の研究

難経医学の選穴法研究(1)

 

(1)素難医学に於ける陰陽五行論について
1.素問 2.霊枢 3.難経
@五行穴の確立 A兪穴病証について B治療法則の完成 C難経医学の目的
(2)難経が論ずる選経、選穴論について
@45難について A49・69難について B50難について C33・64難について D63・65・68難について E62、66難について F69・79難についてG67難について H73難について I70・74難について J75難について K77難について
(3)難経68・69難の選穴論に対する問題点
@68難について A69難について
(4)選穴論の研究※以下次号に掲載
1.選穴論の基本は穴性論にあり
@難経に於ける穴性論の諸難 A五行穴の臨床的性格 B五味論と穴性論について C五味と五行穴について
2.要穴選穴の基本表
3.選穴論の基本要点
@五気と蔵気について A病症と病証について B脉状、脉証と選穴について C陰陽剛柔論に於ける選穴について D治療側と経穴反応の重要性 
(5)症例
@陽虚証の症例(火穴選穴) A陰虚証の症例(水穴選穴)B陰陽剛柔選穴の症例
(5)今後の選穴論研究について

 

○はじめに
経絡治療の原典は素難医学にあるといわれる。素難医学とは、内経と言われる「素問81篇」と「霊枢81篇」、それに臨床上最も重要な古典である「難経81難」を合したものの総称である。
素難医学は、その理論の基本を陰陽五行論におき全体が統一されている。陰陽五行論とは、陰陽論・五行論・蔵府経絡説・気血論・虚実論等が主たる理論であり、これ等の理論が、経絡治療の基本的な理論の全てでもある。そこで、選穴法の研究に入る前に、素難医学と陰陽五行論につき簡単に考察する。

[1]素難医学の陰陽五行論について
1.素問
素問の成立は、前漢の前期頃であるBC二00年代と言われている。この時期に第一次の編纂が行われたと考えられている。素問の古い篇は戦国末頃まで遡るようである。陰陽五行論では、相剋説と土王説が中心であり、相生説は「陰陽応象大論篇第5」と「蔵気法時論篇第22」の二篇に記載があるのみである。
土王説とは、陰腸五行論の中心を脾土におき常に四時の中心となり、四蔵の長として他の蔵を支配するものとする説である。
この考えが、後の李東垣を中心とした「捕土派」の根拠となったのである。
土王説は「太陰陽明論篇第29」に詳しく説かれている。

2.霊枢
霊枢の成立は、前漢後期頃であるBC10年代と言われている。この時期に霊枢の基本的論篇の編纂が行われたようである。
陰陽五行論的には、相剋説が中心であり、相生論はほとんどと言って良い程説かれていない。素問の土王説に代わって、霊枢にては心主説が中心である。
心主説とは、陰陽五行論の中心を心火におき、これを主にして五蔵・五行を考える説であり、これより心包・相火論が成立、発展したのである。

3.難経
難経の成立は、後漢中期頃であるAD106年、又は190年の説がある。
陰陽五行論的には、相生論を全面的に取り入れているのが特長である。相生説が臨床の場にて、相剋説と対等に置かれ活用されたのは難経からである。特に69難・79難にて子母補瀉論が説かれ、ここに相生的選穴論が強調されているのである。又、脉診が陰陽五行論的に重要視されているのも難経の特色である。

 脉診は寸口脉診(六部定位脉診)であり、18難の後段において説かれている。脉診については、1難から22難に亘って詳細に論じられている。素問の脉診は三部九候脉論が中心であり、霊枢の脉診は人迎脉口診である。
難経における祖脉は八祖脉が基本である。4難9難にてそれが説かれている。難経の祖脉は、浮沈・長短・滑ト・遅数である。4難にて、脉状診の基本になる陰陽脉・五蔵脉が説かれている。陽脉は浮脉であり、陰脉は沈脉である。
五蔵脉については、浮大散が心脉・浮短トが肺脉・沈牢長が肝脉・沈濡実が腎脉・緩脉が脾脉である。2難にては、寸陽尺陰の脉状論が説かれている。5難にては、難経独特の菽法脉論が論じられている。

 ここで、比較脉診と脉状診について簡単に触れることにする。脉状診とは蔵府の生理、病理、病証を診ることが目的の脉診法であり、比較脉診は脉差診とも言われ各脉差にて12経脈の比較をしその虚実を診るのが目的の脉診法である。脉診の目的が異なるのであり、難経の説く脉論は脉状診が基本的に論じられている。そして、脉状診にて診る病証は、素問第62「調経論」に説く病証が目的となるのである。

