◆研究

表裏の臨床応用

 

1、はじめに
『素問』調経論では、病の土台には精気の虚があるというが、これが何のきっかけで病となり、どのような過程を経てわれわれの治療室までやってくるのだろうか。

 生体の主要な器官は五蔵六府である。五蔵は精気を貯蔵するところ「蔵して瀉さず」であり、六府は受精泌濁の器官「瀉して蔵さず」である。このほかに経絡や奇恒の府がある。これらが分業し互いに組み合わされて生体の正常な生理活動が保たれている。

 これら他蔵・他経との協調関係には相生関係、相剋関係などがあり、その流れで邪が移動したり又は形質的な変化があっても、これはあくまで五蔵間の生理のうち、いわゆる未病であるが、正常な関係が何らかの原因で崩れて、相侮・相乗の形がくると、これははっきりした病気ということになる。

 ここではその病理現象を八綱理論の中の「表裏」と脉状の「浮沈」とに関連付けて、臨床に応用しようというのである。生理関係が崩れる原因、病気の推移、どのように証を決めて五蔵の正脉を作っていくか。全体がどうなっているかをまず捉えてから、各論に入っていこう。

 表裏とは、病の深浅・病勢の動静・病状の経過や進退等の位置を表す。たとえば裏から表に病が移行する場合は予後良であるが、表にあった病が体力の消耗にともなって、裏に入ってしまうというのは、予後不良である。この表裏理論をさらに臨床応用するには、六経理論や三焦理論、四要理論(衛気営血弁証)の理解が必要となる。

 また、表裏理論は一般には外感熱病に対して用いられるが、これからの「漢方はり治療」においては、内傷性の病症経過を見る為にも表裏理論が必要になってくると思われる。その意味でも今までの考え方の視野を拡大して、表裏を考えていきたい。
さて、表の位置の病症は気の病位の「外感病」裏の位置の病症は血の病位の「形質の病症」と「五蔵六府の病変」とに分類できる。

2、気の病位の病症「外感病」
生理的協調関係が何らかの原因で崩れたのが病であり、その原因は六淫の邪、つまり「風・熱・湿・燥・寒・火」である。これらがまず表を傷る。つまり外感病はすべて表の病症である。外感病で熱が出るというのはその人の抵抗力の度合いを示すものであり、中には「直中」といって、強い傷寒などが直接陰に入ってくることもあるが、これはその人の体力がかなり消耗しているか、もしくは突発的な環境変化(海外旅行など)に置かれたかである。

・風(木)
空気の流動現象。春の邪気。気候が正常である時は人体の養いになるが、気候が変動して大過または不及の現象が発生した時は疾病の原因になるのである。「風」が人体を傷る時は『賊風』となり、正気を損なう時は『虚邪』という。『賊風』は人体に抵抗力がある場合で、症状は発熱や頭痛など実的であり、治療は瀉法である。脉状は、肝木の大過脉の緊。『虚邪』は抵抗力が低下していた場合で、同じ頭痛や発熱でも症状は弱く、治療はまず補ってから邪を瀉すことになる。
病症の中心は、右記のとおり頭痛。万病の基本として、最も重要な邪である。

・熱(火)
天候が酷暑の現象。人体はこの激烈な温度環境の変化に一旦不適応となる。この時に『暑病』が発生する。夏の邪気。病症の中心は発熱。脉状は心火の大過脈の実ということになる。

・湿(土)
空気中に水分が過度に含まれ湿度が高くなった現象。長夏の季節には雨量が多く、土地が湿り、物がかびやすくなり、生体では脾の運化作用に影響が出る。病症としては飲食・労倦、つまり食思不振や倦怠感などが中心になる。

・燥(金)
湿と相反する性質を持つ。空気中に含まれている湿度が減少して起こる乾燥現象。秋の邪気。生体にあっては喉の渇き、病症の中心は咳嗽。

・寒(水)
気温の低下。冬の邪気。生体が寒気を感じると病に至る。病症の中心は悪寒。
これが表の病症=外感病の段階での、邪に対する人体における基本病症である。そして外感病に対する治療法は、邪気をとるということに尽きる。たとえば頭痛があるなら風邪を取る。風邪の脉は緊だから、その脉状が取れるように鍼をするということである。

 六淫の邪のうち「風・熱・湿・燥・寒」を五気というが、五気は将来的にはすべて火に変化するという考え方がある。火とは熱が強くなったもので、風も寒もすべての邪が結局は火に収斂し、脉が陽に浮いて高熱・無汗、そして死の転帰をとるというのである。
また、子供の風邪治療は意外に簡単であることが多いが、これは外感病である。正気は充実しているので、邪気を取るだけでよく、首の後ろをちょこちょこと太目の針で瀉せば治る。

