生徒指導  (第四回・5月11日)
 
 予告どおりに今日は「対人理解」及び「不登校現象理解」のために、ロールプレイングの一つとして「サイコドラマ」をやっていただきます。
 前回にも説明しましたが、即興の劇を演じることで、心理的に仮想(疑似)体験によってその状況を理解するという精神療法の方法論の一つでもあります。
 
 何度か述べているように、他人との関わりという実態は、ある個人の中での仮想での体験だと考えます。そこから実感していくことを共感ともいえるでしょうか。つまり、ある人との対話は、そういう状態(実際の会話風景)があるということと、その個人にとっては(つまり会話している当人にとっては)その「アタマ」の中で「自分自身」と「相手」が会話しているシーンとして認識されているはずで、しかし「相手」は自分ではないのでそれも「想像」(「客体」として演じている)にしかすぎないということでしたね。自分は「アタマ」の中の「自分自身」でしかありえない。「アタマの中の相手」は想像にしかすぎないし、それは自分が演じてるだけの「人格」(「客体」)の想像にしかすぎない。だから勘違いはあるし、よくわからないこともある。でも相手の発する言葉やキャラクターやつきあう回数や深さなどの関係から理解していくごとにその「想像」という「仮想体験」は現実味を増してくる、というか「共感」できて「実感」すらできるようにもなってくるのですね。完全な理解はありえないけれども、しかし理解は増してくるわけです。
 そのように「理解」されていくと考えています。
 「物語」理解でも同じですね。それは「自分」が出演していなくても、自分の「アタマ」の中で舞台が形成されて、その中で出てくる人物や出来事は自分が演じている複数の「客体」だったりするわけです。だから完全な理解はありえない。けれども「物語」を複数の人が読めば「共通」に読める部分もあるし、同じような感想もありえる。明らかに「認識」が重なる部分・・・、「共感」できる部分ですね。でも若干異なる読みもありえる、「誤解」ですけれど、それは「仮想体験」を実感として体験したかのように理解する上での「ズレ」ですね。物差しといいますか、まあ「経験」から来るズレです。同じ人生は歩んでいないわけですから。
 他人と話していって、そのヒトのことをわかってくるときって・・・、たいていは何か「共通項」がみつかったときではないでしょうか。「あぁ、わかるっ」と思えるとき。他人の「心理」を理解するってのはそういう構造がありますね。
 心理学的にはもっと複雑なところまでいきつきますが、まぁ基本はそう変わりません。言語的なレベルでの理解だとか、身体的なレベルでの理解だとか、あるいは「対話」における「転移」「逆転移」などといった状況はありますが、これも上に簡単に述べたような「対人(理解)構造」と同一ライン上にあるものです。またじっくりと説明はします。
 
 とにかく、そういった「理解」の回路を「理解」するために様々なロールプレイングの方法がありますが、今日は「不登校」という生徒指導上の重要な問題の一つを理解していただくために、それを「心理ドラマ」として演じてもらいます。
 目的は、その「役」を演じることでその役の「心理」を想像してなりきってもらうということと、そのドラマを観ることで全体の問題点を知ることです。あと、なぜ、そういうふうに演じてしまうのかという次なる課題もありますが、まずは「即興」で演じてもらいます。組み合わせは先週抽選していますが、しかしお互いによく知らないどうしを組みましたので「即興」にはなると思います。
 
 次のように進めます。
 ・10分間、組ごとに最初の開始時の舞台設定と、全体のキャラクター(性格)ぐらいを決めておく。ある程度の流れも話し合っておいてもいい。
 ・開始時の設定・・・、例えば朝食時に誰かが不登校児を起こしにいくというような場面から始めて、あとはお互いにふりながら話をすすめていく。決めておいた性格の立場どおりに(その役柄になりきって)ドラマを進める。
 ・登場の仕方は任せるが、学校から担任か生徒指導の先生が家庭訪問に来る。学校と家庭、子どもと教師、親子の関係を演じていく。
 ・時間は10分間でくぎる。
 
 さきに話しておきましたが、この「ドラマ」は行っているフリースクールでも父兄にやっていただいてるものです。カウンセラーの先生(牟田武夫先生)に教えていただいた方法です。心配で相談に来ている父兄ですが、フリースクールに来れるようになっている時点で深刻な引きこもりからは離れているわけでして、一歩外に踏み出せているわけです。そうはいってもご家族の心配・心労も大きいと思います。しかし、深刻な問題ゆえになかなかその枠の中にいる自分自身も見えないことがあります。そこでこのドラマをやると、それぞれがそれぞれのポジションの心理や悩みや問題点が見えてきます。ご父兄の場合には「先生」役は入れないことも多いです。そして「即興」もリアリティがあります。なぜならその実感があるからですね。ただし、各自の抱える問題が微妙に違うから演じる人による違いもあって・・・、その多様さを理解し、さらに違った角度からの新しい「理解」も増していくこともあります。
 それとお父さん役はお母さんに、お母さん役はお父さんにやってもらうという「役割」の転換もします。そこに勘違いと、そこから生じる仮想体験としての「共感」も増していきます。もちろん「問題を解決しよう」という迫力があって、さらに相互にささえあっていこうという共通意識もあって、交流にもなるし、それらのご家族へのカウンセリングにもなるというものです。
 説明が長くなりましたが、終わってからまた講評もします。
 それでは、始めてもらいます。
 
