「モーツァルト!」のツボ 



初演は、ただただヴォルフの感情に呑まれて観た。
再演は繰り返し観て、じっくり観た・・・つもり、たぶん・・・。
 再々演を夢見て、その日まで脳内上演を繰り返すために、個人的なツボの数々をメモ。

ヴォルフは、好みで、ほぼ井上芳雄版。(中川晃教あっきー版は、3回しか観てないので、語れず。)
パパは市村正親さん。ナンネールは高橋由美子さん。コロレド大司教は山口祐一郎さん。
男爵夫人は、久世星佳さん&香寿たつきさん&一路真輝さん。
コンスタンチェは、西田ひかるさん&木村佳乃さん&大塚ちひろちゃん。シカネーダーは吉野圭吾さん。

第1幕


オープニング
 
暗い夜の中、ザンクトマルクス墓地でのドクトル・メスマーの「ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト!」の声とともに、ピアノの音が始まり、華やかさと明るさに満ちた世界が目の前に現れる。これから始まる舞台上でのヴォルフガングの人生を思い、毎回ドキドキした。

『奇跡の子』
 
初演の初見で、この曲で既にやられた。もちろん再演でも、この場面を目を輝かせて観ていた。
演奏を終え、誇らしげに胸を張る、ちっこいアマデ(ここではヴォルフガングと呼ぶべき?)が可愛いし、それに負けないくらい少女のナンネールが可愛い。高橋由美子、恐るべし!「お心ありがとうございます。」と寄付を集めている姿も可愛いぞ。
す〜っとピアノの後ろにまわり、さりげなく小箱を手にするアマデ。役者です。
男爵夫人が下手上部から現れ、歌いだす最後のあたりで、うま〜くアンサンブルさん達が舞台中央に集まり、歓談している芝居で、ヴォルフ登場を隠す。

『人は忘れる』

「♪人の記憶は色褪せて、拍手もいつしか遠ざかる。最後に知るわ、残るものは目に見えないものだけ。」という男爵夫人の歌の中、ピアノを弾きながら、登場するヴォルフガングが大好きだった。譜面を書こうとして、ふと傍らのアマデを見、羽根ペンを差し出して、作曲を交代する。この頃のヴォルフとアマデの雰囲気が優しげで、いい。


『赤いコート』
 ツボがありすぎ。
ヴォルフの奇声「うぉ〜、ナンネ〜ル」に、驚いたナンネールが、おさげをブンブン振り回して怒る。
「♪背が伸びて着れなくなった」というヴォルフに、「伸びすぎやん(井上ヴォルフ限定)。」と、時々心の中でツッコミを入れていた私。
「息子よ、馬車に乗れ、いざ!」必死にブルブルと馬車のマネをする、ヴォルフとナンネールのアホ姉弟。
「サイコロひとつ!」「♪またツイてたのね!」腕を振り上げたり、○を出したり、実は博打も好きそうな(?)ナンネール。
「怠けずに曲を書くんだ」と、ヴォルフの鼻を掴み、デコをペチッと叩くパパ。ヴォルフをまだまだ子供扱いしていて、ちょっぴしお茶目なパパ。
この曲のモーツァルト家族が、とっても好き。ヴォルフは、やんちゃな息子だし、ナンネールは、ヴォルフと一緒にふざけあっていて可愛いし、パパも厳しいんだけど、まだ子供な息子が可愛くてしかたない。

『僕こそ音楽』
 大好きな曲。
音楽が好きで好きでたまらない気持ちが溢れ、愛されることに何の疑いも持ってない、幸せと希望でいっぱいのヴォルフ。
アマデの隣に座ったヴォルフが、「♪メジャーとマイナー」と歌いながら、アマデの白い羽根ペンをとり、楽譜帳にサラサラと、楽しそうに音符を書き込むのが好きだった。
椅子に座り背中で押しあいっこしたり、アマデを抱き上げ振り回したり、「♪このままの僕を」で、腕をぶつけあい、「♪あいしてほしい」で、ふたりで寄り添って同じ方向を見つめるのも、好きだった。
井上ヴォルフの天真爛漫さが満開になって、観ているこちらも微笑んでしまう一曲。
ときには、ウルッときてしまうこともあり。
曲の終わった直後、はじけて、楽しい気持ちを押さえきれず奇声を発するヴォルフが、かわいかった(博多限定)。

『何処だ、モーツァルト!』
 ここのヴォルフは、若さ&青さ爆発。
「♪ナイフ、フォーク、スプーン、ピカッ!」の召使達の歌で始まる。コロレドが上手上方から登場した時にワラワラあせったり、ヴォルフがテーブルに上った時に「わーっ!」と口々に叫んだり、召使達のリアクションが大きくて、面白い。
しかし、ヴォルフくん、19歳にもなって、身分の上下とかの前に、テーブルの上を土足で歩くなんて、普通にあかんし(笑)。そりゃ、コロレドも「♪息子の礼儀がなってない!」って怒るよな。なのに、自分の作品をコロレドに投げ捨てられたら、ヴォルフは「♪音楽じゃ、僕は貴族と同等だ。あなたのしもべじゃない」と怒る。貴族と同等なら、ちゃんとしようや・・・、って常識的な意見は置いといて(笑)、まぁ、気まま勝手なヴォルフ君が、かわいいっちゃ、かわいいんです。バカな子ほどかわいい。もうパパの心境・・・。
ヴォルフってば、自分の音楽に対するプライドだけは、高い。召使に抱えられて追い出されそうなのを振り切って、楽譜を拾おうとする井上ヴォルフ(博多限定)。ついには怒って、テーブルの上に飛び乗る。(一度、踏み外しそうになったのを、召使さんに足を掴まえて支えてもらったのは、中川ヴォルフだっけ?召使さん、GJ!)
博多では、井上ヴォルフ、最後にコロレドに「おいっ!」とか「おら!」とか悪態までついていました。

