第七日目(6月25日)

◇ジュネーブ〜アムステルダム〜成田

 実質5日間のスイス観光旅行を終わり、ジュネーブ・コワントラン空港発16:00のKLMオランダ航空でアムステルダム経由(ここからJA−421便)で帰国する。
 と言うことで、午前中はジュネーブ市内観光に出かける。市の中心までは、トロリーバスで20分程度である。バスの乗り方に関し説明しておこう。
 先ずは乗車前に、各停留所に備え付けのチケット販売機でチケットを購入する。お釣りが出ないので小銭が必要であり、日本のように複数枚同時に購入することは出来ない。我々は、「1時間・3区間」でSFr2.20のチケットを購入する。ガイドブックによると、このチケットは市内での乗り降りが1時間自由(逆戻り可)だそうだ。その他に、「30分・1区間」など区間と有効時間が組み合わされたチケットが全部で4種類ある。乗車・下車時には乗車券を提示する必要はない。勿論、車内での検札はない。ただし、「抜き打ち的に検札があり、その時乗車券を持っていないと罰せられる。だから利用者は皆ちゃんとチケットを買って載る。」と添乗員は説明していた。スイスどこでも、どの乗り物でも共通のようだ
 日本でこの方式を採用することは不可能であろう。官庁・企業はそんなに日本人を信用していないし、隙あらばという日本人は五万といる。
 停留所が近づいたら車内のボタンを押して運転手に知らせ、降車するのは日本と同じである。チケットを乗務員に渡す必要はない。
 コルナヴァン鉄道駅(Gare de Cornavain)で下車後、13時に再度ここに集合する約束で自由行動となる。かといって、即行動できる分けではなく、結局レマン湖に架かるモンブラン橋までは全員で歩く。レマン湖南岸に設けられた高さ140mまで上がるという大噴水が、我々を歓迎してくれる。ジュネーブの観光スポットのひとつにレマン湖(Le Lac Leman)周辺と旧市街がある。我々は、12〜13世紀にかけて建築され、16,18世紀に改造が施されたためロマネスクとゴシック様式を併せ持つ「サン・ピエール寺院」を中心に旧市街を見学する。寺院の裏側で黒い洋服を着て、タバコを吸っている一人の女性に出会う。この寺院で行われている葬儀に参列する女性であろう。周囲の景色とその女性が見事にマッチしていたので、思わず「写真を撮らせて下さい」と声を掛ける。
 その写真を掲載する(ここをクリック)。私にとっては、「宝物」となる写真である。 11時からのレマン湖クルーズに乗船すべく、イギリス公園桟橋に戻る。まだ出発時刻15分前なのに客が集まらないので早々と運行中止にしたとのこと。ツアー客の予約がないからか。前述の如く、スイスでは登山電車の運行や車両など多くのことがツアー客を中心に動いているように思える。日本では考えられない。 諦めて、イギリス公園を日本の遊園地にあるトロッコ電車のような観光列車(線路はない)で、レマン湖畔の景色を楽しむ。歩道や遊歩道を走っており、よく運行が許可されたなと感心する。
 マクドナルドでハンバーガーを食べホテルに戻る。
 アムステルダムには、定刻17:35分に到着したものの、他地区からの乗り継ぎ便が送れているとのことで、アムステルダム発成田行きJA−412便は1時間以上遅れて21:30分頃離陸した。
 日本時間6月26日20時には、無事帰宅した。


