◆参考資料  

体表観察と臨床        

○はじめに
漢方鍼医会が進める学術構築の基本は「素問」「霊枢」「難経」にある。我々が臨床研修している「漢方はり治療」の病理診察の目的は蔵府経絡論の基礎ともいえる気血津液の過不足にあり、手法の基本は難経医学における衛気・営気の補瀉法にある。
体表観察の臨床応用も目的は同じであり、気血津液の病理状態を観察していかに衛気、営気の手法に繋ぎきれるかにある。

1.目的
気血津液の過不足や機能失調等を観察する事により、病体の病理状態を把握し治療の指標である病証を診断する事にその目的がある。これにより主証が決定され、選穴・手法・予後等の理解に繋がる。

2.臨床応用の診察範囲について
体表観察にて臨床応用できる診察範囲には以下の六項目がある。
@ 顔面の望診(精神・予後を診る) 
A 尺膚診(色脉膚の相応を診る→青弦急・赤数熱・黄大緩・白浮しょく・黒沈滑)
B 下腿診(切経・寒熱・水滞等を診る)
C 胸腹部診(寒熱・?血等を診る)
D 背候診(督脈経・脊際経・兪穴・三焦の変調を診る) 
E 前、側頚部診(艶と緊張感・寒熱等を診る)

3.気血津液の具体的触覚と病証について
体表観察の基本は「気(陽気)」の触察にあり、病理の基礎は「津液(陰気)」の観察にある。臨床の場にあっては「気血津液」の観察が基本であり、「津液」を基礎として気血との相関性を診察し病証の病理状態を把握する事により、いかに衛気・営気の手法に繋げるかである。

 気・血・津液の臨床の場における具体的触覚については・・・・・

@気(陽気)⇔ 衛気の観察
具体的には、皮毛・皮膚表面にて艶と働きを診る。
病証:気虚・気滞・気逆・精気の虚・・・・・・
気の触覚:気の状態、つまり艶やはたらき(寒熱・滑しょく・痛痒…)の異常を診るには、極めて軽く皮毛ないし皮膚表面を診察する。これは概ね衛気の状態に通 じる。枯燥して艶がなければ精気の虚とも診る。これは皮膚の状態のみならず全身の精気の状態をも表しているからである。   
A血(陰気)⇔ 営気の観察
具体的には、肌肉・筋・腱の深さで艶と硬さを診る。 
病証:血虚・血お・お血・・・・・・
血の触覚:血の状態、つまり堅さを診るには、肌肉、筋、腱の深さまで手を沈めて診察する。これは概ね営気の状態に通じる。なお、色も血の診察ポイントとして 重要である。また血の異常は皮膚や肌肉、腱などの艶にも表れる。

B津液(陽気・陰気)⇔ 衛気と営気の観察
具体的には、皮膚面と肌肉の間、骨に至る間にて艶と柔らかさを診る。
脈外(衛気)脈内(営気)にても観察する。
病証:陰虚・湿病・水気・痰飲・血分・水分・・・・・・ 
津液の触覚:津液の状態、つまり艶や柔らかさを診るには、皮膚面と肌肉のあいだ、或いは骨に至るまでを軽く手を上下(内外)、或いは左右に動かして診察する。これは概ね衛気(三焦の気)の状態にも通じる。なお、色についても重要な診察ポイントである。また、脈内にも血や津液は存在するがこの診察については脉状診が最も優れた診察法である。

4.臨床応用と運用について
体表観察の臨床応用は「衛気」「営気」の観察が基本となる。血・津液の病理的把握もつまるところ衛気・営気の診察にある。以下の八項目は臨床的に重要である。     @ 顔面の望診
顔面の全体的望診により「神」を診る。特に眼や印堂部の変化等により精神的疾患と予後を診る。                                            A 尺膚診
難経13難の応用であり、尺膚の色・脉状・尺膚の触覚変化等により相応不相応を診察し病証把握に繋げる。
特に尺膚の変化(急・数・緩・しょく・滑)を診る事により、病蔵・病経の把握や寒熱の診察・選穴・手法・脉状把握にも応用ができる。