 
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※ドラマの詳細な内容はここには記せません。基本的にアドリブですし、記録には録っていませんので。ここではその設定(私のメモから)のみ掲載いたします。
 
 「サイコドラマ」(第一回目)
 
 第一ドラマ「不登校3日目の子のいる風景、朝食時」編
父:タカハシ・・・きびしいつっこみのあるお父さん。
母:セキグチ(マサ)・・・おとなしめのお母さん。
祖母:ヨネムラ・・・やさしいおばあちゃん。
不登校児:ヨシナガ・・・はっきりしない不登校初期の情緒不安定傾向。中学生。
弟:カワダ・・・クールな小学生。
先生:ミネサカ・・・やさしい先生。
 
 
 第二ドラマ「不登校長期化の子のいる風景、朝食時」編
父:オヌマ・・・つよいお父さん。「行かないのがダメ」。
母:スギモト・・・こまかいお母さん。お父さんと対立。
祖父:イシダ・・・貫祿・存在感あるおじいちゃん。「すべてに反抗期」。
不登校児:コムロ・・・元気な不登校。自称「鬱病」。高校生。目標喪失型。
姉:カミオ・・・サバサバ、大学生。「やめちゃえば」。
先生:アキモト・・・2ヶ月も家庭訪問に来なかった先生。「学校の他に楽しいこと  があるからか?」とつっこむ。
 
 
 第三ドラマ「不登校長期化の子のいる風景、夕食時」編
父:ヨシエ・・・おちついたお父さん。
母:シシクラ・・・よく話すお母さん。
祖父:ツキオカ・・・無口なおとなしいおじいちゃん。
不登校児:イノ・・・不登校8ヶ月め。中学3年。「ひきこもり」型、対人恐怖症状がみられる不登校。
兄:シモザキ・・・かつて3ヶ月の不登校を経験。高校生。
先生:ヤマモト・・・テンション高い教員。GTO級。
 
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 はじめてにしては熱演でよかったのではないでしょうか。まぁ、楽しいというのもありました。即興にしてはよくできているし、不登校児にしてもそれぞれ違ったパターンが出ていました。もちろん多少問題点もありましたが、それは来週ゆっくりとお話ししたいと思います。
 先ず、今日のは皆さんの中にある「不登校」現象の理解(や知識・情報)のいったんでもあります。いろんな人の演じるものでそういうのがわかることもある。
 それでまさに「親身になって」理解が深まれば、そういうようになってくればそれで成功です。「楽しい」というのもありますが、ではなぜ「楽しい」役を演じてしまうのか、それはテレなのか、なんなのか・・・、まさにそれも「反応」としての人間関係なのですが、そういうことも今後お話ししていきたいと思います。
 今日は時間がないので、来週までに自分が演じた役柄について感想を書いてきてください。
 数人、ドラマに出演していない学生もいますが、それは観た感想を書いて来てください。基本的に周囲の近所の人でもいいのですが、ですから最初にいったように「自分が出ないドラマ」でも自分の「アタマ」の中では「自分」が客体として仮想体験しているのですから・・・、誰かについてでもいいですし、全体についてでもいいです。
 あと、厳しい言い方ですが、私は「第三者」という存在を少し考え直したいと思っている人間です。何かというと、「いじめ」現象において、「いじめた」側と「いじめられた」側がいて、他に「見ていた」けど止められなかったという立場(位置)はたしかにありますね。しかし、この「見ていた」のも無視や見て見ぬふりをせざるをえないという現実もあるでしょうが完全な「無関係」とはみたくないのです。「アタマ」の中でその状態を想像する、つまり「わかる」という行為があれば、もしかしたら状態は変わってくることもあると考える人間です。特に積極的に関われとかいうのではなく、少なくとも教育問題に関わる大人であり、意志があるわれわれはそういう「わかる=想像力」を意識していきたいものだと考えます。
 
 ちなみに資料として「平成10年度不登校状態となった直接のきっかけと不登校状態が継続している理由との関係」(文部科学省初等中等教育局児童生徒課『生徒指導上の諸問題の現状と文部科学省の施策について』平成13年)の数値を見ていただきました。
  不登校の要因・起因 その中の詳細な理由(%は全体中)
小学校
 
学校生活に起因(全体の20.2%) 友人関係10.6% 教師との関係2.1%
家庭生活に起因(全体の27.5%) 親子関係15.8%
中学校
 
学校生活に起因(全体の38.4%) 友人関係19.7% 教師との関係1.7%
家庭生活に起因(全体の17.4%) 親子関係 8.3%
 
 学校生活上の影響、あそび・非行、無気力、不安など情緒的混乱、意図的な拒否、複合、その他、のタイプのうち、「不安など情緒的混乱」型不登校が増えていて(小学校では総数25910件中8623件=33.3%がこのタイプ・中学校では同100112件中24783件=24.8がこのタイプ)、区分としては「学校生活」の中でも「友人関係をめぐる問題」が、そして「家庭生活」の中でも「親子関係をめぐる問題」がその主要な要因となっていることが数値としてあらわれていました。
 「人間関係」が悩みの主な原因である。わかってはいるけど難しいものですね。人間を理解するのは難しいのですが、「わかる」こともたしかに大切です。
 
 今日はこれで終わります。