臨床脉診の修得と病理について(2)

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2.鍼灸臨床における病理について
  臨床脉診の修得にはまず漢方病理を理解しなければならない。これなくしては、単なる脉診学の修得に終わり鍼灸臨床の実践には応用できない。

@精気の虚について
  病気の始まりにはつねに精気の虚がある。これが伝統鍼灸の原点である。精気の虚に内傷が入ってそこに外邪が侵入する場合とか、精気の虚のゆがみの段階で外邪が入ってしまう場合、また精気の虚と内傷があるところに外邪が入ったために虚の病症を呈して旺気実が発生するとか……。病症の虚実により臨床現場では補ったり瀉したり輸瀉したりと治療の方法論はさまざまであるが、その全ての場合において、病の大本には精気の虚があるのである。ではその「精気」とは具体的に何か。
『素問』第62調経論に「鍼の刺法には、有余は瀉し不足は補えとあるが、その有余・不足とは何を言うのか」「有余に五、不足にも五ある。何が有余・不足かと言うと、神・気・血・形・志の事である」という問答がある。この「神・気・血・形・志」が五蔵それぞれの精気のことである。『素問』第九六節蔵象論では、この五蔵配当として、心は神・肺は気・肝は血・脾は形・腎は志を蔵すとあり、その基本性能について論じている。
病気はこの五蔵精気の不足を基本として発生する。これにより気血の流れに不調が起こり、経脈の虚実が生じるのである(蔵府経絡説)。

A陰虚の重要性について
  この「病は精気の虚から始まる」ということを色々な面から追求していくと、我々の臨床現場では「陰虚」の重要性があらためてクローズアップされてくる。陰虚というものの考え方、病理的把握の方法が全ての基本だと言うことに気づく。
陰虚とはどういうものか。病において五蔵の精気の虚があるということは、大きな意味での陰虚であり、それが「証」の基本でもある。「調経論」だけではなく古典のあちこちに出てくるこのような考え方をまとめたのが、古典医学の基本となっている「陰主陽従説」ということになる。
陰虚と陰主陽従説、これが古典医学の基本である。そしてこの基本論を踏まえ、内経医学を駆使して病理というものを臨床の場で考察し活用する事が脉診修得の課題である。
臨床の場に於ける証(病理)の分類は、古典医術の基本である「病気は五蔵精気の虚より発生する」を中心として考えられている。このことは、実地臨床の中で正しい「証」を把握する為には実に重要な概念である。

 『素問』第62調経論の基本病証論に基づき分類する。

○「陽虚すれば則ち外寒す」
病理−陽気が陽の部位に不足した状態。
寒の病症を現す。
〈基本証〉脾虚陽虚証・肺虚陽虚証・肝虚陽虚証

○「陰虚すれば則ち内熱す」
病埋−陰の部位の陰気(精気)が不足した状態。
陰の部位の陰気(水・津液)が不足した状態。
虚熱の病症を現す。
〈基本証〉腎虚陰虚証・脾虚陰虚証・肝虚陰虚証・肝虚肺燥証(肺の陰虚証)

○「陽盛んなれば則ち外熱す」
病理−陽気が陽の部位に多くなり停滞・充満した状態。
熱症・実症の病症を現す。
〈基本証〉肺虚陽実証・脾虚陽実証

○「陰盛んなれば則ち内寒す」
病理−陰の部位に水・津液が旺盛になった状態。(素問)
《参考》陰の部位にお血を生じ血熱の病症を現す。「難経75難」
〈基本証〉肺虚肝実証・脾虚肝実証
  ※「陰盛」「陰実」については今後の臨床研究が必要である。