3、血の病位の病症
1.形質の病証 外感病の段階で病気が治らない時、病は血・形質の部位まで進む。この場合の六淫の邪に対する人体の反応は、外感病とは少し異なる。ただし、形質の段階では、邪は単品では入ってこない。たとえば風寒・風湿というように、必ず二つ三つの組になっている。これは傷寒論でいう雑病であり、内傷病である。病位は裏となる。

・風(木) 一時的あるいは長期にわたる機能亢進による経絡の破損。基本的に、陽経に邪が入った場合は痛みとして、陰経に入った場合は炎症として発症する。

・熱(火) 全身の熱が高熱として表に発散されないため、内熱病症を発症する。

・湿(土) 体内の水分が適度に排泄されないために寒熱現象を起こし、浮腫や関節の諸病症を発症する。膝や足首の腫れなどはこれである。

・燥(金) 湿邪の逆であり、渇き・体内の水分不足によりやはり寒熱現象を呈し、炎症も起こすが、最終的には冷えてきて、各種生理機能の異常・衰退を発症する。

・寒(水) 冷えにより、各種生理機能の衰退を発症する。具体的には食欲減退、体が重いなど。

・火(火) 五気の異常興奮により、熱が究極に厳しくなった状態であるから、生理機能がますます衰退し、病症は増悪、身体もやせてくる。裏は裏でも、かなり五蔵のほうまで入り込んでいるのである。

 これら六淫の邪が組み合わさって血・形質の部位まで侵襲するから、当然病症も重複している。その発症・病変の進行経過を把握する基本理論は、三焦弁証理論と四要理論(衛・気・営・血)である。

三焦弁証と四要理論について
三焦弁証(上焦・中焦・下焦)と四要理論(衛気営血弁証)は、清代に体系化された『温病論』より臨床応用される。
「温病」という言葉は古く、漢代末『傷寒論』傷寒例第三に傷寒という考え方とともに登場している。

 温病とはどういうものかということについては、池田政一先生の『傷寒論ハンドブック』に、秋冬の傷寒・冬温、春夏の温病・暑病・寒疫というようにわかりやすくまとめられているので、是非参照していただきたい。それから、宋・金代になると熱病という考え方が出てくる。すべて外感病である。清代になって葉天士により「温病学」がまとめられ、同時に衛気営血理論と三焦理論が確立、表裏理論が完成されることになる。

【三焦理論】
温熱性病症の病状経過(軽・重・浅・深)の弁証。
@ 上焦症状(表の病変)
対象:肺経と心包経・肺と心包の温熱病症
肺→気と皮毛
心包→血と神明
症状:悪寒と悪風(軽)・発熱・自汗・頭痛・口渇又は不渇・咳嗽
心包に熱伝→意識障害・うわごと・煩躁
脉状:浮滑数
A 中焦症状(裏の病変、栄養障害)
対象:胃経と脾経・胃と脾の温熱 病症
胃→燥 脾→湿
症状:胃→高熱・多汗・上気・呼吸促迫・便秘・小便少・口渇
脾→潮熱・頭重・身体重く不食・小便不利
B 下焦症状(裏の病変、重篤)
対象:腎経と肝経・腎と肝の温熱病症
腎→陰と津液 肝→血
症状:腎→夜間煩躁・口渇不飲・咽喉痛・下痢・尿色赤変
肝→寒熱錯綜・心中痛・煩悶・不食口渇・下痢

【四要理論】(衛気営血弁証)
外感温熱病症の弁証理論であり、六経弁証の基礎の上に発展した理論である。六経弁証と三焦弁証を補足する。
@ 衛分症状(表証、上焦病の初期)
概念:温熱病の初期
皮毛に邪を受けて「衛気」の機能失調により発症。
肺の病症が多い。
症状:発熱・悪風・悪寒・鼻閉・咳嗽
脉状:浮
A 気分症状(裏証、中焦病)
概念:表邪が裏に入り発症。
正気と邪気の激しい抗争を展開し、「裏熱証」となる。
症状:高熱・口渇・尿色が濃い
脉状:滑数又は洪大
B 営分症状(裏証、中・下焦病)
概念:温熱病の極期、あるいは後期
邪が心包に伝入し発症。心神の病変が出現する。
症状:発熱・不眠・煩躁・意識障害・うわごと
舌質が赤絳(特徴)
脉状:細数
C 血分症状(裏証、下焦病)
概念:熱邪が血に入り発症。
心肝の機能失調(血分の損傷)。
腎の機能失調(腎陰の損傷)。
症状:発熱・狂妄・意識障害・うわごと・痙攣・引きつけ・吐血・鼻血・血便・舌質は暗紫色
脉状:細数または弦数

