「痒ぃ〜〜」
町内会から笹をもらってくると、みんな色とりどりの浴衣に着替えて待っていた。
「あ、お兄ちゃんお帰りなさ〜い!」
「おかえりなさい」
「ごくろーごくろー」
「お帰りなさりませ、ごしゅじんさま」
説明の必要ないだろうけど、上から順につばさ、美乃里さん、フー子、さくらまる。
(九重さんは門限があるから欠席ね)
「ただいま。あぁ、カイィー」
首の後ろを掻くと、美乃里さんが俺の手を押さえた。
「あらあら、ぷっくり腫れちゃって。見事に刺されたわねぇ」
「だから痒いって」
「掻いちゃだめ。傷が残るから。
つばさちゃん、痒み止めの場所わかるわね?」
「アタシが取ってくる。リビングのドロアー、上から二番目の引き出しでしょ」
「うん。ありがとー、フーちゃん」
「礼を言う奴が違う気がするけどー?」
「・・・・・・アリガトウ、フー子サン」
「よろしい」
なんとなく釈然としない気持ちで、リビングの窓際に置かれた蚊取り線香に寄る。
と、リビングに上がろうとしたフー子にジト目で睨まれた。
「浴衣のすそ、覗かないでよ」
もしかして脚を見られたくないのか?
「今さら隠さないでも見飽きてるって」
制服のスカートはあんな短いのに。
「スケベ日枝ー」
「ヘンな奴」
「うふふふ・・・・」
美乃里さん、くすくす笑いながら笹を物干し台に結わえてる。
何がおかしいのやら。
「最初は飾りの短冊ね。さくらまるちゃん、その束を持ってきて」
「かしこまりました。母御前(ははごぜ)様」
「美乃里ママ、踏み台は?」
「上の方は願い事を書いた短冊を付けるから、後でいいわ」
「は〜い」
「・・・おぅ、始めてるな」
親父が長風呂からやっと上がってきた。
片手にウチワ、片手に缶ビールで、すっかり夕涼みモード。
浴衣じゃないのが場違いに見える。
そう言ったら親父の答え。
「男がスネ毛を晒したって見苦しいだけだ」
・・・・・納得。
「それじゃあみんな、好きな色の短冊に願い事をかきましょ」
「「「はーい!」」」
美乃里さんの掛け声に元気よく応えて、それぞれ短冊を手に取る。
俺も一枚取って、あらかじめ考えてた願い事を−
スラスラ。
「出来た」
筆ペンの尻尾をこめかみに差してたフー子が、びっくりしてこっちを向いた。
「早ッ? 日枝、アンタなに書いたのよ」
「コレ」
「えーと、『○○o○○oー○゜が発売予定日に売られるように』−?
・・・・・・・・・・・・何これ」
つばさも俺の手元を覗き込む。
「○○o○○oー○゜?」
「夏発売予定のプレてんどーBoxソフト」
「お兄ちゃん・・・
一年に一度の願いがテレビゲームでいいの?」
美乃里さん、そうは仰いますけどね。
あのメーカー・・・・
一度も発売予定日を守ったコトないんです。
フー子が首を振った。
「あんた、即物的すぎ」
「うるさい。人の願い事にイチャモンつけんな」
こっちだってかなわぬ願いって知ってんだ(←知ってるのか)
「へーんだ。日枝がそう言うなら、あたしだって」
「フー子ちゃん、そういう考え方は違うと思うんだが・・・・・」
親父が苦笑混じりに忠告するけど、聞きやしない。
「よし、出来た!」
どこぞの副将軍よろしく、ばーんと短冊を掲げてみせるフー子。
その願い事は・・・・
「『○○ー○゛○○が完結しますように』・・・・ってオイ」
短冊には、先が見えないことで有名な大河ロマンのタイトルが書かれていた。
「だってあの作家、続巻だすのに平気で三年とか待たせるんだもん」
「それは知ってる。・・・・・・・いやでも、これはさすがに無理だろう」
あの先生じゃあ今年どころか、今世紀中でも終わらないんじゃないか?