『私ほどお前を愛するものはいない』
 ずっと疑問だったこと。「ひとりで靴の紐も結べないくせに!」とパパが呑気なヴォルフを怒るんだけど、ヴォルフって靴紐を結べなかったんだろうか・・・。ものすごく難解な結び方だったとか・・・?
「♪神様の次に愛してる」と、パパに面と向かって言うヴォルフ、しかも手を握りあっちゃうし・・・、日本人なら、ちょい寒いけど、オーストリア人なので許す。
引っ込むとき、背の高い井上ヴォルフの首に右腕をかけて、グイグイ引っ張るパパ。ヘッドロック状態。井上ヴォルフは振り回されて、「わぁっ!」と声を出していることも。

『まァ!モーツァルトの娘さん』
 公演を何度も観るうちに、楽しくなった曲。屋台が何屋さんで何を売っていて、ナンネールが何買っているのかも気になり、歌っているナンネールよりも、野菜や花を凝視していたこともあります。ごめん、ナンネール・・・。
ナンネールが「♪私はプリンセスで、弟はプリンスよ」と夢見心地で歌うとき、周りの人達が「プーッ!」と吹き出していたり、頭の横で指クルクルしたり、そんなリアクションが面白い。
アルコ伯爵のすごい歌にも、不思議とすっかり慣れてしまいました。

『心を鉄に閉じ込めて』
 「♪傷つきやすく、信じやすく」ってとこが、お気楽で呑気で開けっぴろげなヴォルフに当てはまる。
公演後半になると、この曲だけで、レオポルトの心境に泣けた。あのヴォルフじゃ、そりゃ心配だわ。

『マトモな家庭』
 ウェーバー一家の衣装がカラフルで妙で、好き。再演のコンスタンチェは3人いたけど、それぞれのキャラで、微妙に家庭の雰囲気も違ってくる。西田コンスは、後から思えば、ちょい暗かったかなぁ。木村コンスは、家族の中で存在感あり。ヴォルフに一目惚れ感ありありだったのは、大塚コンス。気に入ったヴォルフを、長女のアロイズィアにとられ、ぶんむくれしているのが、かわいい。
「♪僕は出世を狙ってます。夢を手に入れようと。」で、ヴォルフもコンスタンチェに接近。「♪みんな一緒に成功目指す」で、コンスタンチェがいるつもりで隣を見たら、セシリア(阿知波さん)のドアップがあって、めちゃビックリするヴォルフが面白い。
ポケットからウェーバーさんに勝手にお財布を失敬され、「え?」という顔をしているのに、「♪ちょっと借りれるかい?」と言われると、あっさりと「♪どうぞ、お使いください。」と笑顔で言っちゃうヴォルフは、金のありがたみが全くわかってない、アホ坊ちゃんぶり。
「♪お人好しの好青年を掴まえられる」と、最初からアホなヴォルフくんは食い物にされているんだね。
それでも、なんだか、このウェーバー一家って、憎めないのよねー。不思議だなー。

『パリ旅行』
 パパは、舞台に登場するたび、いっつもヴォルフを心配して、心痛めていました。
送った金を息子が誰かに渡してしまったら、そりゃ怒る・・・。しかも、妻は病気なのに、医者に行く金もない。
ヴォルフのバカー!

『母の死』
 「♪あんなに祝福されたのに、もう道に捨てられる」ヴォルフのむなしい気持ちが感じられる短い曲のあと、ママを心配させないように、空元気で家に帰るヴォルフ。自分に言い聞かせるようにか、「成功したら、笑って暮らそう。」と明るく振舞ったのに、その目の前で、ママは亡くなってしまう。
「ママ?ママ?!ママ!!」と呼ぶ声も、博多では納得の表現。ここから次の『残酷な人生』にかけてのシーンには、個人的体験から、つい厳しい目で見ていたんだけど、怒りの表現に「おっ?」と思った中日公演を経て、博多では、会心の演技でした。

『残酷な人生』
 ヴォルフのソロ4曲(短いのは抜き)の中で、この曲だけが、ずっとイマイチな印象だった。ところが、中日劇場からグッと印象が変わった。悲しみの表現に終始していたのに、そこに、ぶつけどころのない激しい怒りが加わった。「これだ!」って思った。「♪震える手で拳握り、振り上げて気づく、むなしさに。人はいつか息絶える。」の歌詞が、ビタッときた。もう何があったのと思ったくらい、変わった。
歌詞の内容に合わせて目線を動かすという小芝居は、大阪公演からやっていたけれど、そういう型に囚われなくなったというか、心の中の感情に突き動かされて、行き場のない気持ちが歌になっていて、中日劇場〜博多座では、会心の一曲。いや〜、素晴らしかった。

 

