「じゃ、良いおとしをねっ」
「よいおとしをー♪」
「また来年なー」
見送りの言葉を、ピコピコ揺れる跳ね髪に受けて、フー子が暗闇へ姿を消す。
しんとした街路に残雪を踏む音がひびき、少しずつ遠ざかっていった。
外に静寂が戻るのを確かめて、俺は玄関を閉じる。
錠の閉まる金属音に、注連縄(しめなわ)がかさりと乾いた声を重ねた。
「お兄ちゃん、さむいよ〜」
振り向くと、靴を脱いだつばさが両手に息を吐いている。
「そんなカッコで表に出るからだ。ほら、リビングいこーぜ」
「はーい」
肩を縮めたつばさの背中をつっつく。
上着もはおらずにフー子を見送ったつばさは、案の定、体を冷やしたようだ。
ぺたぺたとスリッパを鳴らすつばさを追って、俺もリビングへ急いだ。
居間にはまだ、カツオ出汁(だし)の香りがほんのりと残っている。
毎年恒例、年越しソバの香りだ。
一年の終わりを感じさせる空気の中、鳥倉おじさんと親父はしぶとく杯を重ねている。
久しぶりに九州から帰省したおじさんは、親父と話が尽きないようだ。
そんなオヤジ二人を脇に追いやって、美乃里さんがテーブルの片付けに立ち回る。
「見送りごくろうさま。お兄ちゃん、ドンブリ持ってね」
「へーい」
「つばさは〜?」
「つばさちゃんはグラスをお願いね。あと台拭き持ってきて?」
「はーい!」
ふと居間の隅に目を遣ると、誰にも顧みられないテレビの中で、有名な時代劇俳優がサンバを踊っていた・・・・・
明くる朝。
のんびりと昇ってくる初日の出を待っていられず、俺達は暗いうちから−
「くおるあああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!」
一騒動に巻き込まれた。
こんな早朝からヒトん家に怒鳴りこむような奴は、もちろん一人しか知らない。
「なんなのよ日枝!! この年賀状わあ−−−−−−−っっっ!!!???」
「なんだよフー子!? 朝からいきなり!!」
「なんだじゃないわよっっ!!」
血相を変えてウチに駆け込んできたフー子。
上着も着ないで、荒々しく息をしている。
全力疾走したせいか、怒りのせいか・・・たぶん両方のせいで、頬がリンゴみたいに真っ赤だ。
「まあまあ、フー子ちゃん。はい、甘酒」
「あ、ありがと・・・っ!」
フー子は美乃里さんの差し出した湯呑をわしっとつかみ、一気に口の中へ流し込んだ。
「ごちそさまっ!」
「どういたしまして。もう一杯いかが?」
「いただきます!!」
「・・・・・・・落ち着かせようと思って出したのに、ぜんぜん効果なしねえ」
「美乃里さん、おかわり−−−!!」
「はいはい・・・・・・どうしたの、フー子ちゃん?」
苦笑交じりに問いかける美乃里さんに、フー子はくるっと振り向いて手をつきつけた。
「だって日枝ってばヒドいんだもんー!! 信じらんない!!!」
「「???」」
フー子の手のひらには、一枚のハガキがあった。
絵柄だけ印刷されてて文は自分は書くっていう、よくある既製品の年賀ハガキだ。
↓ こんなの ↓
美乃里さんと二人そろって首を傾げる。
「俺が出したヤツじゃねーか。ちゃんと元旦についただろ、文句あるか」
まあ、追い込みの時期に書いたせいでちょっと手抜き(意訳:超手抜き)っぽいけどさ。
「ないわけないでしょ! 何よこれ!?」
「だから年始のアイサツだろ」
限界知らずでヒートアップするフー子に辟易(へきえき)しながら、言葉を返す。
「そんなのわかってるわよっ!! ここ見なさい、ここーっっ!!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
顔にこすりつけんばかりに迫るフー子の手から、ハガキを抜き取った。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
見間違えようのない、シンプルにしてメッセージ性抜群の名作年賀じゃねーか?
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
と、フー子がハガキの隅を、つんつんと指し示す。
「んだよ?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あー。
ここ、出す直前に赤ペンで速攻つけ足したんだっけ。
さすがに一言じゃ寂しかったからな。
「たしか『謹賀新年』ってヤツの最初の一字をド忘れてしちゃってさ、それっぽい字を・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
しいいいいいいいいいいいいいいいいいいん・・・・・・・・・・
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「あ、あれ・・・・・・・・・・・・・?」
「あれ、じゃない・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
じりじりとフー子がにじり寄ってくる・・・・
(あせあせあせあせあせあせあせ)
「このフー子様に・・・よくも・・・・・・・そんなモノ・・・・・・・・・・・」
「え、あ、いや、だからこれはー!」
「問答無用ー!!!!」
弁解の暇(いとま)もなく、フー子が爆発した。
「セクハラ!
エロガキ!!
ヘンタイ日枝ーッッ!!
一月一日に死んでしまえ−っっっ!!!」
「ふぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!!」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
フー子の怒声は町内全域に轟き、俺は新年最初の一週間、世間から身を隠すことを余儀なくされた・・・・
おしまい
(T_T)
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