蜷川幸雄が描く『HAMLET』の世界

03.11.21 シアターコクーン
 

作:W.シェイクスピア

翻訳:河合祥一朗

演出:蜷川幸雄

 

ハムレット:藤原竜也

クローディアス/亡霊:西岡徳馬

ガートルード:高橋恵子

レアティーズ:井上芳雄

オフィーリア:鈴木杏

(以下省略)

 

1、蜷川幸雄演出作品「HAMLET」

 

 蜷川幸雄演出のシェイクスピア作品を観たのは、これが2作目である。最初は2002年秋の「マクベス」だ。劇場に入り、まず驚く。客席中央に舞台があり、その舞台を対面式で客席が囲む構造となっているため、舞台と客席が非常に近い。「マクベス」では、ハーフミラー等の大道具を使用していたのに比べ、今回の「HAMLET」は、舞台が無機質なフェンスに周囲を覆われており、舞台上には何もなく、殺風景でさえある。フェンスの金属の冷たさと、俳優が身に纏う衣装が分厚いニット製であることもあり、舞台は厳しく寒い冬を感じさせる。

シェイクスピアというと、台詞の多さで有名であるが、俳優の語り口はテンポがよく、リズムがあり、ハムレットの長い独白でも飽きを感じさせない。一幕の独白の際には、ハムレットがフェンスに音を立ててぶつかり、もがき苦しむことで、行き場がなく、閉ざされ陰鬱とする心情が表現されていた。「芝居を止めろ」という台詞で中断される劇中劇の場面では、俳優の動きは、歌舞伎のだんまりのようにスローモーションになり、登場人物の関係が明瞭に描写される。二幕に入る前に、フェンスは取り払われ、何もない空間となるとともに、内に向かっていたハムレットの感情は、他者に向かって開放されていく。また、俳優が客席通路から登場することが多く、劇場全体が舞台となり、観客に臨場感と一体感を感じさせる。

ハムレット役を初めとして、物語の中心となる配役には、10代後半から20代前半という若い俳優が起用され、彼らが縦横無尽に舞台上を駆け回ることで、芝居にも疾走感が出て、全体的にスピーディーな作品となっている。これまで、ハムレットのイメージといえば、優柔不断な哲学青年であったが、この「HAMLET」に存在していたのは、その若さゆえの抑え難い感情に苦しみながらも、なおも理性でそれを抑えようとする熱い青年であった。舞台上に最低限必要なもの以外置かず、過剰な演出を排除することで、俳優の心理描写を丁寧に描いていた。

 

2、シェイクスピア作「ハムレット」

 

 「ハムレット」は、シェイクスピアの四大悲劇のひとつとして、有名な戯曲であり、「生きるべきか、死ぬべきか、それが問題だ。」の台詞でも、よく知られている。「ハムレット」の底本となる版には、1604年の第2クォート版と、1623年のフォリオ版の2種類がある。第2クォート版から222行をカットし、新たに83行を加えたものが、フォリオ版である。最近のシェイクスピア研究では、第2クォート版は草稿段階のもので、実際のシェイクスピアの劇団での上演はフォリオ版であったとされる。これまでの日本語への翻訳は、この2つの折衷版を基にされていたこともあり、フォリオ版に基づく上演は、河合祥一郎訳「新訳 ハムレット」を台本とする今回が、おそらく初めてである。河合の新訳は、台詞のリズムと響きがよく、韻文や言葉遊び等の劇的効果も反映されており、上演を目的として訳されている。長い独白においても、耳にすんなりと台詞が収まり、言葉の持つ感情を受け取ることも容易かった。

 「ハムレット」は、単なる復讐の物語ではない。この公演の宣伝コピーでもある“父を失った三人の青年たち”という面から見れば、権威の象徴である父親の存在を失った青年が、自分はどうあるべきかを見失い、「自分は誰か」「自分はどうあるべきか」と惑う、自分探しの物語でもある。ハムレットは、己の人間としての弱さと戦い、成長していくのだ。

ハムレット、レアティーズ、フォーティンブラスの3人の青年は、それぞれ父親の敵討ちを狙っており、全く違う行動を選んでいくものの、その復讐を果たすことで、いずれもが王座を脅かす立場にあるという意味では、政治劇でもある。

その中で、「ハムレット」に描かれる女性は、男性同士のライバル関係の媒介という役目を負う。王妃は、先王に対する王の対抗意識と、ハムレットの王に対する対抗意識をも媒介し、恋人のオフィーリアは、その兄レアティーズへのハムレットの対抗意識を媒介する存在となっている。

また、ハムレットが狂人を演じたり、劇中劇に真実が託されていたり、と、メタシアターでもある。このように「ハムレット」には、いろいろな要素が入っており、非常に魅力的な作品である。

 

3、蜷川幸雄と「ハムレット」

 

