魔法使いというものは、何かしら研究をするものだ。
 テーマは人によって様々だろう。
 不死について、並行世界について、生命について、賢者の石について。
 古くから続くテーマもあれば、拘りとしか思えないような命題もあるのだろう。
「……あー」
 さて、七色の人形遣い、アリス・マーガトロイドは魔法使いである。
 よって、彼女も研究をする。
 そして、研究をすれば必ず起こることがある。
「……行き詰まった」
 机に突っ伏して、彼女は呟いた。





 第二回東方最萌トーナメント 一回戦 第一試合
 アリス・マーガトロイド VS パチュリー・ノーレッジ
 <アリス・マーガトロイド>支援SS






 - Theme of Alice -





 彼女のテーマは「人形」である。
 元々は趣味の蒐集から始まった人形集め。
 次第に興味は深まり、今では自作するほどになっている。
「単に作って、操るだけならいいんだけどなぁ……」
 人形の良さは、見た目などの出来だけではない。
 人形(ひとがた)故に想いを取り込みやすく、人の手を移っていくその歴史が大きなウェイトを占める。
 こればかりは、造り手がいかに想いを込めても、中々到ることがない。
「…………」
 しかし、思う。
 アリス・マーガトロイドは魔法使いである。
 自ら造った人形を人の手に渡らせ、その後、歴史を得た人形を手に入れることが可能といえば可能だ。
 一世紀ほど時間をかければ、充分想いが込められた人形になるだろう。
「……それじゃだめなのよ」
 かぶりを振る。はあ、とため息。
 座ったまま軽く伸びをして、机を立つ。
「留守番よろしく」
 研究中は邪魔にならないよう、家事をさせるか、別室で待機させている人形たちに告げ、アリスは自邸を飛び立った。





 目指した先は、紅い館の大図書館。
「……ここのは、錬金術に偏っちゃってるのよねぇ」
「文句があるなら来ないで欲しいわ」
 そびえるように高い本棚が整然と立ち並ぶ閲覧室を歩いていると、図書館の主に呼び止められた。
「何の用よ。今日は機嫌が悪いから、帰って欲しいんだけど」
 いつも通り大きな本を抱え、半眼で不機嫌にアリスを睨む。図書館の主、魔女パチュリー。
「奇遇ね。機嫌が悪いのは私もなの」
 不敵に笑い、アリスは安い挑発に敢えて乗った。
「……そう」
 パチュリーは僅かに驚きを覚えた。まさか乗るとは思わなかった。
 しかし、ただ、それだけ。
 やる気なら、弾幕るしかあるまい。それがルールだ。
 二人して、高く飛び上がり、空中の広い空間で再び対峙。
「今日は人形は?」
「――留守番よ。貴女こそ体調は?」
「絶好調よ」



 黒ねずみをして、派手だぜ、と言わしめるほどの弾幕が、図書館中空に舞い散った。









「――わからないわね」
「何が? 仕掛けてきたのはそっちでしょ」
「乗ったのはそっち。そのくせあっさりギブアップ?」
 またも半眼で睨むパチュリー。
 肩をすくめてアリスは答えた。傍目にもまだまだ余裕があるように見える。
「引き際を弁えたつもりだけど? 絶好調は伊達じゃないわね。何が不機嫌なんだか」
「絶好調すぎて、黒ねずみがあっさり逃げたのよ」
 持っていくものは持っていったけど、と魔女は不機嫌そうに吐き捨てた。
「ふぅん」
 まあ、それもそうね、とアリスは言った。
「さて、負けたことだし、引き上げるか」
「あっさりしてるわね」
「まあ、気分転換というか。あてにしてなかったし」
「――失礼な。本気で消し飛ばそうか」
「半分は本当。人形関連を探したけど、やっぱり人造人間(ホムンクルス)になっちゃうのよここ。それだと錬金術だしねぇ」
「……一応あったはずだけど」
「目ぼしいのは読了済みよ」
「あ、そう」
「……さてと、帰るわ」
 わざわざ引き止めるほど、魔女は物好きではなかった。

