ALFA164 HISTORY

CODE NAME "156"

ALFA90。ALFA164の兄貴分に当たる?1984年デビュー。

1970年代以降とくに目立ったヒットもなく慢性的財政難に喘いでいたアルファロメ オはIRI(イタリア産業復興公社)の支配下にあり、事実上の国営企業であった。そのアルファロメオが1980年に起死回生を狙ったブランニューモデル開発の下準備を始める。そのモデルのポジジョンは当時主力機種であったアルフェッタの上位機種ALFA90(写真)の後継車に位置するベルリーナで「156」という社内呼称が付けられた。

しかしながら同社は資金力に乏しく全く新しいプラットフォームやドライブトレーンを開発・投入するには無理があり、それ故ににアルフェッタから代々受け継がれてきた伝統のトランスアクスルを採用するということで翌81年、開発にGOサインが出されたのである。そう、156(以下164)はこの時点ではRWDとして産声をあげる予定であったのだ。余談であるが、同時期 にはA.L.F.A.創立75周年を名前の由来とするALFA75の後継、社内呼称「154」(後 のALFA155)も開発に取りかかっている。


DESIGNED BY PININFALINA

ピニンファリーナのロゴはフロントフェンダーのこの位置に配置される。

アルファロメオは164のデザインをピニンファリーナにオーダーする。それを当時、新進気鋭のデザイナーであったE・フミア氏が担当することになった。そのフミア氏が164のファーストスケッチを描いたのは1981年、氏がわずか(?)33歳の時であったという。フミア氏は学生時代エアロダイナミクスを専攻していたこともあり空力デザインを得意とする。その技術は当然164のエクステリアデザインにも反映され、結果164は優れたcd値(0.30・・・当時としては驚異的な数値である)を得ることとなる。

また、氏は164のデザインから全てのコーディネイトを任されたが、この様なプロジェクト自体、氏にとっても初めての経験であったため彼自身最も印象に残るプロジェクトの一つであるに違いない。よって当時もてる才能をフルに発揮されたであろうことは164のデザインの端々に見て取る事ができる。ボディサイドを走る強烈なキャラクターライン、横一文字に配置するリアのランプ類といった意匠は、その後のアルファロメオラインナップに採用されたし、フロントウインカーをヘッドライト内に組み込んだり、ボンネットフードをフロントグリル迄回り込ませるといった技法等、その後のカーデザインに与えた影響は計り知れない。

加えて、良く"イタリアンモダン建築"と比喩されるインテリアデザインも面と線の絶妙な組み合わせによる巧みなデザインが目を引く(少々デザイン重視のきらいはあるが・・・)。ALFA164のデザインが21世紀に入った今現在の目で見ても、少しも古臭さを感じさせない所以でもある。


Tipo4 PROJECT

164の開発が始まったのとほぼ同時期に、既にフィアット傘下にあったランチアも新型モデルの開発に着手していた。ランチアは開発初期投資を押さえる目的で、北欧のサーブと共同開発の合意を結んでいた。また、これにフィアットも相乗りする形をとった。これが"ティーポ4プロジェクト"である。このプロジェクトにより、後にランチア・テーマ、サーブ9000、フィアット・クロマが生み出される事となる。 ちなみにティーポ4とはアッパーミドルクラス(Eセグメント)を指し示すフィアット社内の呼称である。そして82年後半にはアルファロメオも164の開発についてティーポ4プロジェクトに参画することを決定する。よって164は他の3車とFWDプラットフォームを共有する事となる。RWDからFWDプラットフォームへの切り替えは、事実上それまでの開発を白紙に戻すことを意味した。この時点で開発コードは「164」となる。その後、この開発コードがリークしたことで、そのまま車名として正式採用されALFA164となった事は有名な話である。


デザイナーの主張とエンジン屋の意地

164はティーポ4プロジェクトに加わることで「北(=ノルド)」のアルファロメオで初のFWDレイアウトを採用することとなる。(以後のアルファロメオの多くがFWD化されていくのであるが・・・)但し、このプロジェクト、4社(4車?)共同開発とは言え共有するのは基本プラットフォームのみである。4車共にパワートレインレイアウトをエンジンとギアボックスを直列に繋いで横置きとするダンテ・ジアコーザ式とするものの、サスペンション、エンジンは各社独自開発を行った。

