胃ガン治療で学会が統一指針 毎日新聞より (平成12年2月19日)

 病院や医師によって大きく異なると指摘されていた胃がんの治療について、日本胃癌学会は18日、病状別に適切な治療法をまとめた「胃癌治療ガイドライン」の案を作り、新潟市で開催された同学会で公表した。がん治療について、学会が病状別の治療指針を公表するのは日本で初めて。広く使われてきた手術後の抗がん剤を「延命効果の証拠は乏しい」と厳しく評価するなどしており、治療現場に大きな影響を与えそうだ。

 ガイドラインは治療方のばらつきを減らし、全国どの病院でも高水準の医療を確保することが目的。標準的な治療かどうかを患者が判断できるようにし、医師と患者の相互理解を進める狙いもある。今後、患者向けに分かりやすく書き直したガイドラインも作る。

 案では、日本各地で実施中のさまざまな治療を、「日常診療として推奨するべき治療法」と「効果の評価が確立していない治療法」に分類。実施中の治療法でも、「評価未確立」とさえ言えないほど効果があいまいなものは、いずれからも外れた。「日常診療」では、初期の小さながんには内視鏡手術、中程度の進行なら胃の3分2以上と周辺のリンパ節を切除する手術などが推薦されている。

手術後の抗がん剤治療については、学会が実施した全国アンケートで、一般病院の77%が「原則として実施する」と回答。再発が心配だからとにかく使うとの考え方だが、案は「延命効果の証拠は乏しい」と指摘。効果の有無を調べる段階とし、「漫然とした投与を慎み、臨床試験として施行するのが望ましい」とした。

 薬で免疫力を向上させる「免疫化学療法」は、「延命に寄与したという報告もあるが、多数の否定的な報告がある」とし、有効性を認めなかった。目に見えない転移に対処するため、胃以外のがんのない臓器も切り取る「予防的拡大手術」は、早期がんでは有効と認められず、進行がんでは「評価未確立」とされた。

 

おくればせながら「権威より科学」 胃がん治療指針

日本胃癌(がん)学会が公表した胃がん治療のガイドライン案は、医療は客観的な証拠に基づいて行うべきだ、という世界的な潮流に沿うものだ。

 医療が証拠に基づくのは当然と考えられがちだが、実は個々の医師が経験や好みで治療法を決める場合が多い。学会の標準治療検討委員長として今回の案をまとめた中島聡總(としふさ)癌研究会附属病院副院長は「医師との出会いが患者の運命を決める現状を改め、治療を均質化したい」と話す。米国では各種のがんについて医師向け、患者向けの治療指針が作られ、インターネットなどで公開されているが、日本は対応が遅れていた。

 その理由の一つは、科学的なデータの不足だ。治療の優劣を決めるには、同じ病状の患者を多数集め、くじで2グループに分け、別々の治療をして結果を比べるなど、科学的に計画された臨床試験が欠かせない。しかし、日本では過去、臨床試験が軽視され、質の高い試験が少なかった。

 もう一つは医師の反発。医師の間では、統一指針は医師の裁量権の侵害だ。

▽ 指針以外の治療は医療訴訟で不利になるし、治療費が健康保険から払われなくなるのでは

▽専門医の意見より臨床試験の結果を尊重するとは何事か・といった批判の声がある。だが、証拠なしに「私の治療が最善」と主張しても説得力は乏しい。

 日本産科婦人科学会も卵巣がんの治療指針を作り、近く公表する。権威でなく科学に基づく医療へ、日本もようやく踏み出そうとしている。【高木昭午】