日本教育史G(11月22日) 〜近代以降の教育の変遷から、「教育」制度・改革・論争を読みとる〜(その2)
★近代教育内容の変遷 ・・・「国際性」→「独自性」という周期的動き。「自由」と「管理」という反動。
江戸時代(封建制国家・幕藩体制下の教育)
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(武家・藩校)
儒教
武術
(庶民・寺子屋)
読
書
算
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1872年
(明治5)学制
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綴字
習字
単語
会話
読本
修身
書牘
文法
算術
養生法
地学大意
理学大意
△体術
△唱歌
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1879年
(明治12)教育令
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読書
習字
算術
地理
歴史
修身
○罫画
○唱歌
○体操
○物理
○生理
○博物
○裁縫
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1880年
(明治13)教育令
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修身
読書
習字
算術
○地理
○歴史
○罫画
○唱歌
○体操
○物理
○生理
○博物
○裁縫
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1890年
(明治23
小学校令
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1941年
(昭和16)国民学校令
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大正自由教育
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修身
読書
作文
習字
算術
○体操
○日本
地理
○日本
歴史
○図画
○唱歌
○手工
○裁縫
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国民科
修身
国語
国史
地理
理数科
算術
理科
体錬科
体操
武道
芸能科
音楽
習字
図画
工作
裁縫
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1947年
(昭和22)
学習指導要
領
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国語
社会
算数
理科
音楽
図画工作
家庭
体育
自由研究
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1992年
(平成4)学習指導要領
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国語
社会
算数
理科
生活
音楽
図画工作
家庭
体育
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2002年
(平成14)学習指導要領
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国語
社会
算数
理科
総合的学習
生活
音楽
図画工作
家庭
体育
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独自性
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国際性(直訳)
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やや独自性(日本語)
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独自性(道徳重視)
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国家主義(天皇制)
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国際性
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国家主義(軍国)
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管理
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自由
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自由
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管理
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管理
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自由
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管理
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封建主義
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文明開化
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経済的問題
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自由民権運動
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教育勅語
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新教育
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世界大戦
