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Pounding ★ Sweetie 番外篇

ぼくのおうちのメイドさん





”A'r llances yn marw yn welw a gwan.....Bygythoidd ei gleddyf trwy galon y llencyn.....”


 居間にゆったりしたメロディが流れてくる。

 澄んだソプラノ。

 僕は雑誌に落としていた顔を上げた。


”Roedd golud,ei darpar,ynhen ac anyard....A geiriau diwethaf yr eires hardd hon.....”


 清流の水音のような衣擦れが、歌声に重なる。

 彼女が入ってきた。


「失礼します」


 エメラルドグリーンのワンピースをかすかに波打たせ、メアリーが頭を下げた。

 細い腕に小ぶりの洗濯籠を下げている。。

 彼女は窓へ歩み寄り、そのまま外へ出た。

 雑誌に目を戻す。


”Na byw gyda golud ym mhalas Llywn Onn........”


 ガラス窓の隙間から、春の陽光とともに歌声が届く。

 時おりパンッと、洗濯物を伸ばす音が混じるのも小気味良い。

 清らかな歌に耳を傾けながらページをめくる。

 ・・・・・・・・・平和、だった。


 年中お祭り騒ぎみたいな僕の家にも、ごく稀に静寂が訪れることがある。

 それは今日みたいに、みんなが出かけてる場合。

 美守さんは研修で休日出勤、珠緒はソフトボール部の練習で、ふみちゃんはライ君と外遊び。空さんも家にお客さんが来るとかで、今日はデートなし。

 特に予定のない僕は、朝食後のひと時をゆったりと過ごしている。

 みんながいると賑やかで楽しいけど、こんな穏やかな時間も悪くない。


”nor boat on the lake.....nor coin in my coffer.......”


 いつの間にか曲が変わっていた。

 さっきまで歌ってた言葉は英語じゃなくて、彼女の故郷のものだそうだ。


”Nor corn in my garner....nor fruit on my tree......”


(あの子の微笑みとつり合う物なんて有るものか・・・・だっけ?)


 たしかそんな意味の恋歌だったはずだ。

 ロンドンに居た頃は、彼女と合唱することでコミュニケーションを取った。メアリーと仲良くなったきっかけも、イギリスの民謡だった『埴生の宿』(原題 Home sweet home)を僕が歌ったから。

 歌が両親のいない寂しさを紛らわしてくれた。そして外国語の民謡をいくつも覚えた。

 さっきの曲も・・・・意味はちんぷんかんぷんだけど・・・・歌うことはできる。


”But of all our proud fellows the proudest I'll be-”


 息を吐くのと同じくらい簡単に、続きの歌詞が口から漏れた。


「−While the maid of Llanwellyn smiles sweetly on me....」


 窓の向こうでメアリーがこちらを見る。

 僕が笑顔を向けると、まばゆい美貌がさらに輝いた。


「「Yet the maid of Llanwellyn smiles sweetly on me.......」」


 デュエットでリフレインまで歌い終える頃には、洗濯物は干し終わっていた。

 メアリーは居間に上がるとすぐ傍まで来た。


「ご主人様、お茶など如何でしょうか」


「うん。お願い、メアリー」


「かしこまりました。少々お待ちくださいませ」


 どこか上機嫌に見えるメアリーがお辞儀した。短めのブルネットが揺れると、フローラルな香りがかすかに漂う。

 離れていく衣擦れに少し心を残しつつ、ページをめくる。

 ”あの人は今”という特集が目に入った。


”某熟年俳優の大ヒット自伝を書いたゴーストライターは、松本で立ち飲み酒屋を営業−”


”巨額詐欺事件の被告は刑期を終えた後、性転換。海外移住して同房の元囚人と『結婚』−”


”特許訴訟で巨額の報奨を勝ち取った研究者、十三億の豪邸が欠陥住宅と判明して心臓発作。療養中−”


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 かなりビミョーな有名人ばかりだ。てゆーか、そんな昔の俳優や詐欺事件なんて知らないって。

 文章自体も面白みのない書きぶりで、特集という名の穴埋めと簡単に予想できる。

 どうでもいい記事を流し読みしてると、メアリーの歌が聞こえてきた。


”Breichiau mam sy'n dyn am danat.........”