@五行穴の確立
難経が編纂された目的の一つが五行穴の確立であった。五行穴の臨床的理論の完成は、当に難経にて達成されたのである。
五行穴の確立に関しては、63・64・65難にある。

〈63難〉
『六十三難曰、十変言、五蔵六府栄合、皆井為始者、何也。然、井者東方春也。万物之始生、諸ァ行、喘息、濫、蠕動、当生之物、莫不以春生、故歳数始於春、日数始於甲。故以井為始也。』

〈64難〉
『六十四難曰、十変又言、陰井木、陽井金。陰栄火、陽栄水。陰兪土、陽兪木。陰経金、陽経火。陰合水、陽合土。陰陽皆不同、其意何也。
然、是剛柔之事也。陰井乙木、陽井庚金。陽井庚、庚者乙之剛也。陰井乙、乙者庚之柔也。為木、故言陰井木也。庚為金、故言陽井金也。余皆倣此。』

〈65難〉
『六十五難曰、経言、所出為井、所入為合、其法奈何。然、所出為井、井者東方春也。万物之始生、故言所出為井。所入為合、合者北方冬也。陽気入蔵、故言所入為合也。』
※五行穴は、五兪穴・五井穴とも言われる。

 五行・陰経・陽経との関係は次のようである。

 五行 木・火・土・金・水
性格 井・栄・兪・経・水
陰経 井木・栄火・兪土・経金・合水
陽経 井金・栄水・兪木・経火・合土

A五行穴病証の確立
五行穴の臨床活用の方法として、難経には五行穴の主治病証が論じられている。しかし、その具体的な活用方法については種々なる問題点を残している。選穴については、臨床の場に於ける研究が必要である。

 五行穴病証の確立については68難に論じられている。
井穴−−心下満
栄穴−−身熱
兪穴‐‐体重節痛
経穴−−咳嗽寒熱
合穴‐−逆気泄

〈68難〉
『六十八難曰、五蔵六府皆有井栄兪経合、皆何所主。然、経言、所出為井、所流為栄、所注為兪、所行為経、所入為合。井主心下満、栄主身熱、兪主体重節痛、経主喘咳寒熱、合主逆気而泄。此五蔵六府井栄兪経合、所主病也。』

B難経の冶療法則について
難経の治療法則は、相生理論に基ずく治療法が基本となつている。それに加えて相剋理論も論じられているのが特長である。未病の治療を最終目的としての相剋的選経、選穴論と先補後瀉の原則、衛気栄血に対する補瀉論が的確に論じられている。
これ等は、難経編纂の真の目的であろうと思うのである。療法則については69・75・76・77・79難に論じられている。

〈69難〉
『六十九難曰、経言、虚者補之、実者瀉之、不虚不実以経取之、何謂也。然、虚者補其母、実者瀉其子。当先補之、然後瀉之。不虚不実以経取之者、是正経自生病、不中他邪也。当自取其経。故言以経取之。』

〈75難〉
『七十五難曰、経言、東方実、西方虚、瀉南方、補北方、何謂也。然、金水木火土、当更相平。東方木也、西方金也。木欲実、金当平之。火欲実、水当平之。土欲実、木等平之。金欲実、火等平之。水欲実、土当平之。東方肝也、則知肝実。西方肺也、則知肺虚。瀉南方火、補北方水。南方火、火者木之子也。北方水、水者木之母也。水勝火、子能令母実、母能令子虚。故瀉火補水、欲令全不得平木也。経言、不能治其虚、何問其余、此之謂 也。』

〈76難〉
『七十六難曰く、何謂補瀉。当補之時、何所取気。当瀉之時、何所置気。然、当補之時、従衛取気。当瀉之時、従栄置気。其陽気不足、陰気有余、当先補其陽、而後瀉其陰。陰気不足、陽気有余、当先補其陰、而後瀉其陽。栄衛通行。此其要也。』

〈77難〉
『七十七難曰、経言、上工治未病、中工治己病者、何謂也。然、所謂治未病者、見肝之病則知肝当伝之与脾。故先実其脾気、無令得受肝之邪。故日治未病焉。中工治己病者、見肝之病、不暁相伝、但一心治肝。故日治己病也』

