泌尿器の病症について

1.はじめに
 泌尿器の病症には、急・慢性の腎炎ネフローゼ、膀胱炎、腎盂腎炎、腎臓結石、膀胱結石、睾丸炎、前立腺肥大、前立腺炎とかいろいろある。
 しかし、漢方はり治療は病名を聞いて治療が決まるわけではない。臨床室に来院する患者は、例えば「前立腺肥大になってしまった、病院に行ったら前立腺肥大と言われた、そして夜間の排尿が多くなって残尿感があるし出にくい」というような訴えで来る。
 泌尿器の病症には、現代医学的病名を羅列しても主訴に小水の問題が出てくる。所謂小便、排尿等より前立腺肥大だからこういう「証」だ、腎盂腎炎だからこの「証」だとは決められない。臨床の現場では患者の訴える病症、ただ訴えている病症と現実に現わしている病証が一致するとは限らない。しかし、患者が訴える病症をよりどころとして望聞問切または陰陽五行、気血津液論、寒熱論という基本理論を駆使して、病理、病理というのはイコール「証」の事だが、証を立て治療する。これが基本的な考え方である。泌尿器の病証と一括して分類すること自体が、漢方はり治療の治療学術には若干馴染まない。
 病証検討としては小便の問題、それと浮腫、むくみの問題、それと証としての腎虚・脾虚について、特に腎臓とのかねあいを考察しないと臨床の現場で病理も解明できないし治療も出来ない。
そこで、浮腫・排尿異常・夜間排尿・精力減退…の項目を泌尿器・腎臓病や腎臓の組織疾患等を踏まえて漢方はり治療として検討する。

2.浮腫と小便不利
 浮腫の病証をあらわすのは小便不利が重要となる。この病証について「金匱要略」に、浮腫というのは体内に余分な水が(津液を含めて)停滞する病証である。その病証には湿病、痰飲病、水気病(水気病のことを水腫ともいう)、この3つを基本として、足がむくむ、全身がむくむ、顔がむくむ、関節が腫れるとかの症状が出てくる。現代医学的な病名で、浮腫をあらわす病症を出しても必ずしも泌尿器とは繋がらないが、心臓病、腎炎ネフローゼ症候群、腎盂腎炎、慢性腎不全、また腹水まで入れれば肝硬変等がある。

@湿病について
 湿病のときは、脉診にて脉が浮いているのか沈んでいるのか、速いのか遅いのか、所謂、陰陽と寒熱ですがそれをまず基本的に診る。湿病の病症があれば脉は当然沈んでいる。沈んで?を帯び流れが悪い。脉状においてはそうなる。
 湿病というのは関節を中心に水、津液が停滞する病証である。最も有名なのは関節炎、リウマチ。60歳以上の女性は変形性膝関節症に70〜80%が罹患している。最近は男性も変形性膝関節症になる傾向がでてきている。変形性膝関節症になると、決まって膝の内側がつっぱってくるからO脚になる。60歳を過ぎて膝の病症を訴えてきたら治療しておくと変形性膝関節症にならずに乗り切ることができる。
 湿病の治療は脾虚というものがある。病症の進行によっては「血」ともからんで肝実ということにもなる。臨床現場では病理が重要であり、それにより証を決定しなければ治療に進めない。湿病のポイントをしぼっていうならば脾虚というものがある。この脾虚になるにはそれなりの前提があるわけで、何らかの原因で脾虚になった。脾虚陰虚であるから津液が不足し虚熱が発生する。その虚熱が陽経、膝関節症の症状が現われるのは胃経。特に胃腸、胃経に熱がいく。脾虚であらわれた虚熱が陽にいき脾虚陽実になりやすい。脾虚陽実の場合は胃、大腸。特に胃腸症状が表れる。また脾虚というものが体質的な場合もある。それがあって陽実になり関節の熱病証を発症する。だから湿病は脾虚があり、その虚熱が陽にいっているかどうか。また、脾虚があって、これが陽実にならず虚的に冷え病証を表わす場合もある。
 所謂、関節を中心とした湿病の場合には脾虚というベースがあるんだということ。これを基本として病理考察や証決定を行なう。脉診は病理を見極めて行なう確認的なものだと思う。

 また脉と病証が一致しない場合がある。その場合は、訴える病症を採る場合、脉を採る場合等いろいろな法則性があるが必ずしも一致しない場合がある。必ず訴える局所を触診する等して臨床は進めていかなければならない。
まず湿病の場合には脾虚というものがあるということ、脉状においては沈んで?、関節炎の病症を訴えてきた場合には湿病ということになるという病因論的な考え方が一応ある。
 脾虚陽実の熱が関節にいかなくて腎臓に直接入る、また腎虚を通して腎臓に入ると腎炎ネフローゼを発症する。
関節炎を訴えてきたときには腎の脉もよく診る。しかし、一般的には腎には影響がなくて陽実に影響がある。そうであればその段階で治せる。しかし、病気が進行すると腎臓病に移行する。このように考えられる。
 病理を考察して証を決定するということは「未病を治す」ことになる。