◆病症の進行経過について
表裏理論は病の位置を表すが、病邪が形質に侵襲した病変の把握は、三焦・四要・四傷・病期・病機の諸理論を応用する。

@ 表証 三焦理論では邪が下から上に行くのが表証で、予後良である。たとえば風邪治療でいえば、服薬などで下に沈んでいる脉が治療していくうちに上がってくると同時に、熱が出て発汗して治癒する、という形をとる。このように病症経過を脉状観察とあわせて理解していこうというのである。
同じく四要理論では、内から外つまり血分・営分あたりから衛分に邪が抜けていくのが予後良である。
邪は、表邪・陽邪であるから、熱・風・燥・湿。
このような病症経過を脉状観察と合わせて理解していきたい。

A 裏証 三焦理論で上から下、四要理論で外から内。邪がこういう伝変をとっている時は要注意、予後不良である。
邪は、裏邪・陰邪で、寒・湿・燥・中風。

B 四傷 気傷→血傷(栄養)→痰傷(津液)→鬱傷(精神)という病の経過の捉え方。
気傷はイコールではないが陽虚的な病症、血傷は食欲が無く少しやせてきた段階、痰傷とは津液が傷られている状態で、陰気のものが内に詰まっているわけだから臍が冷たく食欲不振・尿少・胸に熱があってやせてくるといった病症、鬱傷とは精神障害で五蔵の中の七神が傷られている状態で重症である。

C 病期 悪寒期(浅い)→発熱期(経絡・府・組織)→入営期(栄養)→傷陰期(五蔵)という病の経過の捉え方。
入営期というのは栄養状態でだんだんやせていくような段階、傷陰期は五蔵が完全に傷られた段階をいう。四傷も病期も同じようなことを言っているようだが、要はどこにポイントを置いているかということである。

D 病機 表れている諸病症より「本」を抽出し、弁証求因の根拠とする。病因の考え方は、六淫、七情、気血、八綱、六経、三焦、四要などである。
漢方はり治療は症状の除去が目的ではなく、病因を除き、その人の体力を増進することを目指している。『素問』陰陽応象大論に「病を治するには必ず本を求む」とあるように、病のおおもと、どこにその原因があるのかを探り当て、どの症状から取っていくかを決定する、これが病機という考え方であると理解して良いだろう。

 『図註脈訣』の十五脉状や「季節に旺ずる脉状の流れ」(漢方鍼医第4号)もこの考え方で覚えると理解しやすい。たとえば十五脉状では、五蔵に対してそれぞれ正脉・大過脉・不及脉が配当されている。肝の正脉は弦、大過脉は緊、不及脉は伏、という具合であるが、これを丸暗記するのでは意味が無い。常に病の経過と邪の所在を念頭に、現在邪はどこにあるのか、たとえば中焦に病がある場合はどのような脉を呈するのか、どの脉が病脉で、どの脉を取ることが症状が取れるということなのか。脉状というのは一つではなく、必ずいくつかの脉状が重なってひとつの脉の形を呈している、そのデータの一つが「季節に旺ずる脉状」であるが、これも冬なら「沈短にして敦」というような五蔵の正脉に近づけるのが治療ということになる。
ここまでが血の病位・形質の病症で、病はここからまだ深く入っていく。

★五蔵六府の病変
五蔵の中には七神(魂・神・思・慮・魄・精・志)が宿っていて、この七神が傷られた状態が五蔵の病である。よって、五蔵(六府、特に胃)の病症分類はこれまでの表裏・寒熱・虚実等で分析するのではなく、五蔵六府の生理活動と病理反応を基本に、七神を中心として、器官組織に現れた病変を分析・帰納演繹し、『証』につなげるのである。 <例:精神病>

4、まとめ
その人を今一番苦しめている邪がどこにあり、どういう具合に病は経過していくのか(表裏)。生命力はどういう状態か(寒熱)を見抜いて、証を決めて選経選穴につなげる。これをまとめるのは陰陽論であり、治療の段階では虚実で理解して鍼の補瀉を決定することになる。と、そういう具合に臨床で八綱を使っていこうというのである。
なかなか臨床の現場でこのようなことを見つけていくのは困難であるが、漢方はり治療の体系から考えていくと、意外に素直に入っていけるのではないだろうか。(学術委員)

 注:この講義は中医学、特に文化大革命以前にまとめられた考え方に基き若干臨床に必要なものは現代中医学を参考にしている。

<参考文献>
月刊「しにか」大修館書店、
1997、11月号(第92号)
『傷寒論ハンドブック』 池田政一 医道の日本社
『中医診断学ノート』 内山恵子 東洋学術出版社