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三国志8 リプレイ − 李典 篇 −

"李典よ虎になれ"

一回目

二回目

三回目

四回目

五回目

六回目

七回目

八回目

九回目(最終回)

 更新終了 02/5/7



   第一回


ファーストプレーは有名武将、というのが初心者のセオリーですが、今回はいきなりマニアックなキャラで挑戦しました。

・まずは主命に従って町造りに携わり、余暇の時間を使って人脈作りに励む。

・仕官3年目でようやく2,3の武将と親密な関係になることができた。

・で、そんなある日の事.....

典葦(当て字です)が自宅を訪れてきた。何でも「義兄弟の契りを結びたい」との事。

義兄弟.....その言葉にグッと来る李典だったが、ふと気付いた。

義兄弟...それは、

「我ら生まれた日は違えども」

「死す時は同じ日、同じ時を願わん!」

という神聖な誓いをたてる関係です。

で、何が問題かと言いますと.....







典葦って早死にするキャラじゃん!!(ToT)



(死すときは同じ日、同じ時を....)



「ゴメン! 典葦君っっっ!!!」

(泣きながら走り去る李典19歳)

その場には、傷つき呆然とした典葦が残されたのであった.....

(続く)


   第二回



・これといった特徴のない李典君。ロクな能力がないから主君の覚え全くよろしからず、ヒマでヒマでしょうがない。

そんな李典の誇る数少ない特技は「偵察」(またの名を”覗き見”)。このピーピング能力を生かして諸国を闊歩しているうちに、李典君は異様に顔が利くようになってしまった。

その結果が、北方に賢者ありと聞けば敵陣を突破して会見し、南方に勇者ありとの噂を聞けば戦火をくぐって確かめに行く無宿生活。

本拠に戻るのは主君に人材を推薦する時と、旧知に顔出しする時くらいだ。

「虎になる」はずだったのが、現実にはポン引きか美人局.....嗚呼。

こんな甲斐性なしでは、もちろん家庭生活とて円滑なばすもなく、親友の紹介で結婚した妻は「男なんてこんなモノ」と悟りきって放任(=放置)状態。宝物のはずの長男は生まれてから二年も父の顔を見ず、話していてもどこかよそよそしい。

ゲームシステム上、離縁状を叩きつけられないのが唯一の救いだったりする。

こんな下積み生活がいつまで続くのか....







ガンバレ、李典(ToT)


   第三回『初陣!』

・長子(盛と命名)が物心付き、「どーして僕のお父さんは家に居ないの」という質問が胸に痛い今日この頃...

しかし、ドサ周りドブ板踏みの李典にも、ついにチャンスが巡って来た! エン州北半を牛耳る孔家の当主に対してエン州太守の曹休が討伐を号令、李典にも出陣命令が下ったのである。総大将は李典の親友にして猛将、典葦! 李典はその参軍(参謀)として1隊を率いる。

典葦「軍鼓を打て! 銅鑼を鳴らせ! いざ出陣じゃぁ〜っ!」

て、威勢はいいけど典葦の旦那、味方の数が少なすぎないかいっっっ!!??

典葦「戦は数じゃない」

そうは云うけどさぁ...

戦場に着いて唖然呆然、敵軍は5万もの大軍だ! しかも盟友が来援中で総兵力なんと8万!!

対する味方はたった2万。


......あのー


「城攻めには敵の十倍の兵で」てのは、かの孫子以来の常識なんですけど。











死ねというのか。

(続く、といいけど...)


   第四回 雌伏

・案の定、あっさり負けた典葦軍。

李典は死に物狂いの逃避行で何とか本拠に辿り着いたが、部下のほとんどが行方不明。文字通りの「全滅」だった。不幸中の幸いは、敵に捕らえられていた典葦が解放され、ほぼ無傷で生還できた事か。

ボロボロの敗将二人を太守曹休は黙殺。ムカついた李典は宮廷で曹休の悪口を言いふらし、しかもネタがバレてさらに関係悪化(アホが...)

李典は(となぜか典葦も)四半年を蟄居して送る事になった....



ところで李典の主君はといえば、本拠の苦境などものともせず、西に南にと活発に勢力を伸ばしている。

夏侯兄弟を従えて許昌を奪取したと思えば、その夏侯兄弟に許昌を任せて自分は西に転進、頴川郡を奪って国都洛陽を窺う。そして主君の傍らには常に程イク(李典の義兄弟)が侍立して、主君に素晴らしい戦略を献策している。主従揃ってなんとも華やかな活躍ぶり。

それに比べて我が身の惨めさよ....