A痰飲病について
 痰飲病というのは津液が粘って流れが悪くなった病態のことと「金匱要略」ではいっている。これも脾虚というものがある。脾虚があって、脾の虚熱、陰虚のために胃腸での水の吸収が悪くなったために水が停滞する。多くは胃内停水といい胃腸に水が停滞する。
 痰飲も「痰」と「飲」に分けて病理を考えないといけない。病理というのは寒熱を基本として診なければならない。胃内停水の脉は虚脉で冷えが入ってくるから遅脉というように寒と熱として診ていかないと病理としては理解できないことが出てくる。

痰飲の飲と痰について
 飲は簡単にいうと胃内停水。これは脾虚があって虚熱はあるけど虚熱の量が少ないか他の原因で陽も冷えてしまう。だから陰虚があって陽も冷える、所謂虚寒の状態である。心臓性の浮腫はまずこれに入る。しかし、心臓性の浮腫でも胃内停水のある場合とない場合があるが下半身がだいたいむくんでくる。その場合のむくみを表面から触ると冷たい。熱をもっているということはまずない。そしておさえれば無力でぺこんとへこむ。
 これは痰飲の飲であり、飲の陽気が虚の場合である。当然、陽気が虚だから脉は沈む。脉が沈んで渋ったり遅くなったりする傾向がある。これは痰飲病といっても、飲の場合は冷えであるから。水というのは陰気でもともと冷やす作用がある。冷やす作用がある水、津液が胃内に停滞する、または下半身に浮腫として停滞すると当然冷える。脉も沈んで?を帯びる、または固い脉を呈する。   

 痰の場合は反対に津液、水に熱が加わった状態。腎炎ネフローゼ症候群の浮腫はこれである。同じ浮腫でも患部をさわってみて表面的に冷たい場合と、ある程度熱感を感じる場合がある。浮腫でも必ず寒熱がある。その寒熱の診分けで痰飲のうちの痰なのか飲なのかを診断する。
この痰の場合も必ず脾虚がある。その脾虚の虚熱が腎・膀胱に波及して水を停滞させた場合が腎炎ネフローゼ症候群に現われる浮腫である。
臨床では「どうも最近体が重い」、「関節を曲げたり体を動かしにくい」、「疲れてしょうがない」「朝、起きられない」という病症を訴えてきたら、体を触って下半身に浮腫があるか、顔にもむくみがあるか、動悸はどうか全体的に診ていく。

 その場合の脉診で全体に浮いているか沈んでいるかが重要になる。全体に脉が浮いていればまだ陽気がある。問題は陽気もだんだん少なくなってくる陽虚の脉を呈しているときであり、この陽虚を呈している状態が続くと脉は堅くなってくる。五臓の病名をつけて来院する患者の脉は、例えば腎臓病だったら腎の部位が硬い脉、干からびて渋って流れが悪いような堅い脉を現わす。堅い脉を現わしている場合が要注意である。脉が浮いている、脉幅がある、こういうのは良い。問題は、脉が沈んでいて脉幅がなくなって堅くなっているこれが問題である。
 痰飲病では飲と痰ということを臨床的に考えて、例えば脾虚の虚熱が腎、膀胱のほうに波及してそれが停滞すると腎臓病に移行する。それが、脾虚陽虚証で水の停滞が関節や下半身、胃内停水となると心臓性の浮腫ということになる。極端な事を言えば、腎臓病の治療は脾虚陰虚証で全部やっても良いという説もある。腎臓病の病症を訴えてきたら、病名が腎炎ネフローゼであろうが腎盂腎炎であろうが、まず脾虚陰虚でやっておけば間違いない。そのぐらいに、腎は水で脾はつつみだといって腎の水を脾で防ぐのだから脾虚陰虚でやっておけばだいたい間違いない。

B水気病について
 水気病は津液の滞りの水腫。これは体表部分の、特に皮膚に停滞する水による病態である。
 これも痰飲の一部である。水気病の場合には皮膚表面に水が停滞するものだが、下肢に現われることも多い。それと水肥り。こういう病症は触ってみると冷たい、全体が冷たいがどうも全体もむくんでいる。肥満とはちょっと違うが一応水気病に入れるようだ。
 水気病は腎陰虚である。痰飲は脾虚だが水気病には腎虚があるわけだ。なにか体質的なことがあるのか、それとも偏食があって腎虚になっているとか、過去に腎臓病を発症して腎虚になっている等々。しかし、基本は腎虚にある。腎虚ということは、腎で製造される津液が少なくなって虚熱が発生する。

