基本用語〔11〕 漢方薬(かんぽうやく)

 「漢方薬」とは中国に由来する伝統医学で用いられる処方およびそれを構成する薬物をいう。一般的には「草根木皮などの天然の薬、あるいは煎じ薬が漢方薬である」と考えがちであるが、正確ではない。草根木皮の類を薬として用いるのは、中国に限ったことではない。

十九世紀前半に近代医学が台頭して合成薬が使われ始める以前は、世界各国の伝統医学は全てこのような薬を用いていたし、また、現在でも用いている。したがって、草根木皮などの薬を意味する言葉としては「生薬」が適当である。

漢方薬の材料 漢方薬の材料としては草根木皮などの植物性生薬が最も多く、その他に動物生薬、鉱物生薬なども用いられている。各国の伝統医学では材料の用い方にもそれぞれ特徴があり、一定の傾向が見られる。例えば、植物性生薬の中でも、中国伝統医学では根や根茎を多く用いるのに対して、ヨーロッパの伝統医学では葉や花を多く用いる。動物生薬は遊牧民族の伝統医学(モンゴル医学など)で主流である。中国伝統医学の中でも一般の医家は草根木皮を多く使用するのに対し、神仙流、道家では鉱物生薬(金属や玉石)を盛んに用いていた。

漢方薬と民間薬 漢方薬の「方」は「方技」(術、わざ)の意味であり、したがって、漢方薬は「中国伝統医学の理論のもとで使われる薬」を意味する。これに対して民間薬は、例えば「ゲンノショウコは下痢に効く」といった単純な民間伝承的な用い方による薬を指す。これら二種類の薬は中国にもみられ、前者を「中薬」、後者を「草薬」(草は、ぞんざいな、の義)と呼んでいる。

剤形 剤形の面から漢方薬をみると、煎剤が最も基本的であり、他に、酒剤、散剤、丸剤、膏剤、エキス剤などがある。

(煎剤) 漢方のバイブルとでもいうべき『傷寒論』は伊尹の『湯液経』(湯液は煎じ薬の古名)に由来するといわれるように、『傷寒論』に記された処方のほとんどは煎じ薬である。煎じ薬は水による抽出操作が加わっていることから、体内での吸収が速やかで、特に急性病に適している。日本で最もよく知られた処方、「葛根湯」も『傷寒論』に記されている。

(酒剤) 一般には薬酒といわれている。「医」を古くは「醫」と書いたことからもわかるように、薬酒は歴史的には煎じ薬よりも古い。近年発見された戦国時代の処方集、『五十二病方』にも薬酒が数多く記されている。水よりもアルコールのほうが抽出力に優れ、また、体内での吸収も良い。慢性病や養生に使う薬の剤形として、今でも用いている。

(散剤) 生薬を粉砕した「粉薬」である。芳香性の生薬を煎じると香りは飛散しやすい。そのような場合には散剤が有効である。水やアルコールによる抽出工程を経ていないので、酒剤や煎じ薬に比して体内での吸収が緩慢である。また、水で抽出されない成分を含む処方には散剤が適している。

(丸剤) 散剤を蜂蜜などで固めて丸とした剤形である。散剤よりもさらに吸収が緩慢である。象形薬理的な見方では、「丸で古い病邪の塊(積聚)を取り除く」と考えられる一方、神仙流の内丹(体内で丹を練る)の思想に基づけば、「外丹(丹は丸の一種)を服用する」ために丸薬を用いる。

(膏剤) 膏剤には内服のためのものと外用のためのものがある。内服される膏剤は蜂蜜や砂糖を基剤とし、粘性が高い。現在市販されている「瓊玉膏」もその一つである。このような剤形は、中国伝統医学には少ないが、アラブ医学などでは主流をなしている。一方、外用のための膏剤は生薬をごま油などで抽出した後、その油を蜜蝋などで固めたものである。日本で最も知られている漢方の軟膏、「紫雲膏」は江戸時代の医者、花岡清洲の創作による。

(エキス剤) 近年になって新しくできた剤形であり、煎じ液を濃縮した後、凍結乾燥してできる。吸湿性が強いために賦形剤が加えられている。さじ加減ができないなどの欠点もあるが、一九七六年に健康保険の適用を認められて以来、広範囲に使われている。