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 世の中ジェンダー均等とか男女平等とか謳ってるけど、常に男が優遇されてるわけじゃない。


 男性がいるだけで、疑惑や軽蔑の眼差しを受ける場所もある。


 ただ立ってるだけで。







 そして−


 僕、犬養良(いぬかい りょう)は、そんな場所にいた。




「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あのさ、あっち行っていい?」


「ダメよ〜、りょーちゃん。しっかり選んでくれなくちゃ♪」


「そーそー。リョーのために来たんだからな〜♪」


 玉緒の「リョーのために」という一言で、突き刺さる視線がさらに鋭くなった。無言の圧力は、雑菌を排除する白血球のように静かで、DDT(有害殺虫剤)のように容赦ない。

 奉行所のお白州に引き出されたような気持ちだ。

 そんな僕の状況をスルーして、天使のような悪魔の笑みを浮かべる二人。

 彼女達の手には、凝った刺繍の縫いこまれたシルクの布片。

 ・・・・まあ、ハッキリ言えばブラジャーなんだけど。




 そう。


 ここは男子禁制の場所、ランジェリー売り場。



 助けて!!






Pounding ★ Sweetie 番外篇

禁断の聖地・・・?







 日曜日の昼下がり。

 「ちょっと買い物に付き合って欲しいの」という美守さんの(強制的)お誘いにより、電車で揺られること数駅。

 僕達は壱ヶ谷(いちがや)の中丸デパートにいる。

 何を買うのか訊くべきだったと、僕は猛烈に後悔していた。

 ・・・・訊いてたって連れて来られるんだろうけど。

 ちなみにメアリーとふみちゃんは、地下の食料品売り場だ。地元で手に入りにくい材料を買うんだって。

 僕も地下が良かったのに・・・・・


「これなんかどうかしら、りょーちゃん?」


 スケスケの赤いブラジャーを胸に当てて、意味ありげな笑みを浮かべる美守さん。

 ブラと同じくらい赤くなる僕。

 玉緒が悔しそうに美守さんの胸元を見る。


「みゅぅ・・・美守はそーゆーの似合うよな〜」


「うふふふ、ありがと♪ 玉緒だって、すぐに似合うようになるわよ」


「はいはい。どーせボクはコドモだよーだ」


「拗ねないの。インナーは大切な自己主張なのよ? 自分に合わせないとせっかくの魅力が半減しちゃうわ」


「自己主張かあ〜・・・・・・・にゅ、コレならどうかな?」


「あら・・・黒なんて大人の色を選ぶのね。でも玉緒のカラーだし、コーディネート次第で似合うかも?」


「だって。リョー、どう思う?」


 振り向いた玉緒の胸に、コンパクトな黒いブラジャーが乗っている。


「どうって・・・・・・言われても・・・・」


 答えるどころか正視すらできません。

 さっきから心の中で、救援要請のサイレンと警報ブザーと悲鳴が鳴りっ放しです。

 周りの視線が痛いです。

 とても痛いです。

 四面楚歌(しめんそか)です。


(ガン細胞の気持ちって、こんな感じかな・・・・)


 僕は「人類最後の敵」と呼ばれる難病に、少しだけ同情した。


「おーい。黙ってちゃわからないって」


 玉緒が僕の鼻先に黒いカップを突きつける。


「ほーれほーれ♪ どうよ?」


「や、やめてよ、玉緒〜」


「にゅふふふふ〜♪ リョーってば可愛いじゃん」


 笑いを含んだ玉緒の声。

 完全に遊ばれてる〜。


「玉緒、売り物でイタズラしたら駄目よ。ほどほどになさい」


「え〜」


 ああ、美守さんの言葉が女神の声のように聞こえる・・・・・・・

 ありがとう、美守さん!


「そういうのは帰ってから」


 は?


「家で着替えて、リョーちゃんに見てもらいましょう?」


「あははははは! いいねそれー!」


 前言撤回ーっ!


「申(まう)し、よろしいか」


「ん?」


「え?」


「は?」


 二人の対応に四苦八苦してたら、声をかけられた。

 振り向くと・・・・・・・・


 一言で言い表せない存在が居た。



「汝等(うぬら)、ここは公(おおやけ)の場じゃ。少し弁(わきま)えぬか」


「・・・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・」


 その子供を強いて一言で表現するなら、

 「混沌」だろうか。

 声の高さから女の子だと思う。身長は、140センチくらいかな?