 そして、腎虚があってその水を全体的に配る働きが悪くなっている。水気病は腎虚があって肺気が虚した病態である。肺気が虚すというのは肺の陽気が虚すという事である。これが水気病の原因となる。ただ、腎の陰虚だけではない。腎は津液を製造するが陰虚だから津液製造が少なくなっている。少なくなっているにもかかわらず肺気の虚もある。こういう場合が一つの原因で、そしてその少ない熱が胃腸に波及したときに水気病が発症する。だから、水気病の体を触ると冷たい。痰飲病の飲と同じで、やはり浮腫というか水の停滞でも熱を持っている、熱を持っている場合は血も考えなければならないがやはり冷たい場合とあたたかい場合がある。
 水気病というのは陽気というか肺の粛降作用というか、働きがおちている。そして落ちている状態なのに少ない虚熱が胃腸に集中してしまう。そうすると表面が冷えた水の停滞をおこし水気病になる。これは腎臓病による浮腫である。治療は腎虚陰虚が基本になる。

3.排尿異常について
 排尿異常には、血尿・膿尿・無尿・多尿・小便難・小便頻数・排尿痛・残尿このようなものがある。
 排尿異常の原因は膀胱の熱だという。では膀胱の熱がどうして停滞するかということを考えなければならない。それを病症においても脉状においても把握しなければならない。その熱が虚熱なのか実熱なのかも臨床では重要である。
 病理的に診て、排尿異常が発症するというのは何か原因があって膀胱の熱になるのだ。問題はその原因である。膀胱の熱というのは腎虚の虚熱からくる熱、脾虚の虚熱からくる熱、?血から膀胱に波及する熱などが考えられる。
 腎陰虚があるか、脾陰虚があるか、それとも?血性の体になっているか等の土台があって、それが何らかの原因で膀胱に虚熱が波及した場合に小便が出なくなったり赤くなったりする。また、多尿とはちょっと違うが小便が出にくくなったり小便の回数が多くなったりというのは膀胱の熱なのだが、これにも寒熱がある。このように、膀胱の熱になるには腎虚の虚熱なのか、脾虚の虚熱なのか、?血なのかの大きく分けるとこの三つがある。  

 例えば、排尿異常があって発熱を伴う急性病症、熱を伴うといえば膀胱炎というものがある。排尿異常で熱感を伴う場合は数脉をうつ。さわってみると明らかにあたたかい、熱を感じる。
 熱感を感じて急性に排尿異常を発症した場合は脾虚があって虚熱、それも量の多い虚熱が膀胱に入った病理である。ここから読み取れることは、そのような病症はまず脾虚ということを考えて治療にあたるということ。それは脾虚からくる膀胱の熱である。
 今度は慢性の排尿異常があって、便は下痢や軟便、柔らかい水様性の便を出すが食欲はあるという病症。これは腎虚からきた膀胱の熱である。女性の慢性膀胱炎は何回もくりかえして排尿異常を訴える症例が多いが、このような病症は、下痢や軟便、冷えたときに出る病症でなおかつ食欲がある。こういう患者はやせている場合が多いが腎虚が多い。精力絶倫の人はだいたいやせている。これは腎虚によって虚熱がとんでしまうからであり、やはり腎虚から膀胱の熱になっている。発熱を伴う急性の排尿異常、これは膀胱炎のようなものだが脾虚から来る膀胱の熱と診る。

 慢性の排尿異常で便秘をする。出ない病症は脾虚肝実、?血からくる膀胱の熱でありこれには三つある。急性に来た排尿異常で熱を伴う場合は、脾虚から来る膀胱の熱。慢性の排尿異常があって虚的病症である下痢だとか軟便そういうものが伴う場合は腎虚から来る膀胱の熱。慢性の排尿異常があって全然便が出ない場合は?血を考えるということである。
 無尿、小便が全然でない。この病症は急性の腎不全とか腎臓の結石・尿道に腫瘍があるとか、前立腺肥大ということが考えられる。病症や病名がつかめても治療には直接つながるというわけではないが、小便が出なくなった場合にはそういうことである。
 反対に小便多尿になるのは体が冷えた場合が多い。それと腎炎である。慢性の腎炎の場合やはり小便の量が多い。
血尿とか膿尿とか排尿痛とか残尿等の病症についてであるが、この血尿とか尿が濁って膿、膿が混ざっているとか排尿痛とか残尿感がある病症はだいたい膀胱炎、尿道炎、腎盂炎また結石ということが考えられる。
 排尿異常を訴えたときの脉状は沈脉となる。排尿異常を訴えたときは沈脉が正常である。そして弦を帯びるかまたはそれが渋るか緊張するか。そして熱を伴った場合は数脉、速くなる。いずれにしても脉位は沈んでいる。排尿異常があって浮いている場合はちょっと他のことを考えなければならない。