ALFA164のフロントサスペンション。

サスペンションについてサーブは自国の道路事情を踏まえリアにタフ&シンプルなトーションビーム式のリジッド・アクスルをチョイス。イタリアの3車は4輪ストラッ ト式にて合意した。リアサスペンションは平行リンクとラジアスアームを使用するストラット(=ランチア・ストラット)を取り入れた。

フロントサスペンションにアルファロメオは独自のノウハウを注ぎ込んだ。ストラットの下端をハブ前方の低い位置に置いたのだ。これはアルファロメオ初の量産FWD、スッド/ALFA33で使った手法であった。十分なサスペンションストロークを確保しつつもストラットの高さを押さえる事が目的である。更にストラットに大きめのキャスター角をつけてまでフロントノーズ低く押さえてあるが、実はピニンファリーナがスポーティさを強調するために他車よりボンネット高を15mm低くする事を強く要求したことがその背景にある。

今なお評価の高いALFA V6エンジン。エンジンはアルファロメオが最も得意とし、また、ユーザの期待が高い部分でもある。164には当初4種のエンジンが搭載されたが、その中でトップに位置するユニットが2959ccのV6エンジンである。これは1979年にデビューを果たしたALFA6(セイ)に搭載された2.5Lエンジンをボア・ストローク共に拡大したものである。そのパワー&トルクはそれぞれ190ps/5,600rpm、25.0kg-m/3,000rpmとなっている。

このユニットは120度クランクを採用した60度V型6気筒エンジンで、アルファロメオ伝統のオールアルミ製である。一見DOHCエンジンのように見えるが、カムシャフトは片バンク1本のSOHC方式である。実はここにエンジン屋らしい卓越したアイデアが盛り込んであるのだ。吸気側バルブはカムシャフトがダイレクトに駆動させ、排気側バルブはヘッドを横ぎるプッシュロッドとロッカーアームにより駆動させる。これにより燃焼室真上にスパークプラグを配置させる事が可能となり、しかもDOHCなみの正確なバルブ駆動を実現させている。また、排気バルブ駆動系の慣性マスについては、より流速が高い排気バルブの小径化によって相殺されるとアルファロメオ側は説明している。その結果もたらされるV6の手本と言うべきエンジンフィーリングによって傑作の名を欲しいままにしているのだ。

残る3ユニットは1962cc直4DOHCツインスパーク、1995cc直4DOHCターボ、2.5L直4OHVターボディーゼルとなる。ツインスパークはその名の通り気筒あたり2本のプラグを装着するアルファロメオ伝統のDOHCアルミブロックユニットで、吸気側カムシャフトには電子制御の相異切換機構「フェイズバリエーター」が加装され148ps/5,800rpmを発揮する。実は残る2ユニットは純粋なアルファロメオユニットではない。後述するが、アルファロメオがフィアットの傘下となることで採用されたもので、前者はフィアット・ランチア社の鋳鉄ブロック&コッグドベルト駆動のDOHCでテーマ用ユニットからバランスシャフトを取り除いたモノである。最高出力は175ps/5,250rpm。後者はアルファロメオ同様IRI傘下にあったVM社製ターボディーゼルで117ps/4,200rpmを発揮する。しかし、アルファロメオはフィアット製モジュールの採用にはよほど抵抗があったのか、後(1991年)に自社製1996ccV6SOHCターボ(205ps/6,000rpm)モデルを投入することになる。


大FIAT帝国の傘の下

83年に入るとIRIの清算・合理化が図られることになり、その矛先がアルファロメオに向けられた。IRIはアルファロメオを民間への売却を検討していた。まず、この話はイタリアの一大コンツェルン"フィアット"に持ちかけられる。が、その時点でフィアットは前出のランチアをはじめ、アウトビアンキ、フェラーリ、セアト、アバルトといった自動車関連企業を傘下に納めており、メリットの少ない話しに事は進まずにいた。そこに過去、フェラーリの買収にも動いた米国のフォードが買収の話を持ちかける。"アルファロメオ"のブランド名を残すという条件付きとは言え、イタリアの誇り、ミラノ象徴が米国の巨人にさらわれる危機(大げさか?)に瀕したのである。