〈79難〉
『七十九難曰、経言、迎而奪之、安得無居虚。随而済之、安得無実。虚之与実、若得若失、実之与虚、若有若無。
何謂也。然、迎而奪之者、瀉素子也。随而済之者寝補素母也。仮令心病瀉手心主兪、是謂迎而奪之者也。補手心主井、是謂随而済之者也。所謂実之与虚者、牢濡之意也。気来実牢者為得。濡虚者為失。故日若得若失也。』

C難経医学の目的
難経編纂の目的は、鍼医学の治療理論完成にある。
具体的には、臨床医学の中に陰陽五行論を基礎とした相生相剋論の治療法則を完成することにあると思う。この様な理論の完成が、傷寒雑病論に引き継がれるのである。そして、薬味や気味にも応用されたのである。

 鍼医学の臨床理論としては、相生相剋論がその基礎となるのであるが、実地臨床の場にあっては相剋論が最も重要視されるのである。病気を生理、病理的に理解する為には相剋的な診察が大切である。相剋論の中にも、相乗理論と相侮理論がある。特に相侮埋論は重要となる。これは逆相剋論である。この相侮理論は、64難と81難に強調されている。今後の臨床研究が重要となる。

〔2〕難経が論ずる選経、選穴論について
「難経」全篇には、選経・選穴論に関する難が20難ある。各難について臨床的に考察する。

@45難について
『四十五難曰、経言、八会者、何也。
然、府会太倉、蔵会季脇、筋会陽陵泉、髄会絶骨、血会隔兪、骨会大抒、脈会太淵、気会三焦外一筋直両乳内也。熱病在内者、取其会之気穴也。』 

 ※この難では八会穴を論じている。
八会穴は、蔵・府・筋・骨・血・脈・気・髄の八種類の精気が会聚する経穴である。選穴は内熱疾患の治療に応用するとされるが、臨床的には内傷性疾患の治療にも効果のある経穴である。

 府会→中 蔵会→章門 血会→膈兪 気会→|中 骨会→大抒 髄会→陽輔 筋会→陽陵泉 脈会→太淵

A49・69難について
『四十九難曰、有正経自病、有五邪所傷、何以別之。然、憂愁思慮則傷心、形寒飲冷傷肺、恚怒気逆上而不 下則傷肝、飲食労倦則傷脾、久坐湿地強力 入水則傷腎。是正経之自病也。・・・』

 『六十九難曰、経言、虚者補之、実者瀉之、不虚不実以経取之、何謂也。
然、虚者補其母、実者瀉其子。当先補之、然後瀉之。
不虚不実以経取之者、是正経自生病、不中他邪也。当自取其経。故言以経取之。』

 ※この難では正経自病につき論じている。
正経自病の解釈については種々の説がある。

 49難にては、蔵の内部より発生した病気であり外部より来たものではないと解釈出来る。しかし、69難にては自経のみの病であり他の経より来たものではないと論じるのである。
実地臨床の場にてこれを考察するに、病気は決して自経一経のみにて発するものではなく、必ず二経以上の相生相剋関係や陰陽的な相互関係を介して発病するものである。
正経自病の考え方は、基礎理論的なものであり実地の臨床にはないものであると理解すべきである。

B50難について
『五十難曰、病有虚邪、有実邪、有賊邪、有徴邪、有正邪、何以別之。
然、従後来者為虚邪、従前来者為実邪、従所不勝来者為賊邪、従所勝来者為徴邪、自病者為正邪。
何以言之、仮令心病中風得之為虚邪、傷暑得之為正邪、飲食労倦得之為実邪、傷寒得之為徴邪、中湿得之為賊邪。』

 ※この難では五邪の伝変を論している。
病気の原因である病邪を正邪、虚邪、実邪、微邪、賊邪の五邪に区分し、同時に五行理論により分析し説明している。
心病を例にして、五邪の伝変につき論じている。

C33・64難について
『三十三難曰、肝青象木、肺白象金。肝得水而沈、木得水而浮。肺得水而浮、金得水而沈。其意何也。
然、肝者非為純木也、乙角也、庚之柔、大言陰与陽、小言夫与婦、釈其徴陽、而吸其徴陰之気、其意楽金。又行陰道多。故令肝得水而沈也。肺者非為純金也、幸商也、丙之柔、大言陰与陽、小言夫与婦、釈其徴陰、婚而就火。又行陽道多。故令肺得水而浮也。肺熟而復沈、肝熟而復浮者何也。故知辛当帰庚、乙当帰甲也。』

