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ついんLEAVES

2005年 新春ショートショート






「じゃ、良いおとしをねっ」


「よいおとしをー♪」


「また来年なー」


 見送りの言葉を、ピコピコ揺れる跳ね髪に受けて、フー子が暗闇へ姿を消す。

 しんとした街路に残雪を踏む音がひびき、少しずつ遠ざかっていった。

 外に静寂が戻るのを確かめて、俺は玄関を閉じる。

 錠の閉まる金属音に、注連縄(しめなわ)がかさりと乾いた声を重ねた。


「お兄ちゃん、さむいよ〜」


 振り向くと、靴を脱いだつばさが両手に息を吐いている。


「そんなカッコで表に出るからだ。ほら、リビングいこーぜ」


「はーい」


 肩を縮めたつばさの背中をつっつく。

 上着もはおらずにフー子を見送ったつばさは、案の定、体を冷やしたようだ。

 ぺたぺたとスリッパを鳴らすつばさを追って、俺もリビングへ急いだ。

 

 居間にはまだ、カツオ出汁(だし)の香りがほんのりと残っている。

 毎年恒例、年越しソバの香りだ。

 一年の終わりを感じさせる空気の中、鳥倉おじさんと親父はしぶとく杯を重ねている。

 久しぶりに九州から帰省したおじさんは、親父と話が尽きないようだ。

 そんなオヤジ二人を脇に追いやって、美乃里さんがテーブルの片付けに立ち回る。


「見送りごくろうさま。お兄ちゃん、ドンブリ持ってね」


「へーい」


「つばさは〜?」


「つばさちゃんはグラスをお願いね。あと台拭き持ってきて?」


「はーい!」


 ふと居間の隅に目を遣ると、誰にも顧みられないテレビの中で、有名な時代劇俳優がサンバを踊っていた・・・・・








 







 明くる朝。

 のんびりと昇ってくる初日の出を待っていられず、俺達は暗いうちから−



「くおるあああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!」



 一騒動に巻き込まれた。


 こんな早朝からヒトん家に怒鳴りこむような奴は、もちろん一人しか知らない。


「なんなのよ日枝!! この年賀状わあ−−−−−−−っっっ!!!???」


「なんだよフー子!? 朝からいきなり!!」


「なんだじゃないわよっっ!!」


 血相を変えてウチに駆け込んできたフー子。

 上着も着ないで、荒々しく息をしている。

 全力疾走したせいか、怒りのせいか・・・たぶん両方のせいで、頬がリンゴみたいに真っ赤だ。


「まあまあ、フー子ちゃん。はい、甘酒」


「あ、ありがと・・・っ!」


 フー子は美乃里さんの差し出した湯呑をわしっとつかみ、一気に口の中へ流し込んだ。


「ごちそさまっ!」


「どういたしまして。もう一杯いかが?」


「いただきます!!」


「・・・・・・・落ち着かせようと思って出したのに、ぜんぜん効果なしねえ」


「美乃里さん、おかわり−−−!!」


「はいはい・・・・・・どうしたの、フー子ちゃん?」


 苦笑交じりに問いかける美乃里さんに、フー子はくるっと振り向いて手をつきつけた。


「だって日枝ってばヒドいんだもんー!! 信じらんない!!!」


「「???」」


 フー子の手のひらには、一枚のハガキがあった。

 絵柄だけ印刷されてて文は自分は書くっていう、よくある既製品の年賀ハガキだ。





↓ こんなの ↓





 美乃里さんと二人そろって首を傾げる。


「俺が出したヤツじゃねーか。ちゃんと元旦についただろ、文句あるか」


 まあ、追い込みの時期に書いたせいでちょっと手抜き(意訳:超手抜き)っぽいけどさ。


「ないわけないでしょ! 何よこれ!?」


「だから年始のアイサツだろ」


 限界知らずでヒートアップするフー子に辟易(へきえき)しながら、言葉を返す。


「そんなのわかってるわよっ!! ここ見なさい、ここーっっ!!」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 顔にこすりつけんばかりに迫るフー子の手から、ハガキを抜き取った。









「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 見間違えようのない、シンプルにしてメッセージ性抜群の名作年賀じゃねーか?


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 と、フー子がハガキの隅を、つんつんと指し示す。


「んだよ?」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あー。


 ここ、出す直前に赤ペンで速攻つけ足したんだっけ。


 さすがに一言じゃ寂しかったからな。


「たしか『謹賀新年』ってヤツの最初の一字をド忘れてしちゃってさ、それっぽい字を・・・」



「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」



「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」









「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」





「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」





「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」





 しいいいいいいいいいいいいいいいいいいん・・・・・・・・・・





「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」





「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」





「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」





「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」





「あ、あれ・・・・・・・・・・・・・?」



「あれ、じゃない・・・・・・・・・・」



「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」



 じりじりとフー子がにじり寄ってくる・・・・



(あせあせあせあせあせあせあせ)



「このフー子様に・・・よくも・・・・・・・そんなモノ・・・・・・・・・・・」



「え、あ、いや、だからこれはー!」



「問答無用ー!!!!」



 弁解の暇(いとま)もなく、フー子が爆発した。



「セクハラ!




 エロガキ!!




 ヘンタイ日枝ーッッ!!






一月一日に死んでしまえ−っっっ!!!



「ふぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!!」







 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。








 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。








 フー子の怒声は町内全域に轟き、俺は新年最初の一週間、世間から身を隠すことを余儀なくされた・・・・









おしまい

(T_T)






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