 我々の臨床室で一番多いのは陽虚証であり、それに伴って陰実証も増加している。、体力が低下していること、環境ホルモンやオゾン層破壊による紫外線増加など新たに色々な病因が錯綜していること、薬や栄養剤を飲んでいる人が多いことなど、そのために陽虚証を呈する人が増え、それが進んだ状態として陰実証が多くなってきているのではないか。日々の臨床現場を想定していただくとわかるように、脉を診ながら身体を触ると冷たい、この冷えは肺気の虚、つまり陽気虚である。脉は大体において沈んで虚、または数、進行すると遅、そんな人が多い。陰実証になるとこの沈んだ脉にしょくを帯びて若干堅い実脉を呈する。フクフク然として決して強くはないがいつまで押さえても消えない脉である。また純然たる陽実証は意外と少ない。これは陽実証の段階で薬を飲んでしまうとか、病因的に内傷が強いとかの理由で陽虚証になってしまうのである。脉は沈んでしょくを帯びたり結滞したりというような形を取る。

 陽虚証の基本病理は
@ 陽の部位の陽気(衛気・営気)が不足した状態 
A 陰の部位の陽気(血)が不足した状態
の二通りで、基本病症は虚寒(冷え)である。このように陽虚が増えていると言っても、いきなり陽虚になるのではなく、その前提には陰虚がある。
陽虚証の基本病症は、全身の倦怠感・皮膚寒症(皮膚を触ると冷たい)・食欲不振(食べてもすぐ満腹)・少気頼言(繰言を言う)・悪寒(寒くないのにぞくぞくする)・口渇なし・自汗(午前0時からの陽の時間)・小便清長・四肢厥冷・遺精・眩暈(たちくらみ)・足汗(冷え)・全身の浮腫・頭重痛・陽虚喘(冷えると咳が出る)・陽虚の発熱(微熱が続く)・腰痛(慢性の鈍痛)など。総じて冷えと停滞・全体的な機能低下の病症である。病症をいちいち憶えなくても、陽気が少なくなったために温める力が無くなって冷えるという基本的な病理がわかっていれば理解できるはずである。また、陰虚が前提になっているのだから当然陰虚の代表病症である消痩もあらわれる。

 陰虚証の基本病症は虚熱(内熱)である。この熱がどこから来るかという基本病理としては、
@ 精気の不足 
A 津液の不足
虚熱があるから脉状は浮いて虚して大きいことが多い。津液は水であり、これには冷やす作用があるから不足すると熱が多くなる。この熱は陰の熱であるから内熱、陰虚だから虚熱ということになる。陰虚の代表は腎虚証であり、腎陰虚の脉状を想定すると、他の陰虚もわかってくる。

 陰虚証の基本病症は虚熱病症であるが、一番の代表は皮膚枯燥である。熱には上昇性があるから表に浮いてくる。そのために表面の水気が取られ老人特有の枯燥した皮膚になる。それから消痩。普通に食事していて食欲があっても自然にやせてくる。年取った人に久しぶりに会うとやせたと感じるが、本人は至って元気、年を取るということは陰虚になるということであるからこれで自然なのである。朝起きると口や喉が渇くとか、夜、何回も目が覚めて眠りが浅い、五心煩熱といって手足の掌や胸中がもやもやするとか、寝汗、便秘などすべて陰虚の病症である。

 陰虚は老人になったら一種の生理的現象で、六十歳過ぎた人ならまず陰虚があるから、カルテ記載のおりにはこのような病症が必ずある。ただ残念ながら今の医療制度では六十歳以上の十人中八人か九人は薬か栄養剤を飲んでおり、これらの口から入るものは全て水毒といって湿邪になるから、健康や長生きのためにと思って、反って陽虚になってしまう、そんな皮肉な現象になっている。陰虚の典型や老人の脉は浮いて大きくて弱いことが多いが、こういう場合は沈んで?を帯びて、皮膚を触ると冷たく、なおかつ枯燥している。水毒がさらに増すと、陰実証を呈するようになるというケースもある。 実際、陽虚証と陰実証の病症は似たところが多い。臨床現場では陰実証の患者さんに陽虚証の治療を施していてもいつのまにか治ってくることさえある。
このように、陽虚証や陰実証、これには血熱や血実・お血がからんで、特に女性の更年期などはまず陰実を頭に置いた方がいいのだが、その大本には陰虚証がある。 (つづく)