補 足
ルッツェルン : フィーアヴァルトシュテッテ湖“四つの森の地方の湖”の北端にある中世都市。町中を流れるロイス川に2つの屋根つき橋が架かり、スイスの中世都市の中で最も絵画的といわれる。湖に出れば、そそり立つアルプスの山容もことのほか美しい。
カペル橋 : 八角系の貯水塔と赤茶の瓦葺の屋根がロイス川の水面によく映える。ルツェルンのシンボルともいえる橋。1333年完成。93年に焼失するまでは現存する最古の木造の橋。屋根の三角形の梁には111枚の板絵が取り付けられている。17世紀の画家、ハインリッヒ・ヴェーグマンによるもの、スイスの史上の重要な出来事と、ルツェルンの守護聖人の生涯が描かれている。
 カペル橋はかっての城砦の一部で、貯水塔は危急の際の警鐘を鳴らす鐘楼と、拷問部屋とに使われていた。1993年8月に焼失したが94年4月に再建された。
シュプロイヤー橋 : 1408年に築かれた。同様に梁には板絵がある。17世紀に流行した疫病が描かれ「死の舞踏」と台がつけられている。橋のなかには小さな礼拝堂も設けられている。また粉引き場に近いことから、ミューレン橋とも呼ばれる。
旧市街 : 細い石畳の路地は中世のひと時を彷彿させる。左岸にはバロック様式で名高いイエズス教会やゴシック様式に聖フランシスコ教会がある。
ライオン記念碑 : 1792年のフランス革命で、チュルリー宮殿のルイ16世とマリーアントワネットを守って全滅したスイス傭兵786人の慰霊碑。スイス兵をライオンにみたて、瀕死のさなかブルボン王朝お百合の紋章を守りぬこうとする姿が痛ましい。像は自然の砂岩に彫られたもの。作者は19世紀の代表的な彫刻家トルヴァルトセンだが、実際には芸術家ルーカス・アーホルンが彫った。
ブリエンツ : ブリエンツ湖の北東の岸にある木彫りで知られた町。小さな集落で家はほとんど木造、そのせいかほのぼのとしたムードが漂う。家の壁には魚の鱗のようなものが沢山貼り付けられている。なんだろう? 日本人がお土産店で働いている。
インターラーケン : 湖の間という意味の地名とおり、トゥーン湖とブリエンツ湖に挟まれた町。ユングフラウ地方の観光基地として19世紀から栄えている。
ラウターブルンネン(LAUTERBRUNNEN)  : 標高800m。氷河が削り取ったU字谷として有名。72の滝が流れ落ちるといわれる真っ平らな谷底は野の花が咲き乱れる桃源郷のよう。その入口にあるのがラウターブルンネンの村。
シュタウバッハの滝 : 教会とこの滝の組み合わせはどのパンフレットにもでてくる町のシンボル。ここで乗り換え。あまりの落差に滝の水が途中で飛び散って埃のようになるため埃の滝とも呼ばれる。
ユングフラウヨッホ : トップ・オブ・ヨーロップと呼ばれるユングフラウ地方きっての展望地点。標高3454mの電車駅としてはヨーロッパ最高地点にある。
スフィンクス展望台 : 駅からトンネル内にあるエレベータで、さらに3573mまで垂直に登って外にでる。360度遮るものがないパノラマと南に流れ落ちる24kmのアレッチ氷河。雪原とエスキモー犬の犬ぞりが楽しめる。
氷の宮殿 :  ユングフラウ氷河の下をくりぬいて作った氷の迷路。
ユングフラウ鉄道会社 : 標高567mのインターラーケン・オスト駅と3454mのユングフラウヨッホを3つの路線で結ぶ、1912年全面開通の鉄道会社。クライネシャイデック駅は、アイガー、メンヒ、ユングフラウの3山を一度に見渡せる絶景の鉄道駅。アイガーグレッチャー駅を過ぎると直ぐに全長7kmのトンネルに入り、頂上駅までアイガー北壁の胎内のトンネルの中。途中アイガーヴァントとアイスメールの2つの停車駅があり、5分間の停車時間で、アイガー北壁のガラス窓から雪と氷の世界を見られる。
グリンデンワルト : 名峰アイガー、ヴェッターホルンの麓に開けたグルンデンワルト。ユングフラウヨッホ観光やアルプスの花々を愛でるハイキングの基地として、日本人に特に人気が高い。緑豊な野山にシャレーが点在するスイスらしい牧歌的な風景が楽しめるのも魅力だ。標高1034mのリゾート。村のすぐ近くまで2つの氷河が流れてきていることから「氷河村」とも呼ばれ、典型的なアルプスの光景を誇る。
ツェルマット :標高1620m。“ピラミッド”と形容される、アルピニスト憧れの山マッターホルンの登山基地として賑わう。町中はガソリン自動車の乗り入れが禁止。アルプスの清冽な空気と、4000m級の銀峰の精悍な姿が、スイス・アルプスの麓にいる思いを実感させてくれる。
マッターホルン : スイス・イタリアの国境線にある。1865年7月14日午後1時40分、ロンドン生まれのウィンパーが8回目の挑戦で7人のグループで初登頂に成功した。
スネガ(Sunnegga) : 標高2300mのスネガはツェルマットから最も近い展望台だ。ツェルマットとの標高差は680mしかない。しかし、したから見上げるマッターホルンの美しさは定評がある。スネガまでは、マッターフィス川沿いにある地下ケーブルカーを利用。わずか4分しか。架からない。
地下ケーブルカー : 地下ケーブルカーというのは、あまり日本ではなじみのない乗り物ではないか。山斜面に掘れたトンネルの中を進むケーブルカーで、外の景色は全く見えない。その代わり、最短距離で目的地に着く。ツェルマットからスネガまで焼く4分。日本のケーブルカーのイメージとは大きく異なり、ケーブルカーというよりエレベーターという表現がピッタリではなかろうか。
おわり

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