は、人よりも優れているところがあると思うよ。

 その事をわたしは、他の誰よりも分かっているはずなのに……

 ときどき貴方を、ただの機械と見なしてしまう……ご免なさいね…

 

 だまって主人の告白を聞き終えたロードは、やがて静かに答えた。

 …謝る必要など無い。私はロボットであり、それ以上でも以下の存在でもないのだから

 いいえ……そんなことないわ。貴方は……

 

 シエスタはそれ以上答えず、ただにっこりと笑いながらロードの顔を見つめた。

 

 静寂の中、見つめ合うだけの2人。

 まるで時が止まったかのように。

 

 ご免なさい…

 再びシエスタの口から、謝罪の言葉が出る。

 貴方も疲れているのに、こんな無理をお願いして…

 

 “疲れる”という言葉の意味は知っていたが、

 自分に対して使われるのは意外だった。

 それはロードにとって、2度目の衝撃となった。

 

 私は、疲れなど しない

 ううん……疲れてる。

 何か私に、機器の異常でも見受けられるのか?

 そうじゃなくて……疲れてる。

 どういう、意味なのだ?

 ロードはどもりながら質問し直した。それはまるで、もどかしさをこらえているようであった。

 

 人間、ってね…慣れないことをすると、とても疲れるんですって……

  今の貴方、まさにそんな感じよ……

 シエスタは、無邪気な笑みを浮かべている。

 

 ロードは、女主人のその言葉の裏にある二重の意味を感じ取っていた。

 そして、自らの奥底から止まずにあつく沸き上がってくる、説明のできない不可解な感情……

 今まで味わった事の無い奇妙な刺激が、電撃のように彼の思考回路を走り抜ける。

 その正体について、ようやく答えを得られそうだった。

 彼がその事を話そうとしたとき、不意に主人が声をかける。

 

 今日はもう……寝ましょう…。

 ………そうだな

 

 無論、ロボットが睡眠をとる必要は無いし、そのような機能は備わっていない。

 しかし彼は、半ばこの言葉に救われた気分だった。

 

 掴みかけた、不思議な感情の正体……それを今この場で自分の口から語ったとき、

 どうなってしまうのだろうか。シエスタ自身、望んでいるのであろうか。

 現在までの関係を維持できるのだろうか。

 

 頭脳明晰を誇るロードでも、そこまでは予測できなかった。

 ただ、言ってしまえばある一線を越え、何かが大きく変わるであろう事は間違いない。

 彼はシエスタの言葉に従い、出そうとしていた言葉をしまい込んだ。

 それは、恐れによる行動だったのかも知れない。

 

 落ち着かず、救いを求めるかのように、ロードはシエスタの顔を覗き込んだ。

 見るとシエスタは、よほど疲れていたのであろう……既に眠りについている。

 …安らかな、かわいい寝顔だ。

 彼は、そっと彼女の頭を撫でた。

 シエスタはそれに気付かず、微かな寝息を立てながら眠り続けている。

 

 体表を軽く擦する事により、相手に新陳代謝の促進や精神の安定がなされる。

 それゆえ、主人に対して、何かしらの好影響が及ぼせると考えたからだ

 

 自身の行動について冷静な分析を試みたものの、納得のいく答えを出すことは、どうしてもできなかった。

 


 

 〜第14話〜 「恋人はロボット

 

 翌日…シエスタの体調は回復し、彼女は調理の匂いで目を覚ました。

 いつもより少し早く目覚めたうえ、昨日入浴していない事もあって、

 シエスタは気持ち良くシャワーを浴びてからダイニングに入った。

 

 食卓上には、まるで彼女が今来るのが分かっていたかのように、

 出来立ての朝食が用意されていた。

 

 それにも驚いたが、迎えたロードの朝一番の台詞が、いつもの

 “冷めない内に食べろ”ではなく、

 今日の体調はどうだ?

 だった事が、それ以上に女主人を驚かせ、喜ばせた。

 

 大丈夫よ。ありがとう!

 今出来た所だ、 冷めない内に食べろ

 漸く通常の朝一番の台詞が出る。

 シエスタは苦笑しながら食卓に着いた。

 そして、ロボが今日の予定と自分への任務を確かめようと口を開く前に、シエスタが話しかけた。

 

 ロード、お話があるの。

 …………聞こう

 

 シャワー室のラジオで聞いたんだけど、今日から貴方を探す為に、市民の住宅を

 一軒一軒抜き打ちに家宅捜索を始めるそうなの。

 事は深刻だったが、ロードは何故か安堵したかのような表情を見せた。

 それもどうやら、この件に関してではないらしい。

 

 恐れる事は無い。私には新たに付けられた、探知機無効化システムがあるのだ

 

 シエスタは一瞬ロボの股間に視線を落としてしまったが、すぐに向き直りロボに切り出す。

 いいえ、それでも安心はできないのよ。聞いて

 

 少し紅茶をすすり、シエスタは話を続けた。

 この国で製造された全てのロボットに製造記号と番号が存在しているの。

  今ゴッドフリートさんから連絡があったんだけど、もしも貴方のIDを調べられたら、

  言い逃れができないわ。

 

  ロードのIDも政府に残されていて、記号は“Lo”、番号は“03510”である。

 

  「そこでまず、貴方のIDを新たに作成し直すのよ。

  まさか今の綺麗な貴方を見て、あの鎧姿の貴方を連想する人なんていないでしょうから、

  そもそも検査される心配自体、無いんですけどね。

  でもこれで、並の検査ぐらいになら十分に対処出来るわ。

 

  そして、これからは軍属病院の清掃ロボットとしても働いて。

  心配しないでいいの!これでもわたし、顔がきくんだから。

  それぐらい大丈夫なのよ。こうすれば、私たち一緒にいられるし…

 

 反対だ

  ロードは彼女の提案に、そう 即答した。

 IDのことはお前に任せよう。だが、私を職場に連れていってでもみろ。

  他の者から、どのような中傷を受けるかくらい、想像がつくだろう?

 

  しかし、シエスタも引き下がらない。

 貴方をひとりにしておくのが心配なのよ…。勿論、貴方を信用していないってわけじゃ

  全然ないんだけど。 それに、それに……

  ゴッドフリートさんの話だと、近々行動を起こすらしいのよ。

  わたしと貴方が一緒にいられるのは、その時までらしいの。

  貴方は作戦のため、ゴッドさんのもとへ戻ることになるみたい……。

 

 ロードは悩んだ後、ついに頷き、いつもの台詞を言った。

 ………分かった、お前の言う通りにする

 

 シエスタは笑顔で立ち上がった。

 そうと決まれば、急ぎましょう。2人で地下鉄を乗り継いでの出勤になるから、

  いつもよりずっと早く出かけなければならないわ!

 

 シエスタとロードは地下鉄を乗り継いで、軍属病院へと向った。

 エアーバイクやスーツケースに変身できる伽型ロボットなど皆無だからである。

 

 まずは貴方のIDを新造しないとね。

 シエスタは病院勤務機器登録室にロードを連れて行った。

 

 警備担当のクレアヴィルが、扉の前に立っている。

 あら先生、また伽型連れですか?

 

 シエスタは必死に平静を装い、穏やかに答えた。

 えぇそうよ。ちょっと用事があるんだけど、通してくれる?

