『気』についての論証(1)  気の概要とその分類

 

○ はじめに
この論考を作成するきっかけは、開業して七〜八年経った頃でした。
徐々に難しい病症を持つ患者が訪れるようになって来ると診察過程では予後が良好と診た患者でも難治の者が多く現れてきました。

 様々な手段を施すがなかなか成果が上がりませんでした。
そんなある日、ある雑誌の中に、中医学に関する記事を見つけました。
その内容は、気・陰陽・五行などを中心とした[気一元論]に基づいた中医学理論を考察したものでした。
それを読んで行くうちに、今まで自分が行ってきた経絡治療が随証療法ではなく、病症治療と何ら変わらないものであるように思えてきました。 つまり、巷の針灸師が行っている刺激治療と大差がないと感じたのです。

 私は今まで、ある治療家の著書や指導を参考に学習と臨床を行ってきました。その中にいささか疑問を感じても、その方がどのような背景や理論体系を基にそれらをまとめたかを深く考えること無くチャッカリ拝借していただけなのです。そんなことだから治療に行き詰まってしまったのでしょう。

 本当に患者を治す治療に結び付く治療理論を、どのように勉強すれば良いのか、その方法が分からなかった私はその記事がきっかけでその方向付けが見えてきました。
とりあえず中医学の基本を学ぶため、「黄帝内経」などの古典文献を参考にしながら、初心者なりの中医理論をまとめてみました。
初心者の方には中医理論を学ばれる参考になればと思います。
尚、今回はその中心となる部分のみ記載させて頂きます。

1 概 要
紀元前五世紀頃の中国では、『万物は全てが気から成り立っている』と考える[気論]が孔子や老子などの諸子百家によって確立されていた。

 それは、万物の生成 国の展望 人々の思想や、それらが生じる全ての現象まで、森羅万象 多岐に結びついている。
つまり、道家 儒家 法家 医家などが、その時代を、その変革に対してどのように生きどのように導くかを、それぞれの立場から独自の説を立てたのである。

 気論は春秋戦国時代に発達し、やがて易の太極陰陽論と結び付いていった。

2 気の分類
気論に見られる気には次のようなものがある。
@ 呼吸の気
A 人体を構成する気
B 臓腑機能を表す気
C 精神意識思惟を表す気
D 生命を左右する気
E 抵抗力になる気 病になる気
F 水穀(飲食物)の気
G 天地 自然の気
H 節気(時間や季節など)
I 万物を構成する気−[気化]の気
などがある。次にこれらを説明する。

@ 呼吸の気
人間は生まれると呼吸をする。呼吸によって空中より肺に取り入れたモノ、形は見えないが実在し、生命維持に働きかけるモノ、これを[気]と名付けた。
[黄帝内経素問(以下素問)・刺法論]−「気を止め、維いて七回息を吸い、吐くことなく首を伸ばし、硬いものを呑み込むようにする…。」
これは、滋養法である[食気の法]の記述である。古代の人々は様々な方法で[気]を取り込み滋養しようとしていたらしい。

A 人体を構成する気
[素問・六節臓象論]−「万物は天と地の気が結び合ってできたものである…。天は陽の気を持っている。故に天は、春 夏 盛夏 秋 冬の五季を人間に供給している。地は陰の気味を持っている。
故に地は、酸 苦 甘 辛 鹹という五味を人間に与えている。
五気は鼻から吸い込み、心 肺に貯蔵される。心は顔色を支配し、肺は音声を主る。故に五気を吸い込むと顔色がきれいになったり音声がよく出るようになる。
五味は口から食し胃腸に貯蔵される。消化することによってその精気を吸収し、五臓の気を養う。五臓の気は五味の気と結び合って[津液]を生じる。そして臓腑を潤沢(潤す)したり、精髄を補って生命活動を活発にする。その結果、生命現象である[神]が良く現れてくる。」と論じている。
この条文では、『天と地の気で出来ている人間が、天と地の気を取り入れることによって生命活動を維持している』ことを論じている。