そこに救いの手を差し伸べたのは、何を隠そうフィアットであった。その後アルファロメオはフィアット傘下となり、ランチアとの合弁会社、アルファ-ランチア社(ALFA-LANCIA S.p.A)として再スタートを切ることになった。時に1986年の事である。この時期にはティーポ4プロジェクトに参画した他のモデルは164よりも先に市場に投入されていた。164も開発を終え、リリースの準備が整った段階であったが、そこにフィアットより「待った」が掛かる。発表前であった164に再度徹底的なリファイン作業を命じられたのだ。結果としては組立品質のバラつきがミニマム化された訳で、フィアット側のこの判断は正しかったと言える。


満を持して市場投入 〜 そして、日本へ 〜

これはフィアットモジュール搭載のALFA164ターボ。但し外観からはその差を見て取ることはできない。

1987年9月のフランクフルト・ショーでALFA164は念願のデビューを果たす。アルファロメオ初のFWDミドルサルーン。フィアット傘下となって初のモデル。ピニンファリーナの意欲作。と話題性は抜群。FWDというネガティブな印象がなかったわけではないが、新世代のアルファロメオを印象づけることに成功し、アルファロメオの、引いてはフィアットの思惑通りALFA164は近年稀にみるビッグヒットを放ったのである。

また、ALFA164はヨーロッパは勿論、北・南米、アジア(特に日本)にも輸出を展開した世界戦略車でもあった。当時は世界レベルで好景気に沸いており、日本でもバブル期に差し掛かろうかという時期であった。そういった時代背景も164のセールスを後押ししたことは間違いない。

日本では伊藤忠オート、日英自動車がアルファロメオ販売から手を引いた後、しばらくの間ディーラー不在の状態であったが1988年大沢商会の手によってアルファロメオの輸入販売を再開することとなった。ALFA164は89年より大沢商会にて販売された。日本仕様は排ガス対策済みの3.0L V6を搭載しており、当時のカタログ上ではその最高出力は190psと表記されていたがこれは未対策版の出力であり、対策済みエンジンは5psダウンの185psというスペックであった。当初は"3.0 V6"というワングレードのみの販売であったが後に、本革シートの豪華版"トップバージョン"も用意された。なお、何れも左ハンドル&4Fオートマチックという組み合わせであった。このZF社製オートマチック"4HP18"は巨大で嵩張る代物であったために、タイヤハウス内に大きくはみ出しており、ハンドル切れ角に影響を与えていた。「164は小回りが利かない」というが、こと初期のATモデルでは片側2車線の道路を目一杯使っても、一発でUターンを決めるのは難しいほどである。しかしながら、峠のつづら折りをヒラヒラと駆け抜ける時には、逆にボディの大きさをまったく感じさせない。それどころかコーナをクリアする度に心躍らされるものがあるのは、フィアットの血が混じったとは言え流石アルファロメオである。

ALFA164QV。5MTの高性能バージョンだ。

90年に入るとコーンズ・カンパニー・リミテッドが設立したコーンズ・モータース系でもアルファロメオを販売するようになる。そしてこの年、日本のアルフィスタ待望の5MTモデル"QV(クアドリフォリオ)"が追加された。これは3.0L V6エンジンの圧縮比アップ(9.5:1→10.0:0)、カムシャフトのプロファイル変更、CPU制御プログラム変更、各部の入念なバランス取りを行うことで最高出力は200ps/5,800rpmにスープアップされた。インテリアには専用のバケットタイプ本革シートが奢られた。サスペンションはその形式に変更はないものの、ダンピング特性を電子制御にてコントロールするサスペンションを与えられるといった高性能バージョンであり、200台弱が日本に正規輸入された。後日談だが、QVのエクステリアにはややミスマッチとも言えるエアロパーツ(フロント/サイド/リアのスカート)が装着されているが、このリファインに対し、かのピニンファリーナが改悪だとして憤慨したと伝えられる。(私も同感である)

翌91年には3.0 V6に約30カ所にものぼる改良を行った164L及びそのトップバージョンにスイッチされた。主な変更点はエンジン搭載位置を低くし、トルクステア解消を図ることでドライバビリティが向上したこと。また、タイヤサイズは205/55VR15から本国標準サイズ195/60VR15に戻し乗り心地をへの配慮がなされたこと。ステアリングラックがダンパー付きに改良され高速安定性がより確実になったこと。シートポジションが低められることで、より自然なドライビングポジションを得たこと等が上げられる。更に164Lにはライトハンダーもチョイスできるようになり日本でのユーザ層拡大に貢献した。ちなみに"L"とはラグジュアリーを意味する。