 どぅぞ どうぞ

 ヴィルは笑いながら通してくれた。

 もしも部屋の中からあやしげな声が聞こえてきた場合、

 警備員の義務として、それ相応の対応をさせて頂きますけど ご了承下さいねっ☆

 

 シエスタは、あぁ〜っ コイツより背が高かったらブン殴ってやるのにッ

 と思いつつ、ロードと共に入室した。

 

 失礼な女だ。事情を知らぬとはいえ

 今後、こういう事は幾度となくあるわ。…覚悟しておきましょ。

  それより、早く作業を始めないとね。

 部屋に入るとパソコンのような画面の前に向かって、キーを打ち始めた。

 

 まず名前は…そうね、“アーツ”にしましょう。覚えて、ロード

 分かった。お前の言う通りにする

 う〜ん…それから、その喋り方はちょっとまずいわ。

 貴方の製造機種は伽型、ということになるから、

 あんまり堅苦しくては不自然よ。出来る限り、くだけた口調で喋ってね。いい?

 分かった。お前の言う通りにする

 …シエスタは苦笑した。

 

 えぇと…製造番号は、確か…伽型は全て“H”なのよね…はぁ〜……

 これも覚えてね。あとは番号…  彼女は適当に数字を打つ。

 数字はね、ダブらなきゃ問題ないの。…“51334”よ。

 

 私の製造機種は伽型、記号は“H”、番号は“51334”、コードネームは“アーツ”、だな?

 

 そう。これで、貴方の新IDは完成ね!…さ、これが軍属病院清掃係の制服よ。

 

 超メカ音痴なはずのシエスタだが、

 病院勤務機器室の壁に張られたマニュアルだけを見て、

 無事、ロードのID作成に成功した。何事も、やればできるものである。

 


 

 〜第15話〜 「諜報員達

 

 −−−所変わって、ここは暗黒星雲、調査地区。

 政府が何かを求め、大量に調査員を送り込んでいる場所だ。

 地球外であるこの場所を、2人の女が歩いている。

 

 ……ッ

 女のうちの1人が顔をしかめる。無理もない。

 足下には3体の死体が転がっているのだ。

 それもどうやら、まだ死んで間もないもの ばかりのようである。

 

 調査は今後、鉄騎ロボット達に任せるはずでは無かったのか?

 もうひとりの女が答える。

 “Si” “Ce” “La”いずれも、資材と人材不足で生産が追いつかないそうよ。

 成る程、ロボットの量産はアニメほど上手くは いかないのだな 

 

 そんなことより、早くして。もしも近くにあの男が潜んでいたらどうするの。

  ……それに、遺体回収班に先を越されるわけにはいかないのよ。

 分かっている

 

 2人は、死体の服のボタンをひとつずつ調べ始めた。

 

 ……これは大丈夫そうだ。

 背の高い方の女が、とある死体のボタンを剥ぎ取った。

 よく見ると、ボタンにはとても小さな ビデオカメラが仕込まれている。

 大丈夫そうとは、カメラの状態を言っているらしい。

 

 こいつらは、映像を入手する為の捨て駒か……哀れな。

 みんな、国のために死んだのよ。名誉なことだわ

 フッ……今のは本心か、スパイラル

 

 無論よ。

  この世には、無能で下等な人間は必要無い。

  権力者の為にその身を散らすことこそ、せめてもの役割よ

 くくくっ……お前も恐ろしい娘になったものだ。元凶は、あの鬱憤女か?

 

 仲間の一言に、スパイラルと呼ばれた娘は過敏に反応する。

 セシリアを侮辱する気か!? きさま…許さないぞ、シルヴィア!!

 ……急ぐのではなかったのか?

 

 そう言われ、娘はハッとする。

 バツが悪そうに長身の女から手を離すと、娘は背を向けて歩き出した。

 

 …そうだ。今はこれを持ち帰ることが先決。

  だがシルヴィア、さっきの言葉、許したわけでは無いぞ!

 おいおい、怖いなぁ。分かったよ、前言撤回する 

 ……フン。

 

 ………先日の作戦で、多くの鉄騎ロボがあの男に破壊されたんですって。

 既存の鉄騎ロボは、これでほぼ全滅だそうよ。それと先日、

 あの男が電波をジャックして余計な事をいろいろ喋ってくれたわ。

 恐らく、また私達の仕事が増えると思う

 お粗末な話だ…

 

 2人の女は、何処かへと姿を消した。

 

 暗黒星雲に遺体回収班が到着したのは、それから暫くしてのことだった。

 


 〜第16話〜 敵を欺くには味方から

 

 −−−場面は戻り、ここはシエスタのいる救急外来の看護婦詰所。

 

 シエスタは清掃係の制服に着替えたロードを伴って姿を現した…

 それと同時に、複数の女性の黄色い声が室内に響き渡る。

 キャー、伽型よ、伽型!」 「ハンサムな伽型〜!など、

 “伽型”という言葉が音声になって部屋中を乱舞する。

 そう、前述した通り、この国の男型の人造人間は伽型しか存在しない。

 伽型ロボの役目が役目だけに、看護婦たちが大騒ぎしているのである。

 

 先生、本当に伽型連れて来ちゃあ、駄目でしょお!

 と、婦長のアンティノーラから苦笑混じりのお叱りを受ければ、

 先生、幾らで購入したんですかぁ?

 看護婦のレスフィーナから突拍子のない質問されたり…と、周囲の反応は様々であるが。

 

 今日から、この救急外来専属清掃雑用係として勤務する、私の個人所有人造人間の

 <アーツ>よ。500万ドレイクの超高級ロボちゃんだから、扱いには気をつけてね

 

 500万などと見栄を張って言ったのではなく、全てはロードを守る為である。

 手に届かないような莫大な値段を言えば、みだりにロードに触ってあれこれ調べたり

 出来ないだろう、と考えたのだ。騒然とする看護婦たちに構わず、シエスタは

 ロードに自己紹介をさせた。

 私の名前はアーツと言います。製造記号は“H”、番号は“51334”ですっ!

 

 伊達眼鏡をかけたロードの演技に、満足気味のシエスタ。

 しかし、何故かある看護婦が笑っている。

 ポニーテールのガーネット看護婦だ。

 

 あはははは!  51334。  恋・さんざんヨ とは、考えたっチね! 

 

 それを聞いて、周囲からドッと笑いの渦が起こった。

 シエスタはこの時ほど、“適当”を呪った事は無かった。

 よもや、こんなことにまで突っ込まれてしまうとは・・・

 

 今更悔やむシエスタであったが、ガーネットに詰め寄ろうとするロードを制し、

 言葉を締めくくった。

 …とにかく!職場エリア内の清掃から医療廃棄物の処理、そしてティータイムの

 お茶煎れまで、彼に頼むといいわ。  じゃ、解散!各自持ち場に戻ってちょうだい。

 

  シエスタ…ついに末期症状だよ…ヒソヒソ

  先生も毎日の死体検分で、情緒不安定なのよ。可哀相に…ヒソヒソ

  あの伽型、人間だったらべらぼうにモテるわよ〜…

  毎日あのナイスな伽型とよろしくやっちゃってるのかしら…ヒソヒソ

 

 “黙る”という言葉は、どうやら彼女たちの辞書には無いようで。

 婦長アンティノーラ以下 看護婦たちは、終始内緒話に花を咲かせながら散開していく。

 こんな事では先が思いやられる…

 何故だ? 何故あそこまで馬鹿にされねばならないのだ!?