B 臓腑機能を表す気
気で構成されている人体は、気のあり方が臓腑器官の働きにも影響を与える。
臓腑器官の中に気が充実していれば、その働きも活発である。逆に何かの原因で気が損なわれると、相応する臓腑器官の働きも悪くなる。これに関して、
[素問・生気通天論]−「酸味の物を取り過ぎると肝気が強まり過ぎて、脾気が押さえられ衰弱する。鹹い味の物を食べ過ぎると骨が損害されたり筋肉が萎縮し、心気は憂鬱になる。甘味の物を食べ過ぎると心気が不安定になりイライラしたり 顔色が黒くなったりして、腎気のバランスを失う。苦味の物を食べ過ぎると脾気が潤沢されず消化不良に陥り、胃気にも悪影響を与える。」と論じている。
条文中の[肝気 脾気 心気 腎気 胃気]とは、それぞれの臓腑機能のことで、それらが不適当な飲食によって害される事を論じている。

C 精神 意識 思惟を表す気
精神 情緒 精神活動も気の働きであり、気は精神 情志と身体を結び付けている。
[竜虎経]−「精神意識思惟活動は、精気から生じるものであるが、逆に精気をコントロールして、生命活動を営んでいる。」と、精神と生命活動を結び付けて考えている。
素問の文中にも、『人間には五臓があり、五気を化し、喜 怒 悲 恐 憂を生じる。』と、気によって五臓が感情や意思を生じることを述べている。

D 生命を左右する気
人間の身体は気によって構成され、生命も気の在り方で存亡が左右される。つまり、『生命とは存在する気の量をいう。生とは気が集まった現象、死とは気が散った現象』と考えている。
難経には、『気は人間の根本であり、根が枯れれば葉も枯れるだろう。』と論じている。

E 抵抗力になる気 病になる気
身体を守っている気を[正気]または[衛気]といい、病の原因(素因)を[邪気]という。
[素問・刺法論]−「正気が体内に充実していれば、邪気は体内に侵入できない。」
体内に正気が充実していれば健康を保つことができ、病に罹ることもないと考えていた。
[素問・正気通天論]−「風や霧のような邪気を受けると 実熱の病に罹る。春に風の邪気を受け、それが体内に久く停滞すると、脾に影響を与え下痢を起こす。夏に暑気を受け、それが体内に停滞すると、秋になって癢疾に罹る。秋に湿気を受け、それが肺に侵入すると咳を生じ、更に進行すると筋肉萎弱を起こす。冬に寒気を受け体内に停滞すると、春になって温熱病になる。このように四季の不正常な気候の変化が五臓に障害を与える。」と、自然界の異常な気を受けたり、異常な飲食によって病気になることを説いており、このように生じた異常な気を[邪気]と名付けた。
[素問・陰陽応象大論]−「天の邪気が人体に侵入すると五臓を傷害し、飲食物が熱すぎたり冷たすぎると六腑を損害する。地の湿気が侵入すると 皮膚 肌肉 筋 血脈を損害する。」と、論じている。

F 水穀の気
人間は生まれてから死ぬまで、呼吸と飲食によって生命を維持している。
古代中国では飲食物を[水穀]といった。[水]は飲み物、[穀]は主食である穀物を意味する。人間は穀物が持っている気(水穀の気)を摂取して生命活動を維持している。
[黄帝内経霊枢(以下霊枢)・絶穀篇]−「人間の生命活動を支えているのは水穀の精気であるから、一般人は七日間も飲食をしなければ死んでしまう。体内の精気 津液がなくなってしまうからである。」
[素問・臓気法時論]−「各種の水穀の持っている気や 味のバランスを調合して食すならば、身体の精を補い、気を増やすことになる。」と、水穀の気を調和して取り入れることの重要性を論じている。
[素問・宣名五気篇]−「五味はそれぞれが、酸味は肝に入り、苦味は心に入り、甘味は脾に入り、辛味は肺に入り、鹹味は腎に入る。」と、水穀の五気(味)は、それぞれ異なる臓器に働くことを論じている。

