花粉症について


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「世代を問わない国民病」といわれる花粉症の季節がやって来た。今やわが国の花粉症患者は1千万人とも1千2百万人とも推定され、特に患者が多い都市部では都会人のステイタスシンボルとまで考えられるほどだ。が、患者本人にとってはこの季節ほどつらい時期はない。テレビコマーシャルではないが、くしゃみ、鼻水、鼻づまり、それに涙目や頭痛も加わって、受験、入社、人事異動など、私たちにとって1年でも一番大切な時期を狙い打ちする。今のところ治療のための特効薬がないといわれるだけに、患者1人1人に花粉症との上手なつき合い方が求められている。

花粉症の80%がスギ花粉症

 花粉症と一言でいっても、原因となる花粉は1つではない。今のところ50数種類の植物の花粉について報告されているが、@樹木Aイネ科の雑草Bイネ科以外の雑草に大別される。花粉症発祥の地といわれるイギリスをはじめドイツではイネ科の牧草が原因だが、北ヨーロッパへ行くとカバノキ科の樹木、大西洋を越えてアメリカへ渡るとキク科の雑草のブタクサが猛威をふるっている。
 それではわが国では…というと、国土が南北に長いことから地域によって原因植物の種類や花粉の飛ぶ時期が異なるが(図参照)、一番問題なのはスギ花粉だ。

 わが国の花粉症の約80%はスギ花粉症だといわれる。スギ花粉症の原因となるスギ(ニホンスギ)は、北海道と沖縄を除く日本全国に分布し、2月上旬から4月にかけての開花期に黄色の細かい花粉をまき散らす。スギ花粉がいっせいに舞い上がると、杉林の上空は黄色く染まるほどだ。
 わが国でスギ花粉が問題なのは、花粉症の原因となるニホンスギがわが国固有のものだからだ。第2次世界大戦後、焼け野原になった国土を再建するために、政府は造林計画を立てて、樹木のうちでも成長が速いスギを全国に植林した。成長が速いという点で建築木材としては最高だったわけだが、外国からの輸入木材が建築に使われるようになってからは伐採される量が少なくなり、現在では針葉樹林のうち約45%をスギが占め、「花粉製造樹木」になってしまっている。
 とはいっても、東京や大阪などの大都市ではスギの木を目にすることはほとんどない。それなのに、どうして山間部よりもむしろ大都市でスギ花粉が舞い散り、スギ花粉症が問題になるのか?
 それは、スギが風媒花だからだ。雄花から飛び出した花粉は風によって雌花に運ばれて受粉する。1つの雄花から約3万2千個の花粉が、より優秀な子孫を残すために近親結婚を避け、より遠くへと風に乗って60〜80キロの旅をする。たとえスギの木が1本もないところに住んでいても、半径80キロの円内にスギの造林があれば、スギ花粉から逃れられないというわけだ。
 だが問題は、スギ花粉が増えたことばかりではない。大気汚染や食生活の変化も、スギ花粉症が激増した大きな要因だと考えられている。
 スギ花粉だけが問題ならば、都市部よりも花粉が多い山間部で花粉症が多発するはずだ。が、実際は都市部に住む人たちに花粉症患者が多い。その原因として、自動車の排気ガス中に含まれるディーゼル排出微粒子による大気汚染が考えられている。この物質と花粉が結合すると、花粉症などのアレルギーを引き起こしやすいというものだ。
 また、食生活の変化がアレルギーを起こしやすい素地をつくっていると指摘する声も少なくない。第2次世界大戦後の食生活の欧米化は、大腸がんや虚血性心疾患などによる死亡の増加の背景として取り上げられることが多いが、アレルギー性鼻炎の増加にも一役買っているのではないかとも考えられている。脂肪やたんぱく質の摂取量が増えて炭水化物が減ったことが、若年層の体質をアレルギーを引き起こしやすいものに変化させたのではないかという。

くしゃみ・鼻水・鼻づまり。時には死にたくなることも

 花粉症の主な症状は鼻に出る。くしゃみ・鼻水・鼻づまりというように、一見すると風邪と間違えやすい。
 だが、風邪によるくしゃみとは違って、花粉症によるくしゃみは連続して10数回、あるいは1日中絶え間なく出る。くしゃみが止まらないために、腹筋や胸筋を痛めることもあるほど全身に影響するひどいものだ。
 鼻水は、風邪の場合はだんだん粘着性が出てきて最後には黄色くなるが、花粉症ではさらさらとした水のような状態が最後まで続き、鼻をかめどもかめども流れ出る。
 さらに鼻づまりは、最もつらく深刻な症状だ。鼻の粘膜が腫れてふさがると、鼻では息ができなくなり、口を開けて呼吸をしなければならない。夜、口を開けて眠れば朝にはのどがカラカラになり、眠れない日々が続くと日中の活動に支障が出てくる。イライラ、ムシャクシャ、睡眠不足からくる倦怠感。最近は花粉症の名が市民権を得て職場で患者が白眼視されることはなくなったが、以前は怠け者と非難されることも少なくなかった。
 このほか、目や皮膚、のどなどにも症状は現れる。
 目のかゆみ、白目やまぶたの腫れ、ゴロゴロ、痛み、かすみ、さらには涙がぼろぼろ出て目を開けられないこともある。皮膚は露出しているところ、つまり首などに花粉がたまって皮膚炎が起きる。のどにも花粉が付着して、かゆくなったりせきが出る。
 一層深刻なのは、こうした1次的な症状から起こる2次的な症状、例えば頭が重い、ボーッとする、イライラする、眠れない、仕事の能率が悪くなるなどによって、気が滅入り、死にたいと訴える人もいるほどだ。花粉症の主症状は、くしゃみ・鼻水・鼻づまりだとはいっても、そのことから派生して日常活動全般に支障を来していることを思えば、決して軽く見ることはできない。