 第一、お前があの者達に何をしたというのだ? 私だけなら構わないが…

 

 ロードは顔に悔しそうな表情を浮かべていたが、突然ハッとしたように眼と口を

 軽く開くと、更に悔しそうな、そして謝罪めいた表情になった。

 

 いや、済まない。最も悪いのはあの者達ではなく、この私だ。

 私の為にお前は危険を犯し、周囲の者達に人格まで疑われているのだから

 いいのよ。貴方まで気にしないで。それに好い加減、慣れてきたわ。

 主人のその言葉、どうやら ヤケで出たものでは無いようだ。

 

 “敵を欺くには味方から”と言うじゃない。強い情報(←伽型だって事)が大きく、広範囲に広まれば、

 それだけ人は信頼し、疑い難くなるものよ。新IDだけでは不安だし。プラスに考えましょう。

 わたし、こうして貴方と巡り会ったことは全く後悔していない…うぅん、むしろ良かったと思ってる。

 そういう訳だから、別に何も気にしなくていいのよ。

 しかし…

 なおも表情を曇らせるロード。

 

 ふとシエスタが周囲に目を配ると、物陰に隠れている人間が何人も確認できた。

 なんと、持ち場に戻ったはずの看護婦達が、隠れて2人の様子をうかがっているではないか!

 

 それを知ったシエスタは、あの晩以来の大胆な行動に出た。

 

 ・・・大好きよぉ、アーツっっ!!!

 !?

 

 いきなり大声で叫んだかと思うと、

 シエスタは背伸びをしてロードの頭を両手で挟みこみ、左の頬に熱い口付けをした。

 

 その瞬間を今か今かと待ち望んでいた看護婦達は、待ち望んでいたシーンの到来に、

 おのおの狂喜の声をあげながら、散り散りに走り去っていった。

 

 しかし、一番の衝撃を受けたのは、他ならぬロードであった。

 ロードは背部に電撃のような刺激が走るのを覚えた。

 それだけではない。口づけされた瞬間、思考回路が半分麻痺してしまった

 かのようだった。回路中を電流が不規則に流れ、熱を帯びたように感じた。

 

 …ご、ご免なさい…気分を悪くしたでしょう…?

 ……何でもない  

 

 ロードはそう答えるのがやっとであった。

 シエスタ自身、何故先ほどの突発的な行動を起こしてしまったかは

 よく分からない。看護婦達に高々と変態さをアピールするためか、それとも…

  …互いに気遣う2人の間を、奇妙な空気が流れる。相手を思うあまり、

 何と言葉を続けてよいか分からない。…2人ともマゴマゴしていた。

 無言のまま、時間だけが過ぎる。

 

 そこへ水をさすように、アンティノーラだけがやって来て、馬鹿丁寧なお辞儀をしてみせる。

 先ほどは、結構なものを見せて頂きましたっ

 シエスタは返す言葉が無い。ロードは慌てて側にある医療廃棄物の処理などを始める。

 アンティは構わず、用件を切り出す。

 

  今日は3人の死体検分を午前中に済ませていただきたい、との事です。

  7分後に自動担架で此方に搬送されますので、宜しお願い致します

  分かったわ。婦長はICUの重体患者をお願い。何かあったら呼ぶから

  では、失礼します。

 敬礼すると、アンティは2人に背を向けた。

 ほどなくして、遠ざかる彼女の肩が震えているのが見えた。恐らく、笑っているのであろう。

 

 婦長が立ち去ると、シエスタはロードに向き直った。

 解剖室に行きましょう。

 

 ロードがうなずく。 2人は解剖室に向った。

 


  〜第17話〜 「死体は語る

 

 歩きながら、シエスタはロードに対して語る。 

 

 貴方、“表情”が出るようになったのね

 静かだが その声は喜びに満ちていた。

 …貴方の優しい“表情”はきっと誰よりも温かみがあると思うの、

 だから、そんな難しい顔をしないで

 

 分かった。お前の言う通りにする

 ロードのお決まりの台詞が出た途端、2人の間に漂っていた気まずい空気は消え失せた。

 彼のこの言葉はいつの間にか、2人の間を魔法のように取り持ってくれる、合い言葉のようになっていた。

 2人は互いに笑みを交わし、目的の部屋に入室した。

 

 部屋の中には1人の少女がいた。

 目の前の少女は、シエスタに対して無邪気に笑ってみせた。

 シエスタはそれが誰か分かると、全身を凍り付かせた。

 あら。お久しぶりね

 ニ、ニルヴァーナ先生……

 

 シエスタは、恐る恐る尋ねた。

 どうして、解剖室なんかに…

 あぁ。素材の鮮度を確かめていたのよ。

 そう言うと彼女は、担架に載せられた死体を指差した。

 シエスタの顔が青くなる。

 

 フフフフ……かわいいわよ、貴方

 ニルヴァーナは、年上のシエスタをあやすようにそう言うと、ひとり解剖室を後にした。

 

 …今の娘、何者だ?ただならぬ気配を感じたが

 生命合成科の、ニルヴァーナ先生よ……

 

 出来る限り平静を装いながら答え、彼女は担架の遺体に顔を向けた。

 検分を始めなきゃ…

 シエスタの顔つきが変わる。

 医廃物処理が終わったら、貴方は適当に休んでいて。

 分かった

 

 最初3遺体に対して敬礼し、黙祷をささげる…

 シエスタは検分前に、これを欠かした事がなかった。…長い黙祷の後、漸くカルテを手にする。

 グスタフさん…

 グスタフというプレートの掛かった担架を探してもう一度、

 カルテに視線を落とす。

 …“男、39歳、予備軍不正規隊隊員”…予備軍不正規隊…?

  聞いた事がないわ…“暗黒星雲調査中に死亡”…

 

 思わず涙がこぼれ落ちる…今まで数多く検分した遺体の死亡場所が、全て“暗黒星雲”

 だからだ。そしてこの遺体もまた、あの少女の手にかかり生物兵器にされるのかと思うと……

 

 シエスタは、思わず作業を中断した。

 死体検分は犯人…タキ死ード仮面の攻撃手段の判明と、

 対抗機器の開発への貢献が目的である。しかし、これまでに自分は

 一体どれぐらいの成果を挙げれたというのか。

 全く見えてこない、タキ死ード仮面の攻撃手段。

 自分のしていることは、無意味な事ではないのだろうか。

 

 だが中の遺体を一目見た途端、彼女の口から思わず驚きの声が漏れる。

 

 致命的外傷がない…けど、所々皮膚が壊死している…これは、凍傷…?

 

 遺体の皮膚の壊滅状況が凍傷III度に酷似していた。しかし、こんなケースは初めてである。

 …切開検分をすれば、何か分かるかも…

 カルテ裏に“切開検分が必要と判断し、実行す”

 と記そうとした時、人の気配を感じて振り返った。

 

 …あらロード、執刀室に入っちゃ駄目じゃない…これから血や内臓を見る事になるのよ。

 心配ない

 ロボは主人の眼を正視し、言葉を続けた。

 切開検分も必要ない

 素早く左前腕部のみを鉄騎兵型…ガントレット状に戻すと、

 指から吸盤めいた物体を出し、それを手掌ごと遺体の頭部に密着させる。

 私には、生死不問で脳細胞から情報を採取し、分析する機能も備わっている

 

 すると彼の頭部辺りからピッピピッ…と、小さな電子音が数秒間断続的に鳴り続く。

 呆気にとられて、その様子を見つめるシエスタ。

 電子音が聞こえなくなると、ロードは喋り始めた。

 

 この男は、死角から精神混濁ガズを吹き付けられ、自由を失った所を数回、

 急速に冷凍され、それによる心筋麻痺で死んだ様だ。混濁ガス察知から絶命までの時間が

 短か過ぎて思考が働かず、衝撃の確認記録しか情報として残っていない

 れ、冷凍方法は?

 

 超高性能戦闘用ロボの驚異的能力に驚きながらも、シエスタは

 今まで最も知りたかった事を聞いた。

 それさえ分かれば、殉職者の増加をくい止めることも出来よう。

 

 恐らく冷凍拘束磁力壁と、強力雪嵐噴射装置を交互に受けたのだな。

 これらは丁度“罠”のように、何処かに設置されていたようだ

 “罠”ですって?!

