耳の症例

 西洋医学の病名として、外耳炎・中耳炎・耳鳴り・難聴・メニエル等他にも重篤な疾患がたくさんありますが、耳の疾患の場合、多くの患者さんは医師の基でまず治療を行いその治療効果がはかばかしくないときに鍼灸はどうかといって来院する方が多いようです。
 又、肩凝り、頭痛、不眠、めまい等訴えて見えた患者さんの中に慢性の中耳炎だとか耳鳴りがあるとかいうような事を言われて同時に治療するというようなことが多いのではないでしょうか。

 「鍼灸重宝記」の耳の疾患の部分の本文をみますと、『耳は腎に属し竅を小陽の部に開く、会を手の三陽の間に通ず、腎に関かり脳を貫く、故に腎虚するときは耳聾して鳴る。両耳腫れ痛み、あるひは膿を出すは腎経の風熱なり。口苦く、脇痛み、寒熱往来は、小陽胆経の風熱。左の耳聞こえずは胆の火を動ず。右の耳聞こえずは色欲相火を動ず。両耳聞こえずは厚味胃火を動ず。(この厚味というのは味の濃い食べ物)あるひは、気によって閉じるものあり、あるひは胆火に因て、耳鳴るものあり。小児耳腫れ、耳痛み、耳垂れは三陽の風熱なり。各証を詳にして治すべし。』とあります。

 これは、腎の陽の膀胱経は脳を貫いている、腎が虚するときには耳鳴り、耳聾を生じやすいと又、両耳の腫れ、痛み、膿を出すというのは中耳炎などの場合と思いますがこういう場合には腎経に風熱の邪が入った事によって生ずると口苦く、脇痛み、寒熱往来するは少陽胆経に風熱の邪が入ったと、この病症は傷寒論で言う少陽病であり肝実であると思います。外因の風熱と言うのは共に陽邪であり、陽邪は上に昇っていくという性格があるということから、上焦の部に熱がこもり易くなり耳周辺の経絡を侵す事により耳の疾患が生ずる。

第1例 「風邪ひき後に発病した耳鳴りと眩暈」

初診:平成11年5月4日

主訴:耳鳴り、眩暈    

患者:68歳主婦既往歴:28歳の時帝王切開をしている。        

現病歴:去年の7月にご主人が脳梗塞で突然倒れ、気持ちが動転してそのショックにより右の方の耳鳴りと耳の塞がりが生じた。耳鼻科に通院して、半年程かかって耳鳴りはまだ少し残っているようだが気にならない程度に回復した。年が明け3月始めに39度近い熱の風邪をひいた、その時はインフルエンザと言われ抗生物質を使ったとの事、解熱後今度は左の耳の塞がりを感じてきた。その4,5日後から耳の奥でゴーというかなり大きな音が聞こえるようになった。そして耳鼻科に通うようになったがなかなか良くならず4月の半ば頃から今度は眩暈が生じてきた。そして大きな病院に生き頭部のCTや耳の検査等をしたが頭部の方は問題なく、内耳の方に何か少し問題があるのではないかと言われ、メニエル病かもしれないと言われたとの事です。

来院時の主訴は、耳鳴りはかなり大きな音で低めの音がゴーと常に鳴っているとの事で耳が塞がった感じがあり、眩暈の方は発病当初は歩くのがやっとらしかったがこの頃には立ちくらみのような少しふらつく程度だと言われていた。
身体は小柄で痩せ型、その他の病症としまして食欲は普通、食味にもあまり変化なし、睡眠はあまりよく眠れないので以前より安定剤を貰って飲んでいる、最近はそれでも夜中に1回目が覚めてトイレに行くとの事、便通はやや便秘ぎみで足の冷えが強く冬場は何枚も靴下を履いていても冷えると訴えています。肩こりは肩甲骨内縁から首筋にかけて凝り症状が強い又、頭に汗をかくことが多い。

切診切経:体全体の皮膚は艶無く、首肩は左右とも緊張が強く張っている。左の乳様突起周辺の翳風・完骨・風池附近の反応は強い。腹部は全体が軟弱であり、臍の両側の天枢から少し下にかけて圧痛と抵抗のある筋性・血症状見られる、中もやや抵抗あり。
脉診:脉状は沈、細、にして硬さが見られる。脉位の中で一番気になったのは左関上の肝であり細くて硬くいつまでも指を押し込んでもなかなか消えないと言うこれが肝実かもというような脉状をしていました。

:脾虚肝実証

病因・病理:この患者さんは若い頃帝王切開をしていたり病症や腹証、脉状などからも・血体質者ではないのかと思われる。去年の7月、ご主人の突然の脳梗塞等による驚き、その後の不安感等によって肝気が鬱結して上逆し、少陽経を侵し耳鳴り等が生じたのではないかと思う。そして半年かかりある程度改善したが、年が明け言う事を聞かないご主人の世話等でいらいらしていたり、不眠などがある所に疲れが溜まって風寒の邪が経脈をおそい発熱を起こしたと思われる。そして元々お血体質の為に肝や少陽経の経脈の流れが悪く、そこにその熱が少陽経に入り耳の塞がり、耳鳴りが発病したのだと思われる。