『居酒屋』
 これまた、結構、好きなシーン。パパ役のKENTAROさん、ヴォルフ役の俵さん、コロレド役の野沢さんの茶化した芝居を後ろから見て、フルフル怒っているヴォルフ。
「弾けるとも!」「こんのやろぉぉ!」と飛び掛るヴォルフを、後ろから羽交い絞めにできるのは、肉屋の野沢さんが特にでっかいからだろうなー。長身の井上ヴォルフでさえ、グイっと振り回せるんだから。
シカネーダーが「芝居の好きな人はいるかな?」と訊ね、ヴォルフは「はい!」と一人挙手した後、ヴォルフは、みんなに「芝居?芝居?」と小声で聞いて回っていたりする。前方席だと、こういうミニアドリブも聞こえる。
シカネーダーが自分を知っているか訊ねると、まわりの返事の仕方も日によって違い、それに応じて、ヴォルフの返事も変わる。普通に「知らない。」の時もあれば、「知らないわよ。」とオネエ言葉の日もあり。シカネーダーの反応も、どんどん大げさになり、突き出されたステッキに派手に驚いて飛びのく人あり。

『チョッピリ・オツムに、チョッピリ・ハートに』
 「♪私の芸術は、観客の拍手が好き」で、大阪公演の最初の頃は、普通に舞台上でヴォルフらからの拍手を求めていたシカネーダー、途中から、客席に向かって耳をすまして、客席からの拍手を求めるように。リピーターが多いと、ここでバチバチバチと拍手が起こる。背中に隠していたシルクハットをサッと出すシカネーダー、手つきがお見事。ヴォルフは、ずっとシカネーダーのステッキが気になってしかたないご様子。
ヴォルフが、アホ全開ではしゃいでいる時が大好き。肉屋さんと抱き合って、仲直りもしていたね。井上くんは、ダンスレッスンをしてきただけあって、シカネーダーやアンサンブルさん達と踊っているのも、しっくり、はまっている。「ブルータス、お前もか〜。」の場面、大阪では、ステッキはヴォルフの腹にも刺さっていて、「お前もか〜」の台詞が、面白かった。いつのまにかやらなくなっていたが。
みんなが後ろで楽しそうに踊っている時、「いつか一緒にオペラを作ろう。」「ただし、民衆が喜ぶやつをな。」と、シカネーダーとヴォルフが約束して、ステッキで握手している場面が、夢いっぱいで、好き。

『星から降る金』
大聖堂のパイプオルガンの前って、設定なのよね。じゃ、ヴォルフが女の子を連れ込んでいたのは、大聖堂内ってことか、おいおい。パパの呼ぶ声に、慌てて出てくるヴォルフは、シャツを半分脱ぎかけ。取り繕うのに、シャツの端っこで胸を隠す(←意味不明なアホヴォルフ・・・)。女の子を発見した途端、パパが顔を覆う芝居を始めたのは、帝劇からだったかな。
「パパからの借金すぐ返すよ。」というヴォルフに、パパはポケットから手帳を出して、額を確認。額の大きさに驚いたパパが「うわぁ・・・」と額を告げると、ヴォルフも「うわぁ・・・」と真似っこ。
この頃から、パパは「もっと単純な曲を書け。」って言う。難しい曲は売れにくかったのかな。
男爵夫人とともに登場したナンネールが、ハンカチでヴォルフの汗を拭いてあげたり、シャツを直してあげてるのが、優しげな姉さんで、好きだった。男爵夫人に椅子を用意して、側に座る姿が少女のようで、かわいかった。
『星金』は、男爵夫人の歌(おとぎ話)を聞きながら、モーツァルト一家の反応に注目。内容に顔を背けるパパ、最初はヴォルフを励まし、パパを説得しようとするナンネール、パパお願いモード全開で、星から降る金を掴もうとするヴォルフ。
 久世さんは、暖かい母性で、ヴォルフを導こうとする。香寿さんは艶やかで、パトロンとしてウィーンへヴォルフを連れて行きたい。一路さんは少し浮世離れしていて、神の使命を伝えにきた感じ。

『私ほどお前を愛するものはいない(リプライズ)』
 男爵夫人が出て行った直後、ヴォルフはパパの手を握り、パパも最初は手をそのままにする。一瞬、ヴォルフもナンネールも許されたと思った直後、パパはヴォルフの手を振り払う。怒ったヴォルフは、階段を駆け上がり出て行こうとする。このへんからナンネールは、パパの味方に。
「私なしで、どこへ行く。」「家族を守って。」そんなことを言われたら、家族大好きなヴォルフは迷う。アマデはぎゅうぎゅう手を引っ張るし、家族と自分の才能との間で、板ばさみ状態。
パパは、自分がヴォルフの支えになって才能を開花させたいのに、男爵夫人がコロレド大司教の了解まで取りつけて、自分が必要とされないのが悲しかったんじゃないかな。パパは、いつまでもパパでいたかったんだよ。

『神が私に委ねたもの』
 おトイレシーン。最初、初演で観た時は、なんじゃこりゃ、と思ったよ。尊大な態度をとっている大司教を揶揄する意味かな。某掲示板で、大なのか小なのか、一時話題になっていた(いや、どっちでも特に意味はないんだけど)。
再演では、後半になるほど、どんどん苦しみが増していたようで、博多座では、とうとう「うあっ」「ダメだ・・・」など、声まで出た。そこまで我慢せんでもねぇ・・・もっと早く馬車止めたらいいのに(笑)。
トイレの壷の中身が空だとわかっていても、従者がオケピに捨てるふりするのを見ると、「いやん。」と思ってしまう、アホな私。髪の乱し具合も再演は激しく、アルコ伯爵が、いつも髪型を直してあげるはめに。