主戦場から遠く離れた空の下。

仕事を干され、子供に乗馬を教えながら、李典は天を見上げる。

「俺は....終わってなんかないっ」

全てはこれからだ。

そう。

虎だ。


俺は虎になるんだぁぁぁ〜〜〜っっっ!!!

(続く)


   第五回 雄飛


・五年の歳月が流れた...


上司の悪口を言いふらしてムチャクチャ嫌われた李典だが、如才なく賄賂を贈って翌年から現場に復帰、典葦と山賊退治を行って「街のお巡りさん」の評価を確立する。さらに連日連夜の大宴会を開催、肝臓を痛めた猟官運動の甲斐あって、第三次孔家討伐軍に潜り込むことができた。


誰だ、「虎じゃなくて狐狸になってる」なんて言うのはっ。

仕方ないだろ〜!

こうでもしないと仕事もらえないんだから! ←逆ギレ


ともかく第三次討伐軍に加わった李典は、軽騎兵を預けられたのを幸い、機動力を生かして戦場を駆け回る。大部隊からは全力で逃避、敗走寸前の弱小部隊だけを狙い撃ちにして捕虜を踏ん縛る。

....そこ、「ズルい」とか言うな。

かくして勝利の後、手元に捕獲した敵将の数、三人。もちろん並み居る同僚の中でトップの数字だ(軍功は総司令官に次いで二位)。この功績をもとに、ドブ板踏みの李典君、占領地の軍師に招請されたのだった!

意気揚揚として、引越し支度のため自宅に帰る李典。

その帰途で見たのはなんと、女の子と戯れる長子の姿だった。

李盛(李典の長子)「ち、父上、見てたのですか!」

李典「いやいや、お前ももうそんな歳になったんだなぁ...」

李盛「.....(赤面)」

李典「だったらあの可愛い子のためにも、お前はもっと格好良くならなくっちゃなあ」

李盛「からかわないで下さい!」

李典「ははははははは」



.......お〜い。

武将は「格好良く」なる前にまず「強く」ならなくっちゃ生き延びられないんだぞ〜.....

そんな教育方針でいいのか、李典。

帰宅した夫に、妻は息子の将来を憂えて、「あの児は生まれつきの勇者ですけど、成長はあれで止まりですね」と言った。

(続く)


   第六回 徐州征伐

曹操から一個軍団を預かる身となった曹休、そしてその片腕となった李典。

二人は主君から、次の標的として徐州を指示された。ここは陶謙の統治の下、乱世から程遠い牧歌的な生活を営んでいる。侵略するには手頃な土地だ。

李典は主君の慧眼に感服しつつ、徐州内部の掘り崩しにとりかかった。

徐州の武将と言えば、浪々の身を拾われた呂布くらいのものだ。幸いこちらには、下積み時代に知り合った謀将、華キンがいる。李典自身も、金にあかせて買い漁った兵法書のおかげで、そこそこ詐術には詳しい。

ここに戦国最低の策謀タッグが結成された。

単細胞の呂布は華キンにいとも簡単に騙され、涙金欲しさに曹操のもとに転がり込んで来る。同じ頃、李典は宋憲を頻繁に訪問し、主君の悪口を言いふらして篭絡している。厳白虎、武安国らも同じ手で調略。

軽いもんだ。

さて部下をたて続けにもぎ取られた陶謙。普段は温厚な爺さんだが、さすがに怒ったらしい。側近中の側近といえる陳家の親子を送ってよこした。

陳登「我が国は、すでに貴国を攻める準備を整えています。この地を保ちたくば金2000を頂戴したい」

やれやれ、強請(ユスリ)タカリの類ではないか。

李典は軍師として、断固拒絶を助言した。

曹休「しかし奴らが攻めてきたら...」

李典「あの儒者どもにそんな度胸や力があるもんですか」

この一件の後、策謀タッグはさらに暗躍を活発化させ、敵国内部を散々に食い荒らす。それから太守に出陣を進言し、悠々と徐州を勢力下に収めた。

曹休「それにしても、陶謙の配下は役立たず揃いだったな」

李典「全く、この乱世に文官ばかり集めて、何を考えていたんでしょうか」

(武官を引き抜きまくったのは李典自身)

華キン「戦場に出た者共もゾロゾロ寝返ってきましたし。根性なしばかりで...」

(内通工作は華キンの十八番)

李典「危機にこそ主君の人徳が判明するというのは本当ですなぁ」

華キン「まったく」

曹休「............」

ふと気付くと、曹休が策謀タッグを気味悪げに見つめていた.....


(続く)


   第七回 蛇の道はヘビー?

