本症は「血の道症」として知られておリます。この病症は、血中の水(津液)と蔵府との関係を踏まえて現れる病証を気血にて診断します。その方法として蔵府の持つ生理、病理観より陰陽虚実の病態把握をすることによってその実態に対する治療を導き出すものであります
患者 53歳 独身 美容室経営
初診 平成4年1月
現病歴 この一年半くらい前より、生理不順が甚だしく、腰足の冷えや立ち仕事のために右座骨神経痛を伴う疲労性腰痛を訴える。年齢的にも退行期に入り、このような状態を経て月のめぐりを終えるものなのだと納得していたのでありますが、9月にはいり秋の声をきくころより冷えのぼせを主体とする上半身の発汗と共に赤ら顔、肩凝り、頭痛を主に足腰のだるさや息苦しさと喉のつまる異物感を訴えて来院しました。
望診 小柄ではあるが中肉でいくらか赤ら顔、唇の乾きあり。
問診 しゃべり出すと勢いよくしゃべる。現在80歳の母親は老人ぼけで、お店にまで出てきて分からないことを言い出すので精神的に参っている、将来のことを考えると不安で仕方がないとのこと。
切診 足の冷え著しく特に右足の冷えが強く、上焦においては肩首のこり、特に右肩は盛り上がって引きつれているのがよくわかる。
腹証 小腹は大腹に比べて力なく肥満し冷たく、大腹はさほどの冷えもなく押さえると心火部の不快感を訴える。
脉診 浮にしてやや数、虚にして弦。左尺中、右寸口は虚。左寸、右手関上は浮にして大と診る。
証 腎虚証
治療目標 腎水の虚損から引き締め固める作用の衰えと、脉の締まりが低下し左尺中を中心にやや浮いて堅く津液の不足を表している。上下の陰陽において下焦を主る腎に病の本態を求め、逆気によるところの一連の病証と診る。
治療 用鍼は銀、一寸二番鍼。
五蔵の中で最も虚している、腎経中の水穴である右陰谷穴を経に随い静かに取穴した際に、腎の脉位は和緩を帯び沈んで締まりがあり良と診る、鍼先を接触して十分に補う。この時点で、先程まで浮大を呈していた相剋経である脾の脉位まで和緩が増し治まる、すると親経の肺の脉位の虚がよりはっきりしてくる、肺経を十分補うと相剋経にあたる肝・心が共によくまとまる。陽経にうつり、三焦を補うべく液門を取穴するがなかなか脉の改善が診られないので、下焦を補うべく三焦における下合穴たる委陽穴を取穴し、直ちに脉の改善をみたのでこれを十分補い、続いて胃経の内庭穴を補うと陰陽の調和の取れた和緩のある良い脉にまとまることを確認したので標治法に移る。
この時点で、両肩(肩井穴)を中心とした凝りは確実に半減したので上焦は止め、あくまでも下焦を補うことで腎気の沈降作用を充実させることに勤める。関元穴に補鍼をし、背腰部では特に虚の所見を表す右腎兪、肺兪、腰関を補い、左背腰部の緊張を解くため膀胱経の反応をとらえてこれを補い、腰部の緊張が取れ脉状の整ったことを確認し一回目の治療を終了。
二回目以降、同様の治療にて五回ほど継続する。全般的に症状の緩解を診るが、食欲不振と心Q部及び喉のつかえる様な不快感が気になる。
七回目、右腎経の陰谷穴を補うことにより治まるはずの脾の脉位が治まらず反って騒を帯びる。しかし、腎自体の改善は素晴らしく見逃すことができない。相剋経の脾の脉位を検脉しながら、脾経の水穴・陰陵泉を取穴したときに脉の和緩が増し相剋経の腎までより整うことを確認して陰陵泉を補う。検脉すると脉状共に整う。
陽経は三焦の下合穴・委陽穴と、胆経の合水穴・侠谿穴を補う。
更年期は、本質的に腎陰と共に腎陽(命火)まで虚した現象と解釈される状態であり、不快感ならびに喉のつかえる感じは改善をみましたので、同様の標治法にうつり右膀胱経を補い終りとしました。
以後、結果的に腎と脾を補う証と診て、七回同様の治療をすることにより一連の症状は消失し脉状まで整ったことを確認した次第であります。以後、健康法にて週一度の継続治療を行っております。