『全てがイカサマ』
 怪しげなプラター公演、なんだか楽しそうで、行ってみたくなる。シカネーダーが黄色い布をステッキに変えるマジックに、ヴォルフが「わっ!」と声を出して驚いていたが、私もいつも驚いていた。手つきが見事だわ。シャム双生児をやっているヨゼファとゾフィの足が上がるのを見るたび、「どっちの足?」と考えていたのは、どんくさい私です。ぜんまい仕掛けの人形がいちばん似合っていたのは、大塚コンス。ちっちゃくてコロコロで、かわいかった。

『並みの男じゃない』
 初演と比べて、再演のほうがずっと好きになった曲。井上ヴォルフの「くそっくらえ!」のオシリを突き出すポーズなど、初演と違って、遊び好きのふざけたヴォルフそのもの。
ヴォルフとコンスタンチェを舞台に残し、「♪全てがイカサマ〜」と他の人達がはけていく時、熊の着ぐるみを着たトーアバルトは、わざわざゴロンゴロン転がって下手へ消えていく。意味不明だけど、気づいたときは、何となく面白くて笑いました。

『このままのあなた』
 「♪いたずら好きで、おどけてばかり。やんちゃなの。」で、井上ヴォルフが、馬に乗るふりでコンスを追い掛け回したり、台から「わぁ〜!」て大の字で飛び降りて脅かしたり、子供っぽい二人が、かわいかった。中川ヴォルフは、スカートめくりしていたね。小学生かよ(笑)。関西弁で言う“いちびり”って奴です。両ヴォルフに合わせるコンスも大変そう。

『終わりのない音楽』
 この歌のメロディが、すごく好き。曲が終わったとき、パパがナンネールの肩をそっと抱いて、ふたりで去っていく姿も好き。ナンネールの由美子さんが小さいから、はかなげでいい。

『僕はウィーンに残る』
 初演の頃から大好きな場面。とうとうヴォルフがコロレドに楯突く。初演では、井上ヴォルフは、すぐに鬘を投げ捨てていたが、再演では、中川ヴォルフと同じく、最後のほうまで、かぶったままに。
「♪僕はウィーンに残る。」と言って、召使の間をすり抜け、階段を昇るヴォルフ、すばしっこい。
「♪権力者の汚い手。僕にも武器はある。才能だ。」でっかいコロレドに、噛み付いているヴォルフ。
「♪憐れなレオポルト。」と、コロレドはヴォルフの身体を一瞬さするように触れたかと思うと、ポンと突き落とす。キレイに伸びて落ちてくるヴォルフを受け止める召使さん達。
鼻息荒く、コロレドを突っぱね続けるヴォルフ。
「あんたとの関わりなんて、願いさげだっ!」と、白い鬘をコロレドに投げつける。コロレドの大事なところに命中して、コロレドが「・・・む・・・」と悶絶したり、脇にスポッと収まって、そのままコロレドが持っていて匂いかいだり(←ちょっとキモイ)。命中したときは、井上ヴォルフ、軽くガッツポーズ。
「くそっくらえ!」と、憎ったらしく中指を突き出す井上ヴォルフも、初演では(少なくとも私の観た公演では)なかったと思う。再演では、コロレドに怒りを爆発させるだけじゃなく、バカにしたような態度も増えた気がする。そのほうが、よけいにコロレドも腹立つよね。
「僕は今こそ自由だ〜!」の「僕は今こそ」の部分も、初演ではメロディが付いていたが、再演では台詞風に変化。感情がのっていて、いい。自信満々最高潮の頂点のヴォルフ。

『影を逃れて』
 コロレドから解雇されたヴォルフは、自由を手に入れ、大はしゃぎなのに、アマデは座って作曲。『赤いコート』の頃のように、ふざけて小箱を取って、アマデにちょっかいをかけるものの、冷たくされ、突き飛ばされる。ここで初めて、ヴォルフは、アマデが自分と違うものを見ていて、自分の思い通りにならないということに気がつき、愕然とする。その脅えた表情が、かなりツボ。つぶやくように歌いだすのもよい。脅えながら、小箱をアマデに返すと、アマデはスタスタと中央に行き、知らん顔で、小さな机を持ってきて作曲を始める。(初演は机がなかった気がする。)アマデの無視っぷりもよい。
 再演ならではのツボは、「♪女の肌のように、響きのヒダに触れて 僕はふるえる」で、井上ヴォルフが、両手を自分の頬から身体に這わせる、その恍惚とした表情。
 どんどんアマデが恐くなったヴォルフは、苦しさのあまり、作曲をするアマデを後ろから首絞めようとするんだよね。でも、できない。そのうち、アマデの白い羽根ペンのインクが出なくなる。振っても振っても出ない。あせるアマデ。と、ヴォルフが羽根ペンを取り上げる。ヴォルフの存在に気づいたアマデは、羽根ペンを取り返し、ヴォルフの右腕の袖を捲ると、ペンを突き立てる。この一連のシーンのヴォルフとアマデの攻防の表情は、いつも目が離せなかった。
 近くで見ていると、羽根ペンの取合いの時に、ヴォルフが羽根ペンの先をグッと握って蓋を取っているとか、袖を捲るのを手伝って、下がらないように押さえているとか、下世話なことまでわかるんだけど、そんなことが吹っ飛ぶくらい、ヴォルフとアマデが緊迫した芝居をする。
 「♪自由になりたい〜」で、アマデが大きく羽根ペンを振り上げ、曲の最後にヴォルフの右腕に突き刺し、ヴォルフがのけぞる。「MOZART!」の幕が落ちる。いや〜、何度見ても、すっごく好きな場面でした。
 初演の初見の日、一幕が終わったこの瞬間、もう熱に浮かされたように、パンフを買いにロビーに向かったことが思い出される。初演の公式サイトはTOPページで、この曲が鳴るようになっていて、それが聞きたいばかりに、よく公式サイトを開いてたなぁ。