治療:治療側は左として、銀一寸一号鍼にて太白・太陵を補い陽陵泉と外関を軽く瀉す、脉状としては脉が少し太くなり脉の硬さも大分改善された。初回であるので刺激量も軽くと思い腹部の中・・天枢・大巨附近に補鍼、首肩周辺の圧痛、硬結に対して接触鍼にて補う、背部も軽く散鍼。

5月8日3回目、肩こりは幾分良いが耳の方はあまり変化無し、・血患者でも有るので営気を動かすと言う気持ちで行ない刺激量を少し増やして見る事にした。腹部は4〜5ミリ刺入し置鍼、耳の翳風穴には鍼先を上に向けてゆっくり刺入し耳の奥のほうが少し涼しい感じがすると患者さんが伝えてくれた。

5月21日7回目・脉状は初回より浮いてきて脉が太くなり力が出てきた感じである。
夜中も目が覚めなくなり耳の奥のゴーという音も半分ぐらいになったと喜んでいた。めまいもほとんど無く、ご主人も奥さんのイライラがなくなったといって怒られなくて済むと喜んでおり自分も治療して欲しいと一緒に来院しました。

6月8日12回目・初診日より一ヶ月ほど夜よく眠れるようになったので体が良く動く、耳鳴りは日中ほとんど感じず夜寝る時に若干鳴っていると言う程度まで改善した。これ以後週1回の治療とする。

2例 「外耳炎の症例」

患者:48歳主婦
初診日:平成10年11月4日
普段から肩こりや腰痛などで見える方で三日前より急に耳が痛くなり病院に行ってみると外耳炎と言われた。薬を飲みたくないということで鍼で治療して欲しいと来院。患部を触診してみると、左右比較すると右の乳様突起周辺のあたりに腫れてやや熱感があり少し触っても痛がる。身長は158pでやや小太り、他の病症として最近主人の女性問題のことでいらいらしており夜寝つきが悪く不眠気味だという。ストレス解消の為に3週間ほど前より週に二回プールに行って泳いでいるとの事であった。病院ではそこで何かバイキンが入ったのではないかと言われた。その他の病症としましては食欲はある、やや便秘気味、耳の痛みの為か右の肩が重くて張った感じが強い。脉状は浮にして力がある。

・肝虚陰虚証

病因・病理:ご主人の事でいらいら怒りの内傷がつのり、肝が傷られ肝の血中の津液が減って虚熱となり、それが上に昇って胸に熱を持ち不眠となり耳周辺の経絡をも侵しプールの水の刺激等によって発病したとも思われる。

治療:治療側は右とし、銀一寸一号鍼にて陰谷・曲泉を補い右の三焦経の腋門穴を瀉す。
標治法として天柱・風池や首肩の周辺の緊張を接触鍼程度で緩め触っても痛いと言う耳の周辺の腫れに対して瀉的な散鍼を行なう。最初よりも若干緩んだ感じがあるがまだ痛がるので、右の三焦経上の反応を見ていくと、三陽絡よりもやや上方に圧痛の顕著な所が有るので患者に耳の痛い部分を軽く押してもらいながら経に随いわずかに刺入して竜頭を気持ちしっかり持ち鍼先の抵抗が無くなった後にすっと抜いて患者に聞いてみると「さっきより押しても痛みが減った」と言っていた。
脉状もやや沈み荒々しい脉もある程度取れて落ち着いてきたので1回目の治療を終える。
そして同じような治療を3日続け耳の痛みがほとんど取れたので、あと一週間程プールに入らないで下さいと伝えて終了とした。

<考察>
耳の病症と言うことで、前にも述べたように病因には怒り等の内因、味の濃い物とかアルコールなどの飲食、又労倦や房事、風熱等の外因の邪等いろいろあるわけですが、それらの病因によって臓の津液が虚し虚熱が上がり、耳の経絡の周辺をおそって発病する陰虚証のタイプと、肝に熱が入りその熱が少陽経にまで波及し耳を侵した急性の肝実証や・血体質者が侵しやすい慢性の肝実証、そして気血の不足や、気血を作り出しにくい等という事によって耳周辺の経絡を滋養出来ないというような陽虚証のタイプ等が分かれるのではないでしょうか。それで病因・病理・病症も様々である。

 又、標治法として各々の陽経は鎖骨上窩の缺盆穴にて経絡が出入し、鼠径部から側頭部にめぐるのである。だから肩こり・頭痛・頭重などの他の症状を改善するのも当然の事であり、首肩の周辺の緊張を十分取り耳周辺の鍼や灸等もいろいろな形で工夫する必要があると思う。又、耳周辺の細絡を見つけて刺絡する事も有効である。
耳鳴り、難聴等においては急性のものや神経的なものなどは治療効果があるが何年にもわたったもの、器質的なもの、老人性のものなどはなかなか治すのが難しい。