 見るからに小柄だけど、使った言葉は古びて高圧的。

 首から下は見事なまでの和装なのに、髪の毛はザンバラでぼさぼさ。前髪が長くて、目線が見えないから表情も判り辛い。

 容姿を気にしてるとは思えない髪型なのに、手に持った扇子は凝った細工物。履物は今どき珍しい黒漆の下駄だ。

 大人の装いで身体は子供、声は子供なのに物言いは大人。

 まさしく混沌。


「なに、こいつ」


 玉緒が僕から離れた。


「美守の知り合い?」


「知らないわ」


「当然じゃ。妾(わらは)の知己に汝等の如き者はおらん」


 針のような鋭さを含んだ物言いだった。

 玉緒が口元を引き締め、美守さんが目を細める。


「あんた、何様?」


「ちょっ、玉緒−」


「誰でもよい。心に留むべきは汝等の振る舞いじゃ。控えよ」


「・・・・・・・・・・・・・・」


 二人は見るからに気分を害していた。肩を並べて、少女へと一歩踏み出す。


「あの、二人とも、落ち着いて・・・・」


 相手が誰か知らないけど、こんな所で騒ぎは起こせない。

 僕が小声で制止するのと同時に、少女が手を上げた。

 美守さんと玉緒が動きを止める。


 ぱつん。

 

 小気味よい音をたてて、少女が扇子を開いた。朱塗りの柄から、金銀箔が散りばめられた大和絵が姿を現す。絵柄は・・・・何かの花(ごめん。木とか花とか、よくわかんない)。

 その子は馴れた仕草で口元を隠した。


「ふ、ふ・・・・」


 扇子によって押し殺された声。

 それが含み笑いと気付くのに、少し時間が必要だった。


「音に聞きし六華(りっか)と七社(しちしゃ)が、何としたこと。ヒナヒメモリが町娘のやうじゃ」


「「・・・・!」」


(二人を”知ってる”!)


「ふ、ふ、ふ」


 正体不明の少女が、また笑う。

 今度は聞き間違えようがない。


 ・・・・嘲笑。



「・・・・・・・・・・・・・・・・・」



「・・・・・・・・・・・・・・・・・」



 冷蔵庫へ放り込まれたみたいに空気が変わった。

 玉緒が指を畳み、美守さんが踵を上げる。

 戦闘態勢だ。


 ヤバい。


 この二人なら2秒でフロアを吹き飛ばせる。


 対する少女は状況をわかっているのかいないのか、扇子に隠れたまま微動だにしない。

 僕が緊張に耐えられなくなる頃、相手が口を開いた。


「妾に牙を剥けるかえ? ケダモノめら」


 少女が顔を上げる。

 前髪の隙間から瞳が覗く。


(!?)


