非常に重篤な先天性複雑心奇形であるこの病気は、生まれつき、全身に血液を送るポンプの役割を果たす左心室の発達が悪く、心臓から全身に血液を送る上行大動脈が、直径1〜3ミリと極端に細いことが特徴です。そのため、心臓から全身に送り出される血液のほとんどが、右心室から肺動脈、動脈管というルートを通って流れるが、動脈管は生後しばらくすると閉じてしまいます。生まれて間もなく、チアノーゼでもないのに元気がない、そのうち命綱である動脈管が閉じてしまうと、あっという間に死んでしまうという、恐ろしい心臓病です。また、この病気を念頭にいれずに酸素を多く与えると、ますます肺への血流を増やす結果となり、心臓を含め、他の臓器への血流が悪くなります。初期の管理によって著しくその予後が変わる心奇形でもあります。
この病気の治療は非常に困難です。まず、動脈管をプロスタグランディンで拡張します。プロスタグランディンは静脈内に持続注入しますが、注入を中止すると次第に効果がなくなります。さらに、肺血管が開くと体への血流が低下するので肺血管が開かないように呼吸を調節し、酸素吸入は止めてなるべく空気のみの呼吸にします。手術は新生児でノーウッド手術を行い、その生存者に1〜2歳でフォンタン手術を行うことが試みられていますが、世界的に難しい手術で、米国のいくつかの病院で60〜70%程度の成功率が得られているだけです。
ノーウッド手術とは、1980年、ボストン小児病院のウィリアム・ノーウッド博士が考案した「一つの心室機能はそのままにして、肺と体全体に血流を上手く分配する」方法です。ノーウッド手術が考案されるまで、この病気は不治の病でした。彼の発表のあと、さまざまな施設が競ってこの手術を試みましたが、残念ながら、50〜70%の生存率を得た彼と同じ成績を残すことはできませんでした。その後、手術手技や術前・術後のさまざまな改革により、少しずつノーウッド手術の成績も上がってきました。しかし、ノーウッド手術は、この後に、第二段階(グレン手術)、第三段階(フォンタン手術)の手術を経て、初めて完成される手術であります。第三段階の手術が終わるまでに通常2〜3年かかります。また、いくら第一段階のノーウッド手術の成績が向上したとはいえ、術後管理が最も難しいものの一つであることには変わりはありません。術後、循環状態がきわめて不安定になることが多く、強心剤による治療を保ちつつ、胸をあけたままICUで様子を見ることが多いようです。
グレン手術は上大静脈と肺動脈を吻合する姑息手術です。この手術は肺血流量を増加させてチアノーゼを軽減し、心室への負担を増加させない特徴があり、心室にすでに負担のかかっている場合や心室機能が不良な場合に有効です。適応はフォンタンが目標になる疾患に限られています。人工心肺を用い、これと同時に弁の形成や肺動脈の形成術などを行う場合があり、フォンタン手術の準備手術として大変有効です。しかし、ノーウッド手術の後、心臓の様子を見て、最近ではグレン手術をしないで、直接フォンタン手術をすることもあるようです。
これらの手術を集中的に行って良好な成績を挙げている米国の2、3の施設では、ノーウッド手術の生存率は70%程度ですが、さらにフォンタン手術も成功した例となると、全体の40%弱と報告されています。それ以外の施設での成績は大変悪く、ノーウッド手術の生存率が30%程度ということです。日本における、左心低形成症候群に対する手術成績はまだまだ良くありませんが、最近ノーウッド手術の成績は徐々に改善しつつあり、やっと全国で数人程度のフォンタン手術成功例が報告されるようになっています
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