G 天地 自然の気
春秋戦国時代の諸氏百家は、『宇宙 万物がそれらを超越する気によって運行されている』とする[気一元論]に基づく[陰陽五行論]という法則にたどり着いた。
自然界に存在する気について、
[素問・陰陽応象大論]−「地気は蒸発すると雲になり、天の寒気によって雨になる。雨は地気が上昇して変化したものであり、雲は天気によって変化した雨が蒸発したものである。」と、天地の気の働きを論じている。
[素問・六節臓象論]−「天の気の運行には一定の法則制がある。」と、自然の気は、常に規則的に運動 変化していることを論じている。

H 節気
古代中国では時事刻々と変化する気のパターンをよみとり、暦の起源を考案した。
[素問・六節臓象論]−「五日間は六十時辰(一辰は二時間)であり、これを一候(甲子)と云う。三候(十五日)を[一節気]とする。さらに六節気(九十日)を時という。四時(三百六十日)は一年となる。」と、論じている。

I 万物を構成する気−[気化の気]
宇宙やそれをも超越する万物は、気によって構成されると考え、気が現す各種各様の変化現象を[気化]という。
[素問・陰陽応象大論]−「気が聚(アツ)まると形を生じ、形は分散すると気に化す。」と、有形の気と無形の気の在り方を説いている。

 ここに例を挙げた他にも多くの気があるが省略する。
次に、人間の生命に係わる気について記述する。

3、人体内を構成する[気]−その作用

1 人体を構成する気の種類−[先天の気][後天の気]
気は森羅万象を構成する基本物質であると共に、人体を構成する基本物質、生命活動の原動力でもある。そして気は、人間の心と身体を統合させる(形神合一)生命情報でもある。
[素問・宝命全形論]−「人間は天と地の気が結び合うことで生まれ、自然界の運動変化によって生きるものである。」
[素問・咳論]−「人間は、自然界と相応する。」
これらの条文は、気の産物である人間の生命現象も、自然の運動法則に左右されることを論じている。人間は、絶えず呼吸 飲食排泄 発汗などを通じて自然界と気を交換して、生命活動を維持していることを説いている。
人間が生まれ 生命を維持して行くには、[先天の気]と[後天の気]が必要である。
胎児は父母の持つ[先天の気](父の持つ精と、母の持つ血)が合することで生じ、母が摂取した[後天の気](水穀の気)を受けて成長し、やがて出産を迎える。
出産後、独立した生命体となった人間は、先天の気を生命維持のために消耗する。これを補う為に、[後天の気](呼吸の気と、水穀の気)を取り込む。

2 人体内の気の五大作用
生命維持を行う気の作用には、次の五つがある。
@ 推働作用
A 温煦作用
B 防衛作用
C 固摂作用
D 気化作用

 次にこれらについて記述する。
@ 推動作用
〈生理〉 気は、エネルギーとして強い活力を持っている。この活力が人間の成長発育、諸臓腑 経絡 組織器官の生理機能を激発し、推動する。また、血 精 津液などの生成 運化 輸布 排泄などを推動し、生命活動を維持している。
〈病理〉 しかし、気の推動作用が弱くなると、諸臓腑器官の機能も減退する。
〈病症〉 その結果、血 精 津液が不足したり、それらの運行が停滞して、輸布 排泄の障害を起こす。

A 温煦作用
〈生理〉 気は、温煦(温める)と、燻蒸の作用を持っており、体温や、諸臓腑器官の生理活動を維持し、血と津液の循行を主る。
[難経・二十二難]−「気は温煦の作用を主る。」
[難経・三十六難]−「気は体内で臓腑を温煦する。」
〈病理〉 気の温煦作用が減退すると、寒が生じ、体温が低くなる。
〈病症〉 その結果、畏寒(イカン)四肢や臓腑器官の冷え 血や津液の循行不良等の寒性の病理変化(冷え性 水腫 ・血等)を生じる。