 腹証において、排尿異常の場合は必ず中極穴に圧痛がある。それと臍下が堅い。淋疾という病気がある。小便異常の病症はすべてこの淋疾という病気に入ると古典ではいわれている。そして、恥骨上際辺りが冷えて堅くなっている場合と熱で堅くなっている場合とがある。冷えている場合は軽い虚的反応がある。それを接触鍼でとっていくとすごく経過がいい。

 熱、明らかに?血の場合もっとはっきりした硬結がある。虚でもはっきりしたものがある。この場合は、ある程度入れて時間をかけてとっていくと効果がある。証も、病理的には腎虚・脾虚等が考えられる。それが肺虚、肝虚等の場合はちょっと難しい病症なのかもしれない。そして、膀胱の熱をとるには下合穴の委陽穴が有効である。委陽穴の場合は小便の出が悪い場合であり、膀胱経の委中、飛陽の瀉法も行なう。それと三陰交の小灸も効果がある。三荘か五荘。

4.夜間排尿、小便閉、尿失禁について
 よくベッドに上がったら失禁してしまう人がいる。それから小便が全く出ないか出にくい。夜間になると何回も行く。
 日中の活動時に排尿回数が多い、という病症を持っている人が夜間になると三回も四回も行くことになる。病理的には、日中に排尿回数が多いという病症を持った人は、夜間になると日中に働いている陽気が内に入ってしまう。内に入ってしまうから、腎陰虚の虚熱や膀胱の熱が陽気虚のために多くなる。そして小便の回数も多くなる。小便を一生懸命作って冷やさなければならないから多くなる。それが夜間排尿の病理である。

 夜間排尿というのは日中の排尿回数が多い。普通一日五、六回、冬だから七回位、それが十回位行くとか。年をとってくるとだいたい多いが、そういう多い人が昼に何回も行くのに夜になるとまた三回も四回も五回も行くということは、陽気が中に隠れてしまうために、ますます腎陰虚の虚熱とか膀胱の熱が多くなる。だから尿数も冷やす為に多くなる。
 これにも二つある。夜間排尿の回数が多くて量が少ない場合と、量も多い場合の両方ある。だから夜中に何回も起きていっぱい出るという場合は冷である。少ない場合は熱である。
 証としては、尿量や回数が少ない病症は腎虚陰虚、肝虚陰虚が多い。多い場合は肺虚陽虚、脾虚陽虚、腎虚陽虚になる。だから回数が多くてなおかつ量も多いということは冷えてある。そして少ないというのは熱となる。虚熱がまだあるから少ない方が治りやすい。陽気がある方が治りやすい。  

 それから、尿失禁は冷えや虚寒が原因であるが、何の虚寒かというと膀胱の虚である。ひどい尿失禁は完全に冷えだが、女性の場合には尿道が短いからちょっと力を入れると出てしまうことがある。失禁の主体は腎陰虚にある。
 尿失禁の症状がひどい場合、頻繁に起る場合は脉は当然沈んでくる。陽虚になる。虚寒だ。ただ尿失禁がまだそんなに頻繁に出ない場合は膀胱の虚、その膀胱の虚のおおもとには腎虚がある。
 このようにみてくると、排尿に関する証というのはだいたい腎虚か脾虚がすごく多い。そして、腎陰虚がどんどん進んでいくと、今多くなっているボケや健忘症、それと今三十代に多い鬱病等の精神障害になる。

※精力減退は省略・・・。

 泌尿器の病症の基本となる排尿異常を中心に考察してきたが、なぜ排尿異常は発症するのか、排尿異常の原因はなんなのかを病理的に考えると、勿論、体質的なものとかから考えていくと臨床の場で応用できる。
 腎陰虚があると高血圧のような病症も発症するし排尿に関した病症もでる。漢方はり治療は病気治療ではなく病証治療である。五臓の生気の状態が重要である。脾の生気、腎の生気、肝の生気、心の生気、肺の生気そういうものがどういう状態になっているか、どこにその原因があるのか、原因がわかったら寒熱を考える。熱がどこに波及しているのか、冷えがどこに波及しているのかを病理的に考察すると「証」に結びつく。それを脉診で確認するということになる。脉診は難しいものだが、そのようにしていくとわかってくるのではないかと思う。  

 七脉状論というものがある。浮沈遅数滑?弦この七つの脉状、この七脉状が基本であらゆる病証が読み取れると思う。これを病理的にアプローチすると良いと思う。もう一回、陰虚ということも考え直した方が良い。陰虚をもう一回勉強し直すと、陽虚だとか陽実だとか陰実の全体像も出てくるものと思うから・・・・。