 女医の声には、怒気が混じっていた。

 

 やはりそうだったのね。タキ死ード仮面は最初から殺人が目的で仕掛けを作って…!

 統治者の政治方針に許せないものがあるが、

 今はそれ以上に、罠を用いてまで人を殺め続けるタキ死ード仮面の方に、

 静かな怒りをシエスタは覚えた。

 


  〜第18話〜 「悪魔の映像

 

 暫くして、ドアをノックする音がした。

 失礼します。

 解剖室控側のドアから入室して来たのは、婦長アンティノーラだ。

 

 両手に缶と瓶、

 そして何かのテープをのせた丸盆を持っている。彼女は控室から声をかけた。

 ちょっとシエスタ、いらっしゃい。

 …どうしたのよアンティ?

 怒りの冷めないシエスタは、多少苛立ちながらここへ来た理由を尋ねた。

 

 今日の3遺体、検分の必要がなくなったわ。

 …えっ?

 既に1体の検分は終了してしまったが、

 どういう事か分からない。

 まぁ、まずは缶で悪いけどミルクティー飲んで落ち着いてよ。 あ、アンタは…

 

 アンティは瓶をロードに差し出した。

 アーツ君は、アルコールだったよね。

 

 ど、どうしてそれを…?

 シエスタは驚愕した。

 どうしてってアンタ、伽型は“本業”にしかエネルギー消費しない、

 安価なアルコールのみで動く低エネロボでしょ〜がぁ!

 ホッと一安心するシエスタ…。

 一般の伽型が、ロードと同じくアルコールしか摂取しない事を、シエスタは知らなかったのだ。

 

 そ・れ・に、

 上司に顔を近づけるアンティ。

 …薬局のバレッタから聞いたわ。

 アンタ、無水アルコールを2週間弱分の燃料だって、1ダース買ったんだって?

 詰所じゃアンタの夜の噂でもちきりよ〜☆

 

 説明しよう。 最新型戦闘ロボであるロードの1日に必要な燃料は、

 アルコール500ml、無水アルコール1ダースで12日分の燃料となっている。

 …ところが、一般の伽型の1日所要燃料量は、

 せいぜいその半分の250ml、無水アルコール1ダースならば、24日分に相当するのだ。

 つまり、“無水アルコール1ダースで2週間弱”というのは、

 1日に通常よりも遥かに多い燃料を消費しているという事であり、

 これはきっと、毎晩相当激しく………という仮説が成り立つのである。

 

 (ブッ…)

 シエスタは、自らがロードと行為におよんでいるところを想像してしまい、

 思わず赤面しながら吹き出してしまった。

 あはははははっ 無意味に何度もアンティの肩を叩きながら、

 シエスタは笑い狂っている。 

 

 ちょっ…、ほ、ほんとなの!? えぇ…っ アルコールを一切全部、その用途に使ってるわけ?

 ふふふふふ、どぅかなぁ。

 

 妙に落ち着いているシエスタ。それに対してロードはというと、

 先ほどの言葉の意味を理解したのか、激しく動揺してしまっている。

 

 ………あんた達、どっちがロボットか分かんないわヨ

 

 …まあ、その話は置いといてと…。

 アンティは盆の上にある黒いテープを手にした。

 

 …これを見て欲しくって。たった今、特番で全国に流れた映像よ。

 内容はね、タキ死ード仮面が、実際に人を殺しているところを捉えたものなの。

 え……ほ、本当なの!?

 恐らくね。これで、タキ死ード仮面のやつがどんな恐ろしい手段で人を殺しているか、

  よく分かるわ。……見てみる?

 

 シエスタは迷ったものの、真剣な表情で答えた。

 ……見るわ。

 でも大丈夫?アンタ弱いでしょ、グロイのは…

 見なきゃいけない、そんな気がするのよ。

 ふぅ、分かった。アーツ君はロボットだから大丈夫よね。それじゃ…

 

 アンティはビデオを再生した。 画面が乱れ、特番の音楽が流れ始めた…

 

 番組の途中ですが、政府緊急報道特別番組を放映します。昨日、政府の宇宙

 地学調査隊が某星雲区域を調査中に、タキ死ード仮面なる反逆者に一方的に抹殺

 される瞬間を、カメラが捉えました!!

 

 …政府は自分達の不可解な行為を棚にあげておいて、

 タキ死ード仮面の残虐性を国民に示す事により、不満の矛先を変えようというのだろう。

 シエスタは、裏に政治的意図が含まれているのを少なからず感じた。

 

 尚、映像には非常に残虐なシーンが含まれています。

  お子さま、もしくは老人、並びに心臓の弱い方は、これからお見せします映像をご遠慮下さい

 

 その後、少し間を置いてから、

 アナウンサーが <映像をどうぞ> と言うと、すぐに画面が変わった。

 

 黒服にアイマスクの男が、シエスタがたった今検分を行っていたグスタフを、

 ロードが言った通りの方法で殺すシーンが映し出された。

 

 <ぎゃあああああぁぁぁぁ・・・・>

 

 その後シエスタが検分する筈だった、残り2人のうち1人が、画面に続けて映し出された。

 そしてその男の前に、タキ死ード仮面が立ちはだかる。

 

 ガードストーンの聖地であるこの星雲に、あの不届き者の軍が

  入る事は許さない!  木馬にかわってぇ…お仕置ヨォ!

 男のほうへ、巨大な歯車が迫り来る。

 

 いやぁああああああ!!

 

 シエスタは目を覆ってしまった。

 ……シエスタ?

 

 アンティは、シエスタの呼吸が止まりかかって痙攣していることに気が付き、

 急いで救援を呼んだ。

 あぁ、やっぱり!

 緊急! 救急外来医局長が解剖控室で呼吸困難を起こしたの! 空いてる看護婦、

 急いで緊急セットを持って来て! あと、静穏薬も!

 


 〜第19話〜 任務と仕事と

 

 シエスタの発作は、婦長以下看護婦達の手当てで落ち着いた。

 婦長。

 准看護婦のレスフィーナが、紙を一枚手にしやって来る。

 先生の早退届、許可が下りました

 ご苦労さま。私は医局長をタクシーで家まで送るわ。

 アンタはライザ副長にあたしの代行を頼んでICUの方を…

 あと、執刀室の遺体、霊安室に移動お願いね。

 はい!

 と敬礼して、レスフィーは去っていった。

 

 そして、アーツ君!

 今まで呆然としていたロードは、偽名を呼ばれてハッとした。

 もう、伽型ロボはこれだから…。さ、あんたの女王様運んでお家に帰るわよ!

 

 アンティはシエスタの家に何度か訪れた事がある為、

 安易に彼女の部屋の前まで行き着くことができた。

 

 シエスタもわたしみたいに家事用のロボちゃんを買えば、部屋が綺麗になるし、

 朝晩の食事も満足出来るのにねぇ…

 アンティはシエスタの部屋の惨状を知っていた…ただし、それはロードが来る前の状況であるが。

 伽型より、ずっと得なのにさぁ。

 無言でシエスタを抱きかかえているロードに構わず、好き放題な事をいう。

 

 アンティが鍵を開け部屋に入ると……中の様子に驚かされた。

 

 ……こりゃ…綺麗だわ…!

 

 しばし立ちつくし、ロードに尋ねる。

 なにこれ、アンタがやったの?