対策は、メディカルケアとセルフケアの両輪で

 「花粉症は死に至る病ではない。が、自然治癒しない、若い人に多く起こるという特徴から考えれば、将来、花粉症は累積的に増えていくだろう」と、東京医科歯科大学耳鼻咽喉科の斎藤洋三助教授は言う。
 以前はくしゃみを繰り返す人の姿を見て笑っていたのに、ある年突然同じような症状に襲われるということは決して珍しくない。子どものときからずっと花粉症で苦しんでいるというより、20代、30代になって突然発症する人のほうがずっと多いのだ。
 もちろん、これはアレルギー体質の人と決まっている。子どものころから、食べ物やハウスダストなど、何かにアレルギー症状があった人、親がアレルギー体質である場合などは可能性が強いが、そういうこととは全く無関係と思っている人でもアレルギー体質である場合が少なくない。「自分がどういう物質に過敏なのか、今では簡単にアレルゲンを調べられる。花粉症などに似た症状があったら、専門医を受診してアレルゲンを調べてもらうべきだ。風邪だと思って市販の風邪薬を飲み続け、全く症状が治まらないと訴えてくる人もいる。高いお金を無駄づかいしている人も少なくないのでは…」(斎藤助教授)。
 原因物質が突き止められれば、予防・対症療法が決定できる。
 メディカルケアの柱は2つだ。1つは、予防として抗アレルギー薬を使うこと。例えば、原因がある花粉と決まれば、その花粉が飛び始める1〜2週間前から内服薬や点鼻薬を使い始め、シーズン中ずっと使い続けると、花粉を吸い込んでも症状が出にくいという効果がある。
 もう1つは、当面する症状を和らげるために対症薬を使うこと。抗ヒスタミン薬と副腎皮質ホルモン薬がある。抗ヒスタミン薬は内服薬が用いられるが、副腎皮質ホルモン薬は鼻スプレーなどの局所剤だ。「副腎皮質ホルモンという副作用を心配する人がいるが、鼻スプレーは内服薬とは成分が異なるので、副作用の心配はほとんどない」(斎藤助教授)。
 対症薬は抗アレルギー薬と併用し、症状が軽くなったら減らしたり中止したりするが、抗アレルギー薬はシーズン中使い続けるのがメディカルケアのポイントだ。
 が、だれでも予防策が取れるわけではない。毎年経験しながら油断して手遅れになってしまったり、初めて症状が出た場合には、症状が出てから対症薬と予防薬を併用して症状を和らげることになる。
 一方、セルフケアの基本は、花粉に接しない、花粉を吸入しないこと。スギ花粉が原因ならスギ花粉が飛び回る時期に、ヒノキならヒノキ花粉のシーズンに、できるだけ花粉を吸入しないように防衛することが大切だ。「外出するときは、花粉症用のメガネ、マスクなどをつけること。スタイルを気にして防衛しなければ、自分が苦しむことになる」と、斎藤助教授は言う。
 この場合、いつごろから花粉が飛び始めるのか、今日、明日、来週の花粉の飛散状況はどうなのかをあらかじめ知っておく必要がある。
 東京都では、斎藤助教授を中心に始められた花粉情報システムが普及し、毎年1月中旬から4月下旬までの毎日、スギ花粉情報テレホンサービス(03−3348−1187)が行われている。内容は、花粉の観測結果、花粉量の予報、患者の動向や予防法などの情報で、関東地方全体について知ることができる。利用状況は、1992年が2万4千件、93年が3万6千件と大好評だ。
 ほかの地方の花粉情報については、最寄りの保健所や道府県の環境保健課などに問い合わせてみることをお勧めする。斎藤助教授によれば、花粉情報が出されていること自体を知らない人が多いという。自衛するためには、身近な花粉情報ほど貴重なものはないはずだ。
 スギ花粉だけでなく花粉症の原因になる花粉には、日常活動の中で対応していかなければならない。一切の花粉を遮断したり、日常活動を停止することはできないからだ。その意味では、身近な花粉情報を有効に利用して自衛することと、医師の指示に従って適切な予防薬、対症薬を併用することが重要だ。セルフケア、メディカルケアのどちらか一方だけでは、花粉症に勝つことはできない。
 人生の大切な一時期を、毎年同じ症状で苦しめられたくないという人は、「花粉症のメディカルケアとセルフケアは、車の両輪だ」という斎藤助教授の言葉を肝に銘じて、今すぐ実践したいものだ。