 うっ。



”Cariad mam sy dan fy mron.........”



 この歌はヤバい・・・・・・・



”Ni cha dim amhau'th gyntun......”



 小さかった頃、いつも昼寝で聞かされていた子守歌−




”Huna'n dawel,anyyl blentyn........”




 今でも、これを聴くと・・・・・反射的に・・・・・・・・・





”Huna'n fwyn ar fron dy fam........”






 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。












「お待たせしました、ご主人様。お茶をお持ちいたしました」





「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」





「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ご主人様?」





「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・すぅ」





「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」





















「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 寝返りをうつと、頬に優しい感触がした。

 滑らかで、温かく、柔らかい。

 無意識に枕へ手を添える。どこからか吐息のような声が聞こえた。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 何かが髪を梳いている。

 ゆっくりと−

 少しひんやりして、気持ちいい・・・・・


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ん」


 まぶたを開いた。

 ぼんやりした視界に入ったのは、横倒しになった居間。

 静まり返った空間。


「あ・・・・・・・・・・・・・・・・?」


 髪に触れる何かへ手を伸ばすと、誰かの手と触れ合った。

 そのまま、僕の手と絡み合う。


「ん・・・・・・・・」


 細い指、小さな手。

 体ごと上向くと、褐色と碧(あおみどり)が目に入った。


「・・・・・・・・・・メアリー?」


「お目覚めですか・・・・・ご主人様」


 ちょっと残念そうにも聞こえる声音。

 僕の間近くで、白皙の美貌が微笑んだ。


「僕・・・・・寝てた?」


「・・・・はい」


 僕の手を包んだまま、穏やかに答える。

 つやつやした唇が柔らかな笑みを形作った。

 その時に、僕はようやく気がついた。

 メアリーが膝枕してくれてること。

 それともう一つ−


「あ・・・・ご、ごめん。いま起きるねっ」


「お待ちを」


 慌てて起き上がろうとしたら、落ち着いた声で・・・・でも、かなり強引に引き戻された。

 後頭部全体を、柔軟な太ももとシルクの感触が覆う。


「め、めありー?」


「急に起きられたら御体にさわりますわ。どうか、しばらくこのままで・・・・」


「いや、えっと・・・・そうしたいのは山々なんだけど−」


 君の後ろにいる方々が、それを許してくれないと思うんだ、メアリー。


「う〜〜〜〜〜〜〜〜・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


「むみゅ〜〜〜〜〜〜〜〜・・・・・・・・・・・・・・・・」


 狼と猫の本性を半ばあらわに、二人がソファーの背もたれに噛り付いていた。


「膝枕・・・・・・私だって・・・私だってしたいのにぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ」


「ボクのいない間に・・・・ずーるーいーっ」


 瞳をうるうるさせる美守さんと、尻尾をおっ立てる珠緒。

 殺気はないけど、いつもと別の意味でコワイ。


'Please do not worry,My master......

I am sure to protect you at any time,anywhere,in any case'


 英語で何か囁きながら、メアリーが僕の顔に手を当てた。ひきつった頬をもみほぐすように、ゆっくりと撫でる。

 さらさらの感触が気持ちいい・・・・・


「りょおちゃあ〜ん・・・・・・」


「みぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ・・・・・・・・」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 浸ってる場合じゃなかった。

 本格的にシャレで済まない雰囲気だ。

 さすがに本気で起き上がろうと思った。

 ・・・・・・が。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・おひるね」


 ぺたん。


「んなっ!?」


 どこから出現したのか、外に出ていたはずのふみちゃんが、僕の腹の上に乗っていた。

 そのままコロンとうつ伏せに横たわる。僕の胸を枕代わりにして。


「ちょっ・・・・ふみちゃん!?」


 当然だけど、これじゃ起き上がれない。

 慌てて首を持ち上げたら、ふみちゃんの人差し指で口を押さえられた。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ふとんはしゃべらない」