 

2幕


 
2幕は、1幕同様、聖マルクス墓地でのドクトル・メスマーの「彼はエキセントリックに見えた。」という言葉で、幕が開く。着飾った貴族に囲まれて、ピアノを弾くヴォルフ。弾き終わると、下手の貴族に礼、上手に向かって礼をしようとしたところで、アマデと目が合う。見つめあい静止。握手を求めに来たサリエリのことも目に入らないまま(アマデはヴォルフにしか見えないので、サリエリを無視したかたちになる)、ヴォルフとアマデは目を逸らし、背を向け、階段を昇り、そこでまた数秒見つめあい、目を逸らし、奥へ消えていく。この場面のヴォルフとアマデの緊張感が、その先を暗示しているようで、観客席で息を詰めて見ていた。

『ここはウィーン』
 ヴォルフに無視されたサリエリが怒るのを取成すように、シカネーダーの「♪やったぞ、素晴らしい」で曲が始まる。ヴォルフ擁護派(ピンク・ゴールド系)と、ヴォルフ否定派(ブルー・シルバー系)で、衣装の色を分けている。初演の頃には、あまり印象的じゃなかった曲だけど、再演で好きになった。このシーン、貴族の髪型を見るだけでも面白い。女性の頭には、帆船や鳥籠が乗っかっているし、男性は、アフロリーゼントのような人も。
久世男爵夫人は、リーダー的存在。香寿男爵夫人は、色っぽい社交界の華。一路男爵夫人は、気品のある位の高い貴族。
曲の終わったところで、男爵夫人の背にキューを刺すふりをしたサリエリは、振り返った男爵夫人に手にキスを強要される。この後の擁護派女性貴族の「オ〜ッホッホッホ」笑いがスゴイ。

『愛していれば分かり合える』『愛の巣』
 ヴォルフを「変態!」呼ばわりするトーアバルトは、現代でいう“ゆすり、たかり”ってヤツですな。丁度いい間での「セシリア、・・・サツを呼べ!!」には、ヴォルフもビビって、サインするする。
年に300グルデンの年金て、現代の日本円でいくらになるのかと、ネットでいろいろ調べたけれど、あちこち書いてあることが違っていて、明確な答えはなし。だいたい200万円くらいじゃないかな。
トーアバルトが去り際、羽根ペンでヴォルフの首を、スッとなでるのも、恐いね〜。セシリアの元ダンナは小悪で可愛げもあったけど、トーアバルトは、マジ恐いっす。そりゃ、コンスタンチェも逃げだす。

『プリンスは出ていった』
 ナンネールは、一幕の最初から比べて、どんどん暗い顔になっていく。アマデ人形をピアノの前に座らせ、目隠しまでする姿は、どん底に暗い。人生のおいしいとこ全部、ヴォルフに持ってかれた気分なんだよね・・・。

『友だち甲斐』
 2幕で唯一、アホっぽいヴォルフが観られる場面。かなり好き。シカネーダの酔っ払いぶりは、公演後半、どんどんひどくなって、博多ではもうフラフラ。
ツボなのは、「お祝いしなくちゃ!」と言った後、テンションのあがったヴォルフは、いろんなことをしてくれる。飛び跳ねたり、舌を出したり、地団駄踏んだり、ステッキ持ってグルグルしたり、杖にして遊んだり。
「♪翼広げて飛ぶ先を、夜の巷に見に行こう。HEY!」で踊るヴォルフの笑顔も大好き。

『ダンスはやめられない』
 何度観ても、ピアノの上に寝そべったり、乗っかる動きが謎だったんだが、それほどコンスタンチェにとっては音楽なんて、どーでもよかった、ってことなのかも。
「♪燃えて、乗って、夢に溶ける」のとこの、腕を左右にブンブン振るのも、不思議だったなぁ。ノッてるようにも見えないし、ダンスが得意に見えないところがなんとも・・・(笑)。
ここでコンスタンチェが散らけまくったグラス、バラなどなどは、次のシーンの冒頭で、コロレドの召使達が屋敷を掃除するふりで拾っています。

『神よ、何故許される』
 舞台後方のスクリーンに描かれている脳ミソが、ちょっとキモイ。山口コロレドの、この場面の衣装が素敵だったなぁ。
もちろん、歌声も堪能できる曲。「♪サルでも!」のとこは、ほぼ叫び。コロレドにとっては、ヴォルフはサル以下かい。ヴォルフを自分の前に膝まずかせられないコロレドの怒り心頭。
「♪無礼で、傲慢、自惚れ、愚かな男が作り出す」の部分で、怒りも頂点。その後のシーンとした間が、ドキドキものなんだけど、あまりに長くて、初見の人が、曲が終わったと思って拍手しちゃう時も。