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国際性(民主主義)
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ゆとり路線
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ゆとり強化
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自由
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占領下教育
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臨教審改革
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グローバル
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戦後の教育の改訂をみると、たしかに上の図では戦前のようにダイナミックに、あるいはわかりやすく変わってはいない。「学種指導要領」で知られるように統一され、そして大きな変化はないとも思える。少なくとも教科数・名称では大差はない。しかし、扱いや、あるいは論議になったもの、答申などをみると大きい変容の流れをみることができる。
★「学習指導要領」の変遷
1947年、「学習指導要領・一般編」〔試案〕を発行(3月)。実施4月〜。
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「試案」であった。
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1955年、高校学習指導要領改訂(実施は56年)
、「試案」の字が削除となる。(12月)
小・中では「社会科編改訂」
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「試案」でなくなる。拘束性をもつようになる。
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1958年、改訂(小・中) 、道徳時間の特設、科学技術教育の重視。(教育内容の現代化)
官報告示。(文部省は学校教育課程の拘束を主張、教科書内容の統制進む)
実施、小(61.4〜) 中(62.4〜) 、道徳は58.10 〜。
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「官報」で準法則性。「道徳」の急務が説かれる。
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1968〜70年、改訂。教科内容の現代化、小学校から集合、関数など導入。神話教育復活。
実施、小(71.4〜) 中(72.4〜) 、高校(73.4〜) 。
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「神話教育」の復活
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1977〜78年、改訂。教科内容の過密化を改善するとし、授業時間の削減、前回導入の集合を削除
「ゆとりの時間」設定。高校では「習熟度別学級編成」導入が提示。
実施、小(80.4〜) 中(81.4〜) 、高校(82.4〜) 。
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「反動」の時代
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1987年12月、臨時教育審議会答申をうけ、教育課程審議会は、道徳教育の充実、
(小) 低学年の社会科・理科廃止と生活科の新設、(高) 社会科の「地歴科」「公民科」へ
の分割等をもりこんだ答申を発表。〔他に「格技」を「武道」に〕
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一面で「ゆとり」、しかし道徳、公民、格技。中曾根総理のイニシアチブ。
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1988〜90年、上答申をうけ、学習指導要領は戦後6度目の改訂。
実施、小(92.4〜) 中(93.4〜) 、高校(94.4〜) 。国際化・情報化・個性化・自由化
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「ゆとり」路線
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2002年、学習指導要領は戦後7度目の改訂。「総合的学習の時間」。学習内容の「精選」。
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「ゆとり」と「反動」
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この流れは、戦前のものと似ているのではないだろうか(略)。
★学制(明治五年八月三日文部省布達第十三号別冊) ★教学聖旨大旨(明治十二年)
●「人々自ら其身を立て」「学問は身を立るの財本ともいふべきものにして人たるもの誰か学ばずして可ならん」
●「学問は士人以上の事とし農工商及婦女子に至っては之を度外におき学問の何者たるを辨ぜず又士人以上の稀に学ぶものも動もすれば国家の為にすと唱へ身を立るの基たるを知ずして或は詞章記誦の末に趨り空理虚談の途に陥り」
●「自今以後一般の人民華士族農工商及女子必ず邑に不学の戸なく家に不学の人なからしめん事を期す」「幼童の子弟は男女の別なく小学に従事」
●「但従来沿襲の弊学問は士人以上の事とし国家の為にすと唱ふるを以て学費及其衣食の用に至る迄多く官に依頼し之を給するに非ざれば学ざる事と思ひ一生を自棄するもの少からず」「自ら奮て必ず学に従事せしむべき」
★立身出世(個人の独立)、実学の推奨、就学促進(しかし受益者負担)・・・従前の制度を批判
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●「輓近専ラ智識才藝ノミヲ尚トヒ文明開化ノ末ニ馳セ品行ヲ破り風俗ヲ傷フ者少ナカラス」「一時西洋ノ所長ヲ取り日新ノ效ヲ奏スト難トモ」「仁義忠孝ヲ後ニシ徒ニ洋風是競フニ於テハ將來ノ恐ルル所終ニ君臣父子ノ大義ヲ知ラサルニ至ラン」「是我邦教学ノ本意ニ非サル」