 徐州征伐に貢献した李典のもとに、ある日、長安からの使者が訪れた。

使者「李二品様(「二品」は官位)、魏王がお召しでございます。ご家族と共に長安にお越し下さい」

李典「孟徳様が我が一族を!? なにゆえ?」

使者「委細は長安にてお聞き下さい。急ぎ参れとの魏王のお言葉でございます」

李典「あいわかった。媛!(李典の妻)、盛!、皆の者、引越しの準備をいたせ!」

 急いで(といっても三ヶ月近くかかったが・・・・)長安にやって来た李一族。

 予め準備されていた邸宅に着いた李典は、荷をほどく暇もなく王宮に召し出された。

 

魏王曹操「おう、李典、久しいな」

李典「魏王には本日もご機嫌麗しくまことに・・・」

魏王「麗しくないわい

李典「は?」

魏王「西涼の馬賊どもが気掛かり目障りでな。おちおち夜も寝られん」

李典「馬賊・・・・・西涼太守・馬騰の一族でございますな」

魏王「うむ。何度も討伐軍を送ったが、みな見事なまでにしてやられてきおる」

(・・・・・なるほど。それで、か)

魏王「そこでそちを呼び寄せたのだ。我らと奴らでは、騎兵の質が違いすぎる。正攻法では百年経っても勝てん。だが・・・・」

魏王の声が低くなった。

魏王「あの馬賊ども、馬と剣には強いが、はっきり言ってバカ揃いだ。策を巡らし謀(ハカリゴト)を仕掛ければ、内部から崩せる」

李典「その仕事を私めに仰せ付けられるわけですな」

魏王「そうだ。金も人もいくらかかっても構わん。我が国で最も陰険で最もズル賢いそちにしか出来ぬ仕事だ。成果を期待しておるぞ」

李典「・・・・・・・・・・・・」

少しも嬉しくない褒め言葉だった。


(続く)


   第八回 裏街道まっしぐら

 徐州征服後、東海の岸辺で家族と水遊びを楽しむ李典。

 蝗で空が霞む初秋のある日、彼は魏王曹操からの呼び出しを受けた。曹操直下の第一軍団において、なんと軍師に命じられたのである!

 が、

 その実態は、主君に代わって謀略を一手に扱う汚れ役であった・・・



・曹操の軍師になって数年後。



 李典が今日も西涼に工作員を送っていると、参謀本部の右腕、呂蒙が興奮した面持ちで飛び込んで来た。

呂蒙「李先生、李先生、大変なことになりました!」

李典「どうした、子明(呂蒙のあざ名)君。また密使が捕まって縛り首になったのかい?」

 最初は工作員が処刑されるたびに鬱になっていた李典だが、最近は慣れたのか、部下の悲報に眉一つ動かさない

李典「そういう事なら、いつもと同じように『遺憾の意』を表明しておきたまえ」

呂蒙「そうじゃないんですよ! ・・・・・・・いいから、ちょっと来て下さい」

李典「おい、何だね」

 呂蒙は有無を言わせず李典を屋外に連れ出した。

 

李典「うわっ。これはどうした事だ!?」

 決して狭くない内宮前の武者溜まりが、人馬で溢れかえっている。しかも、どの男たちも見慣れぬ顔、見慣れぬ装いで、中原の兵士には見えない。こうべを巡らした李典は、男達の掲げる旗印を見て仰天した。

呂蒙「ほら、大変なことでしょう」

李典「た、た、大変も何もっっっ・・・・神威将軍の親衛兵ではないか!」

 神威将軍。

 姓は馬、名は超、あざ名を孟起という。

 魏王の天敵たる西涼太守、馬騰の長男だ。彼は李典の度重なる離間工作によって父親との間に溝を深め、ついに魏王に投降してきたのであった・・・・・

李典「そ、そ、それで天水は、天水はどうなった? 馬超が押さえていた城だぞ!」

呂蒙「まぁまぁ落ち着いて下さい。すでに曹性と王威が接収したそうです」

李典「そうかそうか・・・・・ やったやった、やったぞぉ・・・・・」

 ここ何年かの苦労と犠牲が報われた瞬間だった。

呂蒙「・・・・・・・先生?」

李典「・・・・・・・・・・・・・・」

呂蒙「先生? 先生!」

 呂蒙の胸に寄りかかったまま、李典の視界は急速に暗転していった。


(続く)


