南河内のお寺と神社にみる盃状穴
南河内再発見」のウォークで見つけた手洗鉢と燈篭に残る盃状穴
(注:勿論、新発見と言う意味ではなくて、かって南河内には広く子宝、
安産の庶民信仰があったという事実を理解したと言う意味です。
今のところ実証的な解明がまだ十分なされていないようです。)
(参考資料:辻川季三郎「〜石をも穿つ〜江戸時代の泉州安産信仰」)
(松尾巴留美「手水鉢〜今に残る石刻芸術(河内長野市郷土研究会誌」)
中高野街道ー狭山道(大阪狭山市):南海高野線金剛駅から少し南に入ったところ
道端にある伊勢太神宮常夜燈
金岡神社(堺市):
黒土地蔵(堺市):「もず八まんえき」への石標の近くにある。
地蔵尊の右手にある手洗鉢に盃状穴がある。
南宗寺(堺市):本堂と境内の手洗い石



松林寺の近くの道端(河内長野):宝篋印搭と伊勢太神宮の燈篭が並んでいる。
伊勢太神宮の燈篭のほうに盃状穴が多く見られる。
熊野街道(大阪市内)
京阪京橋の船着場跡近くの坐摩神社(窪津王子跡)の手洗鉢にも数個の穴があった。
他所から移動されたようではあるがーーー。
東阪田の小祠(羽曳野市):東高野街道に沿っている
石灯籠の横下にある敷石
長野神社(河内長野):
南海河内長野駅すぐ
重文の神社本殿と大木が数本ある。










烏帽子形八幡神社(河内長野):
石灯籠の下にある敷石
上田町の文化財:地域の再開発で集約されている模様
 神社の手洗鉢石とお百度石
庚申堂(河内長野):軒下に木彫りの猿が飾られている
狭山神社(大阪狭山市):南海高野線金剛駅前すぐ近く
 左手前の手洗鉢石
(牛頭天皇と刻印)