 ロードの返事を待たずに、余計な一言。

 500万の伽型、か……

 

 シエスタを寝室のベッドに寝かせた後、アンティは彼女の血圧や脈拍、体温など

 バイタルサインの確認をし、異常が無い事を確認した。

 そしてロードに言った。

 

 アンタ、女王様が起きたら、この紙袋を渡して…本人、使い方知ってるから、

 ただ渡すだけでいいわ。食事はあっさりめの、のど越しの良いやつね…

 食べ易いからさ。それと…

 アンティは話しながらシエスタの方を見る。

 

 …シエスタね、こういう事は珍しくないの。

 前から観血的なやつ…手術とか、さっきの映像みたいのとか…

 そういうのに弱いんだけど、外科医として最高の腕をもってるから、

 他の科に転属が許されなくてさ…最初のうちは手術終了ごとに、ぶっ倒れてたもんなのよ。

 コイツ、起きたらきっと落胆してると思うの。だから、アンタなりに優しく慰めてやってね。

 分かった。貴方の言う通りにする

 

 「貴方」と言われ、照れながら道具をしまい、病院に戻るため歩き出すアンティノーラ。

 それを見送るロード…

 しかし彼女は途中から、こちらに背を向けたまま早足で戻ってくると、

 慰めるっていっても、言葉でよ、こ・と・ば!

 一言それだけ念を押し、再び去っていった。

 

 ロードはシエスタの傍らに腰をかけたまま、ロボ販売所の店主・ゴッドフリートに

 連絡を取った…彼には足跡を残さずに相手のパソコン、その他通信器具にアクセス出来る、

 “傍受防御付通信装置”が付いているのだ。ゴッド爺に、彼が内密に遺体から採取した情報…

 タキ死ード仮面の罠の詳細から、その目的、統治者が下した命令や、

 遺体が知る限りの政府の現状など…を報告する為である。しかし爺が留守だったので、

 彼の用いているパソコンに特殊メールを送付するだけに留まった。

 

 夕方…目を開けたシエスタの視界に、自分の寝室の天井とロードの顔が映った。

 ああ…此処は…

 お前の家だ

 うぅん…ロード…

 ロボを呼ぶ主人の眼は涙に溢れていた。

 私の職業は医者なのに…人を助けるのが仕事の筈なのに…

 己を責めることはない

 ロードは優しく言い聞かせるが、シエスタの動揺はおさまらない。

 

 ……今までタキ死ード仮面により殺された遺体から…ろくな検分を出来なかった為に…

 多くの兵士を救えなかった…でも、今日の番組のように……事件の現場を、

 捉えることができるのなら……わたしは、何のために検分をやらされているのだろう……

 

 あの映像を手に入れるのにも犠牲が払われているはずだ。

  お前があの日検分する筈だった遺体は3体。2体は、映像に映っていた2人のものだ。

  では、残りの1体は……恐らく、あの映像をカメラに収めた人物の

 ああああぁぁぁぁ!!

 

 ロードの言葉を遮って、シエスタは悲鳴をあげる。

 …………わたしが、わたしがしっかりしないから、政府は、死因を知るため、

 調査員が死ぬのを覚悟で、カメラを持たせて現地に派遣したのよ! あぁぁぁぁッ

 

 調査員がそんなものを持って現地に赴くとは思えないが……はっきりしていることがある。

  いいか

 ロードはシエスタの両肩に手を置き、強く言った。

 

 お前も感じたはずだ。政府は、国民にタキ死ード仮面の残虐性を見せつけたい、

  それだけのためにあの映像を提供したのだ。恐らく、対抗兵器の新開発など

  真剣に考えていまい。何故なら、対抗兵器自体は既に完成しているからだ

 どういう、こと……?

 

  私が、奴への対抗兵器なのだ

  !?

  シエスタに衝撃が走る。そう、ロードは国家機密の軍事ロボットなのだ。

  しかし彼女は、彼が何のために作られたのか、それを真剣に考えたことは無かった。

  タキ死ード仮面は、鉄騎ロボはクーデターの為に造られたロボットだと言っていたが…

  確かにロードの戦闘能力ならば、あの男に勝てるかも知れない。

 

  そう考える理由は…?

  確証は無い。しかし、現在政府が私を懸命に探しているのは、

   他にタキ死ード仮面への対抗手段が見つからないからであろう

  それで、どうしたいの……?

 

  シエスタは、答えを聞くのが恐ろしかった。

 

  ……私は、政府に出頭するつもりだ

  ダメっ!!」 

  彼女は大声で叫んだ。

  政府の人間に渡れば、どんな扱いを受けるか分からないわ。

   もっと別の、恐ろしい目的で貴方を使うつもりかも知れない…!

  私の事は心配ない。それより、心配なのはお前の身だ。

   私が今まで、独りで身を潜めていたことにするとして、

  何故!?何故そんなことをするの!!」 

 

  ……私もこれ以上、タキ死ード仮面の横暴を許すわけにはいかないのだ。

   政府が今の方針を変えようとする兆しが 少しも見えない以上、無駄な犠牲をなくす為には、

   誰かが行動を起こす他ない。違うか?

  ロードの言うことは間違っていない。しかし……

 

  これは、お前の為なのだ。これ以上、私はお前の苦しむ姿を見たくない

 

  その言葉を聞いたシエスタは、急速に熱い想いがこみ上げてくるのを感じた。

  思わず口から言葉が出る。

 

  馬鹿。 

  静かに起きあがると、ロードのもとへと進んだ。

  わたしの為だというのなら……そんなこと、しなくていい

  彼の首筋に 両腕を回す。

  その代わり、どこにも行かないで。わたしを、1人に……しないで………

 

  彼女は、自分の頭をロードの胸へと深く沈めた。

 

  ………ロードは何も言わずに彼女を強く抱きしめ、

  少しでも軽率な行動をとろうとした己を、

  恥じた。

 

 

  しかし、熱い時を過ごす2人をよそに、

  またもテレビでは大変な緊急告知がなされていたのである!

 

  <鉄騎ロボ“Lo”の兜が外れる、という事実が新たに判明しました。これが

   “Lo”の素顔です。この人物を見かけた方は、すぐにご連絡下さい。繰り返します> 

 


 〜第20話〜 「盲点」

 

 ここはアレンダルにある人造人間製造所。

 現在、宇宙での任務を終え、地球に戻ってきたスパイラルが、

 鉄騎ロボ“Si” “Ce” “La”制作の視察に

 訪れている。と言っても、「視察」と呼べるほど悠長なものではないのだが。

 いっこうに進まない鉄騎ロボの制作に、彼女の苛立ちはピークに達していた。

 

 それより彼女が気がかりなのは、親友のセシリアの事だった。

 未だ“Lo”が発見できていない。もう、マルガリータが指定した日まで2日しかないのだ。

 期限を守れなかった場合、セシリアの身はどうなってしまうのか。

 今の地位を追われるだけではすまされまい。恐らくは、……殺される

 自分は何かしてやれないだろうか……あれこれ考えてみるものの、

 良い策は思いつかず、彼女はただ5人の作業員を睨み付けていた。

 

  前回も紹介した、ヘルシング、アッテンボロー、ムーングラム、ドルジェフ、ペールゼンの5人である。

  5人とも、決して作業をサボっているわけではない。後ろからスパイラルに睨まれていたのでは、

  恐くて作業がはかどらないのだ。

 

 あぁ、恐いなぁ……早くどっか行ってくれないかなぁ。

 とヘルシング。

 あいつも“Lo”探しに行けってんだ!まったく

 とアッテンボロー。

 よせ、き、聞こえたら、こここ、殺されるゾっ

 焦り気味のムーングラム。

 無理だヨォ、俺ら弟子達だけじゃ、鉄騎ロボなんて作れんよぉ

 泣きそうなドルジェフ。

 いったいどこに行っちまったのかねぇ、チーフは…

 そう言うのはベールゼン。

 

   5人は、人造人間製造所のチーフである男、「トーレ」の弟子達である。

   国の機械工業士は数自体が少ない上に、大部分は建設中の宇宙基地「ジェノサイド・アイ」の

   開発にあたらされている。現在、ここでの作業員は彼ら5人だけなのだ。   

 

   もともとこの製造所は、軍事工場では無かった。確かに人造人間を造ってはいたが、

   それらはいずれも社会福祉や公共のために造られたものである。

   だが統治者の妻・マルガリータがそのポテンシャルに目を付け、国の軍事工場としたのだ。

   つまりこの5人は、もともと軍人ではない。態度が悪いのもその為である。 

 

   その製造所の主でもある「トーレ」だが、数日前に失踪している。

   また、ここで造られ、保管されていた“Lo”も、全く同時期に紛失しているのだ。

   ヒソヒソ話を始める5人。

 やっぱり、チーフが“Lo”持って逃げちゃったのかな?

