その日は、風の音で目が覚めた。
着替えてダイニングに行くと、いつもは僕より遅い玉緒が、もう席に着いている。
「おはよー」
「おはよう、りょーちゃん」
「にゃーす、リョー」
「・・・・・・・・おはようございます、だんなさま」
「・・・・・・・・・・」
メアリーのマネでもしてるのか、おかしな挨拶をする座敷童はスルーだ。
美守さんの横に腰を下ろす。正面に顔を向けると、窓の外が薄暗い。
目を凝らしたら、窓に張り付いた大量の眼球と目が合った。
「お、おはよ。目々連(もくもくれん)さん」
思わず頬がひきつるけど、何とか普通に挨拶する。無数の眼は同時に瞬きして、うっすらと消えた。
あぁ、びっくりした。
目々連さんは口がないから、目玉の動きと瞬きで意思表示をする。それはいいけど、窓ガラスにびっしり貼り付いた眼球の集合体は、いつ見ても心臓に悪い。
家のみんなは慣れだって言うけど、たいてい不意打ちだからなあ・・・
ちなみに僕の家は時折、ストーカーや覗き魔に狙われる。たいていは美守さんの美貌か、メアリーのメイド服に惹かれた連中だ。
そういう連中は、家の中を盗み見しようと望遠鏡やカメラを構えた瞬間、悲鳴を上げることになる。理由は言うまでもないよね。
目々連さんが隠れると、窓の向こうに傾いだ庭木が見えた。忙しく羽ばたく木の葉が、風の強さを教えてくれる。
「すごい風だなあ・・・」
「うん。うるさくてさ、無駄に早起きしちゃったよ」
僕の呟きに玉緒が応じる。
新聞を読んでいた美守さんが顔を上げた。
「悪い風じゃないわ。ハルハヤテよ」
「はるはやて?」
耳慣れない言葉に首を傾げる僕。
「春の疾風と書くの。季節がちゃんと巡ってる証(あかし)ね。突風だけ、気をつけなさい」
「はーい」
素直に返事をすると、美守さんはニコリとして新聞に目を戻した。
でも鮮やかな微笑を残した美守さんと対照的に、玉緒は半目で外を見ていた。
「やっぱイヤだな〜。スカートがめくれるんだよね」
「玉緒はいつもスパッツを履いてるじゃん」
こいつは落ち着きがないから、短いスカートをしょっちゅうバタバタさせてる。スパッツなしじゃ外を歩けない。
「ボクはどうでもいいって。リョーの目が他の女に行くのがヤなの!」
「・・・・・・・・・・・・へ?」
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
全員の動きが止まった。
「・・・・・・・・・・え、えっと〜、どーゆー意味かな?」
いやな空気を感じた。
こめかみの辺りに、つつーと汗が垂れるのを自覚する。
「だからさ、風が吹くとそこらの女のスカートがめくれるっしょ? そしたらリョーがボクから目をそらすじゃんか」
「なるほど、そういう事ね」
「・・・・・・・・・・えっち」
「ちょっ。い、いやいやいや、なに言ってんだよ、玉緒!」
思わず声が大きくなる。
てゆーか、なんで二人とも納得してるのさ!?
「仕方ないわ。りょーちゃんも男の子だもの」
「・・・・・・・・・・・・・・ちらりが すき?」
「好きじゃない!」
「だからさあ!」
玉緒が手を振ってアピールした。いつの間にか飛び出た尻尾もパタパタと。
「リョーが見たいなら、いつでも、いくらでも見せてやるからっ。他の女なんて見ることないのに!」
「そうよねえ」
「美守さんっ。そうよね、じゃないでしょ!」
「でも、りょーちゃんがそういう趣味だったら・・・他の方法を考えないといけないかしら?」
「あのね・・・・」
てゆーか、いつも何を考えて行動してるんですか。
「・・・・・・・・・・・・りょうは まにあっく」
「ふみちゃん・・・・・」
テーブルに両手をついて orz な僕。
「玉緒もセンスのいいショーツを履いたらどうかしら。スパッツだから、りょーちゃんも他に目が行くんでしょうし」
「そっか。じゃあ美守、またインナーを見に行こーぜ」
「ええ、こんどはボトムね。また試着してりょーちゃん見て貰いましょう?」
「見ない! ぜったい見ない! てゆーか、玉緒はスカートを下ろせー!」
朝のさわやかな空気は、いつのまにか世界の果てに飛び去っていた。
そして朝食を運んできたメアリーに、みんな揃って注意されるのでした、まる。