臨床脉診の修得と病理について(4)

3.浮沈脉の脉証と病理について(つづき)

〇沈実の脉証について
 沈実の脉証で、一番問題になるのは陰実証・陰盛証とのからみである。
「沈ニシテ力アルハ実トナス」(『脉論口訣』)。「沈ハ陰逆・陽鬱ノ候トナシ、実トナシ、寒トナシ、気トナシ、水トナシ、停飲トナシ、脇脹トナシ、厥逆トナシ、洞泄トナス。沈滑ハ宿食トナス。沈ニシテ数ハ内熱ニシテ、沈ニシテ遅ハ内寒ナリ。沈ニシテ弦ハ心腹ガ冷痛スルナリ」(『診家枢要』)
 沈で力のある脉は『実』であるという。これは血が陰藏に凝るということ、藏府のどこかに熱や血が停滞していることを示す。つまり「陰実」の脉である。

 臨床的病証は、裏の実熱を意味する。もちろんこの場合の脉には数が絡むと思われる。病邪が裏に潜伏して実証を呈しているのである。
 一方『調経論』は内因・外邪と陰盛との関係について、肝の精気が不足したために陰邪(寒湿の邪)が陰経に直接入り、「陰盛」を呈するのだと述べている。それによると、内傷の「怒」が精神的ストレスとなって肝気を侵して旺気させ、そのために肝気が逆上して下の陰が虚した状態になる。その虚に乗じて寒湿の邪が直接陰経に入り、そこに充満して陰盛となる。逆しているため身体の力が弱まっていて、寒を排出することができず血脈が滞ってしまうのだ。病症は内寒になる。

 また、精神的過労などで五蔵の気が逆上して、これが続くと足から上焦まで冷えが上ってくる。この逆気の状態のときに寒湿などの邪気が陰部に直接侵入する。そのために陽気が陰の部にまで充分循らなくなり、血が冷えて気血ともに滞ってしまう。この陰盛の状態になると、経脈の流れが悪くなるため身体の内部まで冷える。

 <参考> 陰実証と陰盛証について
 陰実証は血熱で病症は熱を現すという難経型の考え方と、陰盛証は内寒であり冷え病症を現すという素問型の考え方、それのどこに問題があるかというと、脉の遅数ではないかと思われる。また?血病証でも、初期は血熱状態で熱病症を現すけれども、経過するにしたがって冷えていく、このあたりを臨床現場でどのように的確に捉えていくか。
 前段でも引用したとおり、『診家枢要』では「沈ニシテ数ハ内熱ニシテ、沈ニシテ遅ハ内寒ナリ」という。沈にして弦は心腹が冷え痛むというのであるからこれも内寒であろう。つまりここでは沈実の脉証に対して、遅が絡むか数が絡むかで「内熱」「内寒」二通りの説を立てている。これが陰実証と陰盛証を見分ける参考になる。

 沈実にして数の脉証は陰実による内熱病症、陰部における熱や血の停滞を現す。臨床では皮膚表面をなでると冷たいが芯には熱がある。ここでいう沈実脉は必ずしも堅い脉ではなく、?・数が絡んでいるような脉である。
 沈実にして遅の脉証は陰盛による内寒病症、陰気の停滞を現す。皮膚表面も冷たいが中まで冷えている。脉は弦で堅く、下腹部の冷えなどの病症を現す。この陰盛病証は陽虚外寒証が進んだ状態で、かなり重篤な、今でいう末期がんのような病症であり、われわれの臨床室にはあまり来ない。いわゆる七死脉でも遅脉は死に通ずるというように、気がどんどん無くなっていってしまって、死に至るのである。

 当会(漢方鍼医会)でも陰実ということを研究している人が何人かいるが、これからは血熱だけではなく内寒証的なものも、研究項目として視野に入れていく必要がある。病理を考える上で寒熱は今後ますます重要になっていく。東洋医学では、病とは極論すれば熱と冷えであるといってもよいだろう(もちろん気血水の過不足論がその前提としてあるが)。実熱・虚熱、実寒・虚寒にどのように気血津液が絡んでくるか、それを診分けるのが脉状であり脉証であると思う。また治療する段階で、病状の変化を脉診により確認することができれば、脉をもっと診断学・治療学・病理解釈に活かせるだろう。