 ”それ”を見た瞬間。

 僕は雷に当たったように硬直し、同時に理解した。

 この子供が、なぜ目元を隠していたか。

 ・・・・普通じゃないからだ。



 少女の瞳は、赤い。


 その上、瞳孔が縦に裂けていた。


 蛇のように。





「・・・・・・・・・・・・あなた」


 美守さんが言葉を漏らす。


「こらーっ!」


 ぺこ〜ん☆


「はうっ」


 急場を救ったのは、思いがけない方角からの一撃だった。

 ハエも死なないだろう気の抜けたチョップが、謎の少女を襲う。


「ひ、姫様(ひぃさま)」


「オトちゃん! お騒がせしちゃ”めっ”でしょーっ」


「そんなぁ・・・・」


 首をすくめて少女が振りかえる。

 背後に立っていたのは、黒髪の綺麗な女の子だった。こちらは普通にワンピースを着て、髪も整えてる。ただ、眉を吊り上げて不機嫌さを隠そうともしない。

 彼女(何の姫?)は連れのザンバラ頭を掴むと、こっちに顔を向ける。

 そうして唖然としてる僕達に、二人揃って頭を下げた(下げさせた)。


「ウチの子がご迷惑をおかけしましたっ。よく言って聞かせますのでゴメンナサイですー!」


「姫様! 妾は決して−」


「オトちゃんは黙ってるの!」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・うぅ」


 頭を下げたまま、主従らしき二人の間で一方的なやり取りが行われる。


「こ、こちらこそ・・・・」


 どもりながら美守さんが応じた。美守さんが言葉に困るなんて珍しい。


「それじゃ失礼しますね。さよなら〜っ」


 「姫様」はオトと呼ぶ少女の手を掴むと、売り場の奥へと連行した。


「姫様、今のは彼奴等(あやつら)が」


「い・い・の! ケンカしにデパートに来たわけじゃないでしょー? ほら、オトちゃんに合うブラ、選んであげるからっ」


「わ、妾はいつものサラシで十分にござります! このやうな猥(みだ)りがはしき召し物は−っ」


「ねね、これなんてどう? 可愛くていいんじゃない? 着けてみよっか♪」


「ひぃぃぃぃ!? お許しをー!」

 

