……以前のことは覚えていない。  ぼんやりと、悲しいことや、暗いことがあった、ような気がする。    第二回東方最萌トーナメント フリー予選         <上海人形>支援SS 『箱を開けて、彼女ははじめまして、と言った。』  ぱちっ、と何かが私の身体の中を走った。びっくりした。 「……これでよし、と。――はじめまして」  気がつくと、私の前には女の子が立っていた。  私はまだよくわかっていなかった。  なんだろう、と、上手く考えることができなかった。  とりあえずなにか答えようとしたら、 「――わ。凄い呪いね。なかなかいいわ。可愛いし」  女の子は少しだけ驚いたあと、嬉しそうに笑った。 「まだ名前を言ってなかったわね。私は――」  それが、私と主人(マスター)とのなれ初めだった。  それからしばらくすると、私は私が何なのかわかり始めた。  人形なのだ。上海人形と呼ばれる類の人形。  私は主人の家の棚に座らされていた。同じ棚には、他にも人形が座っていた。  主人は、人形を棚に乗せ、何かしてから、私と同じように挨拶をしていた。  そのうちのいくつかは、気に入らないのか、また箱の中に戻されていた。  箱に戻される人形を見て、私はそうならなかったことを喜んだ。箱の中は暗い。  主人が私に向かって手をかざした。  わっ。私はびっくりした。 「おっと」  主人も驚いたみたいだった。 「慎重に……」  私の身体が動いていた。なにか暖かいものが私の中に入ってきて、手足を動かしていた。 「うん」  満足そうに主人が頷く。  なんとなく、私も頷きたくなった。まだ身体は自由には動かない。 「いい子ね」  誉められた。嬉しかった。 「でも、少し硬いわね。少し修繕しなきゃ」  服を脱がされた。あちこち体を調べられる。  慎重にやってるみたいだけど、ちょっと痛い。  しばらく調べられると、主人は別の部屋に言って、がちゃがちゃと何か持ってきた。 「さて、と」  ……とても痛かった。思い出したくもない。  とても痛かったのが終わると、凄く楽になった。  今なら、動かないはずの身体が動かせそうだと思った。  動かないかな? 「あれ?」 あれ?  ちょっとだけ動いたみたいで、主人も驚いていた。 「凄いなぁ」  誉められた。嬉しかった。 「貴女にはアカが似合うわね」  そう言って主人は私に服を着せた。  新しい服だ。嬉しい。 「ふふ」  主人は微笑んで、手をかざし、暖かいものを送ってきた。魔力と呼ぶものらしい。  身体が軽くなる。  もっと嬉しくなって、私は無我夢中で身体を動かした。 「――ストップストップ!」  慌てたように主人が止める。急に身体が動かなくなった。悲しい。 「……ちょっと難しいわね」  今度は少しずつ暖かいものが入ってくる。と、同時に身体が勝手に動き出す。 「こうやって踊るのよ」  ステップ、ステップ、ターン。くるくる。  初めてのダンスはとても楽しかった。  しばらくすると、同じ棚に並べられた人形たちと友達になった。  蓬莱人形、仏蘭西人形、オルレアン人形、露西亜人形、和蘭人形、倫敦人形、西蔵人形、 京人形。  主人がいないとき、私たちは色んな話をした。楽しかった。  そうして話す中で、私たちは主人を助けよう、とみんなで決めた。  主人のおでかけに、私たちはついていく。  ただついていくだけのときもあれば、誰かと遭って、一人一人呼ばれるときもあった。  どっちにしてもとても楽しい。  だけど痛いのは嫌い。  でも主人のことはみんな大好き。  寒い寒い冬が長く続いたときのお出かけのこと。  誰かに遭って、また一人一人呼ばれた。  楽しかったけど、やっぱり痛かった。  痛かったけど悔しかった。  黒いのにはよく遭う。  主人と黒いのは仲が悪そうだけど、主人の敵なのだろうか?  主人から流れてくる魔力の感触だと……よくわからない。  最近のお気に入りは私らしい。よく手伝いをさせられる。  主人に奉仕するのは楽しい。誉められると嬉しい。 「おいで」  主人に呼ばれて、工房に入る。  痛かったら嫌だな。  そんなに痛くはなかった。  それよりも凄く身体が軽い。  凄い。凄い。楽しい。  主人に新しい魔法を教えて貰う。  使うのは主人だけど、私に説明しないといけないと主人は思っている。  繋がりが強くなったのか、主人の魔力から色々なことが伝わってくる。  主人の気持ちがわかって、嬉しくなる。  主人とお出かけ。今晩は私だけだった。  主人はぶつぶつと不機嫌そうに独り言を言っていた。  黒いの――魔理沙に会いに行った。  今ならきっと負けないと思った。  でも戦わなかった。二人は色々言い合ったあと、一緒になって出発した。  満月がどうとか、言っていたと思う。  教えてもらった魔法を使って、いっぱい倒した。  魔理沙もいっぱい倒した。 「お前ももっと撃てよ」 「この子がちゃんとやってくれるわ」  がんばる。 「――行って!」  主人が指示を出す。それと同時に私に一気に魔力が流れてきた。  前だったら、こんなに一杯の魔力を与えられたら壊れていた。だけど今なら平気。  主人の下を離れ、小さな人形の身体を活かして、私だけで弾幕を躱し、目標に肉薄する。  いいよ、主人。  ――魔符「アーティフルサクリファイス」  爆発的に魔力が送られ、実際に、魔力の爆発が起きる。  気持ち良い。  少しだけ派手に魔法を使う黒いの――魔理沙の気持ちがわかった。  主人も同じ気持ちみたいだ。流れてくる魔力でわかる。  ……なんだ、結局二人は――  ――いっぱい、思い出があった。  色々、思い返していた。  とても嬉しかったし、楽しかった。  うん、悪くなかった。良かったよ。  だから、  ―――主人(アリス)、泣かないで。  主人は決して泣いてない。  泣いてないけど、流れてくる魔力が涙色。  ――大丈夫だから。必ず捨てたりしない。  主人の思考が流れてくる。嬉しい。  大丈夫。もし私が壊れても、蓬莱人形がいる。  ちょっと気難しいけど、彼女のほうが強いし、だから大丈夫。  主人が、魔理沙を守るように抱いた。――そして、私に命じた。  ――魔操「リターンイナニメトネス」  魔力が――私に込められた核ごと――爆発する。  ――ごめんね。  主人の、想いが、流れて、くる。  なんとか、返事、を、  ――ううん、        ありがとう。  ぼろぼろになり、もう動かない上海人形を抱き、彼女は一人泣いた。  隣の部屋では、他の人形たちが盛大にダンスをしていた。  それは追悼ではなく、祈りの舞踏。  ――直れ、治れ、なおれ。  ――直して、治して、なおして。  上海人形を、箱の中に寝かせる。  これは決して棺じゃない。  大丈夫。絶対、なおしてあげるから。  だから、今は、少しお休み。 『箱を閉じて、彼女はありがとう、と言った。』 # 元ネタ、及び作品の基にしたもの。 # クーリエ 絵板絵。1164「ラストスペル」 ティー氏 # 氏には最大級の謝辞を。 # # 書いた人:峰下翔吾(仮) # # 急ぎすぎたかな……。_| ̄|○