たとえばこんな話・・・


『風』の話  〜the Windseeker〜

 風。
 風が吹いている。
 強い風だ。轟々と木々を、山を揺らす。
「・・・・・・」
 そんな中、風を受けている人間がいる。
 名前は、七村 要と言う。

 

 強い風だ。
 梅雨の明けない曇り空に、風が吹く。
 梅雨の明けない湿った空気を、かき乱す。
 屋上に立つボクはそれを思いっきり受けている。
 嫌な風だ。
 こんな風は望んでいない。
 こんな風を望んで、ここに来たわけじゃない。

 じゃあ、どんな風を、ボクは望んでいるのだろう?

 

 きびすを返して校舎に戻る。
 湿気が身体にへばりついているようで、ベタベタしたところを夏に入ってから常備品となったタオルで拭く。
 それだけではまだ気持ち悪いので、流し場で洗った。
 ようやく不快感が取れる。
 顔を上げるとちょうど目の前に閉められている窓が目に付いた。
 少し考え、開ける。
 びゅう、と外の空気が入り込んだ。
 やっぱり湿っていた。

 

 校舎を散策して、いい風が吹いている所を探した。
 渡り廊下や階段の踊り場、果てトイレ、倉庫脇など、風通しがよさそうな場所はほとんど回った。
 小学生の学級新聞にぐらいなら載せられるぐらいの数を調べた。
 我ながら何て暇なことをしていると思った。
 まあ、この天気じゃなかったら涼しそうな場所があったから、無意味じゃなかったけど。

 

 

 寝る前に、ベランダに出た。
 ボクの家はベッドタウンのマンションの七階で、国道沿いとかに比べれば静かな場所になると思う。
 家々の灯りが星のように、闇の海をまばらに燈している。
 ボクは見慣れてしまって別段感心することも無く、視界を空に移した。
 やはり、雲が。
 夜でなお、どんよりとした空がある。
 湿った空気が身体に移ってしまわないうちに、ボクは部屋に戻った。

 

 

 気に食わない風の吹く日が続いた。

 

 

 朝、学校から電話があった。
 嫌な風を吹かせているらしい台風の進路が変わって、直撃するとのこと。
 よって休校。自宅学習を命じられた。

 

 しばらくはいつもと同じ程度、もしくはそれよりもやや強い程度の風しか吹いていなかった。
 失望を感じた。けれど、強風となり昼近くには暴風となったときボクは喜び、ベランダに出た。

 ―――轟!

 しまった。
 風ばかりに気を取られて、雨のことを忘れていた。
 おりも悪く、ベランダに出た途端横殴りの雨がボクの身体にぶつかってきた。
 む、としかめ面をして、雨ガッパを着た。
 再びベランダに出る。

 

 ざあざあ、びゅうびゅう。
 暴風域にはとっくに入ってしまっている。
 天気図では西からの直撃コース。つまり、台風の威力がもっとも大きい東側がぶつかって来る。
 ごおごお、びゅーんびゅーん。
 山の波打ち方は、先日屋上で見た比じゃなかった。
 凄い凄い凄い。
 雨がオーロラのように、空間に線を引く。
 わくわくする。

 ―――でも違う。

 ざあざあ。

 ―――ああ、そうか。

 ざあざあ。

 ボクは湿気ているのが嫌なんだ。

 乾いた、爽やかな風が欲しいんだ。

 秋風が、冷たくとも冬の風が。
 早く秋がきて欲しいと願っている。
「なんだつまらない」
 単にボクが夏が嫌いなだけじゃないか―――

 

 

 興ざめしてしまった。
 さっきまでの興奮なんかあっさり吹き流されて、今あるのは喪失感だけだ。
 自分に裏切られた気分だ。・・・・・・ちょっと違うけど。
 雨と風はますます強くなっていく。
 ボクは自棄になってそのままベランダに居座った。
 結果として、それはボクの心を救ったと言えなくも無い。

 

 急に雨が止み、風も収まった。
 怪訝に思い、空を見上げる。
「――――」
 青い蒼い空がそこにはあった。

 ―――台風の、目

 知識としては知っていたが、見えることはなかった。
 いい体験ができた。少し満足。

 

 

 翌日。
 台風一過とはよく言ったもので、からりと晴れた。
 からり、と言っても、まだ地面は濡れているところがあって蒸すし、天気が良すぎて暑い。
 屋上に立つボクは、熱気と日光の相乗効果でじわじわとしみ出してくる汗を拭った。
 そして、なんとはなしに待つ。
 影が差した。
 太陽を、わずかばかりに漂っていた積雲が隠したのだ。
 予感。
「来るかな? 来るかも―――来い来い来い・・・・・・」
 ボクは怪しく呟く。

 そして―――来た。

 ―――――――――――――――――!

 ボクは目をつぶり、心からその風を受けた。

 

 

 ほんの数秒間の間に風は止み、またじわじわと汗をかく熱気が身を包みだした。
「・・・・・・よし」
 ボクは頷くと、勢いよく転回した。服がかるくなびいた。

 

 

 満足はしてないけど、これでよしとしよう。

 

 

 階段を下りながら、
「やっぱり夏は嫌いだ」
 なんて思ったりした。

 

 

 さあ秋よ来い。

 

〜the Windseeker closed〜


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