 『六十四難曰、十変又言、陰井木、陽井金。陰栄火、陽栄水。陰兪土、陽兪本。陰経金、陽経火。陰 合水、陽合土。陰陽皆不同、其意何也。
然、是剛柔之事也。陰井乙木、陽井庚金。陽井庚、庚者乙之剛也。陰井乙、乙者庚之柔也。乙為木、故言陰井木也。庚為金、故言陽井金也。余皆倣此。』

 ※この難では陰陽剛柔選穴論について論じている。
33難にては、肺と肝の陰陽剛柔関係につき論じている。文章が簡略すぎて分かりにくいが、肺と肝それ自身の陰陽の属性とその相互関係を説明している。

 64難にては、陰陽剛柔に五行を組み合わせて井・栄・兪・経・合穴の属性を区別している。また陰経の井穴を例として、陰経は井木に属し、陽経は井金に属するとしてその中に陰陽剛柔の道理があるとしている。この考え方を選穴論に応用して五蔵病証の治療が出来る。陰陽剛柔理論は臨床的に効果が顕著な選経・選穴論であり、今後の研究が最も重要となる難である。

D63・65・68難について
『六十三難曰、十変言、五蔵六府栄合、皆井為始者、何也。
然、井者東方春也。万物之始生、諸毎鼾s、喘息、ァ飛、蠕動、当生之物、莫不以春生、故歳数始於春、日数始於甲。故以井為始也。』

 『六十五難曰、経言、所出為井、所入為合、其法奈何。
然、所出為井、井者東方春也。万物之始生、故言所出為井。所入為合、合者北方冬也。陽気入蔵、故言所入為合也。』

 『六十八難曰、五蔵六府皆有井栄兪経合、皆何所主。
然、経言、所出為井、所流為栄、所注為兪、所行為経、所入為合。井主心下満、栄主身熱、兪主体重節痛、経主喘咳寒熱、合主逆気而泄。此五蔵六府井栄兪経合、所主病也。』

 ※この難では五行穴の性質と病証につき論じている。
63難にては五行穴の始まりが井穴である為の理を論じている。臨床的には、井穴は非常に即効的効果が生じる経穴であり証が合えば回春的効果を挙げる経穴である。井穴の選穴につき中々興味がわく難である。

 65難にては、井穴と合穴の出入の意義を論じている。
井穴は気血循環の出発点であり、効果も顕著な経穴である。合穴は陽気がここに潜伏して内に蔵されている経穴であり、陽気を補うに重要な経穴である。下合穴の臨床的応用もこの理論が内包されているものと思う。

 68難にては、井栄兪経合穴の性質と意義、主治病証を論じている。特に五蔵病証の選穴論の基本的理論である。

E62・66難について
『六十二難曰、蔵井栄有五、府独有六者、何謂也。
然、府者陽也。三焦行於諸陽、故置一兪、名曰原。府有六者、亦与三焦共一気也。』

 『六十六難曰、経言、肺之原出於太淵、心之原出于太陵、肝之原出于太衝、脾之原出于太白、腎之原出于太谿、少陰之原出于兌骨、胆之原出于丘墟、胃之原出于衝陽。三焦之原出于陽池、膀胱之原出于京骨、大腸之原出于合谷、小腸之原出于腕骨。十二経皆以兪為原者、何也。
然、五蔵兪者三焦之所行、気之所留止也。
三焦所行之為原者、何也。
然、斉下腎間動気者人之生命也、十二経之根本也。故名曰原。三焦者原気之別使也。主通行三気、経歴於五蔵六府。原者三焦之尊号也。故所止輒為原。五蔵六府之有病者、皆取其原也。』

 ※この難では原穴につき論じている。
62難にては、六府の原穴について論じ、その原穴と三焦の原気との関係を論じている。

 66難にては、十二経脈の原穴につき論じている。そして原穴の部位は三焦の気が運行して出たり入ったり留止する場所でもある。故に五蔵六府に病があれば、所属する経脈の原穴を選穴すべきであると論じている。
(十二原穴)
肺の原→太淵2 胆の原→丘墟2 心包の原→太陵2 胃の原→衝陽2 肝の原→太衝2三焦の原→陽池2 脾の原→太白2 膀胱の原→京骨2 腎の原→太谿2 大腸の原→合谷2 心の原→神門2 小腸の原→腕骨2 