その前に「先生が終わっちゃう」気もするが。
「いいでしょ、願い事なんだから」
「・・・・・・・・・勝手にしろ」
脚立に乗って、フー子と自分の短冊を笹に結びつける。
と、さくらまるが足元に来て、短冊を差し出した。
「妾(わたくし)もお願いしてよろしいでしょうか」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「ごしゅじんさま?」
「−ああ、結んでいいんだな」
「はい」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「お兄ちゃん、なんかフクザツな顔してる」
「いや・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
たまに思うんだけど、さくらまるって"神"の自覚がないんじゃないか。
おまえ立場上は願いを叶える側だろう?
「さくらちゃーん。お願いなんて書いたの〜」
つばさの問いかけに、俺は受け取った短冊をひょいと裏返した。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・お兄ちゃん」
「読めねぇ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
さくらまるの筆跡。
それは素晴らしく精妙にして流麗な達筆だった。
見事すぎて意味不明なくらい。
「あのさ・・・・・・・・コレ何て書いてあるんだ?」
「『永久(とこしえ)にごしゅじんさまにお仕えできますように』と願をかけましてござります」
「そ、そうなんだ」
一文字もわからないぞ・・・・・・・・
困惑顔でいると、さくらまるはいつもの笑顔で言った。
「読めねども無理からぬことかと。其は忘れ去られし神代字にござりますゆえ」
「ジンダイジ?」
「左様にござります。強い言霊(ことだま)を宿しておりまして、書いた事が必ず現実になるという−」
「書き直せ」
「え〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ?」
「当たり前だ!」
それは願いじゃなくて、ほとんど呪いだろ。
俺はその禍々(まがまが)しい短冊をきっちり燃やして、新しい短冊をさくらまるに押し付けた。
「どんな字体でもいいから、日本語で書けよな」
「・・・・はぁ〜い」
不満の残る様子で言いながら、さくらまるはさらさらと筆ペンを走らせる。
日本語でも彼女の手跡は、見た事がないほど鮮やかだった。
最後に残ったのはつばさ。
「うーん、どうしよっかな〜。どれにしよっかな〜」
マジックをかじりながらウンウン唸ってる。
「つばさ、まだかー」
「もうちょっとぉ」
さっきからそればっかりだ。
フー子がつばさの頭にポンと手をのせた。
「つばさ。どんなの考えたか、とりあえず言ってみ?」
「えっとね、『お兄ちゃんとキスしたい』って」
「却下」
即答。
「なんでー?」
「そんな恥ずかしい短冊をブラ下げられるか!
だいいちバレンタインデーにしてるだろ」
それも毎年。
「あ、そっかぁ」
「他には? つばさ」
「んー、『お兄ちゃんとずっと一緒にいられますように』」
「をいや、妾と同じでござりますね〜♪」
「ね〜☆」
つばさとさくらまるが顔を見合わせて笑う、けど。
「それも却下」
「えー!?」
「今でもベッタリなのに、これ以上一緒の時間を増やしてどーする」
授業と寝る時間を除けば、つばさと俺が離れることなんてないんだから。
「ぶぅー。それじゃ、『お兄ちゃんともっとらぶらぶになれますよーに』は?」
「却下!」
理由は言うまでもない。
「じゃ、『お兄ちゃんとの結婚式は6月にチャペルで』−」
「却下」
「『お兄ちゃんとのはねむーん・・・』
「却下」
「『お兄ちゃんとつばさの子供が欲』−」
「絶対ダメ」
結局みんなの援護射撃に負けて、俺はむちゃくちゃ恥ずかしいつばさの短冊を飾らされた。内容は訊くな。
あと、親父と美乃里さんの短冊は、二人して『みんなの願いがかなうように』だって。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
それだけは勘弁して欲しいと、切実に思う。
そんなこんなで一波乱ありながら、今年も七夕の夜が過ぎるのでありました、まる。
おしまい
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