1.はじめに
補瀉法には手法の補瀉と選穴の補瀉の二つがある。手法の補瀉とは、刺鍼テクニックによって補瀉の目的を達成する方法であり、選穴の補瀉とは経穴の特性等に基ずいたツボの運用によって補瀉の目的を達成する方法である。この二つが両輪のごとくに活用されてこそ、真の補瀉が達成されるのである。
手法の補瀉とは、『霊枢九針十二原篇』に説かれているもので、 「補は精気を補う事であり、瀉は邪気を抜き取る」と言うものであった。
しかし、実地臨床においては、手法の補瀉に加えて『難経における手法の補瀉』の導入が必要不可欠なものになってきたのではないかと考えるに至った。
2.難経医学の補瀉
『七十一の難に曰く、経に言う、栄に刺すに衛を傷ることなかれ、衛を刺すに栄を傷るこことなかれとは何の謂ぞや。然るなり、陽に鍼する者は、鍼は臥してこれを刺す。陰を刺す者は先ず左手を以って鍼する所の栄兪を摂按して、気散って乃ち鍼を内る。是れを栄を刺すに衛を傷ることなかれ、衛を刺すに栄を傷ることなかれと謂うなり。』
『七十六の難に曰く、何をか補瀉と謂う。当にこれを補うべきの時、何れの所より気を取り、当にこれを瀉すべきの時、何れの所に気を置くや。然るなり、当に補うべきの時は衛より気を取る。当に瀉すべき時は栄に気を置く。その陽気不足、陰気有餘は、当に先ずその陽を補い、しかして後にその陰を瀉すべし。陰気不足、陽気有餘は、当に先ずその陰を補い、しかして後にその陽を瀉すべし。栄衛の通行、此れその要なり。』
(1)営衛とは
『五穀胃に入るやその糟粕、津液、宗気の分かれて三隧となる。故に宗気は胸中に積もり、喉?に出て、以って心脈を貫きて呼吸を行う。営気はその津液を泌し、これを脈に注ぐ、化して以って血となり、四末を栄し、内五藏六府に注ぎ、以って刻数に応ず、衛気はその悍気の慓疾に出でて、先ず四末、分肉、皮膚の間を行りて休まざる者なり。畫日は陽に行き、夜は陰に行く。常に足の少陰の分間より五藏六府に行く。』 (霊枢邪客篇第七十一)
営気は栄養分の高い気である。経脈を通じて運ばれて 全身を栄養し潤すほか、血の組成成分であり、津液とともに血を化成する。つまり営気とは津液を廻らす血中の陽気のことである。従って経脈の作用は営気の作用と考えてよい。
一方衛気は体表を防御する気である。体表では肌表を保護し、外邪の侵入を防ぎ、そう理の開闔に関与して発散や体温調節を主るほか、皮毛を潤す。体内では藏府組織を温煦することによってその活動を活発にする。
つまり衛気とは循環している陽気のことである。これが胃に行くと胃の陽気となり、肺に行くと肺の陽気になる。また、腎に行けば命門の火となるのである。しかしながら一般には表において主に働くものを衛気と言う。
(2)衛気と営気に対する補瀉
1.衛気(陽気)の補法
目的=陽気(衛気)を補う。
手法=『霊枢九針十二原篇』の補法の手さばきに準ずるが、押手はきわめて軽く、手技は手早く行うのがポイントである(少火は壮、壮火は少)。また接近鍼や接触鍼でも目的が達成される事もある。
尚、用鍼は毫鍼やてい鍼、或いは円鍼でもよいが、なるべく材質は柔らかい物が望ましい。営気を傷つけないように行う事が必須である。刺手は竜頭を支えるだけでよい。
効果=陽気(衛気)が盛んになる事により、全身の気・血・津液の働きが増大する。
2.衛気(陽邪)の瀉法
目的=表または陽経上に停滞充満した陽気(実熱)を抜き取る。実熱の本体が外邪であっても、病理産物であってもかまわない。
手法=『霊枢九針十二原篇』の瀉法の手さばきに準ずる。少し位痛みを感じる程度でもよいが、営気を傷つけないように行うことが鉄則である。刺鍼は浅く、手技は手は手早く行い、少しでも発汗すれば良しとする。
用鍼はステンレスの毫鍼やりIが一般的はあるが、てい鍼やへら鍼などの先端でたたく、或いは衛気を補ってそう理を開闔させても瀉の目的は達成される。
効果=陽気(衛気)の停滞充満が解消される事により、全身の気・血・津液の働きが増大する。
3.営気(陰気・営血)の補法
目的=血中の陽気(営気)を補う。
手法=おおむね『霊枢九針十二原篇』の補法の手技に準ずる。
毫鍼の場合は、まず穴所を軽擦し気を散じ、衛気の補法よりは入念に補う。
てい鍼の場合は、衛気を傷つけないように、衛気の存在する場所(皮毛)より深めに押手を構える。深めと言っても皮膚面を押し下げない程度がよい。?鍼の先端は穴所に接触させるが、押しつけないのがポイントである。
毫鍼・てい鍼に限らず、刺手は少し竜頭を摘むようにするとより達成度が速まる。
効果=血中の陽気(営気)が補われるために、営気の不調により起こった血熱や血実、或いはお血と言う滞りの解消がなされる。従って脾虚肝実証や七十五難型の肺虚肝実証にも理論からみても、手法からみても充分な効果が期待できる。また血虚性の陽虚についても改善される。あくまでも補の手法ではあるが、「溜まったものを外に出し移す、滞りを流す」の目的が達成される手法でもある。
4.営気(陰邪・お血)の瀉法
目的=経絡上の滞りを直接抜きとる。
手法=太鍼、或いは刺絡鍼で?血を体外へ排泄する。具体的には手絞りや吸角法などがある。
効果=血中の陽気を補うだけでは不充分な場合、滞りそのものを直接抜き取る事によって血の運行が速やかになる。
(3)補瀉法の効果判定法
『之を刺して気至らざれば其の数を問うなかれ。これを刺して気至れば乃ち之を去ってふたたび鍼することなかれ』
(霊枢九針十二原篇)
『所謂、見るること有りて入れ、見るること有りて出だすとは、左手に氣の来たり至ること見れて、乃ち鍼を入れ、鍼入りて氣の尽ること見れて、乃ち鍼を出だすを謂う。これ謂ゆる、見るること有りて入れ、見るること有りて出だす也』 (難經八十難)
「実を刺して虚するを須つとは、鍼を留めて陰気を隆に至たらば乃ち鍼を去るなり。虚をさして其の実するを須つとは、陽気隆に至り、鍼下熱して乃ち鍼を去るなり。」 (素問鍼解篇第五十四) |