「あら、お帰りですか? せっかくお茶が入ったのですが、二人分」
 ではなかったが、いつのまにかメイド長が現われて、お茶を淹れていた。
(この真剣惚けメイド……)
 魔女は思った。悪気がないところが恐ろしい。
「……それじゃ、せっかくなので」
 人形遣いは何故かお茶の誘いにも乗った。



「…………」
「…………」
 お茶を淹れ終えると、仕事がありますから、とメイド長は去っていった。
 どうしてくれよう、と魔女は思い、読書の邪魔をしなければいいか、と思い直した。
 途中だった本を開き、ティーカップ片手にページをめくる。
「…………」
 アリスはパチュリーをじっと見ていた。
「……なんで?」
 敵意や興味は感じさせないけれど、視線は外さない。
 パチュリーの問いからしばらくしてアリスは、視線を外さず、真顔で言った。

「――魔理沙に弾幕をふっかけるのは、授業のつもり」

 質問とも、自分に確認する独り言とも取れる調子。
 それっきり、アリスは黙った。視線も外した。
「…………」
「…………」
 魔女は思う。今日のアリスは変だ。
 そもそも弾幕に人形を用いなかった。
 手抜きかと思ったがとんでもない。逆だ。
 七色の魔法使いの実力は確かだった。
(本気は出さないと聞いていたけど、まさか?)
 今日、初めて見せたのが、彼女の本気だというのだろうか。
 いや、それにしては余力があった。疲労している様子すらない。つまり、まだ――
「さて、帰るわ」
「…………」
 引き止めるほど、魔女は物好きではなかった。






 魔法使いは研究しなければならない。
 しかし、アリスは魔法使いでなくてもいいのだ。
 アリスは魔法使いではある。だからといって魔法使いをしなくてもいい。
 種族であっても職業にしなくてもいい。
 つまり、アリスは研究しなくてもいい。
 人形だって、単なる趣味にしてしまえばいい。テーマにする必要はない。
 趣味として研究するのなら、行き詰まりなど気にしなくとも済む。
 そもそも、魔法で済ませられることが多いのだから。

 しかしアリスは否定する。
 それではだめなのだ、と。

 一世紀ぐらいの時間は彼女にとって僅かな時間である。
 魔法で達成できないタスクはあまりない。

 しかし、――人間にとってはそうではない。

 一世紀。それはぎりぎりに近い寿命。
 魔法。それは奇跡の技。

 魔法という粘土を、一生懸命、型から作り、形作るのが人間の魔法使いならば、
 魔法という粘土を、直接、手で捏ねて、形作るのが種族としての魔法使い。


 いっそ、蓬莱人の生き胆を食わせるか。アリスは思う。
 いや、そんなことをしなくても、アイツが自分で作った丹を飲ませればいい。
 蓬莱の薬とはレベルが違うが、あれも不老不死の薬だ。
 しかし、魔理沙は否定するだろう。笑いながら。
「私は人間だぜ」
 なぜだろう。わからない。
 私が人間じゃないからわからないのだろうか。
 人間とは何だ。
 人間の魔法使いとは何だ。

 私は、わかりたいのだ。



 久々に、自分の力だけで戦ってわかった。
 私は、魔法使いなのだな、と。内心苦笑した。
 立場が違いすぎる。
 人形が必要だ。クッションがないと、差がありすぎる。

 丁度いいところにテーマが転がっていたじゃないか。
 人間の魔法使いの真似事がしたいのだから。







 人間に、近づきたいのだから。







 どこかで誰かの笑い声がした気がする。
 鬼は黙っていろ。
 あんたに言われなくてもわかってるのよ。





 家に帰ろう。人形が待っている。
 森に帰ろう。魔法使いが、いる。





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