『ウィーンからの手紙』
 歌ではないけれど、細かい芝居に注目。ナンネールの夫・ベルヒトルトが帰ってきた途端、木馬に引っかかったままの輪投げの輪を片付け、それを見て「あっ・・・」て表情で、シュンとしているナンネール。そして、ちょっと義務っぽく、ただいまのキスをするベルヒトルト。楽しいほのぼの家庭ではないのだなぁ。
パパからの手紙と、その手紙に書かれた弟・ヴォルフの活躍ぶりには、キラキラ目を輝かせるナンネールを見ると、そりゃあ、ベルヒトルトでなくても嫌味のひとつも言いたくなるかも。
屋根の修理に400グルデンかかるとベルヒトルトは言うが、トーアバルトが脅した年金300グルデンより高い。屋根の修理って、そんなかかるのかと、これまたビックリ。

『ウィーンのレオポルト』
 初演から、涙した場面。ブルク劇場での演奏会が成功し、皇帝陛下からの「ブラボー」と、観客の拍手に、ヴォルフは大はしゃぎ。思いっきり調子にのっているヴォルフを見て、パパはヴォルフの将来を憂う。
それでも、パパは両手を広げヴォルフを迎えようとしたのに、ヴォルフが「♪コロレドに聞かせたい。家を出たのは正しかった」と言うのを聞き、パパは怒る。めっちゃ怒る。
「♪感謝しています」と言い、「パパ!」と縋るヴォルフから目を逸らし、「♪お前の顔など死ぬまで見たくない!」と、パパはヴォルフの顔も見ずに、拒絶。その瞬間のヴォルフの傷ついた表情が泣ける。「わかったよ。」の言い方は、悲しそうな震える声のときも、怒って吐き捨てるようなときもあり。
初演の頃は、一方的にヴォルフの視線だけで観て、拒絶されたヴォルフと一緒に泣いていたんだけど、再演で繰り返し観ると、パパがヴォルフの顔を見ることができずに拒絶していることなどもわかってきて、パパのつらい気持ちにも泣けた。このあたりから、泣きっぱなしになる時もあり。

『私ほどお前を愛するものはいない(リプライズ)』
 パパの愛が、公演後半になるにつれ、どんどん溢れてきた。搾り出すように、むせび泣くように、歌うパパが、悲しくてしかたなかった。

『何故愛せないの?』
 初演から泣きまくりの曲。「♪僕の話す言葉は届かない、パパの耳に」って言葉が悲しくて、もう・・・。
「♪何故愛せないの?僕を」の高音部分は、大阪初日、ヴォルフの震える心のように、声も長く震えて、余計に悲しかった。博多の最後のほうは短くて、心の叫びのようだった。中川ヴォルフの場合は、高音が突き抜けるようで、きれいだったなぁ。
 ひざをついて落ち込むヴォルフの肩に、後ろから、そっと手をかけるアマデ。アマデの後ろをついていくヴォルフの姿が、とっても孤独に見えた。

『乾杯!ヴォルフガング』
 西田コンスは、孤独な大人の女性。大塚コンスは、背伸びしきれない女の子。木村コンスは、甘えられない勝気なひと。木村コンスは1度しか観てないので、ちとあやふや。
「♪誇り高く生きる」で歌に入ってくるヴォルフが好きでした。「遅くなって・・・ごめん。」・・・許すっ!許すよ!

『誰が誰?』『謎解きゲーム』
 このシーンも結構好き。井上ヴォルフは、いつも頭を抱えていて、精神的に疲弊した感じがよい。アマデに振り回され、突き飛ばされ、もうフラフラ。アマデの容赦ない感じもよし。ヴォルフの夢=深層心理だと思うんだが、自分の影であるアマデに振り回され、誰を信じていいかわからず、パパに責められ、男爵夫人には大人になることを強要されるという、ヴォルフの心は、とってもしんどい。
 梅芸では、3列目センターという超良席で観ることが多かったけど、そうすると、『誰が誰?』の最後のあたりは、いつも正面にトーアバルト。この人、一度観ちゃうと目が離せないのよね。ファンでもないのに、仮面を持っての動きを今でも思い出せてしまう・・・。

『借金の手紙』『パパが亡くなったわ』
 人に物を借りるときに、「♪貸・し・て」と歌いそうになる自分がいる(笑)。「♪ペンと紙」も使いたいフレーズなんだな。
 ヴォルフが初めてウェーバー家を拒否する、「♪うそをつくのはイヤだ。利用されるのも。もうしない、やりたくないことは。」の部分は、初演から好きだったなぁ。家に連れて帰られそうになったコンスを引き止めるヴォルフの動きや口調は、コンス役によって違っていて、興味深かった。
 パパが亡くなったことを伝えに来たナンネールの「♪パパを裏切り、私を裏切った。決して許さない。」には、ヴォルフと一緒にいつも悲しくなったよ。大好きだったパパを亡くし、大好きだった姉さんに恨まれ・・・

