――――――そんなことは、わかっている。











 第二回東方最萌トーナメント 二回戦 第七試合。

 十六夜 咲夜 vs 上海人形


 上海人形支援SS




『おかえりなさい』








 訪れた目覚めは、驚きに満ちていた。
 もう、起きることは無いと思っていた。
 覚えている限りでは、核が砕け、半身が焼け飛んだのだ。
 だというのに、今の私の身体はどういうことだろう。
 服こそ、以前の使い古しであるが、身体のほとんどが新品のような新しさだ。


 ――どうして?


 疑問に、首を傾げた。すると、


 アリスがなおした! なおしてくれた!


 気が付けば、私はみんなに囲まれていた。他の人形たち、わたしたち。
 その輪から一歩離れて、
「苦労したんだから」
 少し不機嫌そうに、そしてその実とても嬉しそうに主人(マスター)は言った。

 ああ、繋がりまで、元通り。

 ここまで元通りだと逆に不安になってしまう。
 だって、私は壊れたのに。
 身体だって以前と違う。
 戸惑いが伝わったのか、主人が私に近づく。

「大丈夫。きちんとなおしたわ」


 あ――


 優しく髪を撫でられる。


 ああ、ああ――!


 そうして初めて、私はなおされたのだと実感できた。
 嬉しくなる。堪えきれないほど。
 思わず、主人に抱きついた。みんなが見てるのに。


 ありがとう、ありがとう――ありがとう、アリス!


 主人は驚き、そして優しく抱きしめてくれた。
 みんなも、今この瞬間だけは、主人を独り占めにさせてくれた。

 そこでやっと気づいた。
 弾け飛び足りなくなった私を埋めたのは、みんなの想いなのだと。
 みんなが少しずつ、分けてくれたのだ。

「ほら、みんなが待ってるわ」

 主人が私を降ろす。素直に従う。


 わっ――――


 みんなが一斉に駆け寄ってきた。
 もみくちゃにされる。わあわあ。
 ちょ、ちょっと、待って。
 そんなにいっぱいでこられたら、壊れちゃうよ。
 みんな嬉しそう。私も嬉しい。
 みんなで一緒になって、喜びを分かち合った。


 ――あれ? 蓬莱?


 ふと気づく。蓬莱人形だけ、輪に入っていない。
 見れば、一人だけ少し離れて私を見ていた。
 主人も少し気になるようだ。
 まあ、蓬莱人形は気難しいから。
 みんなに少しどいてもらって、私のほうから近づいていく。
 目がさっきから合いっぱなし。
 蓬莱の眼は、とても深い色をしている。

 ――蓬莱。

 語りかける。蓬莱人形は答えた。

 ――おはよう、上海。

 うん、おはよう。

 蓬莱の無表情な顔が少しだけ変わる。口元が少し上がった、ささやかな笑み。

 ごめんね、私に少し、呪詛を分けてくれたでしょ?

 ほんの少し気になっていた。
 すっかり浄化されて消えたはずの呪詛が、私の中にあったのだ。
 その感触に覚えがあった。
 私たちの中で最強で、最大の呪詛を持つ蓬莱人形。その呪い。
 アリスが私を使い魔に選んだのは、強さだけでなく扱いやすさも考慮したからなのだろう。
 その呪いの深さ故に、気難しい性格をしている。
 その蓬莱が、私に呪詛を分けてくれたのだ。お礼を言わなきゃ。

 ありが――蓬莱に抱きしめられた――とう。

 ――びっくり。
 蓬莱人形は何も言わない。
 何も言わないけど伝わってきた。

 曰く、私だけじゃない、みんな一緒。

 抱き合う私と蓬莱を見て、周りのみんなが囃し立てる。
 蓬莱は静かに私を放した。
 ああ、……びっくりした。

 そんな私たちを見て、主人は嬉しそうだ。
 主人が嬉しければ、私たちも嬉しい。








 しばらくリハビリの日々が続いた。
 新しい身体は、すぐに以前のように動かすことはできなかった。
 少しずつ、少しずつ、手足に神経(魔力)を通していく。



 ――ステップ、ステップ、ターン。くるくる。

 久々のダンスは、やっぱり楽しかった。








 そうしてリハビリが終わり、以前と同じかそれ以上に動けるようになった。
 主人は私にかかりっきりで止まっていた研究を再開した。
 家事の指揮を私に任せると、主人は自室に篭もった。
 研究を止めていたことには申し訳ない気持ちになる。
 だけど家事をこなすことこそ恩返し、と思い、精一杯頑張る。
 自身も家事をしつつ、他の人形に指示を出し、場合によっては主人に繋がりを通じて指示を仰ぐ。
 ……どうも、研究のほうは芳しくないらしい。
 思念に、迷いや苛立ちの色が濃い。