    第九回 冬

侍医「・・・・・・・・・・・」

 李典の寝台から離れ、その男は小さく首を振った。傍らに控えていた家族が俯く。

 侍医の無言の導きに従って、一同は李典の寝室から退去した。

侍医「残念ですが・・・・冬を越すことはできないでしょう」

 魏王から特別に貸し出された御典医の、それが結論だった。過労で弱った心身が、強い興奮に耐えられなかったようである。魏王宮で昏倒した李典は、ふと短い間だけ意識を取り戻すほかは、ひたすら眠り続けていた。

 御典医を見送った李盛(李典の長子)が父の寝室に戻ると、両親の話し声が聞こえた。

李盛「父上! ・・・・お目覚めですか」

呂媛(李典の妻)「ええ、ついさっき」

 呂媛が代わりに答える。

李盛「お加減はいかがですか?」

 息子の言葉に、父はただ口元を歪めた。

李盛「・・・・・・・・・」

李典「盛、お前に渡すものがある」

李盛「結構です。形見の品などいりませんから、父上は一日も早くお体を治して下さい」

 厳しい物言いの中に優しさを感じて、両親は穏やかな視線を交わした。

 嗚呼(あぁ)、私たちの育て方は間違っていなかった・・・・・

李典「媛よ、寝台の下から行李を出してくれんか」

呂媛「はい」

李典「盛、行李は重い。母を手伝え」

李盛「・・・・・・・は」

呂媛「ここにこんな箱があったなんて、知りませんでしたわ・・・」

李典「黙っていて済まん。大事な書簡を入れる事もあったのでな、誰にも言えんかったのだ」

 見えにくいように黒く塗られた行李、その蓋を取った瞬間、二人は息を呑んだ。

左右に二分された行李の中に、無数の書籍と財宝が隙間もなく詰め込まれていたのである。

 書籍は孫子を筆頭に、墨子、老子、六韜、、戦国策、春秋左史伝、史記、論語、易経、傷寒雑病論など、名の知れた史書兵法書が網羅してある。財宝は、玉龍文璧、和氏の璧、呂氏鏡、長信宮燈などなど、古今無双と謳われた秘宝が、ありふれた玉杯や耳飾に混じって無造作にしまってあった。

李盛「父上・・・・これは・・・・・・・」

李典「今から、全てお前のものだ。お前の道を開くために使うがよい・・・」

李盛「し、しかし」

 とまどう息子を見て、父親は口元を緩めた。

李典「いいからさっさと受け取れ。アレの目が怖い」

 夫のヘソクリを目の当たりにして、呂媛の顔が引きつっていた。


李盛「一つ、よろしいですか」

李典「何だ」

李盛「これほどの宝を、どう・・・・」

李典「・・・・貰ったり、買ったり、色々だ。国中を廻り、多くの者と会ううちにな」

 答えると、李典は寝返りをうって顔を家族から背けた。

李典「もう行け。私は眠る」

李盛「・・・・・・・・・・・・・」

 李盛は父の背に黙礼して、行李に蓋を載せた。

 重い行李を持ち上げ、部屋から出ようとした時だった。低い言葉が耳に届いた。


「宝も才能も同じだ・・・・・磨かれ、使われてこそ輝く・・・・・」


李盛「・・・・・・・・・父上?」

李典「・・・・・・・・・・・・」

振り返った息子に、父は二度と口を開かなかった。




 李典、あざ名は曼成。武祖に仕う。

 戦場往来二十有余年、敵陣を破ること四十二回、名だたる勇将との一騎打ち三度。

 最終官位は一品官、最終職位は第一軍団軍師。

 217年1月長安にて死去。享年44歳。

 奇しくも、生涯の友、典葦と同じ命日であった。


・・・・・・そして・・・・・・


魏王「ここに汝を五品官に任じ、巴城太守を命じる」

李盛「はっ。この上なき名誉、この上なき喜びにございます」

魏王「ついては一年を目途に、隣城の永安を奪取するよう」

 広間をどよめきが走った。占領したばかりで廃墟も同然の城を拠点に、三倍の軍勢を擁する敵城を攻略せよというのだ。過酷な命令に諸将がとまどうのも無理はない。

 しかし命じられた男は、涼しい顔で真新しい冠を被り直したりしている。

 隣にいた武将は思わず袖を引いて問い掛けた。

張文遠「貴官、命令を理解しているのか」

李盛「はい。亡き父は五倍の敵を相手に生き残りました。私の敵は三倍程度です。大したことはありません」

張文遠「・・・・・・・・・」

 それに、と李盛は付け加えて、父親そっくりの微笑を浮かべた。







    「一年あれば・・・・裏工作には充分ですよ(ニヤリ)」






 


 ・・・・・・・・歴史は繰り返し、伝統は受け継がれる・・・・・・・








(終了)


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