 では実脉(沈実)とはどのようなものか。臨床では「陰にて得る脉、ある脉」確かにそこにあると感じる脉だというのが基本であるが、これではあまりにも大雑把である。 古典では実脉についてどのように記述しているか。
 「大ニシテ長、微カニ強シ。之ヲ按ズルニ、指ニ隠レテフクフク然タリ」(『脉経』)「実脉ハ心火ノ大過脉也」(『瀕湖脉学』『図註脉訣』)
「実脉ハ病内ニアルヲ主ル。邪実(風寒)ハ痛・熱ヲ爲シ、血実(水穀)ハ食積等ヲナス」(『察病指南』)
 沈における実の脉はこのように、陰の部にわずかにしかも強く触れる脉で、あまりはっきりとはしていないが押えていってもいつまでも存在を指の腹に感じて中々消えない脉。必ずしも弦脉のように指に強くあたる脉ではなく、注意しないと見落とすような場合もある。そして何らかの病症がある場合は必ずこれが遅か数に移行している。

 ちなみにお血の脉となると、沈実に?が絡んでくる。オとは竹の皮を切れない刃物で削るようなしぶった脉だという。気の実脉ともいい、弱くて渋っているだけでなく割とはっきりした脉である。これを施発の『察病指南』の脉図で確認すると、円の中に縦線がいっぱい入って3本くらいぎざぎざのとげが出ている。つまり意外と堅さがあるということである。臨床では乾燥した季節、皮膚が乾いている人、汗をかきにくい人によく診られるし、アトピーの場合も必ず?がある。

 さて脉位のどこかにこのような実脉があった場合、それをどのように診断していくか。これは切診や問診をして病症を考えながら探っていけばよいだろう。 たとえば陰実ということになると肝実証が基本とされるが、必ずしもそれだけではなく、脾の脉位も注意する必要がある。右関上に沈んだ実脉を触れた場合は病理は胃の実である。これが数がかっていたら食欲はあるが、これは病的な食欲である。またおそらく便秘があり肝虚証の証が立つだろう。ちなみに右関上の浮実の脉は風邪で、この場合とは別物である。中国の鍼灸や漢方の書籍の大部分が病症学であることからもわかるように、脉状診を身につけるためには脉を診るとき常に病症を確認してみることが大切なのである。

○沈実の病因・病理について
 沈実の脉証の基本的病理は、藏府のどこかで熱や血や陰気が停滞していることを現す。臨床では一般的には裏の実熱を意味し、この場合は数であるだろうと考えられる。これが遅脉になると『素問』でいう内寒的な病症が考えられる。

 肺の脉部に現れる「沈実」の脉証は、病理として肺実(肺燥)を考える。基本的には脉位が浮より少し下がったところに?がかった堅い脉を触れる。
 「沈ニシテ緊滑ハ咳嗽。沈細ニシテ滑ハ骨蒸、寒熱、皮毛焦乾」(『診家枢要』)
 「寸脉沈ナレバ胸ニ痰アリ」(脉法手引草)
 「沈ハ咳嗽。実ハ上焦ノ熱、喘嗽、痢病」(『脉論口訣』)
 「沈緊ニシテ滑ナルハ咳嗽ヲ主ル。沈細ニシテ滑ハ骨蒸ノ病ニシテ、寒熱コモゴモナシ、皮毛乾クヲ主ル」(『察病指南』)
 痰には、薬方では多くの分類があるが、大きく分けて乾痰と湿痰(診分け方は、痰を吐いたときにくるくると丸くなるのが乾痰・ベチャと広がるのが湿痰)のうち、ここでいうのは乾痰であると思われる。上焦の熱により肺の津液が乾いているのである。もちろん数脉である。胸に熱があるから、特に就寝時など身体が温まると必ずセキが出る。この胸の熱を取り去る便法として、熱の左右差を診て実熱の強いほうに接触鍼程度の瀉的な手技を施すとすっと熱が取れる。

 この肺燥の病理には、肝虚などから肺の津液が不足して発症するものと、熱病の誤治から肺そのものの熱になったものがある。証は主に肝虚証で、腎虚証の場合もある。

 脾の脉部に現れる「沈実」の脉証は、それが遅か数かで病理として胃の部に余分な「水」が多くなっている場合と、陰部に「熱」がこもるために食欲がなくなる場合が考えられる。この部の脉証は、特に病理と病証を通じて臨床実践しないと治療を誤ることになる。
 「沈ハ胃中寒積、中満呑酸。沈緊ハ懸飲」(『診家枢要』)
 「関脉沈ナレバ気短、心中痛ム」(『脉法手引草』)
 「沈実ハ脾蔵虚シテ不食。口乾、胸中熱、痢病」(『脉論口訣』)
 「沈ナルハ心下満シテ苦シミ呑酸スルヲ主る。沈緊ナルハ懸飲トナス、沈ハ下ニアリ、則チ実トナス」(『察病指南』)
 「懸飲」とは水が停滞しているために気の循環が阻害されている状態。中焦が冷えているから食べられない。そのために熱が上に上がって口が渇くし、胃が冷えているから下痢をする。この場合臍を触ると冷えている。これらは脾虚の病症である。反対に「中満呑酸」は中焦に熱を持って胸部が冷える病症である。

