最大の感染症、インフルエンザ

冬になると突然流行し、数カ月でなくなってしまうインフルエンザ。近代社会における最大の感染症ともいわれるインフルエンザだが、その素顔は意外と知られていない。新型インフルエンザの課題やインフルエンザ最新事情などについての情報。

1.インフルエンザとは?
インフルエンザは風邪の一種という人もいますが、わたしは別だと思っています。インフルエンザは風邪に比べて症状が強いのです。単なるのどや鼻の風邪症状だけでなく、だるさや高熱、からだの痛みなど全身に症状が出ます。そのうえ、高齢者では肺炎という合併症を起こすし、最近では3歳くらいの幼児を中心に急性脳炎や脳症を引き起こすことが問題になっています。

インフルエンザは丸い形のRNA(リボ核酸)ウイルスであるインフルエンザウイルスによる病気です。細菌ではないので、抗生物質は効きません。60年以上も前に原因ウイルスが分離され、ワクチンも早い時期から実用化され、常に改良されているにもかかわらず、いまだにインフルエンザは世界中いたるところで流行しています。また、その感染や免疫のメカニズム、ウイルスが変異をしていく理由、確実な予防方法などは十分に解明されているとは言えないのが現状です。

2.このウイルスは変化するの?
インフルエンザウイルスは大きくA、B、Cの3型に分けられ、このうち流行するのはAとBです。A型ウイルスの表面には、赤血球凝集素(HA)とノイラミニデース(NA)という棘(スパイク)があり、HAには15の亜種が、NAには9つの亜種があります。A型ウイルスはこのHAとNAを毎年のように、同一亜種内でわずかに抗原性を変化させるので(小変異)、せっかく体内にできた免疫は次第に効果がなくなります。

つまり人は何回もインフルエンザにかかることになり、A型インフルエンザは人の免疫機構から巧みに逃れて流行し続けるのです。このような小変異とは別に、A型は数年から数10年単位で突然別の亜種に取って代わることがあり、これが新型インフルエンザの登場です。人々は新型に対してまったく免疫がないので大流行するのです。

3.インフルエンザ流行の歴史はすさまじい
流行の歴史を見ると、1918年に始まったスペイン風邪(H1N1)は39年間も続き、全世界の罹患者は6億2,000万人から4,000万人が亡くなりました。わが国でも38万人が亡くなりました。このスペイン風邪が変化してイタリア風邪になりました。その後に登場した新型は、1957年に始まった、イタリア風邪から変化したアジア風邪(H2N2)です。さらに1968年には香港風邪(H3N2)がはやり、1977年からはソ連風邪(H1N1)が出てきました。

現在では、A型のH3N2とH1N1、そしてB型の3種が世界中で共通した流行株となっています。日本での1990年から2000年までの流行のパターンを見ると、毎年11、12月から流行が始まり、それが1〜3月のどこかでピークを迎え、4、5月にかけて減少する。大流行とはならずにピークの山は低いまま終わってしまうこともありますが、インフルエンザは必ず毎年、大なり小なりやってきます。流行するインフルエンザウイルスの細かいタイプはその年によって違いますが、基本的にはこの3つのさまざまな組み合わせ、または一種類です。

4.新型の登場が心配
近い将来、必ず新型が出てくると心配されています。
そのきざしといわれるような出来事が1997年、香港でありました。今まで人に感染したことがないトリ型のインフルエンザ(H5N1)で、18人が感染、6人が死亡しました。幸い人から人に感染しないことが分かり、感染源となった鶏150万羽を全部処分することで、流行も収まりました。

H1N1が20年間連続している現在、いつ新型が登場してもおかしくないということです。もし全く新型がはやるとこれに対抗する免疫を持っている人がいないので、大流行になります。ですから新型に対する警戒はぜひ必要です。

5.ワクチンはどうやって作るのか?
ワクチンには大きく、病原体を弱毒化させた生ワクチンと、病原体を殺して作った不活化ワクチンの2種類があります。
前者には、風疹、麻疹、おたふく風邪、水ぼうそう、BCG、ポリオなどがあり、後者には、インフルエンザのほかに日本脳炎、B型肝炎などがあります。生ワクチンのメリットとしては病原体に感染したときと同じような生体の反応が起きて自然に近い形の強い免疫ができますが、まれにその病気と同じような症状が出てしまうことがあります。

一方、不活化ワクチンは本来の病気の症状が出ることはないという長所がありますが、免疫のでき方が弱いので何回も接種しなくてはいけないという欠点があります。
インフルエンザウイルスは毎年少しずつ形が変化するので、ワクチンの方もそれに合わせて春先になると翌シーズンにどんな形のウイルスが流行するか予測して作ります。
前シーズンにはやったウイルス株を分析し、変化の傾向をつかみ、それが流行するかどうかを予測するのです。これは世界的にも同様に行われています。

米国、オーストラリア、イギリス、日本などにあるWHOインフルエンザ協力センターなどをはじめ世界中のインフルエンザ情報がWHOに集められ、そこで世界に向けてインフルエンザワクチンの推薦株が決まります。
日本はWHOの決定およびそのときの国内の状況と照らし合わせて、日本向けのワクチンを決定します。従って世界中のインフルエンザワクチンはほぼ共通していますが、国によって細かいところで異なっていることがあります。

6.ワクチンの有効性は?
エイズなどを除いて多くの感染症は世界的に確実に減ってきていますが、インフルエンザの対策は依然として大きな問題になっています。年齢別に見ると、小さい子供がかかりやすく、年齢が上がるに従って患者数は減ってきます。
しかし、亡くなるのは高齢者が多いのです。冬になってインフルエンザが増えるころに高齢者の死亡が増えることが分かってきました。そこで高齢者にワクチンを接種すると、接種をしなかった場合に比べてインフルエンザにかかっても高熱を出す人の割合や死亡率が下がることが分かっています。

つまり、はしかのワクチンのように発病をほぼ完全に防ぐという効果は期待できませんが、高熱などの症状を軽くして、合併症による死亡を防ぐことができるのです

日本の研究では39度以上の高熱に対しては55%の有効性が、死亡に対しては80%の有効性があるという結果が出ています。
インフルエンザワクチンの副作用は局所反応が10%程度で、発熱などの全身反応は1%以下。死亡などの重篤なものは100万回に1回にも満たない程度です。
例えば、ワクチンに関連したことが疑われる重い副反応のため国による補償が行われた件数が、10万回の接種でどのくらいの割合にあるかを比較してみると、三種混合では0.1、ポリオで0.09件、麻疹で0.54件、風疹で0.03件、インフルエンザで0.08件と、インフルエンザワクチンがほかのワクチンに比較して重い副反応が多く現れるということはありません。

ワクチン接種の可否については[前橋レポートl を参照して下さい。    

7.診断、治療法の進歩は
かつて、インフルエンザの診断は実験室などで1、2週間もかかりましたが、いまではキットを使って鼻水やうがい液から簡単にA型かB型かの診断できます。このため極めて効率よく治療ができるようになりました。

治療ではかつて対症療法しかありませんでした。最近、抗インフルエンザウイルス剤が開発され、根本的な治療ができるようになりました。

※国立感染症研究所感染症情報センター