B 防御作用
〈生理〉 気は身体を防御し、邪気の侵入を防ぎ、体内の邪気を削減 排除する。つまり、自然治癒力を意味する。
〈病理〉 何らかの原因で気が衰退すると、邪気の発生 侵入が容易になる。気の容量は、病気の発生 進行 予後を左右する。

C 固摂作用
〈生理〉 気は、体内の液体物質をコントロールし、腹腔内の臓器の位置を固定する生理作用を持っている。
固摂作用には次の四種類がある。
A 血液を調節する固攝作用
B 精液を調節する固攝作用
C 体液 分泌液等を調節する固攝作用
D 臓腑器官の位置を固定する作用

 次のこれらを説明する。
A 血液に対する固攝作用
気は血液が脈管の外に漏れ出さないように調整する作用を持つ。
気の働きが正常であれば、血液は脈管中を正常に流れるが、気の固攝作用が弱くなると様々な出血性病症を起こす。

B 精液を調節する固攝作用
精液は生殖を主るだけでなく、生命維持にも関わっている。
気が充足であれば、気は精液をコントロールして、勝手な精液の漏出を防ぐ。
気が虚(不足)すと、精液を固攝する力が弱まり、遺精(寝ている間に精液が漏れてしまう) 滑精(日中でも精液が漏れてしまう) 早漏などを起こす。このように、精液が出過ぎると生命力が低下して、種々の心身症状を起こす。

C 体液 分泌液等を調節する固攝作用
気は、唾液 胃腸等の消化液汗 尿等の分泌と排泄を主っている。つまり、生理活動に適した体液の分泌と排泄をコントロールしている。
気が虚すと、これらをコントロールする力が衰え、無汗 多汗 便秘 下痢 尿不痢 多尿 流涎(よだれ)等の病症を起こす。

D 臓腑器官の位置を固定する作用
気は臓腑器官を一定の位置に固定させ、下垂しないようにする働きを持つ。
気が虚すと固攝作用が低下するため、胃 腎 子宮 肛門等の内蔵下垂を起こす。

D 気化作用
前に述べたように、[気化]とは、気の運動によって生じる種々の変化の総てを意味する。
[素問・六微旨大論]−「物が生じるのは気の化に従うものであり、物の衰退は気の変化によるものである。すなわち、気化は生成 成長 敗漬(ハイシ)死亡の根本になる。…生存と敗漬は気の運動により生じ、運動を続けることで変化を起こす。ゆえに物体は生化 気化の宇宙であり、物体が分散すれば、気化も終わる。」

 この条文では、人体を含む万物の存在は、気化によるものであり、気化の小宇宙になっていることを論じている。
さらに人体という小宇宙における気化について、
[霊枢・決気篇]−「五穀から消化(中焦の気化)した精微物質は、上焦の気化によって皮膚を燻蒸したり、身体を補養したり、毛を潤沢にする。この過程は霧が万物を涵養(浸し潤す)するようである。これを気化という。」
と、具体的に論じている。

 つまり、気は気化作用で取り込んだ水穀を精微物質に転化させ、さらに、精 血 津液 気に化生させ、廃物を体外に排泄する。
このように、人体は絶えず自然界より必要な物質を取り込み、気化を通して人体の成分に転化せると共に、人体の代謝物産を体外に排泄する。

 しかし、気の気化作用に異常が生じると、人体の新陳代謝にも異常を生じ、強いては水穀の消化 吸収、気 精 血 津液の生成 輸布、廃物の排泄に異常を生じる。気の気化作用の停止は死に直結するのである。

 以上が気の分類とその作用の概要である。