「誰が布団だって・・・・・・」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・にくぶとん?」


「にっ、肉っ・・・・!?」


 ソファの向こうから引きつった声が聞こえた。


「どこでそんな言葉を覚えたのさ・・・・」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・おとめの、ひみつ」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 ふみちゃんは僕の口に当てていた指を離した。その人差し指を、自分の小さな唇に触れさせる。

 今度は何やってるのやら・・・・


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・かんせつ、きす?」


「いや、考えを読まないでいいから・・・・・って、何それ!?」


「「間接キス−−−−−−−−−−−−−−−−ッッ!?」」


 二匹のモノノケから、ものすごい熱量のオーラが立ち昇った。


 ものすご−−−−−−−−−−−−−−−−−−く冗談になってないんですが。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・だいじょうぶ」


 にこりともせず、のたまうふみちゃんは、さらに爆弾を落っことした。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・めありーは、ちょくせつしてた」


「「「!!??」」」


 いきなり注目を浴びたメアリーが、きょとんとする。


「ご覧になっていたのですか?」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・じゅっかいまでは、かぞえた。

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あとは、しらない」


「・・・・・・・・・・・」(ぽっ)


 メアリーは、桃色に染まった頬に両手を当てた。


「メアリー・・・・直接って・・・・」


 まさか、僕が寝てる間に・・・・・・


「申し訳ございません、ご主人様。でも、お休みされているお顔を間近で拝見していたら、どうしても我慢できなくて・・・・・」


 ちっともすまなそうに見えない表情で、メアリーが謝る。それどころか彼女の顔は、幸せそうにほころんでいた。

 それはそれは可愛いけど・・・・・今は悪魔の微笑に見える。

 そして、さらに恐ろしげなモノが、メアリーの背後にいた。


「りょーちゃんの寝顔に・・・・・・キス・・・・・・」

「膝枕して・・・・・キスし放題・・・・・・・・」


 ほとんどドリーム入ってる美守さんと珠緒が、ぶつぶつと呟く。

 本能が最大級の警戒警報を打ち鳴らした。もう、ガンガンと。


「そっ、それじゃ、そろそろお昼ゴハン食べたいかなーっ。

 みんなも一緒に食べないー?」

「「却下」」


 速攻で拒否されましたよ。二人に。


「膝枕・・・・・」

「キスし放題・・・・・」


 うわあ、目が虚ろ・・・てゆーか、ケダモノに戻ってるし!!


「あのー、僕、お腹が空いたんですけど・・・・」


 とりあえず抵抗はしてみる。しないと、次から抵抗すら許されなくなりそう。


「そうね。メアリー、ご飯作ってくれる?」

「リョーはボクたちで見てるから」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ふみの、ふとん」


「は、はあ・・・・・・・・・・・」


 さすがのメアリーも、二人の発するオーラに引き気味だ。

 しかしっ、こんな簡単に諦めてはいけない!


「でも、起きないと食べられないし・・・・・」


「食べさせてあ・げ・る♪」


 極上の笑顔で仰る美守さん。


「いやいやいやいや、せっかくだけど遠慮するからっ! ほら、そんなの行儀悪いしっっ!」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・くちうつし?」


 ビッ! ←三人同時に親指を立てて


「「「 採 用 ! 」」」


「メアリーまで賛成!?」


 誰か助けて−−−−−−−−−っ!!!  












 その後に起こった惨劇については・・・・・・・・・・・言いたくない。


 それから一週間くらい、犬養家のみんなは上機嫌だった。


 ・・・・・・・僕以外は。


 これ以上のことは、頼むから聞かないで欲しい。




 つか、察しろ(泣)






(おしまい) 







<あとがき>

 はい、おしまい!

 先日、某サイト様のトップページでコメントしていただきましたので、お礼代わりに書きましたw ミカミ様、貴重なご感想をありがとうございましたm(_ _)m

 今回のメインは”シルキー”のメアリーたん。

 本編だと破壊魔みたいですけど、それだけじゃないんですよ〜っ、とゆーことで(^^


 では皆様、ここまでご覧いただきまして、ありがとうございました!


06/04/24 神有屋 拝



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