『父への悔悟』
 ひとりになり、ベッドに座りこんだヴォルフ。こんな悲しい時に、ひとりにすんなよ、コンスタンチェ・・・と勝手に思っていた。井上ヴォルフが、ものすごーーーく悲しい顔するんだよね。
「♪心と身体、裂かれようと」のあたりから、怒りと混じる。このあたりの芝居も、初演から大きく進化した。

『モーツァルトの混乱』
 ベッドの後ろから、静かに近付くアマデ。肩に置かれたアマデの手に気づいて、振り返るヴォルフ。途端、アマデの腕がヴォルフの首を締め上げる。驚きながらも、やっと振りほどいて立ち上がって振り返ったヴォルフに、正面から飛びついて、首を絞めるアマデ。仰向けに倒れこむヴォルフ。飛び込んでくるコンス。
 このあたりからの、井上ヴォルフの混乱っぷりに、いつも緊張した。たまに、ほんとに、イってしまったかと思うくらい、ヤバかった。「うぁぁっ!」と大きな声を出して起き上がる。目は何も見ず、つぶやく。コンスに縋りつく。「♪奇跡は消えたよ、どこかに〜ヒッヒッヒ(笑い声)」と、妙な奇声で笑う。手をわなわな口の前で動かし続ける。グルグル回る。走り回る・・・etc. 
で、普通は、ヴォルフが下手からベッド上のアマデを指差して、「♪お前は悪魔だ、知ってるぞ。」となるが、ヤバイくらいイってしまった日は、その立ち位置さえ違ってしまう。ヴォルフと、指差す先のアマデとの間に、コンスの立ち位置があり、さりげなく西田コンスがスッと横に移動して立ち位置を変えてくれる日があった。(だって、コンスを指差して悪魔と言っちゃ、話が違ってくるゾ。)
 ベッド上で、アマデへの怒りをぶちまけるヴォルフは、「お前なんかいなけりゃよかったんだ!」「家族を引き裂いた!」「お前が悪い!」「家族を返せ!」などを、日によって順番グチャグチャで叫びまくる。何を言われてもクールに無表情なアマデがツボ。

『星から振る金(リプライズ)』
 アマデが左手をパッと広げた先に、男爵夫人が浮かび、曲が始まる。ここが、めちゃ泣ける。グッときて泣けるんだけど、あまり前の席で見ると、ガラガラと男爵夫人の前の黒い壁が動く音が聞こえちゃうんだよね・・・はは・・・。
落ち着いたヴォルフを抱き締めるコンスの仕草が好き。なのに、出て行っちゃうヴォルフ。こんなときくらい、甘えてほしーよねー。

『フランス革命』
 意外と好きな場面。フランス革命のことを歌っている歌詞が、ヴォルフの自立の心境と重なる。
「♪帰れ。まともなやつは家で寝る時間だ。」と歌う、武内耕さんの声、好きだったなぁ。
通りがかりのヴォルフが、「♪大人には父はいらない。」と言う、強い表情も好き。
 シカネーダーの「魔笛」の台本を、ヴォルフから受け取った後のアマデの嬉々とした表情は、すごくツボ。ほとんど無表情が多いアマデ、唯一の満面の笑み。表紙を見つめたまま、スタスタ去っていくアマデ、かわいい。
 この曲のアンサンブルのみなさんに、いつもめっちゃ拍手でした。

「魔笛」作曲
 またもや、ふざけて現れるシカネーダー。
中日劇場あたりから、「♪チョッピリ・オツムに訴えて」と歌いながら、後ろからシカネーダーに抱きつく井上ヴォルフ。そして、頭をコツンとぶつけあい。コンスタンチェは、ヴォルフとシカネーダーとの仲を疑ったほうがいいんじゃないの?と思うくらいラブラブムード全開だった。
 
『ダンスはやめられない(リプライズ)』『あのままのあなた』
 わめくコンスタンチェに、最初は「違うんだ」と関係の修復を試みるヴォルフ。途中で、面倒になったか、「とにかく今は『魔笛』をしあげなきゃならないんだ。帰ってくれ。」と背を向けたり、作曲を始めたり。コンスも孤独だが、そのコンスの歌を聞いているヴォルフの背中も、孤独に見える。
コンスが去った後、ヴォルフは一瞬、追いかけようとするけど、できなくて、ピアノの前に座ってるアマデの後ろから近付き、「お前のせいだ。」って感じで、その首を絞めたい衝動にかられる。でも、できずに、アマデの椅子の背を叩く。このあたりの井上ヴォルフの表情も良かったなぁ。
ビックリしたアマデは、「しょーがないなぁ。」って感じで、さっさと去っていき、残されたヴォルフは、ピアノに座り、突っ伏す。この突っ伏す瞬間のジャ〜ンていうピアノの音が、井上ヴォルフは、あまりオケと合わないことが多かった。

「魔笛」〜レクイエムの依頼
 「魔笛」の成功で、カーテンコールで舞台上に呼ばれたヴォルフの頭上から、「MOZART!」と書かれた幕が降りてくる。大阪初日では、うまく幕が広がらず、字も読めなかったので、きっと初見の人は「なんで、あの赤い幕を引っ張りあってんだ??」と思ったはず。カテコの小池先生の挨拶で説明があったけど。シカネーダーが幕を引っ張り降ろす仕草は、梅芸では最初やってなかったと思う。
 アマデから幕を奪ったヴォルフの表情は、ピリピリ。レクイエムを依頼されているときの表情は、もう精神的にギリギリって感じ。

