◆お脉を拝見・・・・ 足利尊氏さん 

 

今月は足利尊氏さんのお脉を拝見する。  

 恐ろしき事に、一匹の蚊がこの英雄の命を縮めたと言われとる。
  足利尊氏(1305〜1358)さんは、元弘の乱に京の六波羅(鎌倉幕府探題)を陥れて建武新政のさきがけを作ったが、のちに後醍醐天皇に叛いてしまい光明天皇を擁立し征夷大将軍となり室町幕府を開いた人物じゃ。
  「太平記」によれば、『正平13年(1358)4月、大樹ノ下ニテ蚊ニ刺サル、背ニ癰瘡出テ、心地例ナラズオハシケレバ本道(内科)・外科ノ医師数ヲ尽シテ集ル。最高ノ術ヲ尽シ、最善ノ薬ヲ施シ奉レドモ更ニ験ナシ。・・・病、日ニ随ツテ重クナリ、時を経テ頼ミ少ナク見エ、身体次第ニ衰エテ、同29日寅ノ刻(午前4時頃)遂ニ逝去シタマイケリ』となっとる。時に尊氏さんは54歳であったとか・・・・。

 この時期は、さすがの尊氏さんも度重なる激務と心労により心身共に疲労の極にあったのだろう。そこにじゃ一匹の毒蚊に刺されてしまい黴菌に化膿したのじゃろう。化膿しても生気さえがあれば自然に排膿して大事には至らなかったのだが・・・、残念ながら『癰』の特質によるのじろう傷口が塞がり膿が出せず、毒が全身に回ってしまい、いわゆる敗血症を併発して命を取られたのじゃ。まことにおしい人物を亡くしてしまったものじゃ。しかし、歴史的に見れば、尊氏さんの仕事は半ばは完成していたのじゃから仕方の無い事ではあるが・・・。人生無常じゃなあ、嗚呼・・・。

 さて、『癰』なる病症はどんなものか。現代医学では皮下組織に生ずる急性化膿性炎症であると解説しとる。漢方的には、六淫を外感したり、また過食や外傷により栄衛が和せず、その為に邪熱が壅がり、気血が滞って本病は発病するとしているのじゃ。そしてその症状はと言うと、腫れは大きくて根は浅く、患部は赤色を呈して激痛があり、皮膚は薄くなり光沢を帯び化膿しやすく、傷口は速やかに壅がる性質があるのじゃ。また、大変な高熱に侵されるとしている。中々に厄介な病症でありますな。

 小生考えるに、脉状はおそらく全体が沈脉を呈し左關上の脉部にホがかった「堅い」異常脉を現しており、加うるに脾胃の虚冷病症が顕著であったと思おとるのじゃが、いかがであろうか・・・・。

 実は小生にも大変な劇症を呈した「癰」と思われる症例がござる。まだまだ未熟な技術ではあったが大変に喜ばれた症例であった。さて、その治療はと言うと、「合谷」への多壮灸じゃ。200壮以上も施灸したと記憶しておるが・・・・。2日間続けて行ったものじゃ。勿論往診しての治療であつた。患部に対しては少し三稜鍼にて切開したと思うが・・・。

 最後に、大事なことを注意しておきたい。それは、この種の病症に対しては抗生物質の使用も大いに考慮することじゃ。分かったかな・・・・