正気と邪気
正気にはふたつの見方があります。一般的には正気は善なる気です。しかし、中国医学の重要古典である『黄帝内経』の正気は悪なる気です。前者は「真正なる気」の略で、自然治癒力のような気です。後者の正気は「正風の邪気」の略で、襲ってくる邪気の一種です。同じことばを使いながら、意味するところは違っています。このところを明確にしておかないと混乱してしまいます。中国医学の扱いにくさはこういうところにもあります。
一般的な考え方 正気とは邪気に対抗する抵抗力・自然環境に適応する能力・健康を促進する力です。邪気とは病気をもたらす気で、主として六淫の邪(あるいは六気といいます)を指しています。風・寒・暑・湿・燥・火(熱)の六種類の気です。これらは自然界に常にある気ですが、正気の虚弱を衝いて人体に侵入します。人体に侵入した時点で邪気と呼ばれます。
正気は邪気に抵抗し、邪気が正気を損傷するように、両者は対立しています。疾病とは、この邪気と正気の抗争した結果です。このふたつの気の盛衰を的確に把握するのが治療の大原則です。それには三つのパターンがあります。
@ もし正気が旺盛であれば、充分に邪気に抵抗できますので、発病しないか、発病しても軽微です。
A もし邪気が強盛であれば人体を損傷します。正気が衰弱すれば邪気に対する抵抗力が低下しますから、邪気の侵 襲を容易にします。また誤治によって正気が損傷することもあります。これらのことによって、邪気は日々に増長し、病気は悪化します。
B もし正気と邪気が共に弱まれば、正気と邪気の抗争も持続状態になり、疾病も慢性化します。
『黄帝内経』の立場・・・老荘の影響 「真」字は道家(老荘)の書だけに使われる字といわれます。こ の「真」字が『黄帝内経』に数多く見ることができ、その中で「真気」ということばがよく使われています。この「真気」ということばを中心に整理してみると、「真気」「穀気」「正気」「邪気」の四つの気(特に「真気」と「邪気」)で急性伝染病に対する医学(風の医学)を形成しているのがわかります。
多くの人民が急性伝染病に斃れているのに対し、どうしたら天から与えられた生命を全うする(これを「養生」という)ことができるのか、どうしたら早い時期に発見して治療できるか、『黄帝内経』は果敢に取り組みました。その結果としてひとつの医学の枠組みができたわけです。
・真気:天から与えられた邪気に対する抵抗力。急性の伝染病は感染をうけた者がすべて発病するとは限り
ません。それは個々人の抵抗力の差によります。この力を天から授かった力・・・真気と考えました。この
真気を損なわないことが邪気を未然に防ぐ最大の防御です。たとえば「恬淡虚無」という生活態度がそれです。
・穀気:飲食物から得られた栄養で、自然治癒能力を支えている力です。消化機能を意味するばかりではなく、食糧事情も意味します。
・正気:正風の邪気で、正邪ともいいます。その季節にふさわしい方角(たとえば春は東)から吹く風(正風)がもたらす邪。六淫の邪がこれに含まれます。発病しても比較的軽く、多くは自然治癒します。
・邪気:虚風の邪気で、虚邪ともいいます。その季節にふさわしくない風(虚風)がもたらす邪気です。異常な風が病気(伝染病)を運んできたと考えました。強い邪気ですから、未然に防ぐためには真気を充実させるとか、むやみに発汗しないという力説をしています。
さらに『黄帝内経』は早期発見と早期治療にも取り組みましたが、この四つの気の医学は発展することはなかったようです。結局、「真気」は「正気」と呼び換えられ、ふたつの「邪気」(正気・邪気)はひとつの「邪気」に統一されました。そして最初に述べたような一般的な考え方として固定したのだろうと思います。