●「祖宗ノ訓典ニ基ヅキ専ラ仁義忠孝ヲ明カニシ道徳ノ学ハ孔子ヲ主トシテ人々誠實品行ヲ尚トヒ」「道徳才藝本末全備」
●「仁義忠孝ノ心ハ人皆之有り然トモ其幼少ノ始ニ其脳髄ニ感覚セシメテ培養スルニ非レハ」
●「農商ニハ農商ノ学科ヲ設ケ高尚ニ馳セス實地ニ基ツキ他日学成ル時ハ其本業ニ帰リテ益々其業ヲ盛大ニスルノ教則アランコトヲ欲ス」
★西洋化政策を批判(風俗・品行の乱れ)、儒教道徳の重視、・・・自由民権論へ対抗
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★教育ニ關スル勅語(明治二十三年十月三十日)
朕惟フニ我力皇祖皇宗國ヲ肇ムルコト宏遠ニ徳ヲ樹ツルコト深厚ナリ我力臣民克ク忠ニ克ク孝ニ億兆心ヲ一ニシテ世々厥ノ美ヲ済セルハ此レ我力國體ノ精華ニシテ教育ノ淵源亦實ニ此ニ存ス爾臣民父母ニ孝ニ兄弟ニ友ニ夫婦相和シ朋友相信シ恭倹己レヲ持シ博愛衆ニ及ホシ学ヲ修メ業ヲ習ヒ以テ智能ヲ啓發シ徳器ヲ成就シ進テ公益ヲ廣メ世務ヲ開キ常ニ國憲ヲ重シ國法ニ遵ヒ一旦緩急アレハ義勇公ニ奉シ以テ天壌無窮ノ皇運ヲ扶翼スヘシ是ノ如キハ獨り朕力忠良ノ臣民タルノミナラス又以テ爾祖先遺風ヲ顯彰スルニ足ラン
斯ノ道ハ實ニ我力皇祖皇宗ノ遺訓ニシテ子孫臣民ノ倶ニ遵守スヘキ所之ヲ古今ニ通シテ謬ラス之ヲ中外ニ施シテ悖ラス朕爾臣民ト倶ニ拳々服膺シテ咸其徳ヲ一ニセンコトヲ庶幾フ
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戦後の教育政策方針 どのような目途をもって教育が形成されたのか(詳述は略)
★新日本建設ノ教育方針(昭和二十年九月十五日)
文部省デハ戦争終結ニ関スル大詔ノ御趣旨ヲ奉体シテ世界平和ト人類ノ福祉ニ貢献スベキ新日本ノ建設ニ資スルガ為メ従来ノ戦争遂行ノ要請ニ基ク教育施策ヲ一掃シテ文化国家、道義国家建設ノ根基ニ培フ文教諸施策ノ実行ニ努メテヰル
一 新教育ノ方針
大詔奉体ト同時二従来ノ教育方針ニ検討ヲ加へ新事態ニ即応スル教育方針ノ確立ニツキ鋭意努力中デ近ク成案ヲ得ル見込デアルガ今後ノ教育ハ益々国体ノ護持ニ努ムルト共ニ軍国的思想及施策ヲ払拭シ平和国家ノ建設ヲ目途トシテ謙虚反省只管国民ノ教養ヲ深メ科学的思考力ヲ養ヒ平和愛好ノ念ヲ篤クシ智徳ノ一般水準ヲ昂メテ世界ノ進運ニ貢献スルモノタラシメソトシテ居ル
(以下略)
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★修身、日本歴史及ビ地理停止ニ関スル件(昭和二十年十二月三十一日連合国軍最高司令官総司令部参謀副官第八号民間情報教育部ヨリ終戦連絡中央事務局経由日本帝国政府宛覚書)
一 昭和二十年十二月十五日附指令第三号国家神道及ビ教義ニ対スル政府ノ保障ト支援ノ撤廃ニ関スル民間情報教育部ノ基本的指令ニ基キ且日本政府ガ軍国主義的及ビ極端ナ国家主義的観念ヲ或ル種ノ教科書ニ執拗ニ織込ンデ生徒ニ課シカカル観念ヲ生徒ノ頭脳ニ植込マソガ為メニ教育ヲ利用セルニ鑑ミ茲ニ左ノ如キ指令ヲ発スル
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どのような問題が提示され、それは戦前のどのような動きと類似するものであったか。
★1966/10
中央教育審議会答申等 後期中等教育の拡充整備について (第20回答申)「別 記」期待される人間像
「第1部 当面する日本人の課題」・「第2部 日本人にとくに期待されるもの」
第1部 当面する日本人の課題 (略: 1 現代文明の特色と第1の要請)
2 今日の国際情勢と第2の要請
以上は現代社会に共通する課題であるが,今日の日本人には特殊な事情が認められる。第2次世界大戦の結果,日本の国家と社会のあり方および日本人の思考法に重大な変革がもたらされた。戦後新しい理想が掲げられはしたものの,とかくそれは抽象論にとどまり,その理想実現のために配慮すべき具体的方策の検討はなおじゅうぶんではない。とくに敗戦の悲惨な事実は,過去の日本および日本人のあり方がことごとく誤ったものであったかのような錯覚を起こさせ,日本の歴史および日本人の国民性は無視されがちであった。そのため新しい理想が掲げられはしても,それが定着すべき日本人の精神的風土のもつ意義はそれほど留意されていないし,日本民族が持ち続けてきた特色さえ無視されがちである。」・・・「われわれは日本人であることを忘れてはならない。」
第2部 日本人にとくに期待されるもの (略:第1章 個人として 、 第2章 家庭人として 、 第3章 社会人として)
第4章 国民として
1 正しい愛国心をもつこと
今日世界において,国家を構成せず国家に所属しないいかなる個人もなく,民族もない。国家は世界において最も有機的であり,強力な集団である。個人の幸福も安全も国家によるところがきわめて大きい。世界人類の発展に寄与する道も国家を通じて開かれているのが普通である。国家を正しく愛することが国家に対する忠誠である。正しい愛国心は人類愛に通ずる。
真の愛国心とは,自国の価値をいっそう高めようとする心がけであり,その努力である。自国の存在に無関心であり,その価値の向上に努めず,ましてその価値を無視しようとすることは,自国を憎むことともなろう。われわれは正しい愛国心をもたなければならない。
2 象徴に敬愛の念をもつこと
日本の歴史をふりかえるならば,天皇は日本国および日本国民統合の象徴として,ゆるがぬものをもっていたことが知られる。日本国憲法はそのことを,「天皇は,日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であって,この地位は,主権の存する日本国民の総意に基く。」という表現で明確に規定したのである。もともと象徴とは象徴されるものが実体としてあってはじめて象徴としての意味をもつ。そしてこの際,象徴としての天皇の実体をなすものは,日本国および日本国民の統合ということである。しかも象徴するものは象徴されるものを表現する。もしそうであるならば,日本国を愛するものが,日本国の象徴を愛するということは,論理上当然である。
天皇への敬愛の念をつきつめていけば,それは日本国への敬愛の念に通ずる。けだし日本国の象徴たる天皇を敬愛することは,その実体たる日本国を敬愛することに通ずるからである。このような天皇を日本の象徴として自国の上にいただいてきたところに,日本国の独自な姿がある。
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