基本用語〔5〕 寒 熱(かんねつ) |
寒熱は疾病の性質を鑑別する基準で、この基準を用いて蔵府の陰陽の盛衰の程度を知る。 中国医学では、健康状態を判定するのに、人体の陰陽のバランスを重視する。陰陽の平衡が失調すると、寒あるいは熱の性質をもつ症候が、具体的な臨床像として表れる。中国医学の理論的基準となっている古 典『黄帝内経』の「陰陽応象大論」に「陽勝れば熱、陰勝れば寒。」とあるように、人体の陰陽の平衡失 調にもとづいて、陽が旺盛になれば熱証が、陰が旺盛になれば寒証が現れる。熱証は蔵府の機能の亢進や 興奮を反映し、寒証は蔵府機能や代謝の低下、衰退を表している。 温熱の性質の病邪を感受する、体質的に身体の陽気が旺盛、精神情緒の不安定(ことに怒りやイライラ などの感情)などの原因で、火熱の性質を帯びる症候が出現する。それが熱証で、主な症状は、身体が熱 っぽく暑がる、顔面の紅潮、目の充血、口が渇き、煩躁して興奮状態となる、小便が頻回で色が濃く、排 尿時に灼熱感を覚える、大便が乾燥して便秘する、などである。炎症性の疾病ではよく見られる症候であ る。中国医学の重要な診断技術である脉診と舌診では、陽熱の亢盛を反映して脉拍数が多くなり、舌の色 は赤みが強くなる。舌の苔が黄色みを帯びる。 熱証のうち、温熱の性質の病邪が体内で旺盛となるなど、陽熱が熾盛となり身体の陰の要素(陰分)を 凌駕するために生ずるのが、寒熱証であり、陰分の不足や機能低下によって陽熱を制御できずに、相対的 に陽熱の過亢進を招くのは、陰虚を本態とする虚熱証である。このように陰陽のバランスのくずれ方によ って、寒熱・虚熱の区別がある。 熱証の治療は、実熱証であれば熱をさます清熱法を採用する。漢方薬の薬性に温熱・寒涼という概念が あり、身体を温める薬は温熱の、身体を冷やす薬は寒涼の薬性をもつとされる。清熱法は寒涼の薬性の薬 を用いて、熱の勢いをくじいて陰陽平衡の回復を計る治療法である。一方、虚熱証ならば、不足している 陰分の機能の回復が治療の主眼となり、滋陰法の適応となる。精血・津液などの陰の要素を漢方薬で補充 し、陰陽平衡を回復させる治療法である。 また、寒の性質の病邪を感受する、もともと体質的に身体の陽気が虚弱、蔵府や気の機能が衰えて体内 に冷えを生ずるなどで、寒冷の性質を帯びる症候が出現する。そうして出現する一群の症候が寒証で、主 な症状は、寒気がして寒さをいやがり、暖まりたがる、顔色は蒼白で手足が冷え、動作は活発でない、口 は渇かないが温かい飲み物を欲する、尿は澄んで量が多い、大便は下痢することがあり末消化な便になり やすい、などである。脉は深く圧さなければ触れにくい沈の脉で、脉拍数は少ない、すなわち沈遅の脉状 を呈する。舌の色は、熱証とは逆に赤みが薄い白っぽい色となり、苔の色も白い。舌質淡苔白という所見 である。 寒証にも、寒冷の性質の病邪が体内で旺盛となり生ずる実寒証と、体内の陽気が不足して冷えが生まれ る虚寒証の区別がある。実寒証であれば、治療には温熱の薬性の漢方薬で冷えを除く温裏法を用いる。虚 寒証ならば、衰えた陽気を回復させる壮陽法の適応となる。ただし、冷えが盛んであると、身体の陽気を 損傷するので、始めは実寒証であっても、長引けば陽虚を帯びてくる。したがって、温裏法と壮陽法を複 合的に用いて処方すべき場合が多くなる。 病気に際して実際に現れる症候は、熱の性質を帯びるものと冷えの性質をもつものとが併存した、錯雑 とした症候であることも多い。その場合も、脉や舌の所見から寒熱のいずれに偏っているかを見極め、陰 陽のバランスを判定することが、治療方針を立てる上でも必要である。寒熱の見極めは、漢方の診断で、 きわめて基本的な重要事項である。 |