 あぁ。可能性としては大アリだな…。

 “Lo”探すんなら、チーフを探したほうがいいのによ!

 

   “Lo”は、あれだけ目立つ外観を持っている。誰かが隠し持っているのは明らかなのだ。

   しかし、国中の家宅捜索は既に9割が終了している。セシリアの部下達は皆プロだから、

   見落とすということは考えられない。…ならば、“Lo”は何処に行ってしまったんだろう?

   トーレの行方も全力で探しているらしいのだが、「繁華街近くで見た」

   という目撃情報以外、有力な手掛かりは無いそうだ。これほど探して見つからないとなると、

   トーレは顔を変えたか…? それが本当なら、この線を頼りにするのも怪しくなってくる。

              

  あぁぁ、トーレはともかく、どうやったらあんなロボットを隠しておけるわけ!? 

  あのぅ、スパイラル様よォ。 

  何よ!?

  “Lo”は姿形を自由に変えれるって事、知ってるべ? 

  はいはい、知ってるわよそれぐらい! でもね、人型以外の形になってたら、探知機で

   ひっかかるのよ。でもそれが全然無い。ってことは、人型でいるってことなのよ。

   つまり、あの鎧姿で! あぁ〜もぅ、わけ分からない!!!

  じゃあ、鎧・兜の着脱ができるかも知れないってことは、知ってるべか?

  あぁぁ、それぐらい……って、何それ何それ??

 

  実は“Lo”って、トーレさんが造った一番完成度の高い人造人間を、武装化したものなんです。

  それで? 

  だ、だから、装甲とか、もし外れるとし ししたら、ふふ普通の人型に、ににに

  戻ってるかもしれないんですよ。……知りませんでした?

 

  なっ、なんでそんな大事なことをだまってたのよ!!? 

   (聞かれなかったから……)

 

  貴方、“Lo”の素顔、どんなだか分かる? 

  確かチーフが……死んだ息子さんに似せて造った、ていう話でしたよ。

  僕、息子さんの顔知ってます!

 

   やった、ビンゴよ!! きっと、この顔でうろついているハズだわ!!

 

  こうして、あの緊急告知が流されることになるのである。

 


 〜第21話〜 「凶兆

 

 所変わり、ここはマンションにあるシエスタの部屋。

 

 翌日……あれから幸いにも、シエスタの体調は幾分落ち着いた。

 彼女はロードの反対を押し切り、出勤することにした。

 

 それは、軍属病院院長直々の呼び出しを受けたからでもある。

 ロードは自分を連れていくことを条件に、彼女の出勤を許可した。

 2人は、昨夜テレビで恐ろしい内容の緊急告知がなされていたのを、知る由もない。

 

 

 院長室に行く前に救急外来看護婦詰所に寄ったシエスタは、部下達に囲まれた。

 …大丈夫ですか、先生?

 も、もう出勤しても平気で?

 ロードは微笑した。

 昨夜、シエスタの容態を心配した多くの看護婦達から、電話がかかって来たのだ。

 それに応対してみて、ロードはシエスタが部下達に厚く慕われている事を 知ったのである。

 

 わたしは大丈夫よ。どうしたの、みんな。心配しすぎじゃない?

 シエスタは笑って答える。

 しかしロードはこのとき、看護婦達が皆そわそわしていることに気付いた。

 まるで、何か気まずいことを隠しているようである。

 そういえばこの事は、昨夜電話の応対でも少なからず感じたのだが…。

 

 ーツも居てくれたし。…私は院長に呼ばれているので、少しここを留守にするわ。

 婦長を中心にICU患者の看護をお願い。何かあったら呼んで。

 …アーツは、救急外来エリアの掃除と医廃物の処理をお願いね。

 各自に指示を出し、シエスタは詰所を後にした。

 …あっ、ちょ、ちょっと…

 

 シエスタが去った後、詰所には、ロードと看護婦達が残された。

 誰もその場から動こうとしない。異様な雰囲気に、ロードは困惑した。

 これは一体……?

 

 そして遂に看護婦のひとりが口を開き、彼に驚愕の事実を伝える……。

 

 入りたまえ

 院長室のドアをノックしたシエスタは、許可を得て中に入る。

 彼女は、豪華なデスクに向って座っている初老の男に敬礼した。

 

 救急外来医局長シエスタ、只今参りました。ヴェルギリアス院長、何の御用でしょうか

 うむ。最初に聞くが、例のアーツ君はどうかね? ちゃんと機能しとるか?

 はい、お陰様で。院長が彼をここに置くことを許可して下さり、感謝の気持ちでいっぱいです。

 そぅかそぅか。まだアーツ君には会っておらんが、伽型だけに、さぞかし美形なのじゃろう?

 

 シエスタは苦笑した。 どうやらこの2人、例の騒ぎについては知らぬようである。

 

  今日呼んだのは他でもない。今度の医学会研究発表は、お前に頼もうかと思ってのォ

 

 “学会発表”と聞いて、シエスタは少々暗い気持ちになった。

 

 院長は引き出しから乱暴に1冊の資料を取り出し、シエスタに見せた。

 お前には、有毒細菌“ゴア”に関する治療法を研究して欲しい

 

 有毒細菌と聞いて、シエスタは1人の人物を連想した。

 ニルヴァーナである。彼女の生物兵器も、恐らくは有毒細菌により

 造られたものだからだ。それにニルヴァーナは、このヴェルギリアス院長の養女である。

 娘の事を下手に公にしたくないのか、あえて院長は自分に頼んでいるであろう。

 それに、ニルヴァーナが何らかの告げ口をしたことも考えられる。

 果たしてこの研究が、悪用されない保証はあるのだろうか…。

 

 それは私の専門ではありませんし、

  もっと優秀な専門家が他に…

 上手い口実で断ろうとすると、怒号が響いた。

 

 馬鹿者ぉおおおおおぉッ!!

  びくッ

 シエスタは体が吹っ飛ばされそうになった。そんな華奢な彼女の体を、

 容赦なく怒号の嵐が襲い掛かる。

 お主ほどの医学者はこの病院には居らんのじゃッ!!

  あのエリシュオンの馬鹿めが院長の、国立AUO病院に負ける訳にはいかぬ!

  それになんじゃ、ワシ直々の推薦を断る気か!?

  アーツの配属を、許可してやったじゃろ!!

 あっ…

 

  頑固なヴェルギリアスが、すぐに許可してくれたのは不思議だった。

  それには、こういう裏があったのか……。

 

 ワシの病院が今回の学会発表で優秀な成績を残せたら、マルガリータ様がワシを

 元帥に…元帥にしてくださるのじャぞ!!

