1993年 天文館・寺山修司没後10年祭・シンポジウム
                アート・スペース天文館
                神奈川県藤沢市片瀬海岸1-12-17 サマリヤビル4F

開演19時半  開場は20分前   通し券6000円 一回1800円

第一夜・9月8日(水) 定型詩からの出発
  
  高校時代から俳句・短歌に親しみ、19歳で「短歌研究」新人賞授賞。
  昭和の啄木とうたわれた寺山修司は、しかし1965年第三歌集「田園に
  死す」刊行後、韻文・定型の世界を去って、67年には「演劇実験室・
  天上桟敷」を設立する。その透明な叙情に満ちた初期歌編から、晩年
  創刊予定のあったという俳句同人誌まで、作品を鑑賞しながら、寺山
  にとって定型詩とは何だったのかを検証する。
  
  ■ 及川隆彦・斉藤慎爾・松平盟子

第二夜・9月9日(木) サブ・カルチャーの荒野
  
  ラジオ・ドラマからTVのドキュメンタリー番組制作。人生相談から
  家出のすすめ、競馬評論へと広がる寺山修司の活動は、従来の文化概
  念に拮抗する新たな可能性の毒を含んで、同時代にヴィヴィットな影
  響を与えた。時代のアジテーターとも呼ばれ、マス・メディアに縦横
  に駆使して世界の拡大を図った寺山の、芸術のアカデミックな領域に
  は分類されない側面に迫る。

  ■ 高取英・竹宮恵子

第三夜・9月10日(金) スクリーンの裏側から
  
  少年時代、映画館に起居していたという寺山修司。明かりが灯れば消え
  てしまうスクリーンの中の世界とは、彼にとって何だったのか? 23
  歳で「十九歳のブルース」を書いて以来、劇場用映画のシナリオを手掛
  ける一方で、62年には実験映画「監囚」を自ら監督。早い出発の後、死
  の床に伏すまで、継続的ではあれ、映画を撮り続けた寺山の、スクリー
  ンにかけた独自の夢を探る。

  ■ 松田政夫・園子温・九条今日子

第四夜・9月22日(水)  演劇の実験室
  
  見せ物の復権を唱えて旗揚げした「演劇実験室・天上桟敷」は、呪術的
  倒錯的な世界を繰り広げながら、やがて市街劇へ、言葉から物の世界へ
  と過激な展開を示す。スローガンとしては筑地小劇場を引用しつつ、革
  命の演劇ではなく、演劇の革命をめざし、アングラ劇の一翼を担いなが
  ら独自の位置を占める「天上桟敷」の異端性とは何かを、演劇史的観点
  から展望する。

  ■ 扇田明彦・小林信節・金守珍

第五夜・9月28日(火)  現代の青春論

  「家出のすすめ」は当初「現代の青春論」と改題されて発行された(63年)。
  それから30年後の今日、「家」に象徴される制度からの脱出は、なお語
  るべきテーマたりうるか? 現代の青春に寺山はどう関わっているかを、
  表現の分野を越えて、それぞれの活動の中から語り合う。
 
  ■ 輪嶋慎治・園子温・中山亜弓・榎本俊二・Azami、他

                  以上印刷仕様から転載
                  [ 転載責任 塚原勝美 ]

* 月光舎特別公演「書を捨てよ、町へ出よう」、初日と次の日、2回、観戦
  してきました。ロック音楽から最近、演劇や舞踏の舞台音楽で活躍してい
  る千野秀一さんの音楽と劇中歌は,やっぱりパワフルでしたね。

  「あなたは2068年、太陽がいっぱい、と、正確に発音できますか?」
  「おれたちは舞台でしか生きられない亡霊なんだ」 #劇中セリフ

  うーん、役者・観客・ボーダレス・ガイスト・廃屋の小屋
  東京・東京・東京・東京・東京・通信電波・通信回線・通信衛星・うーん。
  また脳から麻薬が分秘してきて、ラリっちまったよ、おらぁ。

  「東京の興業ペースの中で、ずっと芝居をしていたら、やれなかったでしょう。
  この湘南で、天文館で、こういう場所があり、こういう人たちが集まってくれ
  たから出来ることになったと思います。」演出の小松杏里さんの言葉。

  フランス5月革命・中国文化革命・アメリカUSAベトナム反戦運動、韓国の
  学生運動。そして日本の68年東京。こうしたパワフルな時代の雰囲気は、
  東京を相対化できる場所・湘南であったからこそ、68年の「書を捨て、
  町へ出よう」が、舞台化されたのではないかと、おらぁも思いました。
                 

                                    1993,9,6 katsumi