F69・79難について
『六十九難曰、経言、虚者補之、実者瀉之、不虚不実 以経取之、何謂也。
然、虚者補其母、実者瀉其子。当先補之、然後瀉之。・・・』

 『七十九難曰、経言、迎而奪之、安得無居虚。随而済之、安得無実。虚之与実、若得若失、実之与虚、若有若無。何謂也。
然、迦而奪之者、瀉其子也。随而済之者、補其母也。仮令心病瀉手心主兪、是謂迎而奪之者也。補手心主井、是謂随而済之者也。・・・』

 ※この難では子母補瀉と迎随補瀉の選穴論につき論じている。

 69難にては「虚はその母を補し実はその子を瀉す」という、鍼灸の治療法則を論じているが、ここでいう子母補瀉法には二法の内容がある。一には本経に於ける五行穴の選穴による補瀉法であり、二には十二経の選経による補瀉法である。いずれも相生的選経、選穴論を論じている。

 79難にては、迎随補瀉法を論じている。経脈の迎随に於ける子母補瀉法を心病を例にして論じている。

G67難について
『六十七難曰、五蔵募皆在陰、而兪在陽者、何謂也。
然、陰病行陽、陽病行陰。故令募在陰、兪在陽。』

 ※この難では五蔵の募兪穴論につき論じている。
五蔵の募穴は、陰の部である胸腹部にある。兪穴は、陽の部である腰背部にある。この事実より陰陽的選穴を論じ、陽病には募穴を選穴し陰病には兪穴を選穴する理を説いている。(募穴について)

 肝→期門 胆→日月 心→巨闕 小→関元 包→壇中 三→石門 脾→章門 胃→中 肺→中府 大→天枢 腎→京門 膀→中極

H73難について
『七十三難曰、諸井者、肌肉浅薄、気少、不足使也。刺之奈何。
然、諸井者木也、栄者火也。火者木之子、当刺井者、以栄瀉之。故経言、補者不可以為瀉。瀉者不可以為補、此之謂也。』

 ※この難では井穴の選穴につき論じている。
井穴は気が少なき部位にて刺鍼が難しい経穴である。故に子母補瀉法の原則により子である栄穴を選穴し瀉の手法を行い代用することができる事を論じている。
この事は、井穴選穴の重要性を論じているのである。

I70・74難について
『七十難曰、春夏刺浅、秋冬刺深者、何謂也。
然、春夏者陽気在上、人気亦在上、故当浅取之。秋冬者陽気在下、人気亦在下、故当深取之。春夏各致一陰、秋冬各致一陽者、何謂也。
然、春夏温、必致一陰者、初下鍼、沈之至腎肝之部、得気引持之陰也。秋冬寒、必致一陽者、初内鍼、浅而浮之、至心肺之部、得気推内之陽也。是謂春夏必致一陰、秋冬必致一陽。』

 『七十四難曰、経言、春刺井、夏刺栄、季夏刺兪、秋刺経、冬刺合者、何謂也。
然、春刺井者、邪在肝。夏刺栄者、邪在心。季夏刺兪者、邪在脾。秋刺経者、邪在肺。冬刺合者、邪在腎。・・・』

 ※この難では四時と五行穴の選穴につき論じている。
70難にては、四時に於ける刺鍼につき論じている。春夏は浅く秋冬は深く刺鍼するのが原則也とし、その根拠は陽気・陰気にありとしている。この四時と気の深さの 問題が74難の、四時による五行穴選穴の理論に繋がるのである。

 74難にては、四時に於ける邪との関連による五行穴選穴の法則性を論じている。臨床研究が重要な所である。
(四時と五行選穴)
春は井穴を選穴→邪が肝にあり 夏は栄穴を選穴→邪が心にあり 季夏は兪穴を選穴→邪が脾にあり 秋は経穴を選穴→邪が肺にあり 冬は合穴を選穴→邪が腎にあり

J75難について
『七十五難曰、経言、東方実、西方虚、瀉南方、補北方、何謂也。
然、金水木火土、当更相平。東方木也、西方金也。木欲実、金当平之。火欲実、水当平之。土欲実、木等平之。金欲実、火等平之。水欲実、土当平之。
東方肝也、則知肝実。西方肺也、則知肺虚。瀉南方火、補北方水。南方火、火者木之子也。北方水、水者木之母也。水勝火、子能令母実、母能令子虚。故瀉火補水、欲令金不得平木也。経言、不能治其虚、何問其余、此之謂 也。』