 軍医は軍隊階級の待遇がうけられ、シエスタは少佐、ヴェルギリアスは中将だった。

 とにかく、辞退は認めぬ!!

 ピシャリと言いつけられてしまった。

 

 救急外来に戻ったシエスタは、今日は特に死体解剖もなく、

 今現在急患もいないので、ICUに寄らず、医局隣の資料室に入った。

 そこでバッタリとロードに出くわした。

 

 ここにいたのか!!

 

 あぁロード。ちょっと聞いてよ、猛毒細菌に関する研究…危険すぎるでしょ。

  断れば、左遷されるかも知れないんだけどね。

 

 そんなことより!大変なことになってしまったのだ!!

  い、いったいなんなのよ?

 

 主人の言葉を聞いてロボが口を開こうとしたその時、

 スピーカーから緊急通告が流れた。

 

 <緊急通告です。市街地にタキ死ード仮面が出現しました>

 

  どうやら、もっと危険な事態が起こってしまったようね…

  くっ、このままでは一般市民が危ない

  ロードは、話を中断させられた。

 

 ま、まさか…タキ死ード仮面でも、無抵抗な一般市民に対してまで

 殺戮は行わないでしょう…

 いや、一般市民を巻き込む恐れがあるという意味だ!

 

 <軍の施設が狙われる恐れがあります>

 

 そこまで聞いた時、シエスタはロードの言葉の意味が分かった…

 早急に出窓にあるマイクのスイッチを入れ、直ちに指示を下した。

 

 救急外来看護婦長、大至急クリスティーナ総合病院に連絡、

 ICU患者全員の一時保護を依頼してちょうだい!

 主任以下救急外来勤務の全員で、ICU患者全員、クリスティーナ総合病院まで避難させるわよ!!

 

 スイッチを切ると、ロードに向き直った。

 ロード、私達も患者さん達の避難を手伝うわよ!急ぎましょう!!

 


 〜第22話〜 「軍事病院襲撃

 

 …婦長アンティノーラの的確な情報提示と、シエスタの適切な現場指示によって、

 ICU患者はどうにか全員、素早くクリスティーナ総合病院に避難する事が出来た。

 シエスタは院長クリスティーナに心からの礼を述べると、部下達に向き直った。

 

 今日の当直のライザとレベッカを除いて、他の者は解散。明日からは避難

 指示が解除されるまで、当直表に従って此処ICUに出勤する様に。

 軍の施設には近寄っちゃ駄目よ。それと婦長、レスフィーナ…

 

 名前を呼ばれたアンティとレスフィーナが返事をすると、

 …貴女達のお家は軍施設の近くにあるから、今日から避難指示解除まで私の家に泊まるといいわ。

 そうシエスタが勧めた。

 

 いいの? あんたとアーツ君との楽しみが…

 …冗談言ってる場合じゃないわよ。2人とも、遠慮なく泊まりに来てちょうだい。

 へ〜い

 シエスタは、アンティに合鍵を渡した。

 

 では解散。ご苦労様

 敬礼を交わし、一同解散する。

 

 敬礼さえなければ、私達と同じ感じがするけど…

 側で見ていた院長のクリスティーナが、シエスタに歩み寄った。

 

 貴女は、帰らないの?

 

 わたしは…今から軍属病院に戻ります

 

 ええっ!? なにっ!?

 

 クリスとロードは、同時に耳を疑った。

 担当の患者さんの避難はお陰様で無事に済みましたが…

 他病棟の患者さんのお手伝いをしないと…

 ならば応援が必要だろう、何故部下を帰した?

 

 みんなの身に危険が及んでも困るわ…これは、私自身の判断なんですもの!

 持参していた携帯処置キッドを背負い、シエスタはクリスに一礼すると、出口へと一目散に走っていった。

 突然の事態に驚きつつも、半ばこの事を予想していたロードは、一礼した後やはりシエスタの後を追った。

 私も、連れて行け!!

 

 軍属病院に戻ったシエスタとロードは、大混乱の現状を目の当たりにした。

 タキ死ード仮面の攻撃を受け、病院は既に廃墟と化していたのだ…

 あちこちで火がくすぶり、建物内を不気味に赤く染めている。

 

 シエスタ達は間一髪だったのだ。“軍の施設”といっても、

 まさか病院までは襲わないだろう、と予想していた結果が、これであった。

 

 …ロード、建物内に生命反応は?

 ……駄目だ。良く分からない。しかし僅かながら、何処かに生存者がいるようだ

 

 彼女は少佐待遇の軍医…といっても“ヒラ”同然であった為、

 病院全避難命令など出す身分ではなかった。

 ただ、自分の部署では最高位であった為、ICUのみの避難指示を出す事が出来たのだった。

 


 〜第23話〜 「プライド

 

 ロード、申し訳ないけどクリスティーナ総合病院に応援を呼んでおいて。

 …………大丈夫なようだ。何名か手配してくれるらしい 

 

 ありがとう!先にわたし達で建物内を探索してみましょう。きっと生存者がいるはずだわ。

 分かった

 

 ロードと共に歩き出そうとした、まさにその時だった。

 せ、先生……。

 弱々しい声と同時に、フラフラとこちらに近づいてくる人影がある。

 なんとそれは、全身に傷を負ったクレアヴィルではないか!

 

 クレアヴィル!!

 2人は、急いでヴィルのもとへと駆け寄った。

 大丈夫?しっかりして!

 へ、平気です。カスり傷ですから……あっ……

 強がってみせたヴィルだったが、バランスを崩し、シエスタのほうに倒れ込んだ。

 シエスタは、どうにか倒れてきた彼女の身体を受け止めた。

 

 すみません……

 いいのよ。それより、無理しちゃ駄目じゃない………きゃあっ!?

 シエスタは思わず悲鳴をあげてしまった。

 

 ヴィルの背中には、深々とが突き刺さっていたのである。

 そこから血が線となって、何筋も彼女の背中を流れている。

 美しい褐色の肌は、子供の落書きのような赤い線で侵されていた。

 

 非道い………!

 シエスタは慎重に彼女を座らせた。

 矢は心臓からは離れているものの、下手に引き抜けば

 かえって彼女の身体を傷付けてしまいかねない。

 結局、応急処置を施すことに留まった。

 

 うっうっ………

 ヴィルが声を出す。泣いているのだ。

 痛いのね……かわいそうに……ロード、早く彼女を外に連れ出しましょう。

 ロードが彼女を抱きかかえようとしたその時、彼女の口から信じられない言葉が出た。

 

 いいんです、先生……どうかわたしを……ここで、死なせて下さい……

 

 な、何言をってるの!?

 ぽつり、ぽつりとクレアヴィルは語りだす。

 

 わたし……警備担当の軍人だというのに……

  侵入者……タキ死ード仮面の強さは、圧倒的で……まるで歯が立たなかった……

  やがて…わたし……軍人なのに……恐怖を覚えて、みんなを…残し……

  ひとり、逃げ出して来たんです……このまま生きていたんじゃ、

  先輩達に顔向けできません…どうか、軍人として…死なせて下さい……

 

 彼女は「軍人」という言葉を繰り返した。

 …クレアヴィルは自ら希望して軍人となったわけではなかったが、その勤務態度は

 とても真面目で、優秀なものだった。彼女のプライドが、このような言葉を言わせたのだろう。

 2人は、冷静にヴィルの告白を聞いていた。 そして最初に口を開いたのは、ロードだった。

 

  私も逃げ出してきた。…何から逃げ出してきたのかさえ覚えていないが…

   そのとき、何か大切なものを無くした事は覚えている。

    私はそれが何かを思い出すまで、停止……いや、死ぬつもりは無いのだ。

  ロードの意外な話を聞いたシエスタは、続けた。

 

 クレアヴィル……貴方は立派な軍人よ。今は、生き残った事を素直に喜ぶといいわ。

  でも生き残ったからには しなければ いけないことだって、ちゃんとあるはずよ。

  ……先輩達は、最後まで立派に戦ったんでしょう? その事を、貴方は人々に伝えなくていいの?