164 SECOND STAGE

ALFA164スーパー24V。エクステリアからは大人の雰囲気が感じられるようになった。

更に92年、ALFA164はセカンドステージに駒を進める。164スーパーの登場である。まずエクステリアであるがヘッドランプが小型化されロービームにプロジェクタータイプが採用れた。前後のバンパーが大型化され、全長が110mm長くなった。そして、164の特徴であった上下ツートンの塗り分けも廃止され、腰下もボディ同色となり代わりにボディをぐるりと一周するメッキモールがあしらわれた。"盾"グリルの形状もより厚みを増したデザインに変更されている。インテリアでは本革シートが標準となり、"クライメートコントロール"のスイッチ類もピアノ鍵盤式にデザインが変更された。以上の様にスーパーはややソフィストケートされたという印象であり、逆に若々しさは幾分陰を潜めた感もある。一方メカニカル面では3.0L V6エンジンはヘッドがDOHC24バルブ化され最高出力は210ps/6,300prmを与えられた。タイヤサイズも205/55ZR16が与えられよりスポーティな味付けとなった。また、サイドインパクトバーの設置など安全面での配慮もなされた結果、ボディ重量はやや重くなり1,520kg(3.0 V6の110kg増し、164QVの70kg増し)となった。スーパーは93年より日本に入ってくるが、全て左ハンドル&電子制御の4ATとの組み合わせとなっており、それまでの大きな最小回転半径も若干ではあるが改善されることになった。また、164Lもほぼ時を同じくしてインテリアを中心に改良が加えられ"164FL"となった。

それまでの164とは似て非なるもの、ALFA164Q4。実は164ではなくプロテオだという説も??

1995年、究極の164と称されるモデルが産声を上げる。オーストリアのシュタイア・プフ製フルタイム4WDとドイツのゲドラグ製6MT、そして230psにまでチューニングが高められたアルファロメオの伝家の宝刀3.0L V6DOHCを搭載する"164Q4"の登場である。FWDベースとは思えないほどの素直でニュートラルなハンドリング、パワーアップしたエンジンはそのフィーリングさえも上質のものとなり、それを6MTで操る喜びは受注生産モデルであったQ4オーナーのみが味わうことのできる独特の世界であった。FWDらしさが良くも悪くも前面に出ていた初期モデルとは外観は似ているものの全く別物といえる。初期モデルのセッティングはこのQ4を市場投入させるための"布石"であったのかも知れないと勘ぐりたくなるほどであり、164はこの"Q4"で昇華したと言えるのではないだろうか。尚、96年には164FLのポジションに164スーパー12が入り、FLはその役目を終えることになる。


Good-by ALFA164 but Love ALFA164.

衝撃的なデビューから10年以上の月日が経った1998年。ALFA164の後継車が誕生する。その名もALFA166。そのスタイリングはウォルター・デ・シルバ率いるチェントロスティーレ・アルファロメオによるもので、強めのウェッジシェイプや"盾"グリルがフロントバンパーに突き刺さるように食い込むデザイン等164の面影を残しつつも、よりエレガントで伸びやかさのある仕上がりとなっている。(ちなみに、デ・シルバはその後セアトに移籍することになる)

アルファロメオのフラッグシップという点では共通する2車ではあるが、164と166は向けられたベクトルの方向がやや違っているように思える。会社の事情による幾たびもの設計変更と多くの制約事項の中で市場投入をを要求された164。前車のビッグヒットを引き継がなければならない後継モデルの宿命と弟分でもある156とのキャラクターの明確化が要求された166。この様なバックボーンが見え隠れするからなのだろうか?

Good-by ALFA164 but Love ALFA164.断言しよう、ALFA164は名車である。

私がこのクルマを手放せない理由はそこにある。
アルファロメオの歴史の中ではもはや過去のものとなってしまったALFA164ではあるが、今持って私と164の"恋愛関係"は現在進行形なのである。

そう、I Love ALFA164.Yeah!

 

*** written by Kei山野 ***

 

 

 


<ABOUT ALFA164へ戻る>