<コラム>「サンボと他の格闘技(その3)」 2005年3月25日

「サンボ」に関する記述が曖昧なままでいたこと、とくに「柔道」とからめて書かれたため、さらに今に至るまでも「経験者」なり専門の「研究者」なりが確立されていないため、事実誤認が多いままでいたことについて書いてきている。

「柔道」との関係はもちろん私も重要ではあると考える。「サンボ」はオリンピック種目ではない。サンビストが五輪に出場するには「他の競技」の選手として出るしかないのである。その意味では「柔道」との「邂逅」は「サンボ」にとっても重要なことであったと思うのである。

現在、「サンボ」が「サンボ」であるために、「世界への普及」が欠かせないものだと考えられているのは理解できる。柔道やレスリングで活躍するための「技術」として、「サンボ」以外の人からのニーズはこれまでもあった。しかし「サンボ」だけをやる人間、他の競技に執着しないサンビストたちのやりがいとしても、世界への拡大や「認知」は欠かせないものであろう。その延長上に五輪競技化がある。おそらくロシアの連盟関係者は真剣に構想を練っているのだろう。

さて、「日本柔道との邂逅」の一つであった既述の「初対戦」について、もう少し記事をみなおしてみたい。

彼らは2月17日夜に到着し、翌日公開練習をしている。19日付「東京新聞」では、「柔道ルールで日本選手と試合を行なう注目のサンボ選手は、ひと汗流したあと柔道着を着用し、二組に分かれて乱どりを行なった。その練習ぶりをみると上背こそないが柔軟なからだをしており、スピードとスタミナは日本選手も十分警戒しなければならないように見受けられた。」とし、大沢柔連強化コーチの談話として「技はまずいが引き込まれると腕力が強いので危険だ」とその印象が語られていた。

同日「日本経済新聞」では、「各選手は、軽く柔道の乱取りをしただけだったが、一見、力は強そうだが、動きはぎこちなかった。日本ではじめてのソ連柔道を見ようと、講道館の高段者連がつめかけたが、いずれも「これなら勝てそうだ」という自信満々の顔。」と書かれ、さらに「まず第一に目についたことは、四選手には足技がほとんどみられず、立ち技では日本に分があるとみられた。全般の動きも柔道に比べて未熟だった。ただ寝技は、レスリングの影響で各選手とも粘り強く、関節技も予想以上に研究を積んでいた。この面では案外あなどりがたい。」と分析が加えられている。

以上の「記者」の目でも、柔道との違いが見出されていることには注目したい。レスリング的な速くパワフルな動きに着目されている。それもサンボの特徴である。寝技の展開にも「違い」が見つけ出されている。またたしかに「足払い」の種類はこのときには不足と思われたようだ。レスリングに近い低い姿勢で戦うときには、足の使い方が若干異なることもある。

次の記事は「読売新聞」(同日)のものである。サンボの創設についても簡単に触れられている。

来日ソ連チームの一つの特徴は柔道を兼ねたサンボ選手四人の存在だ。サンボはソ連の民族技ともいわれ、ソ連邦内の各共和国に昔から伝わっているバリバという組みうち競技から特徴を寄せ集めて作られたもの。いわば柔道と相撲とレスリングの混血児のようなものである。この競技が東京オリンピックの柔道競技を国際舞台への進出口としてきたわけで、ソ連ではこれまでにあったサンボ連盟から独立して昨年から柔道を本格的にはじめ、今回来日のライト・ヘビー級シュリッツ選手は国内認定で柔道二段位を持っている。

 ソ連は昨年、西ドイツで行なわれた欧州選手権に無差別、二段の両級で優勝、団体戦で三位を収めたほか、世界選手権者ヘーシンク(オランダ)と好戦した選手がおり、またフランスとの国際柔道大会や、ブルガリア、東独、チェコとの三国大会で優勝するなどサンボからの変わり身のはやさを見せ、なかなかあなどりがたい新興勢力ぶりが伝えられている。

 四回の大会では日本側から学生柔道連盟と全柔連の各地支部代表が柔道ルールで対戦するが「寝わざに強く、攻撃的で粘り強い」といわれるソ連選手の実力のほどは見ものである。」(以下略)。

以上の記述も「日本最初のサンボの本」と符合するし、影響を与えた、あるいは当時の受け取りかたはこのようなものであったのだろう。解説されるサンボの動きも基本的には現在のものと共通する。しかしいわば柔道と相撲とレスリングの混血児のようなもの」という「いうならば」という例えのレベルでの共通性はあってもそれを超えたものではないのである(であるからこの記事は正しい)。「東京オリンピックの柔道競技を国際舞台への進出口としてきた」という分析も、戦術・政治的なものとして、当時のソ連と国際社会から考えたときにはあてはまるのではないか。

もちろん「ソ連」でも「柔道」を重視する考えもあった。このページの背景画像のマトリョーシュカは有名なサンボ学校「サンボ70」で購入したものだが「柔道着」を着たデザインである。またサンボ創始者として知られるハルランピエフに息子がいることをご存知だろうか。彼の著述などには「柔道」との関係なども重視されていることは読みとれる。

 (続)

 


 

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