 曰く言い難いやり取りを響かせながら、二人の声が遠ざかっていく。

 ランジェリー売り場の店員と客が、首を揃えて少女達を見送る。

 僕等は・・・・呆然と立ちつくすだけだった。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


「誰・・・あいつら・・・」


「誰だろね・・・・・・・」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」









 やがて試着室から、童子のように泣き喚く声が届いた。
















 あの後、どさくさまぎれに逃げ出した。

 正直、もう限界。

 エスカレーターの近くに休憩コーナーを見つけ、ふらふら入っていく。

 休憩所には先客がいた。三十歳くらいの、男の人だ。籐椅子に体を預けてコーヒーを飲んでいた。摘むように持った小さな紙コップから、細々とした湯気が立つ。

 少し離れた籐椅子に、僕も座った。かすかに軋む藤の編細工が、柔らかく背中を支えてくれた。


 ふーっ。


 息を吐くと、思ったより大きな溜め息になってしまった。


「あそこは居づらいだろ」


「?」


 声の方向に顔を向けると、男の人が僕を見ていた。口元に軽い笑みが浮かんでいる。


「ええ・・・・まあ」


 曖昧に頷くと、その人も頷き返した。


「俺は”財布”で来たから、長居しなかったけどな。でもやっぱ、あの空気はダメだわ」


「財布・・・?」


 僕の戸惑った顔を見て、男の人はふっと笑った。


「娘のお供だよ。やれやれ・・・何が悲しくて、好きな男のために選ぶブラとパンツに金を出さないといけないんだか」


 年頃の娘を持ったオヤジの悲哀かねー、なんて、おどけてみせる。

 その仕草が面白くて、僕も釣られたように笑った。

 第一印象はとっつきにくそうだったけど、笑顔のいい人だ。

 でも・・・・・年頃の子供を持ってるにしては、若そうなんだよね。

 ひとしきり笑ったあと、僕に話が向けられた。


「カノジョのお付き合いか?」


「いえ、家族です」


「へぇ」


 首を振ると、相手は少しだけ首を傾げた。


「珍しいな。女の子なんて、家の男に下着は見せたがらないもんだ」


「ははは・・・」


 少し特殊な家族なので。


 愛想笑いで誤魔化す。


「でも、どうして女の人の下着って、あんなにあるんでしょう」


 広大なフロアが見渡す限り下着で埋まっている光景は、目眩がするほど壮観だった。


「それこそ女になってみないとわからないさ。俺にはみんな同じにみえる」


「僕もです」


 顔を見合わせてニヤリとする。

 何となく、同志というか、同じ匂いがした。同じ・・・被害者の匂いが。


 ず〜んずず〜ん♪


 男の人の胸から、陰鬱なメロディーが流れ出した。

 あれ、RIOTS9の”Grasp a vacancy”だ。子持ちの人の趣味じゃないよ・・・


「ああ・・・・決まったか。わかった、今行く」


 男の人はケータイをしまうと、財布を確かめるようにズボンのポケットを叩いた。


「さて、散財してくるか。お邪魔さん」


「ご愁傷さまです」


 拝むふりをすると、相手は思いがけない嬉しそうな笑顔を見せた。

 ゴミ箱に潰した紙コップを放り込み、軽い足取りで休憩コーナーを出て行く。

 さっきまで迷惑そうに話してたのに、その後ろ姿は幸せにしか見えなかった。













 ランジェリー売り場の出来事がよほど強烈だったのか、途中退場した僕が集合場所に現れても、美守さん達は何も言わなかった。

 エントランス・ホールの壁に体を預けて、ふみちゃんとメアリーが来るのを持つことにする。その間、二人は仏頂面でヒソヒソ話だ。

 行き交う人々をぼんやりと見ていると、美守さん達の会話が聞くとはなしに耳に入って来る。


「玉緒、さっきはよく動かなかったわ」


「動けなかったんだよ」


「あら、そう。おかげで命拾いしたわね」


「命拾い? 何言ってんのさ」


「あの時、指一本でも動かしたら真っ二つになってたわ・・・・二人ともね」


「冗談。ボクはともかく美守が負けるわけないじゃん。あんなチンチクリンにさー」


「見た目で判断しちゃダメ。私たち、危なかったのよ」


「そんな強いにゃあ? 美守が負けるのって想像できないよ?」


 それは同感。

 どんな苦境も色っぽく笑ってクリアするのが美守さんだもんね。

 崩壊するマンションから脱出した時も、テロリストに占拠されたビルに特攻かけた時も、山火事に巻かれた時も、飛行中のジェット機から飛び降りた時も・・・

 この人は、うっとりするような活躍を見せて危険を潜り抜けた。常に僕を巻き込むのはマジ勘弁だけど。

 彼女が負ける姿なんて、ちょっと考えられない。


「うふふ、そんな事はないわ。いつも負けてばかりよ」


 と、ふいに美守さんが僕を引いた。


「ね。りょーちゃん♪」


「えっ?」


 いきなりだったから抵抗する力もなく、そのまま美守さんに抱きとめられる。

 美守さんは僕の腕に体を押し付けながら、耳元で囁いた。


「こんなに愛してるのに、どうして応えてくれないの〜? りょーちゃんならいつでもどこでも受け入れてあげるのに・・・・・・・・・
 お姉ちゃん、切ないわあ〜・・・・」


 ルージュも艶めかしい唇から、悩ましい溜め息が耳に吹きかけられる。


「み、美守さんっ」


 熱くなった顔を美守さんから引き離そうとする・・・けど、当然離してくれない。

 肘が胸の谷間にかっちりホールドされてます。


「ずるいぞ美守! 独り占めするな〜っ」


「って、玉緒もマネしないでよ!」


「えへへへへ〜っ。ヤ・ダ・よ〜」


 玉緒がいつの間にか反対側に回り込んで、僕の腕を取った。


 むぎゅぎゅ〜っ。


 僕にしがみついた玉緒が、首元に鼻を擦り付ける。


「みゅ〜〜〜・・・・リョーの匂い〜」


「こ、こら玉緒、くすぐったいって! 匂いを嗅ぐな! あと美守さんも離れてーっ」


「「だ〜め♪」」

 

「〜〜っ!」


 ここ、デパートの入り口なのにーっ。

 通り過ぎる人がみんな見てくよ? あっちで子供が指差してますよ?

 あ、知った顔まで追加された。

 エメラルドグリーンのワンピース・ドレス。

 両手に荷物を下げたお姉さんが、物理法則を無視した速度で急接近−・・・・


「お二人とも、ここは公共の場所です。迷惑行為はご遠慮ください」


 風のように現れたブルネットが、控えめに宣(のたま)う。


「・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・」


 ただ一言で、僕の両脇が涼しくなった。


 すごいやメアリー。


「・・・・そういえばメアリーも強いね」


「そうね・・・・・・・・」


 玉緒の囁きを、しぶしぶ認める美守さん。

 ウチの家族は、ハウスキーパーがいないと餓死するもんね・・・・


「・・・・・・・・りょう」


 メアリーに少し遅れて、ふみちゃんも来た。


「ふみちゃん。買い物楽しかった?」


「・・・・・・・・・・・・うん」


 キャンディースティックを舐めながら応えるふみちゃん。

 この飴、ふみちゃんが売り場でイタズラしないようにメアリーが買い与えたんだろうな。さすがだ。

 ふみちゃんが空いた手をこっちに向けたので、小さな手を取る。


「じゃ、帰ろうか。メアリー、荷物持つよ」


「そんな、恐れ多いことでございます」


「一つだけ」


「ありがとうございます・・・・・」


 恐縮するメアリーが、一番小さな買い物袋を僕に差し出した。

 買い物のたびに声をかけてたら、最近は素直に荷物を持たせてくれるようになった。高校に入るまでは、「荷物を持つよ」「大丈夫です」で毎回30分くらい押し問答したものだ。