 ※この難では相剋的選穴につき論じている。

 75難にては、肺虚肝実証の病証を論じ、その治療法として捕水瀉火の法を応用する原理につき解説している。
難経は、相生論的病証とその治法につき論ずるのが第一の目的である。しかし、この難にて相剋的病証と治法を取り上げて五行相剋の重要性を説明している。五蔵間には必ず相生・相剋の関係が働いて平衡を維持している。この状態が健康であり、この平衡関係が失調すると病気となるのである。病症を相剋的に診察する事の重要性と、相剋的な選経・選穴の治療の重要性につき論じている。
相剋的選経・選穴論は、77難にて説く未病治療にて完成するのである。75難で論じる相剋病証は、一般的には変証也とされているが必ずしも変証であるとは言い切れないのである。今後の臨床研究が必要である。
しかし、この難にて論ずる第一の目的は、相剋的な選経・選穴論の重要性を強調することにあると理解している。

K77難について
『七十七難曰、経言、上工治未病、中工治己病者、何謂也。
然、所謂治未病者、見肝之病則知肝当伝之与脾。故先実其脾気、無令得受肝之邪。故日治未病焉。中工治己病者、見肝之病、不暁相伝、但一心治肝。故曰治己病也。』

 ※この難では未病の選経・選穴論につき論じている。
77難にては、上工・中工の病証診察と治法の違いにつき論じている。その先には、相剋的病証把握と伝変理論の重要性を強調しているのであり、相剋的選穴論の完成でもある。
実地臨床の場では、主証は肝虚証であっても治療は脾経の経と穴を選経・選穴して治療し効果を上げる症例が多くある。この事実は、相剋的診察と治療がいかに重要であるかの一例である。中々に興味のわく難である。
難経医学編纂の目的は、未病治療を完成させる事を目指したのである。

[3]難経68・69難の選穴論に対する問題点
1.68難について
68難にては、五兪穴が主る所の病証を説いている。
井は心下満を主訴とする病証を主り、栄は身熱を主訴とする病証を主り、兪は体重節痛を主訴とする病証を主り、経は咳嗽寒熱を主訴とする病証を主り、合は逆気して泄すを主訴とする病証を主るとしてその選穴論を論じている。
しかし、この難にて説く選穴論については種々なる解釈がされている。その中にて臨床的に応用されている説は、井上恵里氏や「鍼灸聚英」が説く陰経を中心とした五蔵病証としての選穴論である。一般の経絡治療家はこの選穴法を応用している。
難経の論ずる選穴理論より考えれば、井上氏等の進める陰経中心の選穴は大いに問題がある68難の中にては「・・・此五蔵六府井栄兪経合、所主病也」とあり、陰経のみでは無く陽経にも応用されるべきである。
難経の選穴論は臨床的に完成されている。この68難を活用する為には、33難と64難にて論ずる陰陽剛柔の選穴法を考えるべきである。この事については後述する。

2.69難について
69難にては、子母補瀉法の原則論が説かれている。
五行理論に於ける相生論の臨床的な応用は、難経医学の目的の一つであり難経にて本格的に論じられたのである。69難にては、子母補瀉に於ける相生論を臨床的に応用した相生選穴論を強調している。一般の経絡治療家は、この相生的選穴を金科玉条として臨床応用している。このことは決しって間違ってはいないが、難経が論じる選穴論は相生的選穴論だけでは無いのである。

 臨床的に考えてみよう。生理不順があり、冷症で疲れやすい病症を主訴とする症例につき選穴等を考察してみる。
主証は肝虚証である。脉状は沈遅にして虚細、手足や身体全体が寒症である。食欲は余り無く不眠も訴える。この様な症例について68難のみの選穴論に従えば、曲泉・陰谷が基本的選穴となるのである。しかし、この選穴では病症は余り好転しないのである。その理由は、曲泉・陰谷の選穴は陰虚証に適応する選穴であり、ここで訴える病証は陽虚証を現しているのである。これは病証論の基本である。この症例の正しい選穴は行間・然谷の火穴をとるか、中封・復溜の金穴を選穴するのである。いずれの選穴においても、経穴の虚的反応が無ければ適応しないのである。

 この様に、68難で説く子母補瀉の相生的選穴のみにては適応し無い病証が多くある。素問第62「調経論」にて論ずる病証を考えて、その病証に応じた選穴をすべきである。