 紅茶はいかが? と提案。――パス。

 あっさり蹴られた。悲しい。
 あまりにも端的に言い過ぎたと思ったのか、主人はすぐに追加する。

 ――欲しくなったら言うから。お湯は沸かしておいて。

 了解、主人。
 少し、嬉しくなる。












 ――行き詰まった。


 重々しいため息色の思念が、流れてきた。
 主人が意図したわけでなく、自然と漏れ出した呟きだったのだろう。


 ――留守番よろしく。


 主人が家を出た。私たちを一人も連れずに。
 一週間は魔力の供給無しで私は動けるので問題はないけれど、私を基点にして動いていたほかの人形たちはそうもいかない。
 棚に戻ってもらう。非常時には手伝ってもらうことになるけれど。




 主人の研究テーマは、私たち――人形だ。
 人形をどう突き詰めるのか、それはよくわからない。
 最近では、人形の手入れを自動でする人形を作ろうとしていた。
 ――実は、その仕事自体はもうすでに私ならできる。
 主人との繋がりは、魔力や思念だけじゃなく、少しずつ知識も流れてくる。
 どの人形がどんな造りなのか、どこを手入れすればいいのか。
 主人の知識で以って、私は知っていて、それをすることができる。

 しかし主人はそれを良しとしない。
 一から作ることに拘っている。
 何故拘っているのか。
 ……それも実は知っている。


 こっそりと、主人の部屋に入った。
 名目は掃除。目当ては、研究ノート。
 そーっと、ページをめくる。

 …………。

 ……全然わかるはずがなかった。
 私の知識のほとんどがアリスの知識なのに、アリスが新たに作ろうとしていることを理解するなんてできるはずがない。
 少し落ち込みながら、普通に掃除をして部屋を出た。


 みんなが居る棚に戻った。
 みんなお喋りに興じるか、眠っているかのどっちかで、私はなんとなくその輪に入る気になれなかった。

 ふぅ、と人形の癖にため息など吐いてみる。吐息は魔力で生み出した。

 そんな私の隣に、蓬莱人形が立っていた。


 ――どうかした?


 訊いてくる蓬莱に、別に、とそっけなく答えてしまった。
 しまった。せっかく蓬莱が声をかけてくれたのに。
 だから、つい、弾みで言ってしまった。




 ううん、私って無力なんだなって。




 ――言ってしまった。

 言ってしまって、一人で落ち込んだ。
 馬鹿みたいだ。









 ―――――そんなことは、わかっている。











 ――――アリスに人形なんか必要ないことなんて







 そんなことは、わかっている――――











 しかし、私がそれを言うことは許されないことだ。
 お気に入りとされ、正式に使い魔となった私。
 だからそれは、みんなへの裏切りに他ならない。


 …………。


 独り落ち込む私に、蓬莱は、呆れたように、なに言ってるんだか、と切り捨てた。






 それこそ――――そんなことは、わかっている。


 そして、そんなことは関係ない。






 私は顔を上げた。蓬莱の深い色の眼が、じっと私を見つめていた。




 主人――アリスは、私たちを愛してくれているだろう?


 蓬莱の問い掛けに、何も考えずに答えた。




 ――――そんなことは、わかっている!

 答えることが出来た。


 私たちはどうするんだったかな、上海。

 主人を……アリスを助ける! みんなで決めた。

 だったら、私たちは全力でそうするだけ。そうでしょう?

 ――――うん!


 そうだった。
 アリスにとって私たちが必要なくても、アリスが私たちを必要としてくれる。
 私をなおしてくれたのは、アリスだ。
 研究を止めてまで、かかりっきりで。
 なのに、私が勝手に落ち込んでいただけなのだ。


 ――それこそ、主人に対して失礼だと思わない?


 蓬莱の言う通りだ。
 はぁ、と私はまたため息を吐いた。
 私って馬鹿だなぁ、と呆れる。
 それも蓬莱は否定した。

 違う。上海が考えられるようになっただけ。

 蓬莱はこんなにお喋りだっただろうか。
 心当たりが無かった。

 ……何?

 ううん、蓬莱がいつになく饒舌だなぁって。

 私の声を、上海が拾えるようになっただけだよ。

 そうなんだ。

 蓬莱って凄い、と思った。






 ――繋がりが濃くなる感触。主人が帰ってきた。

 主人が帰ってきたよ!

 私の号令で、みんな一斉に慌ただしくなる。
 眠っていた倫敦人形が起き、お喋りに夢中になっていた仏蘭西人形と露西亜人形が棚に戻る。
 蓬莱人形はいつもの場所に立ったまま動かず、私は主人を迎えに行った。


 人形部屋の扉を開け、玄関へ。力いっぱい、アリスを迎える。



「ただいまー」



 ――――お帰りなさい!



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