《参考》相応の色・脉・尺の表
五主 色 脉状 尺膚の状態 気血津液
肝 筋 青 弦・急 急⇒筋緊張・艶無 血(津液)
心 血脈 赤 浮・大・散 数⇒外感熱病 血(津液)
脾 肌肉 黄 緩・大 緩⇒軟・緊 気血・津液
肺 皮毛 白 浮・しょく・短しょく⇒燥・渋 気(津液)
腎 骨 黒 沈・濡・滑 滑⇒滑・艶無 津液(気)

B 下腿診
下腿部、特に膝関節以下の経絡や気血津液の診察にて寒熱・水滞等を観察する。    

C 胸腹部診
この部では「腹証」を診察し病理との整合性を観察する。
胸部では寒熱・気虚・気逆・水滞等を診る。
腹部では寒熱・痰飲・お血等を診る。   
D 背候診
後頚部から腰仙臀部に現れる気虚・気滞・水滞・?血等を観察すると共に兪穴の反応も参考にする。
督脈経の観察は特に重要であり、この部には急性熱病の反応が現れやすい。
脊際経には急慢性病症の反応が顕著に現れる。
後頚部の反応は肝・胆経の変動が多いので選経に応用できる。
肩甲間部の反応は肺・肝経の変動が多いので選経に応用できる。
E 前、側頚部診
この部には気の変化がよく現れる。
証決定の正否・治療側の決定・ドーゼ等の判定に臨床応用が出来る。  
F 汗について
汗は「証」との相関性で観察し応用する。臨床的には
○自汗は気虚・陽虚で気力の減退や精神疲労と診る。
○盗汗は陰虚で手足のほてりや口渇を現わす。
○頭汗は陽実(陰虚)で上焦の邪熱と診る。
また、汗の温・冷や治療中に出る汗も臨床的に意義がある。 
G 手足厥冷と煩熱について
手足厥冷や煩熱については必ず観察すべきである。
臨床的には陰虚との相関性に臨床的な意義がある。

5.臨床実践の場における体表観察の実際
最後に臨床の場における体表観察の実際につきまとめる。

@訴える病症との整合性を診る。
特に問診との整合性である。たとえば主訴が頭痛だったとする。問診だけでは場所もその程度も病理推察にも必要な情報を正確には収集できない。なぜならば、患者は概ね過大申告や間違った訴えをするものであるから。したがって主訴部の切診を行い訴えとの整合性を診る。これは病理推察、手法、ドーゼ、治療終了、予後判定などの決め手になるので欠く事のできない診察行為である。また、主訴部を切診すれば必ず気血津液の変化が認められるものである。
A脉状・脉証との整合性を診る。
脉状ならびに脉証との整合性を診る。たとえば浮実の脉は衛気の停滞、浮虚ならば衛気の虚、沈実ならば営気の停滞、沈虚ならば営気の虚をあらわす。また水滯を診とめて左尺中が浮大虚であれば腎の陰虚証。皮膚が枯燥して血にも津液にも充実感が診とめられず、脉は沈細虚で右関上にこの現象が特に強くあらわれていたならば脾の陽虚証をあらわしている。このようにして、より深く主証や手法に近づけることができるのである。                                    B選穴・手法との整合性を診る。
主証を決定した段階であるが、手法としては衛気にアプローチすべきか営気にアプローチすべきか、或いは両方のどちらからアプローチすべきか、また、選穴はどうするか等も忘れずに考察する。
C気血津液の変化を観察しながら臨床を進める。 
取穴の段階でも気血津液は必ず変化をし始める。これは主訴部や脉状や手足の経絡の動き、或いは腹部などによって確認することが可能である。実際に鍼を行えばもう少し明確な変化が表れるものである。だから、臨床の実際は気血津液の変化を観察しながら進める事が基本となる。

6.結語
体表観察の臨床応用は漢方はり治療独特の診察法であり、臨床に直結したすぐれた方法であると確信する。今後とも臨床研究を続け臨床学術として構築したい。
今後の研究課題としては、気血津液を基礎とした腹証の臨床開発と足三焦経の臨床研究が残されている。