蜷川が演出した劇作家のうち、外国人で最も回数の多いのがシェイクスピアだ。1974年に「ロミオとジュリエット」で、商業演劇の大劇場初演出をして以来、教養主義で捉えられがちなシェイクスピアを、もっと自由で大衆的な演劇へ変えようとしており、それは今も変わっていない。魅力のある俳優を起用することで、多くの人の関心を引き、シェイクスピア劇の面白さを広めようとしている。確かに、私自身、蜷川演出という看板に惹かれたこともあるが、出演者に知名度のある俳優が起用されていたことも、今回の観劇のきっかけになっている。

「ハムレット」も、今回が5度目の演出となるが、蜷川は、毎回新しい演出に挑戦している。蜷川は、「ハムレット」を、「絶妙なバランスの上に成り立っている作品」「時代に対する懐疑、オフィーリアに対する愛、母親に対する愛情と憎悪、父親に対する追慕とか甘え、叔父に対する苦しみ、国家に対する憂い、時代の病に対する怒り、全部が均等に、きちっとあるバランスを持つように演出しなければならない」「どれかに力点を置きすぎると、秤は傾いてしまって、あの作品を捉えそこなう」(註1)と言う。非常に難しい作品ということであろう。

「ハムレット」の演出は、1978年の帝国劇場に始まる。その舞台は25段の階段が全面を占めていた。権力構造を明解に表現する手段として、階段を利用したのだ。劇中劇の場面では、「お雛様」をイメージし、宮廷の人々を雛壇に置き、幕切れでは、階段の頂点にいる次代の王・フォーティンブラスに向かって、生き残った廷臣が這い上がっていく。蜷川自身は、帝劇の大空間に「ハムレット」は合わず、また、父と子の関係に力点を置きすぎ、満足のいく作品ではなかったという。

2度目の演出では、舞台を日本の中世に移し視覚的には鮮やかになったが、文化的な幅が狭まったが為に、台詞の文体と合わなかった。

3度目は、劇全体を劇場の設定にして、「ハムレット」を上演する俳優たちの楽屋に見立てた設定で見せ、メタシアターとしている。劇中劇でのスローモーションの演出は、この時から使われていた。この3度目の演出で、ようやくバランスが取れた「ハムレット」になったという。

4度目の舞台では、天井から大小たくさんの電球がぶら下がっており、舞台から天井に何本かの有刺鉄線が張られていた。フォーティンブラスは、バイクに跨って登場し、兵士が機関銃を掃射して、残った者も皆殺しにしてしまうという過激な演出であった。

このように、これまでの「ハムレット」の演出だけを追ってもわかるように、蜷川は、決して自己模倣をしていない。決して、過去の作品にしがみついてはいない。同じ題材から、新たな作品を創造していく。これが非常に厳しい作業であろうことは、容易に想像できる。蜷川は、台本の台詞を勝手に書き換えることはなく、台本に書いてあることは全部守る。その上で、台本を読み込んで、書かれていないことを加えていくと言う。それが、大階段であったり、フェンスであったりと、視覚的にも全く違うものを生み出すのだ。蜷川は、『3分間で生活を忘れさせて、非日常の劇の時間と空間へ連れ去ること』を、プロの演出家の責任と言い、視覚に徹底的にこだわっている。

 

4、「HAMLET」を観て

 

私は、この公演を観るまでは、シェイクスピア作品に苦手意識を持っていた。台詞の量が多いが為に、流れていってしまい、気持ちに響かないという先入観もあった。しかし、今回の「HAMLET」では、その言葉の意味ひとつひとつが、すんなりと受け入れられ、また過剰な演出がなかったことが、より俳優の呼吸を観客に伝えていた。他のシェイクスピア作品にも興味を持った。人気俳優を起用して、シェイクスピアに大衆性を持たせたいという蜷川の狙いは、少なくとも私に対しては成功したといえる。

蜷川は、1998年に彩の国さいたま芸術劇場の「彩の国シェイクスピアカンパニー」の芸術監督に就任し、シェイクスピアの全37作品を13年間で上演するという。四大悲劇のように人気のある演目は商業演劇でも可能だが、それ以外の作品では公共劇場でしか成立しにくいからだ。1999年には、イギリスを代表するロイヤル・シェイクスピア・カンパニーで、初の東洋人演出家として、「リア王」を演出している。彼は、決して挑戦を止めない。蜷川は「自分はまだ進歩する演出家だろうか」と、自らに問いかけ、「これまで上演した作品を解体させながら創造して、何か新しい発見を探したい」と言う。彼は、常に新しいものを創造する“芸術家”なのだ。もちろん、舞台は演出家ひとりで作られるものではない。劇作家、数々のスタッフ、俳優、そして観客とのコラボレーションだ。私は、その“芸術”の現場に参加する為に、これからも劇場へ足を運ぶであろう。

 

 

引用註

・註1 蜷川幸雄・長谷部浩著『演出術』紀伊國屋書店 2002年 283ページ

 

参考文献

・シェイクスピア作 河合祥一朗訳『新訳 ハムレット』角川文庫 2003年

・高橋豊著『人間ドキュメント 蜷川幸雄伝説』河出書房新社 2001年

・『レプリーク』2004年2月号 阪急コミュニケーションズ  

・公演パンフレット『HAMLET』 東急文化村 2003年