 単にメアリーが諦めただけかもしれないけど、荷物を預けてくれると一人前と認められた気がして、気分が良い。


 百貨店の大きな玄関から出ると、夏を感じさせる日差しが照りつけた。

 僕も半袖だけど、他の人たちも夏を感じさせる装いで、広い歩道を闊歩している。



「二人とも、そこまで来てるってさ」


「は〜い」

「然様(さやう)にございますか」



(あれ?)


 何だか聞き覚えのある声だ。

 数瞬もおかずに玉緒が、「げっ」なんて変な声を上げた。


「・・・・・・・・・・」

「・・・・・・む〜」


「あ、さっきの」


 美守さん達の目線を追って、すぐに見つけられた。


(やっぱり)


 さっきの女の子たちだ。黒髪にワンピースの子と、ボサボサ頭の和風少女。

 それと、男の人が一人。


「パパ〜。帰りにシャトー・ドォに行こーっ」


「寄ってもいいが、買った分は小遣いから引くぞ」


「えーっ! パパはケチだーっ」


 ぶーぶー唸る女の子の髪を、男の人がぐりぐりと撫でた。


「お前な、自分が今日いくらの買い物したかくらい覚えとけ」


「姫様、本日は分が悪うございます・・・・」


「え〜ん」


 パパだって・・・

 てゆーことは、あの二人、親子?

 兄妹でも通用しそうなのに。



「なんか親父にしちゃ若くにゃい?」


 あ、玉緒も同じこと考えてた。

 美守さんとメアリーが頷いたところを見ると、みんな同じみたい。


「養女かしら」


「そうかもしれません」


「てゆーか、アイツ何だよ?」


 玉緒が指したアイツって、間違いなく和風少女のほうだよね。

 謎の少女は僕たちの視線を目敏く感じると、あからさまにそっぽを向いた。

 「お前らなど眼中にないわっ」て感じ。


「な、なんか腹立つ・・・・」


「ガマンなさい、玉緒。勝てない争いはしないものよ」


「二人なら勝てるっしょー?」


「無理ね」


「ふぇ?」


 腕組みする玉緒に、美守さんが首を振った。その顔はひどく醒めていて、いつものような余裕がない。

 今日は何だか、美守さんの珍しい態度をずいぶん目にする。

 玉緒だけでなく、ふみちゃんとメアリーも興味を引かれたようで、美守さんを見つめた。


「あの女は私達と違うわ。たぶん、カミよ」


「カミ・・・?」


「ええ」


 美守さんが目を細めた。

 僕の胸の高さにも届かない子を「女」と呼んだのも変だけど、気になったのは別のこと。


「カミって、神様の神?」


「ヒトの考える神様と少し違うけど、似たような存在と考えてもらっていいわ」


「あのチンチクリンがあ?」


 玉緒がジト目で少女の全身を睨め付けた。


「勘違いじゃないの、美守? 仮にもカミが、ヒトの娘を”姫様”なんて奉ったりするもんか」


「だから「たぶん」と言ったでしょう。カミの眷属か、相の子かもしれない」


「ふ〜ん。それにしたってさあ・・・」


「いいから行きましょう。”触らぬカミに祟りなし”よ」


 首を捻る玉緒の肩を、美守さんがぽんと叩いた。

 僕もふみちゃんの手を引いて、駅へ足を向ける。

 その時だ。



「お兄ちゃ〜ん!」

「ごしゅじんさまーっ」

 ずざざざざざっ!!