 臨床において、脾の脉部に現れる「沈実」の脉証を『脾実』と捉えることは大変危険であり、証を誤ることになる場合が多い。
 右尺中命門の脉部の「沈実」は下焦の熱を意味する。妊娠の脉であり、長脉・弦脉がある。妊娠は生理的なものであるから脉はあまり堅くならないし、大して遅にも数にもならない。数が絡むときは腸の重篤な病も考えられる。

 肝の脉部の「沈実」の脉証は、病理としてお血(積聚・痃癖)か肝経の熱実を考える
 「沈実ハ痃癖、積聚、腹痛、目暗痛ム」(『脉論口訣』)
 「沈ハ寒、経ニ伏ス、両脇刺痛ス、沈弦ハ痃癖内痛ス」(『診家枢要』)
 「沈ハ心下痛ミテ気短ク、両ノ脇脹レ満チテ、手足時ニ冷エルヲ主ル。沈ニシテ弦ナルハ痃癖ニシテ腹内痛ムヲ主ル」(『察病指南』)
 お血病証の場合、脉を重按して診ると渋った実脉を触れる。そして将来的には必ず冷えてくるから遅で?を帯びる。ただし血熱の段階では数。
脉とともに必ず腹診におけるお血反応も確認すること。また、肝経の熱実の脉証は沈実にして数である。女性が生理のときに風邪をひいたときなどに現れる。

 腎の脉部に現れる「沈実」の脉証。この病理は腎の津液の不足であり、腎虚証で治療することになる。
 『察病指南』には「遅脉ハ腎虚也」とあり、『脉法手引草』にも「遅脉ハ腎虚シテ安カラズ、又陽虚裏寒トス。外ニ冷症ヲアラハス。三部遅ノ見ワルル所ニテ、上中下三焦ノウチ寒冷イズレゾト弁エシルベシ」とあるのは三焦の原気不足を表していると理解しているが、実際の臨床室で腎虚になるのは陰虚の虚熱による数脉が多いようである。遅脉になると予後不良である。
 「沈ハ腎ノ蔵、寒ニ感ジテ腰背冷痛、小便濁リテ頻。男ハ精冷、女ハ血結トナス」(『診家枢要』)
 「沈実ハ小便不通、腰痛、小便赤シ」(『脉論口訣』)

○沈脉の臨床考察
 まず臨床応用に入る前に、四時との関連を考えなければならない。冬は脉はやや沈んで遅くなっているのが正脉である。季節を考えた上で浮沈の脉位を考えること。『素問』玉機真蔵論(19)に「冬脉ハ腎也。北方ハ水也。万物ノ蔵ニ合スル所以也。故ニ其ノ気来ルニ沈ニシテ以テ搏ツ。故ニ営と曰ウ、此レニ反スルモノハ病ム」とあるとおりである。

 病証的には、沈脉は蔵病や陰病を現す脉証である。臨床で沈虚の脉であればまず裏が虚している。陽気が不足しているのだ。病症では寒病症を現す。証でいえば「陽虚証」である。
 沈実の脉であれば、血・水が停滞している。血が実して停滞している場合は内熱(陰実証)になるが、水が停滞した場合は冷える(陰盛証)。また血実は少し経過するとお血になり冷えにつながる。この弁証には脉証の数遅が鍵になる。もちろん病理考察により病症を理解することが重要である。

 基本的選穴は、沈虚は病理として裏虚の陽気不足による冷えを現すから、陰経では土穴、寒病症が強ければ火穴、表の冷えを伴えば金穴もあり得る。陽経では下合穴。
 沈実の脉証は、病理としては陰部の陽気や血の停滞だから、陰経は木穴か?穴。血熱病症に寒症状が伴えば水穴。陽経は胆経・小腸経の木穴か絡穴が基本となる。いずれにしても経穴反応が不可欠である。 (つづく)