『モーツァルト!モーツァルト!』
 アマデは上手階段を昇っていってしまい、ヴォルフはひとりきり。身体に巻いていた幕を、ピアノの上にそっと置き、祈りをこめるように握り締める。決意したようにピアノの前に座ると、作曲を始める。
最初は勢いよく音符を書いていて、できた楽譜を丁寧に横に置く。途中で、コートを脱ぎ、椅子の背にかけ、シャツのボタンもいくつか外す。何度か観ていると、このことはその後のシーンに必要だとわかるけれど、すごく自然にやっている。
羽根ペンの動きが、止まりはじめる。頭を振ったり叩いたりして、なんとか曲を書こうとするけど、進まない。書けなくて楽譜をクシャクシャにして捨てる。そうすると、できあがっていた楽譜まで、おかしく見えてきて、それさえ捨ててしまう。目が落ち着かない。息も荒い。途中から完全に筆が止まる。最後には、椅子の背に倒れこんでしまう。毎回、少しずつ、ヴォルフの反応は違っていても、井上ヴォルフの表情からは目が離せなかった。
ちなみに、あっきー(中川晃教)ヴォルフの場合は、途中から激しくブルブル手を震わせて、呆然として何を見ているのかわからない表情が、印象的だった。一度、羽根ペンを落として、こちらがヒヤッとしたが、落ち着いて拾いに行くのを見て、ホッとした。
周りの人たちも、冷たく見下ろすように棒立ちで歌う『影を逃れて』と違って、ヴォルフを押しつぶすように、迫るかのような動きで歌う。合唱部分は迫力。
見ているのもつらくて、「もう書かなくていいよ。」って言ってあげたくなるけど、ヴォルフは音楽のために、いろんなものを失って、ヴォルフには、もはや音楽しか残されていないから、書けなくて苦しくても、曲を書こうとすることだけは止めることはできない。泣けて泣けてしょうがなかった。

『モーツァルトの死』
 曲を書けないヴォルフは、一幕の最後のように、自分の血で曲を書こうと、左腕に赤い羽根ペンを何度も突き立てる。でも血が出ない。「♪僕は死んで・・・お前も死ぬ。」と疲れきった表情で、アマデと見詰め合うヴォルフ。アマデが、幾多の名曲を生み出した白い羽根ペンを、スッと差し出す。そこに救いを見るヴォルフ。白い羽根ペンを手に取ると、『僕こそ音楽』のきれいなフレーズが流れ出す。「♪メジャーとマイナーコードにメロディーも」ヴォルフの表情は、泣き笑いのような、なんともいえないいい顔をしていて、歌を聞きながら、涙が止まらなくなる。井上ヴォルフのほうが好きな理由は、ここの表情にもある。
「♪僕こそ・・・」と、アマデの右手に白い羽根ペンを持たせ、その頬に優しく触れると、アマデの手をとって、自分の心臓に突き刺す。椅子に倒れこんだヴォルフの膝の上へ、アマデも羽根ペンを落とし倒れこむ。
そこへ現れたセシリアは、ヴォルフの首に触れ、脈が止まっているのを確認。椅子にかけたコートの内ポケットから、「レクイエム」作曲の前金を盗み、悠々と去っていく。すんごいことやっているんだけど、阿知波さんがやると、そんなに後味が悪くない。ここでのセシリア、台が引っ込むのにマズイ場所にヴォルフが散らかした物を、そっと拾う役目も負っている。
下手では、18年後の聖マルクス墓地で、ヴォルフと思われる頭蓋骨が掘り出されている。上手で死んでいるヴォルフと、下手で頭蓋骨だけになっているヴォルフを見ると、ヴォルフの死がリアルで、しかも、死んでからも、お金のために利用されて食い尽くされているようで、また悲しい。
ナンネールは、一度は「許さない」と言った弟の死を目にして、ショックを受ける。ふと手に触れたアマデの小箱をそっと開けると、ヴォルフの名曲の数々が溢れるように流れだす。そのまばゆさと、失ったものの大きさに、よろめくナンネール。このあたりのナンネールの表情は、ツボ。

『影を逃れて(フィナーレ)』
 こちらを向いて並んで整然と並んで、ほぼ無表情で歌う人たちの中で、ひとり苦しい表情のナンネール。
「♪戦い終わり、命果てて」の部分で、苦しかったヴォルフの人生の戦いを思い、ボロ泣き。
最後に、ヴォルフとアマデが登場。「♪運命に従うほかないのか、絶対に無理なのか、影から自由になりたい」と歌うヴォルフの横には、アマデ。ヴォルフは、運命に従うんじゃなくて、運命とともに生きたんだよね。影から逃れようともがいたけど、影は光があれば必ず存在する。ヴォルフは、最期に、運命を、影を受け入れた。

カーテンコール・・・おまけ
 『僕こそ音楽』にのって、最後にアマデと手をつないで、最高の笑顔で登場する井上ヴォルフ。おそろいの赤いコートで、楽しそうに、みんなと手を叩きあうのを見るのが、大好きだった。ヴォルフとアマデが『僕こそ音楽』の頃のように仲良しで、大好きな人たちに囲まれ祝福されて、やっとヴォルフが望んでいたとおりの幸せを手に入れた姿のようで、ほんとに大好きな場面でした。

  
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