 音を立てて衆人が振り返った(僕も含む)。


「「ひっ ヒメノミコトー!?」」


 何か悲鳴がしたかもしれないけど、いま気になるのは二人組の女の子・・・いや、女の人、かな。一人は20歳くらいの小柄な女性で、もう一人は深緑の髪が印象的な、こちらも若い女の人。

 入り口にいた二人は、浴びせられる視線を気に留める様子もなく、一直線に歩いていく。


「遅れてごめんねーっ」

「お待たせいたしました、皆様方」


 揃って仲良く頭を下げた先に、件の親子連れがいた。


「ママもさくらちゃんも、遅いよ〜」


「えへへ。ちょうどタイムサービスが始まっちゃって〜」


「姉上、殿(との)がお待ちかねでございました」


「あうぅ〜。ごしゅじんさま、申し訳ござりませぬ〜」


 待っていた三人に、連れらしき二人組がペコペコと謝る。

 ちなみに、「お前ら、外で呼ぶなとあれだけ言ってんのに・・・」と頭を抱える男の人は、完全に無視されていた。



「これはお詫びにシャトー・ドォのチーズケーキだよーっ」


「あ、チーズケーキいいね〜☆」


「俺は金出さねーぞ!」


「えーっ、お兄ちゃんはケチだーっ」


「ケチじゃねえ!」


「みだいどころさま、今日は分が悪うござりまする」


「え〜ん」


 何だか、さっきと似たような展開だ。


 てゆーか、パパとママってことは、あの二人が親?

 でも「お兄ちゃん」て呼んだよね?

 それに若すぎるし?

 あと「ごしゅじんさま」って何?

 あの男の人が旦那さんなの?

 だけど女の子は別の人をママって呼んだし・・・・主人て、もしかして別の意味?

 

 兄妹くらいにしか見えない親子に、兄妹らしいけどパパママな二人に、ごしゅじんさまと呼ぶ美女(よく見たら凄く綺麗な人だった)に、正体不明のカミサマ?な女の子・・・・・




 頭がぐらぐらしてきた。



「おい。ここは駐禁取り締まりが来るから、とっとと行くぞ。車に乗れ」


 周囲の視線に気付いた男の人が、逃げるように早足で歩き出す。足の先には路肩に停めた、サンライトイエローの1BOXカー。


「「「「はーい」」」」


 連れの女性陣は四重奏で答えて、わらわらと車に乗り込んだ。

 男の人が運転席のドアを開ける。その時、僕と目が合った。相手が微苦笑を浮かべて目礼する。

 僕が頭を下げる間もなく、男の人は運転席に乗り込んだ。

 1BOXカーが軽く車体を震わせる。

 車はゆっくりと加速し、皆の注目を集めたまま車の流れに溶け込んでいった。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」



 貫くような強い日差しで、僕は正気を取り戻した。

 周囲を見回すと、すでに町も再起動してる。

 人々は何もなかったかのように、それぞれの目的地へ向かっていた。


 何だったんだろ、今のは。


 小さな手に指を引かれた。

 見下ろすと、ふみちゃんが「どうしたの」と言いたげに首を傾げる。僕は何でもないよと頷いてみせた。


「・・・・・みんな、行こっか?」


「はい、ご主人様」


「・・・・・・・・・・・・・・けーき」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


「あれ?」


 返事が足りない。

 見ると、美守さんと玉緒が、まだ固まってた。


「二人とも、帰るよー」


「・・・・・・・・・・・にゃんで・・・・・こんな所に」


「あんなのが・・・・・顕現してるのよぅ・・・・・・」

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・はい?」


「・・・・・・・・・・・・・・・ちーずけーき」


 茫然自失の二人。

 わけがわからず、下手に刺激することもできず。

 僕たちは初夏の日差しの下で、たっぷり五分間は待ち続けることになった。











 

 その日の夜、ご機嫌斜めの美守さんに繰り返し念を押された。

 「あの連中にはゼッッッッタイ手を出さないこと!」だって。

 言われなくたって、そんな気は全くないんだけど・・・・






 ところが一週間後−


 空さんに招かれて三ツ栄に行った僕たちは、謎の一家(今度は八人もいた)とばったり再会。

 またまた一騒動起きるのでした。







(終わり)








 はい、おしまい!


 謎の一家と言いながら、わかる人にはバレバレですw

 今回はちょっとしたお遊びということで^^

 でわでわ皆様、ご一読ありがとうございました〜っ。


07/7/7 神有屋 拝






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