 ヴィルは、はっとしてシエスタの顔を見つめた。

 

 それに、まだ先輩達が死んだと決まったわけじゃないわ。そうでしょ?

 …弱々しく頷くヴィル。

 大丈夫よ!希望を捨てないで。必ず探し出すわ。ロード、ヴィルの事をお願い。

  わたしは、先に建物の奧を見てくるわ!

 

 言うが早く、シエスタは走り出した。

 ロードは誇らしげな目で主人を見送ると、新たに流れ出そうな涙をこらえている

 クレアヴィルを抱きかかえ、出口へと急いだ。

 


 〜第24話〜 「院内での遭遇

 

 シエスタはひとり、火のくすぶる病院の奧へと進んだ。

 すると前方に、奇妙なものを発見する。

 

 ……何かしら、これは?

 

 目の前に、半透明の青い球体が浮かんでいる。

 シエスタが不審に思い、球体に触れてみたその時、

 

 危ネェ!!

 何者かが現れ、シエスタを突き飛ばした。

 直後、青い球体は(正確には、それがあった床が) 爆発した。

 びっくりして顔をおこすと、そこにはヴィルと同じく警備担当の軍人、

 バジェスの姿があった。

 

 バジェスさん!無事だったのね!

 ヘッ、俺みたいなフマジメ男が生き残るなんざ、神サンは何考えてるのかね〜。

 他の、みんなは?

 だいたいは無事だ!しかし、ブラッドレーとランスホーンの奴が……

 !!…………そぅ……

 ところで先生、こんなところに何しに来たんだい?

 決まってるじゃない。生存者の救助に来たのよ。」

 へへっ、こりゃいいや!戦場に舞い降りた白衣の天使って奴か?

 

 ずっと気持ちを張りつめていたシエスタは、バジェスの冗談が嬉しかった。

 生き残ったみんなの所へ、案内してくれる?

 ヘイヘイ、おやすい御用です天使さまっ

 

  バジェスに案内されながら、シエスタは先程の球体について聞いてみた。

 

 …ねぇ、さっきの球は何なの?

 あれか。俺にもよくは分からネェ。ハッキリしてるのは、見える奴と見えない奴が

  いるって事と、あれはタキ死ード野郎が仕掛けたもんだって事だな

 あ、あれが罠(トラップ)なの!?

 そんなん知らねェよ。とにかく、あそこから色々出してくるみたいだぜ、やっこさんは。

  それが見える俺はどうにか生き残ったし、あんたを助けられってワケだ。

 …ありがとう。

 

 すっかり感謝するのを忘れていたシエスタは、恐縮しながら礼を言った。

 バジェスが気にするな……と言おうとしたとき、目の前に

 見覚えのある、漆黒の男が立ちふさがった。

 

 まだ生存者がいたか!! 丁度いい!

 わたしが愛と正義の戦士、タキ死ード仮面だ!!!

 


 〜第25話〜 「対決!タキ死ード仮面

 

 今回の私の目的は、あくまで軍属病院院長ヴェルギリアス!

  奴の抹殺だ!! 君達が大人しくしていれば、危害は加えない!

  ただし、そうでない奴は木馬に代わってお仕置きだァ!!

  さぁ、院長がどこにいるか答えたまえ!!

 

 チッ、ヤベェぜ天使さま…って、おい!?

 

 シエスタは恐れずにタキ死ード仮面の前に躍り出て、彼を怒鳴りつけた。

 

 ……辺りをご覧なさい、これ全て貴方がやったのよ! 軍属病院に居たというだけで、

 何人の一般市民が巻き込まれたと思ってるの?

  どんな正義を掲げようとも、貴方はただの人殺しよッ!

 タキ死ード仮面は悪びれず、こう返した。

 

 キミは、奴の正体を知らないのだ! 

  奴は人権と人命を無視した極秘生命体製造計画を奨励し、

  私利私欲の為に医学観点から悪の研究を進めている!!

  奴を倒さなければ、ますます多くの人命が危険にさらされるゾ!

 そんなこと 知ってるわよ!!

 ほほぉ…では、何故彼をかばうんだい?

 

 わたしは……誰の死ぬところも見たくない、ただそれだけよ!!

  例え、それがあんただったとしてもね!! 勿論、今すぐブン殴るぐらいは したいところだけど!!!

 

 タキ死ード仮面は、凄い剣幕で迫る小柄な女医から、思わず後ずさりした。

 …フッフッフ、そんなに怒っては美人が台無しだぞ!!

  あんまり僕のやることに口出しをするのなら、死んでもらおうじゃないか!!

 彼が念じると、たちまち3つの球体がシエスタを取り囲む。

 

 ………あっ!?

 天使さま、危ねェ!

 フハハハハハハ!死ね〜〜〜〜ィ!!

 

 タキ死ード仮面が手を挙げようとした、その時!

 ひとつの砲弾が、タキ死ード仮面を吹き飛ばした!

 

 ボガアァァァァァァンッ

 な、なに〜!?

 

 シエスタの背後からタキ死ード仮面を吹き飛ばしたのは、

 クリスティーナ総合病院のミゲル医師だった。彼は医者として だけでなく、

 スナイパーとしても優れた腕を持っている。

 お前達、早く逃げンかい!!

 さらにミゲルと共に現れたのは、下手な男優より遥かに

 ナイスな空気を漂わせる、クール&ダンディな医者…クピード医師。

 怪我人は、どこですかな!?

 

 ……よく分からないが天使さま、俺は先にこの人らと

   生き残ったみんなを脱出させますわ。そんじゃ!

 え、えぇ。

 

 3人が退場し、その場にはタキ死ード仮面とシエスタだけが取り残された。

 

 ぐぬぬ……あいつら僕より目立ちやがってぇ……こうなりゃ、ぜったいお前を許さないぞぉ!!

 もはや、言っている事が支離滅裂だ。

 死ねっ!!

 しかし、彼が手をあげることは またしても叶わなかった。

 何故かあたりを暗闇が包み始め、夜のような暗さになったのだ。

 な、なんだこれは!? くそ〜っ

 

 早く逃げるのよん!

 声に従い、逃げ出すシエスタ。彼女を助けたのは、

 同じくクリスティーナ総合病院の、謎のセクシー女医・ジュデッカだった。 

 おおよそ医者とは思えない体格と服装をしたジュデッカは、シエスタを

 安全な所まで誘導すると身構えた。

 覚悟するのよん、タキ死ード仮面! ジュディーの闇治療を受けてみなさい!

 しかし、それを制する声があった。

 

  その役目、私に譲ってもらおう

  声の主に、シエスタは狂喜した。

  ロードっ!!!!!!

 

  タキ死ード仮面は ようやく明るくなってきた室内で目を凝らすと、

  そこにロードの姿を確認した。

 

 うん? お前は……統治者の欲望の結晶、“Lo”じゃないか!

  飛んで火にいる夏のロボとはこの事だ!! 覚悟しろっ!!

 

  下がれっ 

  ロードはシエスタとジュディの2人を後退させ、

  戦闘体勢をとった。

 

  燃え上がる院内で、今、まさに壮絶な戦いが始まろうとしている……

 

  (続く