世界遺産への登録を目指す古市古墳群を巡る


古代の大王眠る古墳群


允恭(いんぎょう)天皇陵古墳

允恭天皇は仁徳天皇の子供で、5世紀後半に築造された前方後円墳

写真:允恭(いんぎょう)天皇
近くには大小の陪塚も点在している

石棺展示施設

5世紀後半に築造された長持山古墳から出土の石棺

写真:石棺
阿蘇山付近の凝灰石で作られている

沢田八幡神社

境内の真ん中、鳥居と本殿の間に踏切がある

写真:沢田八幡神社
境内を走る近鉄電車

下の写真と内容説明


仲姫陵(なかつひめりょう)古墳

古市古墳群では応神天皇陵古墳に次ぐ大きさの前方後円墳で、4世後半の築造

写真:仲姫陵古墳
円筒埴輪と葺石が見つかっている

三ツ塚古墳

3ッ並んだ古墳で、そのうち真ん中の古墳はすでに開発されマンションになっている

写真:三ツ塚古墳
発掘調査で木製修羅が発掘されている

応神天皇陵古墳へ

放生橋を渡って応神天皇陵へと向かう(タイトルの画像が正面)この石橋を渡ると、古墳の横へ入る

写真:応神天皇陵
八幡宮の横から石橋を渡る

権田八幡宮と応神天皇陵古墳


権田八幡宮の正面入口

権田八幡宮はもともと応神天皇陵をお守りする神社であったが、のちに八幡宮になったという

写真:権田八幡宮の正面入口
鎌倉時代には源氏の氏神にもなった

権田八幡宮本殿

本殿は慶長11年(1606)豊臣秀頼が再建させたものだが、大坂の役で放置され、家光が竣工させたもの

写真:権田八幡宮本殿
隣の応神天皇陵へは石橋を渡る

放生川(水路)

戦に敗れ命を落とした人々を弔って、生き物を放してお参りしたという。放生祭りは今でも最大規模になる

放生川(水路)
この石橋は富田林の人が奉納している